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あ[畦・畔] (名)あぜ。くろ。古事記、上「はやすさのをみこと…天照大御神の営田(みつくだ)のあをはなち、その溝を埋め」⇒つくだ。
あ[足] (名)あし。万葉、[14-3387]「あの音せず行かむ駒もが葛飾(かつしか)の真間(まま)の継ぎ橋やまず通はむ」=葛飾の真間の継ぎ橋を渡って、こっそりと絶えず恋人のもとへ通いたいが、そのために、足の音を立てないで歩く馬が欲しいものだ。⇒かつしかのまま。⇒つぎはし。
あ[案] (名)かんがえ。予想。源氏、蛍「げにあのごと、心にしみけり」蜻蛉日記「あのごと、みづから返りごとす」
あ[我・吾] (代)自称代名詞。われ。古事記、上「あはもよ、めにしあれば」=わたくしは、まあ、女のことですから。
あ[彼] (代)遠称代名詞。あれ。大和物語「雲立つ山をあはとこそ見れ」=雲の立ちこめている山をあれはと見やる。
ああしやこしや (句)あざけり笑う時のはやし声。「あのばかものよ」ほどの意。古事記、中「ああしやこしや(こはあざわらふぞ)」
あいぎやう…ギヨウ[愛敬] (名)(1)あいきょうのあること。かわいらしいこと。徒然草、一段「ものうち言ひたる、聞きにくからず、あいぎやうありて、ことば多からぬこそ、飽かずむかはまほしけれ」=ちょっと何か言っているのも、聞いて感じがよく、愛嬌があって、しかも口数の多くない人、そういう人には、いつまでも対座していたい気がする。(2)顔や姿の美しいこと。枕草子、三「虫は…蝿こそにくきもののうちに入れつべけれ。あいぎやうなく、にくきものは、人人しう書きいづべきもののやうにあらねど」=蝿こそにくらしいもののうちに入れなければならない。みにくい姿をして、にくらしいものなどは、ひとなみに書いておくほどのものではないが。(3)思いやりのないこと。落窪物語「あいぎやうなかりける心持ちたまへるものかな」
あいぎやうづくアイギヨウズク[愛敬づく] (動、四)(1)愛嬌がある。あいそがよい。源氏、紅葉賀「うちゑみたまへる、いとめでたう、あいぎやうづきたまへり」(2)容姿が美しい。大鏡、八「弟殿は、みそかごとには無才にぞおはしまししかど、わからかにあいぎやうづき」=弟殿は、男女間の密事などにかけては才がなかったが、若若しくて容姿が美しく。
あいだちなし (形、ク)「愛立(あいだち)なし」の意か。情を知らぬ。あいそがない。源氏、夕霧「六条院の人人を、ともすればめでたき例に引き出でつつ、心よからずあいだちなきものに思ひたまへる、わりなしや」
あいだてなし (形、ク)「間隔(あひだへだて)なし」の略転か。(1)へだてなく親しい。増鏡、二、新島もり「橋本の宿に着きたるに、例の遊女おほくえもいはずさうぞきてまゐれり。頼朝うちほほゑみて、橋本の君に何をか渡すべきといへば、梶原平三景時といふ武士、とりあへず、ただそまやまの、くれであらばや。いとあいだてなしや」(主従の隔てのないこと)(2)転じて、不相応の意。狂言、荷文「さてもさても、あいだてないことを書き入れておかれたは」
あいたどころ [朝所](名)「あしたどころ」の音便。
あいだちなし (形、ク)「愛立(あいだち)なし」の意か。情を知らぬ。あいそがない。源氏、夕霧「六条院の人人を、ともすればめでたき例に引き出でつつ、心よからずあいだちなきものに思ひたま
あいたんどころ [朝所](名)前項の音便。
あいな (名)次項の語幹が名詞化したもの。あいそのないこと。紫式部日記「雨降りて、その日は御覧じとどまりける。あいなのおほやけごとどもなり」
あいなし (形、ク)(1)かわいげがない。おもしろみがない。枕草子、三「なしの花…げにその色よりしてあいなく見ゆるを、もろこしに限りなきものにて、文にも作るなるを」(2)意地がわるい。うとましい。源氏、桐壺「上達部・うへ人なども、あいなく目をそばめつつ」=上達部や殿上人なども、意地わるく、うとましく見ている。(3)つらい。和泉式部日記「明かうなりぬべければ、外にありけると人の見むも、あいなし」
あいなし (形、ク)「あひなし」の音便。多くは連用形で用いられている。(1)ただただ。ひたすら。むやみに。源氏、東屋「あいなう大将殿の御さま・かたちぞ恋ひしう面影に見ゆる」(2)率直に。増鏡、十一、草まくら「これぞあるべきことと、あいなう世の人も思ひいふべし」=これは、そうあるべきことだと、率直に世の人も推察して言うであろう。
あいなだのみ (名)あてにならぬたのみ。たのみがいのないたのみ。源氏、帚木「年月を重ねむあいだのみは、いと苦しくなむあるべければ」
あいべつりく[愛別離苦] (名)仏教の語。親しみ愛する人と生別または死別する苦しみ。平家、十二、平大納言被レ流「けふは北国の雪の下に埋もれて、愛別離苦の悲しみを故郷の雲に重ねたり」
あいろ (名)「文色(あやいろ)」の約か。文目(あやめ)。模様。状態。けじめ。百日曾我「もののあいろも見えざれば、松明(たいまつ)出せと呼ばはる声」
あういくオウイク[奥行く] (動、四)人の後ろから行く。
あうぎせうオウギシヨウ[奥義抄] (書名)平安時代末期の歌人藤原清輔の著。和歌の式、作歌の法等を論じ、あわせて「万葉集」や「古今和歌集」等について、具体的に和歌の奥義を解釈したもの。語学・文法の参考としてもすぐれた書である。著作年代は諸説があって一定しない。
あうしゆくばいオウ…[鶯宿梅] (名)梅の一品種。紅白の花がまじって咲く。一重と八重があり、香が高い。
あうなしオウナシ[奥なし] (形、ク)思慮がない。不用意である。無分別だ。狭衣、一「あうなく起きあがりたるに」宇治拾遺、十一、青常の事「あうなく立ちて行くうしろでを見て」
あうはか[青墓]オウ… (地名)「あをはか」に同じ。平治物語、二「男の女を倶したる体にて、あうはかへこそ下りけれ」
あうむのさかずきオウムノサカズキ[鸚鵡の盃] (名)さかずきの一種。三つの説がある。鸚鵡貝でつくった盃。鸚鵡の形をした器を台とした盃。鸚鵡の形をした盃。古今著聞集、五、和歌「侍人ら鸚鵡の盃、小銚子をもちて、簀子敷に候ひけり」
あうよるオウヨル[奥寄る] (動、四)奥の方へ寄る。枕草子、九「あうよりて、みたり・よたりつどひて、絵など見るもあり」
あうら[足卜・足占] (名)古代のうらない法の一。歩数を定め、奇数か偶数か、合ったか合わないかなどによって吉凶をうらなう法。万葉、[4-736]「月夜には門にいでたち夕占(ゆふけ)間ひ足卜をぞせし行かまくを欲り」=月夜には門まで出て立ち、夕占をしたり足卜をしたりして、貴女に会いに行きたいと思っている。(大伴家持が大伴坂上大嬢に送った歌)
あうん[阿吽・阿■] (名)(1)「阿」は梵語の十二母韻の初韻で開声、「吽」は閉口の終韻で合声。(2)初めと終わりと。(3)呼吸。「阿」は呼、「吽」は吸。謡曲、安宅「出で入る息に阿吽の二字をとなへ」(4)寺門左右の全剛力士、堂前左右の石獅子など、一は口を開き、一は口を閉じているものの称。
あえかなり (形動、ナリ)(1)あぶなげである。はかない。かよわい。繊細である。紫式部日記「おほとのごもれる御有様、常よりはあえかに、わかく美しげなり」=(中宮が御産の後)おやすみになっていられる御有様は、平生よりはかよわそうに見え、さらにまたいっそう美しさを増している。狭衣、二「さばかり心苦しくあえかなりし御有様に」(2)美しい。やさしい。琴後集、十「若若しきけはひけざやかにて、あえかに女しと見ゆるは、をかしきものから」
あえす (動、四)注ぐ。義経記「社壇に血をあえさむも、神慮のおそれあり」
あえまし (句)あやかりたい。動詞「あゆ」の未然形「あえ」に助動詞「まし」の付いた句。紫式部日記「千代もあえましく、御行く末のかずならぬ心地だに思ひつづけらる」
あえもの (名) (1)ある事物に似せたいと思う目標。源氏、夕霧「世のためしにしつべき御心ばへと、おやはらからより始め奉り、めやすきあえものにし給へるを」(2)ある事物に似せたいと思うものの用に供せられるもの。源氏、若紫「あえものけしうはあらじと譲り給へるほど、げに面正しきかんざしなれば」
あか[閼伽] (名)梵語で「水」の意。(1)仏に供える水。源氏、若紫「きよげなるわらはなど、あまた出で来て、あかたてまつり、花をりなどするも、あらはに見ゆ」(2)船底にたまった汚水。倭訓栞「船中にて水のことをあかといふ」
あかあしげ[赤葦毛] (名)馬の毛色。葦毛に少し赤みのあるもの。
あかう…コウ[阿衡] (名)中国、殷の伊尹の任ぜられた官名。転じて、摂政または、宰相の異称。
あかかう[赤香]…コウ(名)染色の一。赤に黄色を帯びたもの。宇治拾遣、八「武正、あかかうのかみしもに衰笠を着て」
あかかがち (名)ほおずき。古事記、上「それが目は、あかかがちなして、身一つ八頭・八尾あり」=それ(やまたのおろち)の目は、ほおずきのようで、一つのからだに多くの頭と多くの尾がある。(私説、出雲方言で「摺鉢」を「かがち」という。「あかかがち」は「赤い摺鉢」ではなかろうか。古事記の注「ここに、あかかがちといへるは今のほほづきなり」は、後人の挿入かと思われる。
あがかに (副)足ずりして。古事記、下「足もあがかにねたみたまひき」
あかきこころ[赤き心] (句)まごころ。誠心。宣命、文武天皇元年八月「あかき、きよき、なほき、まことのこころ」万葉、[20-4465]「君の御代御代、隠さはぬあかきこころを、すめらべに、きはめつくして」=大君の御代御代、隠すところのないまごころをもって、大君にささげつくして。
あがこころ (枕詞)「あかし」「きよずみ」「つくし」などに冠する。万葉、[15-3627]「あがこころ明石の浦に」同、[13-3289]「あがこころ清隅の池の」同、[13-3333]「あがこころ筑紫の山の」
あがこのほとけ (句)「あがほとけ(1)」に同じ。竹取「あがこのほとけ、へんげの人と申しながら、ここら大きさまで、養ひ奉るこころざし、おろかならず」
あかさ (名)明かるさ。竹取「子(ね)の時ばかりに、家のあたり、昼のあかさにも過ぎて光りたり」
あかさかのしろ[赤坂の城] (地名)楠木氏の城。今、大阪府南河内郡赤坂村にそのあとがある。元弘元年(1331)、楠木正成がこの城で挙兵、正平十四年(1359)、正儀が再挙してこの城によったが、翌年陥った。太平記、六「さるほどに、赤坂の城へ向かひける大将云々」
あがざのあつもの[藜の羹] (名)「あかざ」は食用になる一種の野生植物。「あつもの」は「吸い物」。従って、ごくそまつな食物の意。徒然草、五十八段「紙のふすま、麻のころも、一鉢のまうけ、あかざのあつもの、いくばくか人のつひえをなさむ」
あかし[証] (名)確かなよりどころ。証拠。出雲風土記之端文、本居太平「いにしへぶみもろもろに考へあはせてあかしとすべく、よろしきふみになもあるを」
あかし[明石] (地名)播磨(はりま)の国の東端。今の兵庫県明石市海岸は風光明媚で名高い。
あかしおほと…オオト[明石大門] (地名)「おほ」は美称。「と」は海水などの流れの出入りするところ。明石海峡をいう。あかしのと。万葉、[3-254]「ともしびのあかしおほとに入らむ日や漕ぎわかれなむ家のあたり見ず 柿本人麻呂」=明石海峡に入ったなら、大和の方も見えなくなるであろう。船を漕いで、いよいよなつかしい家の方ともお別れである。(「ともしびの」は「あかし」の枕詞)
あかしがた[明石潟] (地名)「あかしのうみ」に同じ。万葉、[6-941]「明石潟しほひの道をあすよりはしたゑましけむ家近づけば 山部赤人」=明石の海の潮干の道を通って、旅から帰って来ると、あすからは、わが家が近づいて来るので、うれしくて自然にほほえまれる。(「したゑむ」は「ほほえむ」)
あかしのうまや[明石の駅] (地名)明石に置かれた宿駅。播磨風土記、明石郡逸文「明石のうまや、駒井の御井(みゐ)は、難波の高津の宮のすめらみことの御世、楠、井の口に生えたり」大鏡、二、左大臣時平「播磨の国におはしまし着きて、明石の駅といふ所に御やどりせしめ給ひて」
あかしのうみ[明石の海] (地名)明石の海。あかしがた。一説に、明石の港。
あかしのうら[明石の浦] (地名)明石の海辺。明石の海岸。古今集、九、■旅「ほのぼのと明石浦の朝霧に島がくれゆくふねをしぞおもふ」=ほのぼのと明けてゆく明石の浦の朝霧の中に、島かげに隠れつつ漕ぎゆく舟を、この上なくなつかしく思う。(「古今集」には、「読人しらず」とし、また、「この歌はある人のいはく、柿本人麻呂がなり」とし、「和漢朗詠集」では「人丸」と決定している)
