やまと言葉がクレオールタミル語であることの論証

古典研究サイト 埋れ木

大野 晋先生の話(丸谷才一先生の仲介)

2011-04-03

大野先生を公式に私に引き合わせてくれたのは、作家の丸谷才一先生だった。
私は、大野先生が、あまりにも日本語に似ている、として60歳から
タミル語の研究に打ち込んだ切っ掛けとなった辞書、オックスフォード・
ドラヴィダ語語源辞典の日本語版を出版することを思い立った。
これは約二年ほどで完成したが、もとより採算は考えておらず、
あくまでも将来のためにとりあえず出しておく、という感じで作った。

この辞書を出版したあと、自宅に丸谷先生から電話があり、「君は
大野さんに会いたいだろ。私がセッティングするからお会いなさい」と
だいたいこのような感じの内容だったが、私は今日の文学界における
第一人者といきなりこのような形で邂逅することになったのに、狐に
鼻をつままれたような気分になった。

そこは目白の和幸という懐石料理の店であった。五時半ころ、
大野先生はお見えになった。病院にお見舞いに行ったときより
一回り小さくなられたように思えた。

肝心の丸谷先生はなかなか来られない。そこで私と大野先生の二人
だけでかなりの時間話した。7時半になって大野先生は「丸谷さんは
今日のこと忘れちゃったのかな」と仰った。
8時半になって、大野先生は「これはやはり忘れちゃったんですよ」
と言われ、丸谷先生に電話を掛けられた。「丸谷さんは家の方で少し
大変らしいんですよ」と大野先生は曖昧な表現で呟いた。
その間にも、私は大野先生との会話を楽しんでいた。
9時半ごろ丸谷先生はお見えになった。

(どうも敬語というのは難しい。そもそも私は敬語を用いて文章を書く
機会がこれまであまり無かった。実際に書いてみると、これは日本語
の欠点の様に思われる。あまりにも過剰なのだ。)

この日の会話ではタミル語の話はあまり出なかったが、私にとっては
非常に有意義だった。とにかく大野先生の情熱は凄い。既に87歳に
なっておられたが、夢中になると箸でテーブルを何度も叩きながら
お話になっていた。

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