やまと言葉がクレオールタミル語であることの論証

古典研究サイト 埋れ木

大野 晋先生の話(アメリカ嫌い)

2009-11-02

大野先生はアメリカが嫌いだという。先生は東京都江東区深川で生まれた。
私も同じ深川生まれである。
先生はある日、深川方面を眺めると、ボーイング29による絨毯爆撃で
真っ赤に燃えていたそうだ。そのときから、酷いことをするアメリカという
印象が定着したという。

それもあってか、先生は「私は英語は出来ないんですよ」とよく仰っていた。
出来ない、といっても英語も話せるし、翻訳も出来る。しかし他の学者
よりは少し劣る、ということらしい。
先生は岩波新書のインディアン迫害にかんする本をお読みになったという。

「アメリカ・インディアンに対して行った彼らの行った行為はそりゃ
もう残虐でしてね…。あれとおなじだなぁ…」
確かに残虐の極みといっていい。先生には下町の絨毯爆撃とイメージが
重なり合ったようだ。

私は下町とはいえ、焼夷弾爆撃が始まってすぐ、まだ0歳だったが、
大八車に乗せられて、中野区の鷺宮に移っていた。
母がよく語っていたが、下町のご近所に仲のいい髪結いのお姉さんが
いたという。
母のその友達は、「下町を逃げるときは一緒に連れてってね」といつも
言っていたらしい。母もそれを約束したが、あるとき猛爆撃があって、
連絡もママならず、彼女と連絡が取れなかったという。

鷺宮(駅で言うと都立家政)に移って、玄関の側の四畳半に父の妹と
寝ていたとき、明け方頃だったと言うが、そのお姉さんが玄関口に立って
いるのを母と叔母が気づいた。母は驚いて「あら、○○ちゃん、どうして
ここが…」といったところ、彼女は「なぜ私を置いて逃げてしまったの」と
言って、フと消えてしまったという。二人が同時にみた幻影であったようだ。

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