あかしのと[明石の門] (地名)「あかしおほと」万葉、[3-255]「あまざかるひなのなかぢゆ恋ひ来れば明石の門よりやまと島見ゆ 柿本人麻呂」=遠い遠いいなか道から大和を恋いつつやって来て、ようやく明石の海峡に入ると、そこからなつかしい大和の地が見える。(「あまざかる」は「ひな」の枕詞。ここの「やまと島」は「日本全国」の意ではなく、「大和」のこと)
あかしのはま[明石の浜] (地名)明石の海岸。竹取「浜を見れば、播磨の明石の浜なり」
あかす (動、四)(1)明るくする。万葉、[15-3648]「うなばらの沖べにともしいざる火はあかしてともせ大和島見む」(2)うたがいを晴らす。証拠を立てて明らかにする。(3)秘密を明かす。うちあける。告白する。源氏、行幸「そのをりは、さるひがわざどもあかし待らずありしかば」(4)眠らずに夜をすごす。更級日記「わがごとぞ水のうきねにあかしつつ上毛(うはげ)の霜をはらひわぶなる」=わたくしは、ままならぬうきよで、思うことが多いが、そのように、あの水鳥も水の上に不安な浮きねをしながら夜をあかして、上毛にかかる霜を払うのも、ものうく思っていることであろう。(5)あける。古事記、下「夏草のあひねの浜の蠣貝(かきがひ)に足踏ますなあかして通れ」=あいねの浜には貝殻が多いから、その貝殻で足を踏みぬかないように、道をあけて通りなさい」。(「夏草の」は「あひね」の枕詞)⇒あひねのはま。
あかぞめゑもん…エモン[赤染衛門] (人名)一条天皇のころ(986-1011)の女流歌人。はじめ上東門院の女房となり、のち大江匡衡の妻となる。梨壺の五歌仙の一。「赤染衛門集」に六百十六首の自作和歌を収む。
あがた[県] (名)(1)上古、諸国にある朝廷の御領地。みあがた。(2)上古、地方豪族の領地。のち「郡」となる。(3)のち、国司の任国。伊勢物語「むかし、あがたへゆく人に、うまのはなむけせむとて」(4)転じて、国司そのものをいう。土佐日記「ある人、あがたの四とせ・五とせ果てて」(5)いなか。夫木抄「田づらなるわらやの軒のこもすだれこれやあがたのしるしなるらむ」
あがたありき[県歩き] (名)(1)地方の任地を転転として勤め歩くこと。蜻蛉日記「たのもし人は、この十余年のほど、県歩きにのみあり。(「たのもし人は」は作者の父倫寧)
あがたたみ[我が畳] (枕詞)幾重にもたたむことから「三重」に冠する。万葉、[9-1735]「あがたたみ三重の河原の」
あかだな[閼伽棚] (名)仏に手向ける水をいれた器をのせる棚。方丈記「南に竹のすのこをしき、その西にあかだなを作り」徒然草、十一段「閼伽棚に、きく・もみぢなど折りちらしたる、さすがに住む人のあればなるべし」
あがたぬし[県主] (名)(1)上古、地方官の一。あがたを司る長官で、世襲であった。 (2)大化の改新以後は、姓(かばね)の一となる。
あかだま[赤玉] (名)赤色の玉。雲母・紅瑪瑙の類。また琥珀。また、わが上古にあっては、珊瑚や海菊などの類であったかも知れない。古事記、上「あかだまは緒さへ光れど白玉の君がよそひしたふとくありけり」=赤玉はそれをつらぬく緒まで美しく光りますが、しかし、白玉のように清らかで美しい君の姿は、まことに尊うございました。(豊玉姫命が、彦火火出見命に奉った歌)
あがたみ[県見] (名)いなか見物。うけらが花、三「あがたみに朝立ちゆけば遠つ人初かりがねも空に鳴くなり」
あがためし[県召] (名)次項に同じ。
あがためしのぢもく…ジモク[県召の除目] (句)平安時代、毎年正月十一日から十三日までの三日間、諸国の国司を任命する儀式。あがためし。ぢもく。はるのぢもく。
あがたわたらひ…ワタライ[県わたらひ] (名)いなかあるき。うけらが花、七「久うあがたわたらひし待りて」
あがたゐ…イ[県居] (人名)賀茂真淵の号。
あがたゐかしふ…イカシユウ[安賀当居歌集] (書名)一巻。明和九年(1772)刊。賀茂真淵の歌百余首を収む。
あがち[領] (名)あがつこと。わかち。
あがつ[領つ] (動、四)わける。宇津保、吹上「あがたれし琴の残り、やどもかりといひしを、かの京極といひし所に埋みたりしを」大鏡、七、太政大臣道長「女房・侍・家司・下人まで、別にあがちあてさせ給ひて」
あかつきげ[赤搗毛] (名)馬の毛色。つきげに黄みのあるもの。
あかつきづくよ…ズクヨ[暁月夜] (名)明け方の月。有明の月。または、有明の月の残っている明け方。あかときづくよ。あさづくよ。土佐日記「十七日、くもれる雲もなくなりて、暁月夜いとおもしろければ、舟を出してすぎ行く」
あかとき[暁] (名)あかつき。朝方。万葉、[20-4384]「あかときのかはたれどきに島かぎを漕ぎにし船のたづき知らずも」=明けがた早く島かげを漕いで行った船の行方がわからない。(「島かぎ」は東国の方言で、「島かげ」のこと)
あかなくに (句)まだ飽きないのに。古今集、十七、雑上「あかなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなむ」=まだ見飽きないのに、早くも月は隠れるのか。山の端が逃げのいて、月を入れないで欲しい。(在原業平が惟喬のみこと狩場の宿で酒をのみ物語などしていると、みこが酔うて内へ入り、寝ようとされたので、この歌をよんだ)
あがなふアガナウ[購ふ] (動、四)買う。買い求める。
あがなふアガナウ[贖ふ] (動、四)(1)罪やけがれを犯した者が、金銭または物品を出して、罪過の責めを免かれる。あがふ。(2)うめあわせをする。弁償する。(3)質物をうけ出す。
あかにほ[赤土穂] (名)御顔を赤く、うるわしくしたまうこと。「あかに」は「赤土」から転じて「赤色」のこと。「ほ」は現れること。あかにのほ。祝詞、祈年祭「すめみまのみことの…ながみけのとほみけと、あかにほにきこしめすゆゑに」
あかね[茜・赤根] (名)(1)つるくさで、山野に自生する。その根を赤色の染料とする。附図参照。(2)あかねぞめの略。
あかねさし (枕詞)赤色に輝く意から「照る」に冠する。万葉、[4-565]「あかねさし照れる月夜(つくよ)に」
あかねさす (枕詞)前項と同じく、日・昼・照る・紫野・君が心などに冠する。万葉、(2-199)「あかねさす日のことごと」同、[13-3270]「あかねさす昼はしみらに、ぬばたまの夜はすがらに」以下、例略。
あかねぞめ[茜染] (名)茜色にそめること。また、茜色に染めたもの。あかね。
あかのみづ[閼伽の水]…ミズ (名)仏に供える水。あか。平家、灌頂、大原御幸「宵宵ごとの閼伽の水、掬ぶ袂も絞るるに」
あかひも[赤紐] (名)(1)赤色の紐で、上代、朝服の襟につけたもの。(2)舞姫などの衣に掛けた赤い紐。琴後集、四「をとめ子が衣にかくるあかひものあかぬは舞ひのすがたなりけり」(上三句は、「あかぬ」と言うための序詞)
あかひもの (枕詞)上代、神事装束の小忌衣(をみごろも)の肩に掛けた赤紐は、長いものであったので、「長し」に冠する。新勅撰、九「山藍(やまゐ)もて摺れる衣のあかひもの長くぞわれは神につかふる」
あかぶ[赤ぶ・明かぶ] (動、四)赤くなる。赤む。祝詞、大嘗祭「ちいほあきに平らけく安らけくきこしめして、とよのあかりにあかびまさむ」(御食(みけ)をきこしめして、御顔の赤くなりたまうこと)
あがふ[贖ふ](動、四)「あがなふ(贖ふ)」に同じ。
あかぼし[赤星・明星] (名)(1)金星の古名。あけの明星(みようじよう)。(2)神楽歌の曲名。歌詞「……あかぼしは、明星は、くはやここなりや、なにしかも、今宵の月のただここにますや……」
あかぼしの[赤星・明星] (枕詞)類音から「明く」「飽く」などに冠する。万葉、[5-904]「あかぼしの明くる朝(あした)は」宝国集「あかぼしのあかでいでにしあかつきは」
あがほとけ (句)(1)大切に思い、尊ぶ人を呼びかけるに用いる。竹取「あがほとけ、何事を思ひたまふぞ。おぼすらむことは何事ぞ」宇津保、俊蔭「あがほとけ、疎(おろ)なりとなおぼしそ」(2)自分の信仰する仏をあがめていう。徒然草、一九〇段「よき女ならば、この男こそらうたくしてあがほとけとまもり居たらめ」(自分の本尊のように大切にあがめる意)(3)仏から転じて、僧を呼びかけるに用いる。宇津保、藤原の君「また祈りせし大徳宗慶召して、あがほとけたちの御徳に、年ごろなめき目見侍りつる心地しづめて、めでよろこび申し侍り」
あがほん[赤本] (名)(1)草双紙の一。江戸時代の、表紙の赤い児童向きの絵草子。(2)講談・落語その他卑俗な小説などを粗紙に印刷した小冊子。
あかまがせき[赤間関] (地名)長門(ながと)の国の西南端で、下関海峡に臨む地。外蕃入朝の門戸であったので、ここに関所をおいた。今の下関市。平家、十一、内侍所都入「去ぬる三月二十四日の卯の刻に、豊前の国田の浦門司関、長門の国壇の裏赤間関にて、平家を悉く攻め亡ぼし」
あかまる[赤まる] (動、四)赤くなる。赤む。赤ばむ。俊秘抄「ことあたらしくて、顔あかまりて、すずろはしきなり」
あかむ[赤む] (動、四)前項に同じ。枕草子、一「顔すこしあかみてゐたるもをかし」
あがむ[崇む] (動、下二)(1)尊ぶ。尊敬する。崇拝する。大切にする。神代紀、下「ますますあがめうやまふ」(2)寵愛する。源氏、帚木「親など立ちそひもてあがめて、生ひさきこもれる窓の中なるほどは」
あかめ[赤女] (名)鯛。神代紀、下「海神すなはち大き小さき魚どもをつどへてせめ問ふ。みな日く、しらず。ただし赤女このごろ口のやまひあり、まうで来ずと」
あがもの[贖物] (名)罪やけがれをあがなうために祓の時に神に供える代物(しろもの)。天皇等の場合には「みあがもの」という。
あかもがさ[赤疱瘡] (名)痳疹(ましん)。疱瘡(ほうそう)に似た、赤いかさの意。
あからかなり (形動、ナリ)照りかがやいている。光っている。さかんである。天智紀、三年十二月「ひとよの間に、稲生ひて穂いでたり。そのあしたに垂頴(かぶ)してあからかなり」(「垂頴」は、稲がみのり、穂の垂れること)
あからさま (名)(1)しばしの間。かりそめ。ちょっと。枕草子、二「すさまじきもの・・・・・・ちごのめのとの、ただあからさまとていぬるを」方丈記「おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、いますでに五とせを経たり」(2)明白。あらわ。ありのまま。蕪村の句「寒月や鋸岩のあからさま」
あからさまに (副)名詞「あからさま」に、助詞「に」の付いて副詞となった語。急に。たちまち。にわかに。雄略紀、五年二月「いかり猪、草の中よりあからさまに人を追ふ」
あからし (形、シク)いとわしい。悲しい。いたわしい。欽明紀、十六年二月「何ぞ悲しきことのあからしき」蜻蛉日記「などか来ぬ、訪はぬ。あからしとて、打ちもつみもし給へかし」日本霊異記、中「かなしきかな、あからしきかな、我が大師いささか何の過失ありて、この賊難を蒙れる」
あからひく (枕詞)赤くにおう意から「日」「朝」に、また、赤みを帯びる意から「膚」「女子」などに冠する。万葉、[4-619]「赤らひく日も暮るるまで」同、[11-2389]「あからひく朝行く君を」同、[11-2399]「あからひく膚に触れずて」同、[10-1999]「あからひく敷妙の子を」
あからぶ[赤らぶ] (動、四)あからむ。あかばむ。赤みがさす。祝詞、出雲国造神賀詞「赤玉のみあからびまし」
あからぶ[明からむ] (動、下二)あきらかにする。見て心をはれやかにする。続紀、三十一「見そなはしあからべたまはむと嘆きたまひ憂ひたまひ」
あからむ[赤らむ] (副、四)赤くなる。赤く色づく。赤ばむ。赤む。赤らぶ。皇極紀、元年五月「あからめる稲」五十年忌歌念仏「麦をまくぞ、あからむぞ」
あからむ[赤らむ] (動、下二)前項の他動。赤らめる。
あからめ (名)(1)ふと目の外へうつること。よそめ。わきみ。宇津保、俊蔭「かくあからめもせさせ奉らぬこと」大和物語「もとのごとくあからめもせで添ひ居にける」 (2)急に見失うこと。栄花、花山「わが宝の君は、いづこにあからめせさせ給へるぞや」
あからをとめ…オトメ[赤ら嬢子] (名)紅顔の美少女。顔色の赤く美しい少女。古事記、中「あからをとめを、いざささばよらしな」=その紅顔の美少女を、誘われたらよかろうよ。
あかりうま[騰り馬] (名)前脚を高くあげ、後脚で直立するくせのある馬。あれうま。駻馬。古今著聞集、十、馬芸「くもわけといふあがりうまを乗られけるに」
あかりさうじ…ソウジ[明り障子] (名)「あかりしやうじ」に同じ。
あがりざしき[揚り座敷] (名)江戸時代に、江戸伝馬町にあった牢屋内の一部。武家の御目見(おめみえ)以上五百石以下の未決囚を収容したところ。⇒あがりや。
あかりしやうじ…シヨウジ[明り障子] (名)明かりをとるために一重の紙をはった障子。今の「障子」のこと。あかりさうじ。宇治拾遣、五「妻戸にあかりしやうじ立てたり」
あがりてのよ (句)上古の世。古代。昔。大鏡、七、太政大臣道長「あがりての世にも、かく大臣・公卿、七、八人、二、三月のうちにかき払ひ給ふこと、希有(けう)なりしわざなり」=昔でも、こんなふうに、大臣や公卿が七、八人たった二、三か月のうちになくなるというようなことは、全くまれなことである。
あがりても (句)上代においても。昔でも。大鏡、七、太政大臣道長「あがりてもかばかりの秀歌え候はじ」
あがりば[上り場] (名)(1)舟から岸にあがる場所。(2)浴場の脱衣場。太平記「俄かに、湯殿をぞ作られける。その上り場に板を一間踏めば落ちつるやうに構へて」
あがりや[揚り屋] (名)(1) 江戸伝馬町にあった牢屋内の一部。御目見(おめみえ)以下、侍・僧侶・医師等の未決囚を収容した処。⇒あがりざしき。(2)浴室の一部。川角太閤記「風呂に御入り成らせられ候ひて、あがり屋に御腰を成らせられ」
あかる[赤る] (動、四)(1)顔色が赤く美しい。応神紀、十三年九月「あかれるをとめ、いざさかばえな」(2)酒に酔うて顔が赤くなる。祝詞、大嘗祭「とよのあかりに、あかりまさむ」(3)果実が熟して赤くなる。万葉、[19-4266]「島山にあかるたちばなうずにさし、紐解き放(さ)けて」
あかる[明かる] (動、四)(1)明かるくなる。枕草子、一「山ぎはすこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」(2)清くうるわしい。祝詞、祈年祭「御服(みそ)は、明かるたへ、照るたへ、にぎたへ、あらたへに」同、大殿祭「明かるにぎて」=明るい色の布。
あかる (動、下二)わかれる。四散する。源氏、帚木「これかれまかりあかるるところにて、思ひめぐらせば」同、澪標「侍ふ人もやうやうあかれ行きなどして」
あかれのところ[分かれの所] (名)道の分かれるところ。追分。土佐日記「このあひだに、和田のとまりのあかれのところといふ所あり」
あかゐアカイ[閼伽井] (名)仏に供える水を汲む井戸。新古今、六、冬「朝ごとのあか井の水に年暮れてわが世のほどのくまれぬるかな」
あかゐこアカイコ[赤猪子] (人名)雄略天皇のころの女性の名。かつて雄略天皇が三輪川のほとりに行幸されたとき、その川の辺で洗濯していた美しい少女をごらんになり、「お前はどこへも嫁がずにいろ、いまに宮中へ呼ぶから」と言われた。天皇は、そのことをすっかり忘れていられたが、その女性はお呼び出しを待って八十歳になるまで、どこへも嫁がないでいたという、その女性の名。「古事記、下巻」に詳しい。
あかゑんば…エンバ (名)あかとんぼ
あき (名)あきない。みのりの秋になって、物と物とを交易するところから起こったことば。「あきなふ」の「なふ」は「行ふ」の意を有する接尾語。「うらなふ」「になふ」など。万葉、[7-1264]「西の市にただひとり出でて目ならばず買へりし絹しあきじこりかも」⇒あきじこり。
あぎ (名)あご。あぎと。和名抄、三「■=阿岐」
あぎ[我君・吾君] (代)「あぎみ」の略。人を親しんで呼ぶ語。応神紀、十三年九月「いざあぎ、のびるつみに、ひるつみに」
あきがしは…ガシワ[秋柏] (枕詞)霧にぬれた秋の朝の柏の葉は、うるわしところから「うる」の音の語に冠するという説がまず妥当であろう。万葉、[11-2478]「秋柏潤和川辺(うるわかはべ)の」同、[11-2754]「あきがしは閏八河辺(うるやかはべ)の」
あきかぜの[秋風の] (枕詞)風の縁で「吹く」に、また、風の古語「ち」に冠する。古今集、五、秋下「秋風のふきあげにたてる白菊」万葉、[11-2724]「秋風の千江の浦回の」
あきぎりの[秋霧の] (枕詞)霧の縁から「たつ」「はるるときなく」「おばつかなし」にまた、霧のたつのは垣のように見えるところから「まがき」に冠する。後撰集、七、秋下「あきぎりの立野(たちの)の駒を」古今集、十二、恋二「あきぎりの晴るるときなき心には」風雅集、九「あきぎりのおぼつかなさをいかにながむる」新続古今集、五「あきぎりのまがきの島の」
あきぐさの[秋草の] (枕詞)上古、草を結んで互に心の変わらないことを契った風習があったところから「結ぶ」に冠する。万葉、[8-1612]「秋草の結びし紐を」
あきげ[秋毛] (名)秋にとった鹿の毛皮。義経紀、一「すりづくしのひたたれに、秋毛のむかばきはいて」
あきさ[秋沙] (名)小鴨に似た水鳥。今のあいさ。万葉、[7-1122]山の間にわたる秋沙を往きてゐるむその河の瀬に浪立つなゆめ」
あきじこり (名)商売。一説、商売の失敗。買いそこない。商売にこりかたまること。⇒あき。
あきじこる (動、四)商売する。うけらが花「されば世を避くとしもあらねど、あきじこる市のちまたに近き賑はしさを厭ひて、この山ざとにはうつろひ住めるになむありける」
あきじひ…ジイ (名)外見は常人と異ならないが、物の見えない目。また、その目の人。あきめくら。日本霊異記、下「精盲=安支之比」
あきたし (形、ク)「厭き甚(いた)し」の略。すこぶるいとわしい。ひどくいやになる。やめたい。狭衣、一「女君の御有様の、いとあきたくあやにくげなるを、いかに見奉るらむ」あきたじやうのすけ・・・・ジヨウ・・・・[秋田城介](名)中古、出羽の国の秋田城にいて蝦夷を鎮撫した職。
あきつ[蜻蛉] (名)とんぼ・やんま・かげろう・うすばかげろうなどを総称した古語。雄略紀、四年八月「そのあむをあきつはやくひ」=そのあぶをとんぼがすぐに食い。
あきつ[秋津] (地名)(1)大和の国、奈良県吉野郡秋津野(今の小川村)の附近。(2)同、南葛城郡の中部の村。孝昭・考安両天皇の秋津島宮の址がある
あきつしま[秋津島・秋津州・蜻蛉州・蜻島] (地名)日本国の異称。神武天皇が大和のほほまの丘で国見をされた時、視界に入った地形を「なほ、あきつのとなめせるがごとし」と仰せられたことから、大和国内の一地方の名となり、ついで大和一国の称となり、さらに日本国の総称となったというのが通説であるが、実は「あき」は現われていること、「つ」は助詞、「しま」は島国の意で、「よみのくに」のように死人の住く国、「とこよのくに」のように頭に描いた理想郷ではなく、現に現われている国の意であると見るのが正しいであろう。古事記、序文「神倭天皇、秋津島を経歴したまひぬ」
あきつしま (枕詞)「やまと」に冠する。万葉、[1-2]「やまとにはむらやまあれど……うまし国ぞ、あきつしまやまとの国は」
あきつの[秋津野・蜻蛉野] (地名)吉野離宮のあった地一帯をさす。、今の奈良県吉野郡小川村字小川の辺という。雄略紀、四年八月「よりて蜻蛉をほめて、この地を名づけて蜻蛉野となす」古事記、下「かれ、その時よりぞその野を阿岐豆野といひける」
あきつのみや[秋津の宮・蜻蛉の宮] (名)吉野の秋津に営まれた離宮。万葉、[6-907]「たぎのうへの……みよしののあきつのみやはかむがらかたふとかるらむ。」
あきつば[蜻蛉羽] (名)(1)とんぼのはね。(2)うすものごろものすきとおって美しいのを、とんぼのはねにたとえていう語。万葉、[10-2304]「あきつばににほへるころも」
あきつば[蜻蛉羽の] (枕詞)(1)とんぼの羽のような、美しい「袖」に冠する。万葉、[3-376]「あきつばの袖ふる妹を」
あきつみかみ[現つ御神] (名)天皇の尊称。あきつかみ。あらひとがみ。祝詞、出雲国造神賀詞「あきつみかみと大八島国しろしめすすめらみこと」
あぎと (名)あぎ。あご。
あぎとひ……トイ (名)魚の「あぎとふ」ようによわよわしいところから、幼児がかたことを言う義。古事記、中「はじめてあぎとひしたまひき」
あぎとふアギトウ (動、四)水面に浮かび出て呼吸する(魚にいう)。神武紀「魚みな浮かび出でて、水に随ひてあぎとふ」
あきのしも[秋の霜] (名)(1)秋置く霜。(2)剣の異称。剣光のはげしいのを秋の霜にたとえた語。太平紀、十一、越前牛原地頭自害事「千代もと祈りしかひもなく、御身はいま秋の霜の下に伏し」
あきのたの[秋の田の] (枕詞)田の縁から「穂」に、また、秋の田を刈り取ることから「かり」に冠する。万葉、[10-2246]「秋の田の穂の上に置けるしらつゆの消ぬべくわれはおもほゆるかも」後撰集、六、秋中「秋の田のかりほの庵の苫を荒み我が衣手は露にぬれつつ 天智天皇」=仮に造った庵の苫が荒いので、自分の袖は露にぬれている。(「かりほ」は「仮り庵」の約。旅人らのしばしの宿りのために造る仮り屋。「かりほのいほ」は口調の上から重ねたもの)
あきのななくさ[秋の七草] (名)秋に花を咲かせる草のうちから、代表的なものを七種選んで言う。萩・尾花・葛・撫子・女郎花・藤袴・桔梗。ただし、奈良時代には、桔梗の
かわりに朝顔が入っていた。⇒ななくさのはな。
あきのはの[秋の葉の] (枕詞)もみじの照りにおう意から「にほふ」に冠する。万葉、[19-4211]「秋の葉のにほひに照れるあたらしき身のさかりすら……」
あきのよの[秋の夜の] (枕詞)秋の夜は長いところから「長き」に冠する。古今集、四、秋上「きりぎりすいたくな鳴きそ秋の夜の長き思ひはわれぞまされる」
あきのよのながものがたり[秋夜長物語] (書名)仮作物語。作者・年代ともに不明であるが、恐らく室町時代ごろの作品であろう。三井寺の稚児梅若と叡山の瞻西上人との間に同性愛が生じ、このことから三井寺と叡山との争いとなり、ついに叡山の宗徒が三井寺を焼き払う。そこで、梅若は勢田の橋から入水して死に、瞻西上人は西山の岩窟に庵室をむすんで勤行したことなどをくわしく物語ったもの。
あきはぎの[秋萩の] (枕詞)萩の枝のしなうところから「しなひ」に、また、その花の色のうつろうことから「うつる」などに冠する。万葉、[10-2284]「あきはぎのしなひにあらむ妹が姿を」古今集、十五、恋五「あきはぎのうつりもゆくか人の心の」
あきめくら[明き盲] (名)(1)目は明いているが見えないこと。また、その人。あきじひ。(2)見ても気のつかない者。ぼんやり者。義経千本桜「互に知らねば、すれ合うても、嫁姑の明き盲」(3)文字の読めない人。文盲。鷹筑波「文月をよめぬ人やあきめくら」
あきもとのちゆうなごん[顕基の中納言] (人名)大納言俊賢の子。後一条天皇の近習であったが、その崩御を悲しみ、大原で出家し、円昭と称した。永承二年(1047)没、年四十八。徒然草、五段「顕基の中納言のいひけむ、配所の月、罪なくて見むこと、さもおぼえぬべし」=顕基の中納言がいわれたそうだが、「配所の月を罪なくて見たい。」という気持、それはいかにも同感されることのようだ。
あきやまはの[秋山の] (枕詞)秋山のもみじの縁から「したぶ」に冠する。万葉、[2-217] 「秋山のしたぶる妹」同、[10-2239] 「秋山のしたびが下に」(「したぶ」は木の葉がもみじする。「したび」は、もみじ)
あきやまはのしたびをとこ……オトコ[秋山之下氷壮夫] (人名)「古事記、中巻」に見えている求婚説話中の一人物。美人の聞え高い伊豆志■登売(いづしをとめ)を弟の春山之霞壮夫(はるやまのかすみをとこ)と争い、ついにやぶれる。かれは、それを怨んで、前に弟と約束した賭け物を支払わなかったので、母に呪詛され、ついに屈服する。
あきらけし[明らけし] (形、ク)(1)明らかである。拾遣集、十、神楽歌「よろずよを明らけく見む鏡山千歳のほどは塵もくもらじ」(2)清い。いさぎよい。孝徳紀「あきらけき心」
あきらむ[明きらむ] (動、下二)明らかに見きわめる。くわしく知る。はっきりさせる。万葉、[19-4255] 「秋の花くさぐさなれど色ことに見し明きらむるけふのたふとさ」=(この饗宴の場に侍している)人人は秋の野に咲き乱れている花のようにいろいろさまざまであるが、各人の特色をよく見きわめることのできるきょうの饗宴は実に貴重な機会だった。
あくうち[灰汁打] (名)灰汁(あく)を引いて打った紙。
あくがらす[憧らす] (動、四)あこがれるようにする。あこがらせる。源氏、帚木「あはれと思ひしほどに、わづらはしげに思ひまつはすけしき見えましかば、かくもあくがらさざらまし」千載集、一、春上「梅が香におどろかれつつ春の夜の闇こそ人はあくがらしけれ 和泉式部」
あくがる[憧る] (動、下二)(1)うかれる。うかれ歩く。後拾遣、三、夏「夏草は結ぶばかりになりにけり野飼ひの駒やあくがれぬらむ」(2)心が身体から離れ出る。古今集、二、春下「いつまでか野辺に心のあくがれむ花し散らずば千代も経ぬべし 素性法師」(3)あさり歩く。源氏、帚木「日ごろ経るまで消息もつかはさず、あくがれまかりありくに」(4)男が女のもとから離れる。へだたる。落窪物語「おもておこし思ひし君は、ただあくがれにあくがる」(5)世を厭って世から離れる。栄花、様様の悦「世の中をいとはかなきものに思して、ともすればあくがれたまふを、うしろめたきことに思されけり」
あくきアツキ[悪鬼] (名)たたりをする鬼。怨霊。
あくぎやう…ギヨウ[悪行] (名)悪いおこない。悪い行動。平家、一、殿下乗合「これこそ平家悪行のはじめなれ」
あくぎやく[悪逆] (名)(1)甚だしく人の道に反する行為。(2)古の刑名。八虐の一。祖父母・父母を殺そうと謀り、または伯叔父母・舅・姑・兄・姉・外祖父母・夫・夫の父母を殺す者に課する刑。⇒はちぎやく。
あくごふ…ゴウ[悪業] (名)仏教で、苦の結果を生ずべき身・口・意の行為をいう。また、狭義には、特に苦の応報を受くべき前世の悪行為をいう。狭衣、三、下「憂しつらしと思ひ入り給ひけむ人の悪業の離れたまふべきしるし」
あくしやう…シヨウ[悪性] (名)(1)うまれつき悪いたち。先天的に悪い性質。(2)うわき。いたずら。遊蕩。淫奔。嬉遊笑覧、一「遊里にて、悪性男の髪切ることあり。人懲らさむとてする」
あくしゆ[悪趣] (名)仏教で、悪業の因を行って赴くところ。悪道。これに、地獄・餓鬼・畜生の三悪趣その他四悪趣・五悪趣がある。謡曲、梅枝「よしなき恋路に侵されて、ながなが悪趣に堕しけるよ」
あくしよ[悪所・悪処] (名)(1)悪い場所。(2)険阻な場所。難所。平家「悪所を馳すれど馬を倒さず」(3)遊里。「悪所通ひ」
あくじよ[悪所・悪処] (名)前項に同じ。
あくた[芥] (名)ごみ。ちり。古今集、十、物名「散りぬれば後はあくたになる花を思ひ知らずもまどふ蝶かな 僧正遍昭」
あくたい[悪対・悪態] (名)わるくち。あっこう。ののしること。「あくたいをつく」
あくだう…ドウ[悪道] (名)仏教で、衆生が悪業の因のために死後行くべき道。六道の中の地獄・餓鬼・畜生の三道をいう。三悪道。あしきみち。
あくたがは…ガワ[芥川] (地名)摂津の国、大阪府三島郡にある川。京都府乙訓郡大原村の山中に発して淀川に入る。伊勢物語「昔、男ありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに率てゆきけり。芥川といふ河をいきければ……」古川柳「あくた川どつちも逃げるなりでなし」(男も女も身分の高い人だから、りっぱな服装である)
あくたび[芥火] (名)海人が海藻などの芥をかき集めて焚く火。
あくたびの[芥火の] (枕詞)頭音をくりかえして「あく」に冠する。拾遣集、十五、恋五「ほのかにも我を三島のあくた火の厭くとや人のおとづれもせぬ」=ちらりとわたくしを見て愛した人が、もう厭きたのか、さっぱり音信もない。(「三島」に「見し間」をかけている)
あくぢよ…ジヨ[悪女] (名)(1)みにくい女。醜婦。諺「悪女の深情(ふかなさけ)」(2)心のわるい女。毒婦。
あくどし (形、ク)あくどい。くどくどしい。しつっこい。うるさい。宇津保、蔵開「北の方……あらあらしうかくあくどく言はれたまふ」
あくねん[悪念] (名)悪事を思う心。悪心。
あくねんりき[悪念力] (名)恐ろしい念力。傾城島原蛙合戦「上ぐれば見上げ、おろせば見下ろす。悪念力」
あくひつ[悪筆] (名)(1)粗製の筆。(2)筆蹟のまずいこと。また、その筆蹟。
あくふ[悪婦] (名)「あくぢよ」に同じ。
あくぶ (動、四)あくびをする。
あくみ (名)あきること。倦むこと。いやになること。吉野都女楠「古今無双の名将と呼ばれたる足利尊氏に、一あぐみあぐませむ」
あぐみ[足組] (名)あぐら。
あぐむ (動、四)あきる。倦む。いやになる。太平記、三十五「寄手共も、今度のいくさは、定めて手痛からむずらむと、あぐんで思ひけるが、案に相違して」
あぐむ[足組む] (動、四)両足を組んですわる。あぐらをかく。古事記、上「たけみかづちの神……とつかつるぎを抜きて浪の穂にさかさまに刺し立てて、そのつるぎのさきにあぐみゐて、その大国主の神に言ひたまはく」
あくや[幄屋] (名)「あげはり」に同じ。平家、十、大嘗会沙汰「節下の握屋について、前に龍旗立て」
あくよなみ (句)「厭くの世無み」の意。厭き足る時が無いので。うらが花、七、長歌「いはしいろの浜松が枝の八千年もあくらの浜のあくよなみ和歌の浦回のわかえつつ」
あくら (地名)「万葉集」その他の和歌に「あくうら」「あくらのうら」「あくらのはま」などと出ているが、紀伊の国の海浜であるというほか、今のところ明らかでない。
あぐら (名)(1)足場。竹取「あぐらを結ひてあげてうかがはせむに、そこらの燕、子うまざらむやは」(2)胡床。呉床。上古、貴人の用いた高い座席で、寝台の代わりにもしたもの。「胡床」「呉床」は、ただ借りた文字で、中国風のもではない。古事記、上「あめわかひこがあぐらに寝たる高胸坂に当たりてみうせにき」雄略記、四年八月「たままきのあぐらに立たし、しづまきのあぐらに立たし」(3)腰掛。牀机。この方は、中国の胡床にならって作ったものであろう。枕草子、十一「内の御つかひに五位の蔵人まゐりたり。御さじきのまへにあぐらたててゐるなど、げにぞなほめでたき」(4)「あぐらゐ」の略あぐらにすわるすわり方。脛をちがえて、臀を下につけてすわるもので、昔の正式のすわり方である。稜威言別、八「今俚言に平らにすわるを、あぐらかくといふめるは、この胡床(あぐら)にをるときの居りざまなるをいひ伝へたるならむ」
あぐらゐ…イ[胡床居] (名)胡床(あぐら)に腰をかけていること。古事記、下「あぐらゐのかみのみてもち、ひくことに、まひするをみな、とこよにもかも」=あぐらにすわっていらっしゃるうつつ神(天皇)の御手をもってひかれる琴に(あわせて)、舞いをする淑女は、とこしえに恒久不変であって欲しい。⇒とこよ。
あくりやう…リヨウ[悪霊] (名)怨みなどのあったために、たたりをする死霊。をんりやう。大鏡、五、太政大臣伊尹「あはれといふ人もあらば、それをも怨みむなど誓ひて失せ給ひにければ、代代の御悪霊とこそはなり給ひたれ」
あぐゐ[安居院] (地名)鎌倉時代の叡山の僧、聖覚(安居院法印)の里坊で、山城の国愛宕郡にあったが今はその坊は廃絶している。京都市上京句大宮通り上立売の北に当たり、今も町名として残っている。徒然草、五十段「そのころ、東山より安居院の辺りへまかり侍りしに、四条よりかみざまの人、みな北をさして走る。」
あくわい…カイ[亜槐] (名)大納言の唐名。亜相。山槐(三公)に次ぐ義。「亜」は「次ぐ」の義。⇒さんくわい(三槐)
あけ[赤・朱・紅・緋] (名)(1)赤いこと。赤い色。 古事記、下「にはたづみ、あか紐にふれて、青みなあけになりぬ」(「にはたづみ」は、我かに雨が降って地上を流れる水)(2)あけのころも。あけごろも。五位の官人の着る緋の袍をいう。また、「五位」の異称。大和物語「玉くしげふたとせ逢はぬ君が身をあけながらやはあらむと思ひし」=二年間も逢わないあなたが昔の官位の五位のままであろうと思ったであろうか、(四位に昇らなかったのが)いかにも残念です。(「玉くしげ」は「ふた」の、枕詞。「ふた」「あけ」は縁語であり、また、いずれも懸詞である)(3)馬の毛色。赤毛。源順馬名合「ほのぼのと山のはのあけ走りでて木の下かげを見ても行かなむ」
あげうた[上げ歌・挙げ歌] (名)(1) 上代歌謡のうち、声をあげて高調子に歌う歌の称。古事記、下「こは、ひなぶりのあげうたなり」⇒ひなぶり。(2)謡曲組織の一部を成し、上音を基調として、全局平ノリ拍子に合う謡段の称。「さげうた」の対。
あげおとり (名)児童が元服して髪をあげたために、却って前より顔かたちの劣ること。源氏、桐壺「いとかうきびはなるほどは、あげおとりやと疑はしくおぼされつるを」⇒きびはなり。
あけがらす[明け烏](名)新内・清元・常磐津・義太夫節などの曲の名で、内容は、浦里という女を情夫の時次郎が雪の中をひそかに連れて逃げ出すという筋である。
あげく[挙句] (名)(1)連歌で、はじめの五七五音の発句に対して、最後の七七音をいう。(2)転じて、事物の終末・最後の意となり、「挙句のはて」などともいう。曾根崎心中「理屈につまつてあげくには、死なず甲斐な目に逢うて、一分は廃つた。」
あげごし[上げ輿・揚げ輿] (名)肩でかつぐ輿。「さげごし」の対。
あけごり[暁垢離] (名)信心のために、未明に水を浴びて身心を清浄にすること。短夜仇散書、二「わしらは今夜はあけごりに行きやすから」
あげごり[上げ垢離] (名)垢離の最後の日をいう。万句合「上げ垢離に土佐(どさ)の来たのは秘し隠し」(「土佐」は「土佐衛門」の略で、溺死した人))
あけごろも[緋衣] (名)五位の官人の着る緋の袍。あけ。あけのころも。あけのきぬ。また、「五位」の異称。
あけごろも (枕詞)頭音をくりかえして「あけ」に冠する。後撰集、十五、雑一「うばたまのこよひばかりはあけごろもあけなば君をよそにこそ見め」
あげざまに (副)上へ突き上げるように。古今著聞集、十七、変化「その折、車刀(くるまがたな)にてあげざまに刺したりければ、手ごたへしてけり」
あけさる[明け去る] (動、四)明けはなれる。すっかり明ける。万葉、[3-388]「ゐまち月、明石の門ゆは、夕されば潮を満たしめ、明けされば潮を干しむ。」
あげじとみ[上げ蔀] (名)上部を金具で取り付けにし、軒裏から吊り下げた金具により、内または外にへ開くようにした蔀。⇒しとみ。
あげた[上げ田・高田] (名)土地が高くて燥(かわ)く田。「くぼた」の対。古事記、上「そのいろせ、あげたを作らば、ながみことはくぼたをつくり給へ。そのいろせ、くぼたを作らば、ながみことはあげたをつくり給へ」
あけたつ[明けたつ] (動、四)明けそうになる。明けそめる。すっかり明ける。万葉、[19-4177]「明けたたば松のさ枝に、夕さらば月に向かひて」源氏、浮船「あけたてば、川の方を見やりつつ」
あけつらひアゲツライ(名)あげつらうこと。論ずること。
あけつらふアゲツラウ (動、四)論ずる。また、相談する。古事記、序文「やすのかはにはかりて天下を平らげ、小浜にあげつらひて、国土を清めき」同、上「つとめて、よもつかみとあげつらはむ」(この場合は「相談する」)
あげど[揚げ戸・騰げ戸] (名)(1)竪溝に沿うて上下し得る戸。古事記、上「すなはち、殿のあげどよりいでむかへますときに」(ただし、この「あけど」は殿中の■■処だとの説もある)(2)「つきあげど」に同じ。
あけのきぬ[緋の衣] (名)「あげころも」に同じ。
あけのこる[明け残る] (動、四)夜が明けても、まだ月や星が空に残って見える。風雅集、十六「白みまさる空のみどりは薄く見えて明け残る星の数ぞ消えゆく」
あけのころも[緋の衣] (名)「あけごろも」に同じ。
あけのころも[明けの衣] (名)真白な清浄な衣。斎服に用いるもの。神楽歌「すべがみは、よき日まつれば、あすよりは、あけのころもを■衣(けごろも)にせむ」⇒けごろも。
あげはり[■] (名)四方と上とに錦などの幔幕を張った仮り屋。内裏の節会その他の集会の時などに臨時に設けるもの。■屋(あくや)。古事記、中「また、その山の上に、きぬかきを張り、あげはりを立てて、いつはりて、舎人をみこになして、あぐらにませて」枕草子、十一「内に入りぬれば、いろいろの錦のあげはりに、みすいとあをくかけわたし」
あげはり[上げ張り] (名)袴のくくりのところを手で挙げること。
あけばん[明け番] (名)宿直などの勤務を終えて、朝方、交替退出する番の人。「当番」の対。
あげびさし[揚げ廂] (名)「つきあげど」に同じ。
あけぼの[曙] (名)夜のほのぼのと明けそめるころ。夜明け。あさぼらけ。しののめ。あかつき。枕草子、一「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎはすこしあかりて」
あげまき[総角] (名)(1)「みずら」に同じ。景行紀「いまだあげまきに及ばず」(2)その髪をした童。神楽歌「あげまきをわさ田にやりて」(3)「あげまきむすび」の略。(4)鎧の逆板に着けるあげまきむすびの組緒。義経紀、五「判官…川ばたに走りより来て、とほるあげまきに引つかけ、これ見よやと仰せられければ」(5)神楽歌の曲名。歌詞「あげまきをわさ田にやりたや、そをもふと……」(6)催馬楽の呂の曲の一。歌詞「あげまきやトウトウ尋(ひろ)ばかりや……」
あげまきむすび[総角結] (名)緒の結び方の一。左右に輪を出し、中を石畳に組むように結ぶもの。御簾・鎧・文箱などの飾りにする。あげまき。
あけまく[明け設く] (動、下二)戸を明けて迎える準備をする。万葉、[4-744]「ゆふさらば屋戸あけまけてわれ待たむ夢に相見に来むといふ人を」=夕方になれば家の戸を明けて迎える用意をしよう、夢の中で私に会いに来るとみたその人を。
あげまど[上げ窓] (名)「つきあげまど」に同じ
あげまり[上げ鞠] (名)蹴鞠のとき、鞠を蹴終わった後、貴人または上手の者のする作法。
鞠を木の枝に懸けず、人にも当てないように、人の目の高さくらいに蹴ること。増鏡、一二、老のなみ「後鳥羽院建仁のためしとて、新院、御あげまり三足(みあし)ばかりたたせ給ひて落とされぬ」
あけむつ[明け六つ] (名)朝の六つ時。卯の上刻。午前六時。「暮れ六つ」の対。
あげや[揚げ屋] (名)客の求めに応じて、娼家から遊女を呼び寄せて遊興させる家。身分ある客が直接娼家へ行くことを憚るところから生じたもの。
あけらくわんかう……カンコウ[朱楽管江] (人名)江戸時代、天明期の狂歌師。本名は山崎景貫。「故混馬鹿集」などの著がある。寛政十二年(1800)没、年六十。
あこ (名)童男・童女の称。少年・少女を親しんで呼ぶ語。源氏、帚木「あこはらうたけれど、つらきゆかりにこそ、え思ひはつまじけれ」
あこ (代)人を親愛して呼ぶ対称代名詞。宇津保、俊蔭「母あやしがりて、などあこはこのごろ乳はのまぬぞ、なほのめ」源氏、帚木「あこは知らじな、その伊予のおきなよりはさきに見し人ぞ」
あご[吾子] (名)「あが子」の略転。わが子または親しい者の愛称。神武紀、戌年十月「あごよ、いまだにも、あごよ」万葉、[13-3295]「通はすもあご」
あご[網子] (名)「あみこ」の略転。地曳網を引く者。万葉、[3-238]「あびきすとあごととのふる海人の呼び声」
あご[阿胡] (地名)摂津の国、大阪府住吉郡の海浜の地名。万葉、[7-1154]雨は降るかりほは作るいつのまにあごのしほひに玉は拾はむ」
あこえ[距] (名)「けづめ」に同じ。雄略紀、七年七月「大なる雄鶏を以て呼びて己が鶏として、鈴金のあこえを着けて競いてたたかはしむ」(けづめの代用にする金属を着けて、たたかわせたのである)
あこがらす[憧らす] (動、四)あこがれるようにする。あくがらす。⇒あくがらす。
あこがる[憧る] (動、下二)あこがれる。あくがる。新後撰集、秋「あこがれてゆく末遠き限りをも月に見つべき武蔵野の原」
あこぎ[阿漕] (地名)伊勢の国、三重県安濃郡の地名。安濃(あのう)を「あこき」と読んだことに基づくものか。今の津市。
あこぎ[阿漕] (人名)架空の女性の名。伊勢の阿漕が浦は、もと伊勢大神宮へ御贄献進のための禁漁区域であったが、阿漕という海女が七月十六日の夜ひそかに網を投じて魚をとったことがあらわれ、ついに海に沈められた。すると、その後七月十六日の夜になると、その海女の幽霊があらわれて網を引くと言い伝えられている。この伝説を取扱った和歌・謡曲・戯曲の類はすこぶる多い。
あこぎ[阿漕] (名)「古今六帖」の「逢ふことをあこぎの島に引く網のたび重ならば人も知りなむ」の歌から、次の意味の名詞が生じた。(1)たびかさなること。(2)飽くことをしらぬこと。しつっこいこと。貪欲。堀河波鼓「あこぎながら、とてものことに今ここで」
あこぎがうら[阿漕が浦] (地名)今の三重県津市の海岸。新千載集「いかにせむ阿漕が浦に袖ぬれてつむや塩木のからき思ひを」謡曲、阿漕「関の戸ともに明け暮れて、阿漕が浦に着きにけり」
あこぎづか……ズカ[阿漕塚・阿古木塚] (地名)今の三重県津市にある塚。海女阿漕の幽霊をしずめるために一本榎を植えて築いた塚。
あこぎものがたり[阿古義物語] (書名)読本。四巻。式亭三馬作。文化六年(1809)成る。伊勢の阿漕が浦の十人切りの争乱に端を発し、阿漕平次の忠魂義胆、少女■麦の考心義志、岩窟大王白波雲平の極悪無道を骨子として展開される一種の勧善懲悪小説。
あこねのうら[阿胡根の浦] (地名)和歌山県日高郡名田村大字野島の海岸か。万葉、[1-12]「わが欲りし野鳥は見せつ底深きあこねのうらの玉ぞ拾はむ」
あごねのはら[阿後尼の原] (地名)京都府宇治市の三室の附近にあった原か。万葉、[13-3236]「宇治のわたり、たぎのあごねのはらを、千歳に欠くることなく」
あごのうら[英■の浦] (地名)三重県英■郡の国府附近の海辺か。万葉、[1-40]「あごうのうらに船乗りすらむをとめらが玉裳のすそに潮満らむか」
あごのかりみや[阿胡の行宮] (地名)持統天皇が伊勢地方に行幸された時の行宮。三重県英■郡の国府の地か。持統紀、六年「五月乙丑朔、庚午、阿胡の行宮にみゆきしたまふ時」
あこめ[衵] (名)(1)婦人・童女の下着で、かざみの下に着るもの。枕草子、一「わらはのあこめのうはおそひは、何色につかうまつるべきと申すを、また笑ふもことわりなり」=童女あこめの上に着る衣は何色に致しましょうかと言うのを、また笑うのも道理である。(「かざみ」と言えばよいのに大進生昌の度度のまぬけを笑うのである)(2)男子の束帯の時、下襲(したがさね)の下、単の上に着るもの。附図参照。「あこめ」は、下襲と単とのあいだにこめるからいう。源氏、若紫「紅深き衵の袂うちしぐれたるに、気色ばかりぬれたる」
あこや[阿古屋] (名)(1)「あこやだま」「あこやのたま」の略。山家集「あこやとる井貝の殻を積みおきて宝のあとを見するなりけり」(2)「あこやだんご」の略。円珠庵雑記「伊勢には女のわざにちひさう美しき団子を売りありくとて、あこや、あこや召さぬかといふ」
あこや[阿古屋] (地名)出羽の国、今の山形市外の千歳山の称か。「あこやの松」といって、そこの松が有名であった。平家、二、阿古屋松「さらばとて、実方の中将も出羽の国に越えてこそ阿古屋の松をば見てげれ」
あこや[阿古屋] (人名)浄瑠璃「壇の浦兜軍記」に出て来る架空の女性で、悪七兵衛景清の情人。源氏方にとらえられ、景清の行方を詮議されるが頑として答えない。そこで、源氏方では、阿古屋に三味線・琴・胡弓の三曲を奏でさせるが、その音色が少しも乱れないので、ついに嫌疑が晴れる。この場面は、この浄瑠璃の三段目で、「阿古屋の琴責め」といわれている。
あこやだま[阿古屋玉] (名)「真珠」の異称。あこやのたま。あこや。昔、尾張の国、愛知県知多郡阿古屋の浦から良種の真珠を産したのでこの名がある。
あこやだんご[阿古屋団子] (名)粳米と餡とで真珠の形に似せて作った団子。あこや。
あこやのことぜめ[阿古屋の琴責め] (句)「あこや(人名)」参照。
あこやのたま[阿古屋の珠] (名)「あこやだま」に同じ。宇治拾遣、十四「袴の腰よりあこやの珠の大なる豆ばかりありけるを取り出して取らせたりければ」
あごよあごよ (句)「こどもよこどもよ」の意をもって、一種のはやしとしたもの。神武紀、戌午十月「かむかぜの……しただみの、あごよあごよ、しただみの」
あさあさし[浅浅し] (形、シク)奥深くない。あさはかだ。無造作だ。
あざあざし[鮮鮮し] (形、シク)あざやかだ。はっきりしている。公然とあらわである。謡曲、加茂「総じて神の御事を、あざあざしく申さねども、あらあら一義をあらはすべし」
あざあざと (副)あざやかに。はっきりと。源氏、御法「来しかた余りにほひ多くあざあざとおはせし盛りは」
あさい[朝寝] (名)あさね。「い」は寝入る意の名詞。「いぎたなし」「いをぬる」「熟寝(うまい)」などの「い」である。更級日記「夕霧たちわりて、いみじうをかしければ、あさいなどもせず」
あさかがた[朝香潟] (地名)摂津の国住吉郷にあった名所。後世、地形が変じてその位置未詳。または、和泉の国、大阪府泉北郡五個荘村の海浜「あさかのうら」と同一か。謡曲、高砂「春なれや、残んの雪の朝香潟」
あさかげ[朝影] (名)(1)朝日の光。朝日影。宇津保、梅花笠「朝影に遥かに見れば山の端に残れる月もうれしかり」(2)朝の顔かたち。万葉、[19-4192]「あさかげ見つつ、をとめらが、手にとりもたるまそ鏡」(3)朝日にうつる影のように恋にやつれた身の比喩。万葉、[11-2394]「あさかげにわが身はなるぬ玉かぎるほのかに見えて去(い)にし子ゆゑに」
あさがけ[朝駈・朝懸] (名)(1)朝早く出かけること。(2)早朝出かける時。(3)早朝不意に敵陣に襲いかかること。あさごめ。高国記「神呪寺より富松城へ朝がけして責め落し」
あさかごんさい[朝積艮斎] (人名)江戸時代末期の儒者。名は信。字は思順。見山楼と号した。岩代の国、福島県郡山の人。昌平■教官となる。万延元年(1860)没、年七十。主著、論孟衍来旨・艮斎閑話。
あさがすみ[朝霞] (名)朝たつ霞。万葉、[2-88]「秋の田の穂のへに霧らふあさがすみいづへのかたに我が恋ひやまむ」
あさがすみ[朝霞] (枕詞)霞の立ちこめた時は物がはっきり見えぬところから「ほのか」に、幾重にもたち重なることから「八重山」に、また、「春日(はるび)」「かびや」などに冠する。万葉、[12-3037]「あさがすみほのかにだにや妹にあはざらむ」同、[10-1941]「あさがすみ八重山越えて」同、[10-1876]「あさがすみ春日の暮れは木の間より」
あさがたち[朝容・朝貌] (名)朝起きた時の顔や姿。頼政集、上「暮れぬとて人寝(ぬ)る野辺のみなへし今さは花のあさがたち見む」
あさかたんぱく[安積■泊] (人名)江戸時代末期の儒者。名は覚。字は子先。老圃・常山などと号した。水戸の人。朱舜水に学ぶ。のち、「大日本史」編集の総裁となる。元文二年(1737)没、年八十一。主著、大日本史論賛・烈祖成績。
あさかのうら[浅香の浦] (地名)和泉の国、今の大阪府泉北郡五個荘村に属し堺市の東に当たる。昔の住吉郡大羅郷の地。「浅香潟」と同じ地か。万葉、[2-121]「夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな」
あさかのぬま[安積の沼・浅香の沼・朝香の沼] (地名)岩代の国、福島県安積郡にあった沼。山野井村大字日和田の西にある東勝寺の後方の小池であるという。古今集、十四、恋四「みちのくの浅香の沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ」(「みちのくのは浅香の沼の花かつみ」は「かつ見る」というための序詞)
あさがほ…ガオ[蕣] (書名)江戸の講釈師芝屋芝叟の長話の一。熊沢蕃山の事跡を綴ったもの。のちの「朝顔日記」の種本となる。
あさがほにつき…ガオ…[朝顔日記] (書名)(1)十巻。馬田柳浪作。芝屋芝叟の長話「蕣」を種本としたもの。文化八年(1811)刊。(2)右を脚色した戯曲「生写蕣日記」の略称。秋月弓之助の娘深雪(みゆき)が、ひととせ宇治の蛍狩りで見そめた情人駒沢次郎左衛門の行方を探しているうちに盲目となり、東海道の宿宿で「朝顔」と名のってかどづけとなる。やがて、大井川の宿で情人の部屋へ呼ばれるが、盲目のため、それは分からぬ。駒沢は深雪のあわれな姿を見て気の毒に思うが、事情あって自分を明かすことができず、翌朝旅立ってしまう。あとで、昨夜の客が駒沢であることを知った朝顔は、あとを追うて大井川の端までかけて行くが、情人はすでに川を渡ってしまった。嘆き悲しんでいるところへ、忠僕がかけつけ、その自殺によって朝顔の目があく。この段は、「朝顔日記宿屋の段」と呼ばれ、しばしば上演される。
あさがほの…ガオ…[朝顔の] (枕詞)「穂」「年」などに冠する。万葉、[10-2257]「あさがほの穂には咲きでぬ恋をするかも」同、[14-3502]「我が目妻人は放くれどあさがほの年さへこそと吾は放(さ)かるがへ」
あさがほのつゆ…ガオ…[朝顔の露] (句)朝顔の花の上に置く露が、たちまち朝日の光で消えるように、はかないことの比喩。方丈記「その主人と住家と無常を争ひ去るさま、いはば朝顔の露に異ならず」(この文句は、新古今、二十、釈教「何か思ふ何かは嘆く世の中はただ朝顔の花のうへの露」に基づくものであろう)
あさがみの[朝髪の] (枕詞)「乱る」に冠する。万葉、[4-724]「朝髪の思ひ乱れてかくばかり」
あさかやま[安積山・浅香山・安積香山] (地名)岩代の国安積郡安積郷の山。今の福島県安積郡山野井村・富久山村・富田・片平・安子島等にわたる陸羽街道の東側の円丘をいったようである。万葉、[16-3807]「安積香山かげさへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに」(「山の井」は自然にわき出る泉のことで、掘った井戸に比し浅いものであるから、「浅き心」と言い、上三句は序詞である。「あさかの沼」も、この山の附近にあったと思われる)奥の細道「檜皮の宿を離れて、あさか山あり。路より近し。このわたり沼多し。かつみ刈るころもやや近うなれば」
あさかやま[浅香山] 「あさし」に冠する。源氏、若紫「あさか山浅くも人を思はぬになど山の井のかげ離るらむ」=わたくしは人(紫の上)を決して浅くは思っていないのに、紫の上はなぜわたくしから離れてかげをお見せにならないのでしょう。(「あさか山」と「山の井」に大して意味はない。「万葉」の「あさか山かげさへ見ゆる山の井の」の句を織り込んだに過ぎない)
あさかやまのあとをたづぬ…オタズヌ[浅香山の跡をたづぬ] (句)和歌の心の深いか浅いかを究明する。新古今、序「難波津の流れを汲みいて清(す)み濁れるを定め、浅香山の跡をたづねて深き浅きをわかてり」(「万葉」の「あさか山かげさへ見ゆる」を利かせていう)
あさかやまのみち[浅香山の道] (句)手習の道。古今集、序「難波津の歌は帝のおほん始めなり。浅香山のことばは妥女(うぬめ)のたはぶれよりよみて、このふた歌は、歌の父母のやうにてぞ、手習ふ人の始めにもしける」に基づく。
あさがれひ…ガレイ[朝餉] (名)(1)天皇が朝夕、朝餉の間できこしめす御食事。大床子(だいしやうじ)より略式なもの。「朝」は「朝廷」の義で、「あさ」の意ではないという。源氏、桐壺「ものなどもきこしめさず、あさがれひのけしきばかり触れさせ給ひて」(2)「あさがれひの間」の略。源氏、絵合「あさがれひの御障子あけて」徒然草、二十三段「露台・朝餉・何段・何門などは、いみじとも聞ゆべし」
あさがれひのつぼ…ガレイ…[朝餉の壺] (名)清涼殿朝餉の間の西の庭。朝餉の庭。西の小庭。
あさがれひのま…ガレイ…[朝餉の間] (名)天皇の食事をきこしめす室。清涼殿朝餉の西廂、朝餉の壺に面する。あさがれひ。附図参照。
あさぎ[浅葱] (名)浅葱(あさずさ)の葉の色の義。(1)緑がかった淡い藍色。枕草子、二「ふたあゐの直衣指貫、あさぎのかたびらをぞすかし給へる」=二藍の直衣や指貫を着て、浅葱色のかたびらを、下から透していらっしゃる。(2)六位の袍の色であることから、転じて「六位」の称。源氏、乙女「あさぎの心やましければ内裏(うち)へ参ることもせず」=六位でいることがいやなので、参内もしない。
あさぎ[浅木] (名)節くれだった悪い材木。夫木抄、二十九「取りかぬるあさぎの宮木節しげみさもわれにくく人のいふかな」
あさきくつ[浅き沓] (名)「あさぐつ」に同じ。
あさぎた[朝北] (名)朝吹く北風。土佐日記「かぢとり、舟子どもにいはく、御舟より仰せたぶなり朝北の出で来ぬさきに網手はや引け」=船頭が舟子たちにいう。「御舟の御主人からの仰せだ。朝北の吹かないうちに、網手を早く引け」
あさぎよめ[朝浄め・朝清め] (名)朝の掃除。大鏡、三、左大臣師尹「主殿寮のしもべも、朝ぎよめ任うまつることもなければ、庭の草も茂りまさりつつ」
あさぎりの[朝霧の] (枕詞)朝霧のぼうっとしてさだかならぬ景から「ほのか」「思ひまどふ」「乱るる心」「おほ」などに冠し、また、幾重にもたちこめるので「八重」「立つ」などに冠する。万葉、[3-481]「みどりごの泣くをも置きてあさぎりのおほになりつつ」同、[13-3344]「あさぎりの思ひまどひて」同、[17-4008]「あさぎりの乱るる心」以下、例略。
あさぐつ[浅沓・浅履] (名)装束に用いる沓。桐を掘って作り、外側を漆黒で塗り、内側の沓敷(くつしき)に平絹をはる。あさきくつ。かりはなくつ。はなきれくつ。
あさくらのみや[朝倉の宮] (地名)(1)斉明天皇の行宮。今、福岡県朝倉郡宮野村、朝倉山の南麓にその宮扯がある。(2)雄略天皇の皇居「泊瀬の朝倉の宮」の略。
あさくらやこのまろどのにわれをれば…オレバ (句)新古今、十七、雑中「朝倉や木の丸殿にわれをれば名のりをしつつ行くは誰が子ぞ」天智天皇が皇太子であられた時、斉明天皇に従って朝倉の行宮に行かれた時の御歌。「木の丸殿」は丸太で作った仮りの宮。その宮の前を名のりをしながら通った人があったので、こう歌われたもの。
あさくらやま[朝倉山] (地名)筑前の国、福岡県朝倉郡宮野村の東部にある山。その南麓に、斉明天皇の朝倉の宮のあとがある。枕草子、一「山は……あさくら山、よそに見るらむ、いとをかしき」
あさけ[朝明] 名)あさあけ。よあけ。あけがた。万葉、[7-1155]「なごの海のあさけのなごりけふもかも磯の浦回に乱れてあらむ」
あさげ[朝餉] (名)朝の食事。また、その飯をたくこと。「ゆふげ」の対。永久百首「みやま柴おのがかまどにとりくべてあさげゆふげの煙立つめり」
あさごほり…ゴオリ[朝氷] (枕詞)氷のとけるところから「とく」に冠する。拾遺集、四、冬「霜の上に降る初雪のあさごほりとけずもものを思ふころかな」
あさごめ[朝込め] (名)「あさがけ」に同じ。
あさざはをの[浅沢小野] (地名)摂津の国、今の大阪市住吉区住吉神社南方の低地。この辺りに沼が多く、かきつばたの名所として知られる。万葉、[7-1361]「住吉の浅沢小野のかきつばた衣(きぬ)にすりつけ着む日知らずも」(久しく心にかけて来たが、目的の達しがたいことの比喩)
あさし[浅し] (形、ク)(1)うすい。あわい。源氏、藤裏葉「二葉より名だたる園の菊なれば浅き色別く露もなかりき」(2)あさはだか。水鏡、上「いにしへはかくしもあらざりけむとあさく思すまじ」(3)低い。いやしい。源氏、少女「みなおのおの加階しのぼりつつおよずけあへるに、あさきをいとつらしと思はれたるが心苦しう侍るなり」=みんな他の人は、それぞれ位が高くなりながら成長して行くのに、自分だけが低い位にあるのを、たいそうつらいことだと思っているのが心苦しいのだ。(4)愛情が深くない。源氏、胡蝶「あさくは思ひきこえさせぬ心ざし」
あさじのはら[浅篠原] (名)せいの低い笹原。古事記、中「あさじのはらこしなづむ、そらはゆかず、あしよゆくな」=せいの低い笹原に腰の辺を支えられて自由に行動ができぬ。空を飛ばずに、徒歩で行くこと(のもどかしさ)よ。
あさじもの[浅霜の] (枕詞)「消(け)」「消え」に冠する。万葉、[7-1375]「あさじものけやすき命」続古今、十三「あさじもの消えなで何と夜を重ぬらむ」
あさずをせささ…オセ…[あさず食せささ] (句)「あさず」は「余さず」、「食せ」は「召しあがれ」、「ささ」は「いざいざ」。さあさあ、残さず、どしどし召しあがれ。(「古事記」中巻および「神功紀」にある「酒楽歌(さかあそびのうた)の最後の句」)
あさだち[朝立ち] (名)朝早く旅に出立すること。朝の出立。万葉、[2-210]「鳥じもの朝立ちいまして入り日なす隠りにしかば」
あさぢ…ジ[浅茅] (名)せいの低い茅萱(ちがや)。まばらに生えている、せいの低い芽。枕草子、三「草は……まろこすげ・うきくさ・あさぢ・あをつづら」
あさぢがつゆアサジ…[浅茅が露] (句)浅茅におく露。荒れた宿のさびしさの形容。源氏、賢木「風吹けば先ぞ乱るる色かはる浅茅が露にかかるささがに」
あさぢがはなアサジ…[浅茅が花] (名)つばな。万葉、[8-1514]「秋萩は咲きぬべからしわが宿の浅茅が花の散りぬる見れば 穂積皇子」
あさぢがはらアサジ…[浅茅が原] (句)浅茅の生えている野原。あさぢはら。あさぢふ。源氏、賢木「秋の花みな衰えて、浅茅が原にも枯れ枯れなる虫の音に、松風すごく吹きあはせたるに」平家、五、月見「ふるき都を来て見れば、浅茅が原とぞ荒れにける、月の光はくまなくて、秋風のみぞ身にはしむ」
あさぢのうらアサジ…[浅茅の浦] (地名)対馬上下二島の間にある内海。今の浅海湾の旧名
あさぢはらアサジ…[浅茅原] (名)「あさぢがはら」に同じ。古事記、下「阿左遅波良小谷を過ぎてももづたふ、ぬてゆらぐも、おきめ来らしも」=浅茅原の小さな谷を過ぎ、境内を伝って置女が来るらしい。鐸(ぬて)がゆらいで鳴っているよ。
あさぢはらアサジ・・・・[浅茅原] (枕詞)「ちはら」の類音から「つばらつばら」にまた、その場所から「小野」「茅生」に冠する。万葉、[3-333]「浅茅原つばらつばらにもの思へば」同、[12-3063]「浅茅原小野にしめ結ふそらごとも」同、[12-3057]「浅茅原茅生(ちふ)に足ふみ心ぐみ」
あさぢふアサジフ[浅茅生] (名)浅茅の生えているところ。あさぢがはら。あさぢはら。古今集、十一、恋一「あさぢふのをのの篠原忍ぶともひと知るらめやいふ人なしに」(「あさぢふのをのの篠原」は「忍ぶ」というための序詞)後撰、九、恋一「浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋ひしき 源等」(上二句は、やはり「忍ぶ」というための序詞)
あさぢやまアサジ…[浅茅山] (地名)対馬の国、下県郡浅海湾内の島の一峰をいうか。万葉、[15-3697]「ももふねのはつる対馬の安佐治山しぐれの雨にもみたびになり」=多くの船の泊まる対馬の浅茅山の木木は、時雨のために、すっかり紅葉してしまった。
あさづくひアサズク…[朝づく日] (枕詞)「むかふ」に冠する。万葉、[7-1294]「あさづくひむかひの山に月立てる見ゆ」同、[11-2500]「あさづくひむかふつげ櫛ふりぬれど」
あさづくよアサズク…[朝月夜](名)「あかつきづくよ」に同じ。万葉、[1-79]「わが寝たる衣の上ゆあさづくよさやに見ゆれば」
あさづま…ズマ[朝妻] (地名)(1)大和の国、奈良県南葛城郡葛城村の大字。古くは「朝津間・朝嬬」などと書いた。仁徳紀、二十二年、正月「あさづまのひかの小坂を片泣きに道行くものもたぐひてぞよき」=朝妻のひかの小坂を泣きながら道行く人も、やはり連れがあった方がよい。(仁徳天皇が皇后に示された歌)(2)近江の国、滋賀県坂田郡入江村の大字。琵琶湖の東岸に位し、南に朝妻の入江を擁する。昔は湖東の要津として繁盛した地。
あさづまぶね…ズマ…[朝妻船・浅妻船] (名)琵琶湖東岸の朝妻から琵琶湖を渡り、大津へ往復する渡し船の称。この船は遊女をせて旅人の旅情をなぐさめたことかで名高い。謡曲、室君「朝妻船とやらむは、それは近江の海なれや。われもたずねて、恋ひしき人に近江の、海山を隔たるや、あぢきなの浮き船の、棹の歌をうたはむ」
あさづまやま…ズマ…[朝妻山] (地名)大和の国奈良県南葛城郡葛城村大字朝妻にある山で、金剛山につらなる。万葉、[10-1817]「けさ行きてあすは来むといふしかすがに朝妻山に霞たなびく」(朝だけ会う妻にかけていう)
あさつゆの[朝露] (枕詞)「消(け)」「消え」「置く」「命」「わが身」などに冠する。万葉、[13-3266]「朝露の消なば消ぬべく」同、[9-1804]「朝露の消易きいのち」源氏、宿木「朝露のいかに置きける」以下、例略。
あさで[浅手] (名)浅い傷。微傷。「ふかで」の対。太平記、二十六「深手・浅手負はぬ者もなかりければ」
あさで[麻手・麻布] (名)麻布(あさぬの)。「で」は栲(たへ)の転。万葉、[14-3454]「庭にたつ麻布こぶすまこよひだにつまよし来せぬ麻布こぶすま」=夜床の麻布の衾よ、ふだんはとにかく、今夜だけはわが夫を寄り来させよ。夜床の麻布よ。(「庭にたつ」は「麻」の枕詞)
あさと[朝と] (名)朝方。「ゆふと」の対。古事記、下「やすみししわが大君のあさとには、いよりだたし、ゆふとにはいよりだたす」=わが大君の、朝方・夕方寄り立たれる。
あさと[朝戸] (名)朝開く戸。後撰集、五、秋上「朝戸あけて眺めやすらむたなばたはあかぬ別れの空を恋ひつつ 紀貫之」=七月八日の朝、たった一夜であかぬ別れをしたたなばたは、朝戸をあけて空を恋いつつ、悲しく眺めることであろう。
あさとで[朝戸出] (名)朝戸をあけて出て行くこと。「夜戸出」の対。万葉、[10-1925]「朝戸出の君がすがたをよく見ずて長き春日を恋ひや暮らさむ」琴後集、九、長歌「露ふみならし、朝戸出に君は恋ふれど、八重霞たちや隔つる」
あさどりの[朝鳥の] (枕詞)「朝立つ」「かよふ」「なく」などに冠する。万葉、[9-1785]「朝鳥の朝立ちしつつ」同、[2-196]「朝鳥の通はす君が」同、[3-483]「朝鳥の音(ね)のみし泣かむわぎもこに」
あさなあさな[朝な朝な] (副)毎朝「よなよな」の対。
あさなけに[朝なけに] (副)朝ごとに。朝夕。いつも。あさにけに。古今集、八、離別「朝なけに見べし君とし頼まねば思ひ立ちぬる草枕なり」=いつもいつも会うことを頼む君でもありませんから、わたくしは君と別れて旅立つ決心をしたのです。
あざなふアザナウ[糾ふ] (動、四)なわをよる。二つのものを一つにまじえ合わせる。あざふ。塵添壒■抄、五「吉凶はあざなへる縄のごとし」
あさなゆふな…ユウナ[朝な夕な] (副)あさばん。あけくれ。
あさはなだ[浅縹] (名)薄い縹(はなだ)色。蜻蛉日記「あさはなだなる紙に書いて、檜の葉繁う付きたる枝に、立てぶみにして付けたり」
あざはるアザワル[糾はる] (動、四)「あざふ」の自動。「あざなはる」の意。継体紀、七年六月「妹が手をわれにまかしめ、わが手をば妹にまかしめ、まさきづら、たたきあざはり、ししくしろ、うまい寝しとに」=妹が手をわれにまかせ、わが手を妹にまかせ、まさきのかずらのように、抱きからまり、熟睡した時に。(「ししくしろ」は「矢」で、「うまい」の「い(射)」にかかる枕詞)
あさはぶる[朝羽振る] (枕詞)鳥が朝、羽を振る羽音のようにとの意から「風」「波」などに冠する。万葉、[2-131]「朝羽振る風こそ寄せめ」同、[6-1062]「朝羽振る波の音(と)騒ぎ」
あさひなじゆんたうき…トウキ[朝夷巡島記] (書名)読本。三十一巻。滝沢馬琴の作。鎌倉時代の勇士で大力無双の朝夷三朗義秀の武勇記。題名の巡島の物語には及ばずして終わっている。初輯は文化十一年(1814)刊。
あさひなす[朝日如す] (枕詞)「如す」は「のごとく」の意。「まぐはし」に冠する。「まぐはし」は、まばゆいほど美しい意。万葉、[13-3234]「朝日なすまぐはしも、夕日なすうらぐはしも」
あさひの[朝日の] (枕詞)朝日のはなやかなさまから「ゑみさかゆ」に冠する。古事記、上「やちほこのかみのもこと…あさひのゑみさかえきて、たくづののしろきただむき…」=やちほこの神のみことよ・・・にこにことよろこび勇んでおいでくだされて、白い腕を…。(「たくづのの」は、「白し」の枕詞)
あさひのとよさかのぼりに[朝日の豊栄のぼりに] (句)朝日の盛んに映え昇るように、う美しいことばを尽くしての意。祝詞、祈年祭「朝日の豊栄登りに、たたへごと竟(を)へ奉らくと宣る」
あさびらき[朝開き] (名)朝、船出すること。「開き」は出帆する意。万葉、[3-351]「世の中を何にたとへむ朝開き漕ぎ去(い)にし船の跡なきごとし 沙弥満誓」=世の中を何にたとえたらよいか。まあ、朝早く船出した船のあとの白波が消えたような、はかないものとでも言おうか。
あざふアザウ[糾ふ] (動、下二)「あざなふ」に同じ。
あざふアザウ[貯ふ・雑ふ] (動、下二)まぜ備える。神代紀、上「くさぐさの物ことごとく備へて、ももとりの机にあざへて、みあへたてまつる」=いろいろの食物をことごとく備えて、多く台の上にまぜ備えて饗応し奉る。
あさふづアソウズ[麻布津] 地名)越前の国、福井県足羽郡の麻生津村の附近か。謡曲、安宅「杣山人の板取、河瀬の水の麻布津や、末は三国の奏なる芦の篠原波寄せて・・・」(河瀬の水の浅いから麻布津にかけている)
あさぼらけ[朝朗] 名)夜明けの空の薄明かりが朗かに見えるころ。夜のほのぼのと明けそめるころ。古今集、六、冬「あさぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪 坂上是則」
あさまし[浅まし] (形、シク)(1)おどろく。びっくりする。あきれる。源氏、桐壺「かかる人も世に出ておはするものなりけりと、あさましきまで目をおどろかしたまふ」竹取「誠に蓬■の木かとこそ思ひつれ。かくあさましきそらごとにてありければ、はや返したまへ」(2)いやしい。さもしい。古川柳「浅ましい根性骨を婆あ待ち」
あさましげ[浅ましげ] (名)あきれるさま。おどろくばかりのさま。枕草子、一「いみじけに腫れ、あさましげなる犬の、わびしげなるがわななきありければ」水鏡、上「翁の姿したる者の、あさましげに瘠せ神さびたるが、藤の皮を編みて衣とし、竹の杖をつきたるが来れるなりけり」
あさまだき[朝まだき] (副)夜のまだ明けきらぬうちに。朝早く。拾遺集、三、秋「朝まだき嵐の山の寒ければもみぢの錦着ぬ人ぞなき 公任」(「嵐の山」は「嵐山」のこと)
あさまつりごと[朝政] (名)(1)早朝、主上が出御され、群臣とまつりごとをみそなわせられること。源氏、桐壺「なほ、あさまつりごとは、おこたらせ給ひぬべかめり」(2)朝政を訓読みしたもので、朝廷のまつりごと。新六帖、一「さばかりの朝政繁けれど代代に捨てぬは敷島の道」(「敷島の道」は「和歌の道」)
あしたどころ[朝所] (名)大内裏太政官内、正庁の東北方にあった建物で、参議以上の者の食事をした所。儀式の執行にも使われた。あいたどころ。あいたんどころ。
あさまなり[浅間なり] 形動、ナリ)「あさまし」と語幹を共有する形容動詞。(1)あさはかだ。おろそかだ。平家、十一「知ろしめされねばこそ、無下に朝間に候ふ」日本永代蔵、四「思へば浅まなることなれど」(2)奥深くない。参考太平記、九 「これほどにあさまなる平城に、主上・上皇を蘢め参らせて」(3)はっきりあらわれる。謡曲、玉井「忍ぶ姿も顕はれて、あさまになりぬ。さりながら、なべてならざる御姿、いかなる人にてましますぞ」
あさまのたけ[浅間の嶽] (地名)長野県の「浅間山」のこと。「伊勢物語」および「新古今、十、■旅」「信濃なる浅間の嶽に立つけぶりをちこち人の見やはとがめぬ 在原業平」
あさみけいさい[浅見絅斎] (人名)江戸時代の儒者。名は安正。絅斎はその号。また、望楠楼とも号した。近江の高島の人。山崎安斎に学び、のち京都に私塾を開いて尊王論を唱えた。正徳元年(1711)没、年五十九。主著、靖献遺言。
あさみどり[浅緑] (名)うすい緑色。うすい萌黄色。万葉、[10-1847]「浅みどり染めかけたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも」
あさみどり[浅緑] (枕詞)柳の枝を糸に見立てて「いと」に、また、その色から春の「野辺」に冠する。古今集、一、春上「あさみどりいとよりかけて白露を玉にもぬける春の柳か 僧正遍昭」新撰 万葉、上「あさみどり野辺の霞はつつめどもこぼれて匂ふ花ざくらかな」
あさむ[浅む] (動、四)(1)あさましく思う。あきれる。ふしぎがる。更級日記「おどろきあさみたることかぎりなし」狭衣、一、上「いかなることぞとあさみ騒がせたまふ」(2)いやしめる。あなどる。徒然草、四十一段「これを見る人、あざけりあさみて、世のしれ者かな、かく危き枝の上にて、安き心ありてねぶるらむよといふに」
あざむ (動、四)驚きあきれる。驚嘆する。水鏡、下「見る人、手をうちあざむことかぎりなく侍りき」増鏡、六、煙のすゑずゑ「見る人ごとにあざみける」
あざむく[欺く] (動、四)(1)うそをいう。いつわる。万葉、[5-906]「布施置きてわれは乞ひ■(の)むあざむかず直(ただ)に率去(ゐゆ)きて天路(あまぢ)知らしめ」(2)あなどる。あざける。義経記、五「源氏を小勢なればとて、あざむきて仕損ぜられ候ふか」太平記、十四「声声にあざむいてえびらをたたいて、どつと笑ふ」(3)うそぶく。興じて吟ずる。後拾遺、序「近くさぶらひ遠く聞く人、月にあざけり風にあざむくこと絶えず」
あさむつのはし[浅六の橋] (地名)越前の国、福井県足羽郡浅水川(古名、浅六川)にある橋。枕草子、三「はしは、あさむつの橋」
あさめよし[朝目よし] (形、ク)早朝に目がさめて、精神がさわやかである。古事記、中「かれ、あさめよくいましとりもちて、あまつかみのみこに奉れ」=そこで、早朝精神もさわやかに、汝捧げもって、天つ神の御子に奉れ。
あさもよし[麻裳よし] (枕詞)「し」は助詞。「麻裳よ」と呼びかけて、着るの意から、「き」に冠する。万葉、[1-55]「あさもよし紀人(きひと)羡(とも)しもまつち山」同、[2-199]「あさもよし城上(きのへ)の宮を、とこみやと定めまつりて」
あさもよひ…ヨイ[麻裳よひ] (枕詞)前項の転訛。「き」に冠する。今昔物語、三十「あさもよひ紀の川ゆすり行く水の」
あざやぐ (動、四)すさぶ。荒ぶ。源氏、宿木「ものものしくあざやぎて、心ばへもたをやかなる方はなく」=ひどくすさんでいて心ばえもしとやかなところがなく。
あざやぐ[鮮やぐ] (動、四)あざやかになる。次項の自動。
あざやぐ[鮮やぐ] (動、下二)あざやかにする。あざやかに見えるようにする。栄花、木綿四手「宮達の御衣ばかりをぞ、あざやげさせ給ひて」。
あさらかなり[浅らかなり] (形動、ナリ)浅い。浅はかだ。万葉、[12-2966]「ももぞめの浅らの衣浅らかに相見し人に恋ふるころかも」(「浅らかに」は連用形で「浅はかに」の意。副詞ではない。「ももぞめの浅らの衣」は「浅らかに」というための序詞)
あさり (名)浅いところ。古今著聞集、一「あさりにはしばしよどむぞ山川の流れもやらぬ物な思ひそ」平家、九、老馬「雪のあさりに食まむとて、丹波の鹿は播磨の印南野へ越え候ふ」(「雪の浅いところを求めて食を得ようとて」の意)
あざり[阿闍梨] (名)「あじやり」に同じ。
あさる (動、四)(1)(鳥獣などが)餌を求め歩く。万葉、[4-575]「草加江(くさかえ)の入江にあさるあしたづのあなたづたづし友無しにして」(2)すなどりする。いさる。漁をする。源氏、須磨「伊勢島や汐干の方にあさりてもいふかひなきはわが身なりけり」(3)捜す。尋ね求める。宇津保、忠乞「調度などみなあさりとりて」
あざる (動、四)身も心もおちつかない。とりみだして騒ぐ。万葉、[5-904]「たちあざりわれ乞ひ■(の)めどしまらくも快(よ)けくはなしに」=たちさわぎ、わたくしは請い祈るが、ちっともよくはならずに。
あざる (動、下二)(1)「あ」は接頭語。ざれる。たわむれる。ふざける。土佐日記「いとあやしく、潮海(しほうみ)のほとりにてあざれあへり」琴後集、十「人人みなあざれあひて」(2)すさぶ。とりみだす。源氏、紅葉賀「あざれたるうちきすがたにて笛をなつかしう吹きすさぶ」
あざれかかる (動、四)ふざけかかる。たわむれかかる。源氏、帚木「いまひとこゑ聞きやはすべき人のある時、手な残い給ひそなど、いたくあざれかかれば」
あざわらふアザワラウ[あざ笑ふ] (動、四)(1)あざけり笑う。皮肉らしく笑う。宇治拾遺、三、絵仏師良秀「わたうたちこそ、させる能もおはせねば、物をも惜しみ給へといひて、あざわらひてこそ立てりけれ」=「お前たちこそ、大した能もおありでないから、物惜しもするのさ。」と言って、皮肉らしく笑って立っていた。(2)ひどく笑う。高声で笑う。大鏡、一「翁ふたり見かはしてあざわらふ」
あさゐれういアサイリヨウイ[浅井了意] (人名)江戸時代の著述家。名は松雲。静斎と号す。京都の人。宝永六年(1709)没、年六十九。主著、東海道名所記・本朝女鑑・日本二十四孝。
あしうち[足打] (名)(1)器物に足を打ちつけてあるもの。あしつき。(2)次項に同じ。
あしうちをしき…オシキ[足打折敷] (名)足をつけた折敷。あしつき。あしうち。
あしうら[足占・足卜] (名)「あうら」に同じ。神代紀、下「初め潮、足に漬く時には則ちあしうらをなし」
あしうら[足裏・蹠] (名)足の裏。
あしか (地名)美濃の国、岐阜県羽島郡にある川。今の足近(あぢか)か。太平記、十四、官軍引二退箱根一事「あしか洲俣(すのまた)を前に当てて、京近き国国に御陣を召され候へかし」
あじか[簀] 土を入れて運搬する具。わら・竹・あしなどで編んで作り、ざるのような形をしたもの。したみ。いざる。かるこ。源氏十二段長生島台「手手にあじかを携へて」
あしかががくかう…ガツコウ[足利学校] (名)下野の国、栃木県足利市にある古い学舎。古の国学の遺跡といい、また、小野篁の建設したものともいうが、年代も由来も明確でない。古く荒廃したのを、永享年間に鎌倉の管領上杉憲実が再興し、江戸時代には金地院の所管に属し、士民・僧侶の学問所となった。わが国最古の学校で、今、孔子・四哲および小野篁の像を安置している。
あしかがじだい[足利時代] (名)「むろまちじだい」に同じ。後醍醐天皇の延元三年(1338)尊氏が征夷大将軍となってから、正親町天皇の天正元年(1573)足利氏の滅亡に至るまで、二百三十六年の間をいう。足利氏の幕府が京都の室町にあったので、「室町時代」ともいう。
あしかがぶんこ[足利文庫] (名)足利市足利学校の附属図書館。上杉憲実・同憲忠・同憲房らの寄贈した宋版本、北条氏政寄贈の金沢文庫本、徳川家康の寄贈本など、稀覯本が多い。
あしがきの[葦垣の] (枕詞)葦垣すなわち葦を結んだ垣は、いなかに多いところから「ふりぬる里」に、その結いめがこまかいところから「ひまなし」「間近き」に、その他「思ひ乱る」「ほか」「よしの」などに冠する。万葉、[6-928]「あしがきの古りにしさとと人みなの思ひやすみて」金葉集、八「あしがきのひまなくかかるくものいの」古今集、十一、恋一「あしがきの間近けれども逢ふよしのなき」以下、例略。
あしかし[足枷] (名)次項に同じ。
あしかせ[足枷] (名)刑具の一。鉄または木で作り、罪人の足にはめて、自由ならしめないもの。⇒かせ。
あしがちる[葦が散る] (枕詞)難波(なには)地に葦が多かったところから「難波」に冠する。万葉、[20-4331]「あしがちるなにはの御津に」
あしがなへ…ガナエ(足鼎) (名)足が三つ、耳が二つある鼎。もと、中国上代諸侯の重器で、料理用のものではなく、装飾用の置き物であったらしいが、わが国でもこれにならって足鼎を装飾としていた。徒然草、五十三段「酔ひて興に入るあまり、かたはらなる足鼎を取りて、頭にかづきたれば」
あしかび[葦芽] (名)あしの芽。古事記、上「次に国わかく浮きあぶらの如くして、くらげなすただよへる時に、あしかびのごと萌えあがる物によりて成りませる神の御名は」=次に国土がまだわかくて固まらず、水に浮いた油のようにどろどろして、くらげのようにふわりふわりとしていた時に、葦の新芽の萌え出るように、天に昇って行く気によってお生まれになった神の御名は。
あしかびの[葦芽の] (枕詞)「あし」の音をくりかえして、「あし」に冠する。一説、葦の若芽のなよなよとしているところから「なへ」に冠すると。また、葦芽は「葦の苗」であるから、同音の「なへ」に冠するともいう。万葉、[2-128]「わが聞きし耳によく似ばあしかびの足なへわが背つとめたぶべし 石川女郎」=わたくしの聞いた通りであるならば、足のわるいわが夫は、大いに自重していただきたいものである。
あしがもの[葦鴨の] (枕詞)鴨はよく葦のはえている沼などにいるところから、「鴨」のことを「葦鴨」という。鴨は群れて飛ぶから「群れ」に冠する。土佐日記「をしと思ふ人やとまるとあしがものうち群れてこそわれは来にけれ」=敬愛して別れを惜しいと思っている人が、ここにとまっていはしないかと、わたくしは友人とうち連れだって会いにまいりまりました。
あしがらのさかもと[足柄の坂本] (地名)相模の国、足柄峠の登り口。古事記、中「かへりのぼります時に、足柄の坂本に到りまして、みかれひきこしめすところに、坂の神、白き鹿になりて来立ちき」
あしがらのせき[足柄の関] (地名)醍醐天皇の昌泰二年(899)に置いた関。相模の国と駿河の国との国境にある足柄峠の東麓で、今の神奈川県足柄上郡北足柄村大字矢倉沢字明神の辺がその旧跡であろうという。枕草子、六「せきは……あしがらのせき」
あしがらをぶね…オブネ[足柄小舟] (名)「足軽小舟」の転。船足の軽くて速い船。また、相模の国の足柄山の杉で造った船ともいう。その船は足が速かったという。万葉、[14-3367]「ももつ島足柄小舟あるき多み目こそかるらめ心は思へど」=心には恋いしく思っているのだが、先方が足柄小舟のように、足ばやに方方を歩くので、相見ることがうとくなってしまうのであろう。(「ももつ島」は「足柄小舟」にかかる枕詞)
あしがり[足柄] (地名)「あしがら」のこと。万葉、[14-3368]「阿之我利の土肥の河内」(「土肥の河内」は今の湯河原の溪谷をいう)同、[14-3369]「阿之我利の麻万(まま)」(「まま」は今の足柄の「まました」の地かという)
あしぎぬ[■] 名)太い糸で、あらく織った絹織物。「つむぎ」の類。「悪し絹」の意か。
あしきみち (名)「あくだう」に同じ。源氏、帚木「かへりてあしきみちにもただよひぬべくぞおぼゆる」
あしげ[悪しげ] (名)わるいさま。古今著聞集、六「なほあしげに思ひてにらみければ」
あしげ[葦毛] (名)馬の毛色。白色に黒のさし毛あるもの。万葉、[13-3327]「あしげの馬の撕(いば)え立ちつる」
あしけし[悪しけし] (形、ク)わるい。万葉、[5-904]「いつしかも、人となり出でて、悪しけくもよけくも見むと」
あしこ[彼処] (代)場所を指す遠称代名詞。あすこ。あそこ。源氏、若菜、上「年頃もしめおきながら、あしこに籠りなむ夜、また人には見え知らるべきにもあらずと思ひて」
あしざまなり[悪様なり] (形動、ナリ)悪いさまである。源氏、総角「さりともあしざまなる御心あらむやはと」同、同「宮の御事をも、さりともあしざまには聞えじ」
あししろ[足代] (名)「あぐら(1)」に同じ。
あしずり[足摺・足摩] (名)あがくこと。じだんだをふむこと。万葉、[9-1740]「玉くしげ少し開くに白雲の箱より出でて常世方(とこよべ)にたなびきぬれば立ち走り叫び袖ふりこいまろび足ずりしつつたちまちに心消失せぬ」=玉手箱を少し開くと、白い煙がすうっと箱から出て、遠く常世の方へたなびいて行ったので、(浦島子は)立って走り、叫び、袖ふり、ころげまわるようにして足ずりしながら、たちまちぼうっとなってしまった。
あしせん[阿私仙] (仙人の名)「あしだ」に同じ。狭衣、三、上「さてもあはれなりし阿私仙をさへまどはして」(比喩的にいう)
あした[朝] (名)(1)朝。(2)翌朝。(3)明日。
あしだ[阿私蛇] (仙人の名)阿私仙。中印度迦毘羅衛国に住んでいたが、釈迦の生まれ時、浄飯王に招かれてこれを相し、その王子の成仏度生を予言したといわれる。
あしたかやま[愛鷹山・足高山] (地名)静岡県の富士・駿東両群に跨がる休火山。古名、はしたか。謡曲、羽衣「三保の松原、浮島が雲の、足高山や富士の高嶺、かすかになりて、天つ御空の、霞にまぎれて失せにけり」
あしたづ…タズ[葦田鶴] (名)「つる」の異称。「つる」は多く葦辺などにいるからいう。宇津保、藤原の君「あしだづのいづる千年の宿りには今やいさごの岩となるらむ」=千年の寿を保つという鶴の宿は、今や小さな砂が大きな巖となるようにめでたいことである。
あしたづの…タズ…[葦田鶴の] (枕詞)「ねをなく」「たづたづし」などに冠する。古今集、十一、恋「忘らるる時しなければあしたづの思い乱れてねをのみぞ鳴く」万葉、[4-575]「草加江の入江にあさるあしたづのあなたづたづし友無しにして」(ここの「たづたづし」は「おぼつかない」「不安である」ほどの意)
あしたのはら[芦田の原・朝の原] (地名)大和の国、奈良県北葛城郡にあった原。今の王寺町の辺に当たるという。枕草子、一「原は……あしたのはら」
あしつき[足付] (名)「あしうちをしき」に同じ。
あしで[葦手] (名)平安時代に行われた書風の一。淡墨を用いて、草体に書きつづけ、ちょうど葦の生えたように書く書法。あしでがき。源氏、梅が枝「あしで・歌・絵を思ひ思ひに書けとのたまへば、皆心心に挑むべかめり」
あしでがき[葦手書] (名)前項に同じ。
あしなが[足長] (名)足の非常に長いという想像上の人種。一種の怪物。「手長」の対。清涼殿の弘廂の北の荒海の障子に、足長と手長との絵がかいてあった。枕草子、一「清涼殿のうしとらのすみの北のへだてなる御さうじには、荒海のかた、生きたる物ども恐ろしげなる、手長・足長をぞかかれたる」(「かた」は「絵」のこと)
あしなへ…ナエ[足蹇] (名)びっこ。ちんば。
あしねはふ…ハウ[葦根這ふ] (枕詞)泥の浮洲を古語で「うき」というところから同音の「憂き」に、また、葦の根が泥の下を這うので「心」の義の「した」に冠する。拾遺集、十四「あしねはふうきは上こそつれなけれ」同、九「ここもかしこもあしねはふしたにのみこそ」
あしのけ (名)脚の病。かっけ。枕草子、十二「やまひは…あしのけ」源氏、夕霧「あしのけあがりたる心地す」
あしのねの[葦の根の] (枕詞)音の上から「ね」「ねごろも」に、その地下茎に「節(よ)」があるので、「夜」「世」に、根が分かれているので「分く」に、また、「あしねはふ」と同じく「憂き」に冠する。万葉、[7-1324]「葦の根のねもころ念(も)ひて」(「ねもころ」)は「ねんごろ」)後撰集、十二「あしのねの夜の短くて」同、十「あしのねのわけても人にあはむとぞ思ふ」以下、例略。
あしのまろや[葦の丸屋] (句)葦の葉を集めて仮に葺いた小屋。金葉集、三、秋「ゆふされば門田の稲葉おとづれてあしのまろやに秋風ぞ吹く 大納言経信」
あしのや[葦の屋] (名)葦の葉で葺いた家。後拾遺、十六、雑二「八重葺のひまだにあらばあしのやに音せぬ風はあらじとを知れ 中納言定頼」
あしのや[葦の屋・芦の屋] (地名)「あしや」に同じ。
あしはら[葦原] (名)葦の生え茂っている地。古事記、中「あしはらのしけしきをやに、すがだたみ、いやさやしきて、わがふたりねし」=葦原の中のすがすがしい小屋に、菅畳をさわやかに敷いて、我我が二人寝たことがあった。(いすけより姫が入内したとき、神武天皇がかつて姫の家に一泊せられたことを追想された御製)
あしはらのなかつくに[葦原の中つ国] (地名)日本国の古名。海辺に葦が茂っていて、その中に五穀のよくみのる沃土のある国の義。あしはらのちいほあきのみづほのくに。あしはらのみづほのくに。とよあしはらのみづほのくに。
あしはらのみち[葦原の道] (名)敷島の道。和歌の道。十六夜日記「世世のあとある玉づさも、さて朽ち果てば葦原の道もすたれていかならむ」=代代わが家に伝わっている文献も、
さて朽ち果ててしまったならば、和歌の道もすたれてしまって、どうなることであろう。
あしびきの[足引の・足曳の] (枕詞)語の意義については諸説があって一定しないが、とにかく「山」「峰(を)」などに冠し、また、「山」の意にも用いる。拾遺集、十三、恋三「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長長し夜をひとりかもねむ 柿本人麻呂」(「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」は「長い」というための序詞)万葉、[19-4151]「あしびきの峰上(をのへ)のさくらかく咲きにけり」新古今、十八、雑下「あしびきのかなたこなたに道はあれど」(これは「山の」の意に用いた例で、枕詞ではない)
あしひとつあがりのみや[足一騰宮・一柱騰宮] (地名)豊前の国、大分県宇佐郡にあった神武天皇の行宮。一足であがるほどの簡素な宮とも、また、一本の柱を中心に屋根を葺き下ろした小屋の義ともいう。古事記、中「うさつひこ・うさつひめの二人、足一騰宮を作りて、大御饗(おほみあへ)たてまつりき」神武紀、甲寅十月「うさつひこ・うさつひめといふ者あり。すなはち、うさの川のほとりに一柱騰宮を造りて饗(みあへ)奉りき」
あしびなす[馬酔如す] (枕詞)あしびの花のように栄える意から「栄えし」に冠する。万葉、[7-1128]「あしびなす栄えし君が掘りし井の石井の水は飲めど飽かぬかも」
あしほやま[葦穂山] (枕詞)音の上から「悪し」に冠する。万葉、[14-3391]「筑波嶺に背向(そがひ)に見ゆる葦穂山悪しかるとがも実(さね)見えなくに」(上三句は、「悪し」というための序詞。その人は姿も心も悪いというべき非難は実際には見えないから、私は恋いしく思うとの意。「あしほやま」は筑波山の背面に見える山、すなわち足尾山)
あしみす[悪しみす] (動、サ変)悪くする。土佐日記「たうめ一人あるがなかに、心地あしみして、物もものし給はでひそまりぬ」=老女が一人いたのであるが、気分を悪くして、ものもろくに食べないで、静かにしている。
あしや[芦屋] (地名)(1)摂津の国武庫郡精道村の大字。今の芦屋市の一地区。伊勢物語「昔、男、津の国菟原郡芦屋の里に知るよしして、いきて住みけり」(2)筑前の国、福岡県遠賀郡遠賀川の河口にある地。謡曲、砧「明かし暮らして程もなく、芦屋の里に着きにけり」
あしやう…シヨウ[亜相] (名)「大納言」の異称。
あしやのをとめ…オトメ[芦屋の処女] (人名)「うなひをとめ」に同じ。
あじやり[阿闍梨] (名)僧の称号で、僧の師となり、弟子の行為を矯正し、その手本となるべき僧。あざり。
あしゆら[阿修羅] (名)仏教で、力強く、悪性をそなえ、常に闘争を好むという鬼神。阿修羅王。あすら。雨月物語、三、仏法僧「はや修羅の時にや、阿修羅ども御迎へに来たると聞え侍る」=もう闘争の始まる時刻でありましょうか、阿修羅どもがお迎えに来たと見えます。
あしゆらわう…オウ[阿修羅王] (名)前項に同じ。
あじろ[網代] (名)(1)「網代(あみしろ)」の義。竹や木や葦などを細かくけずり、ななめまたは縦横に編んだもの。冬、宇治川で氷魚(ひを)をとるために用いたので名高い。源氏、橋姫「あじろは人さわがしげなり。されど、氷魚もよらぬにやあらむ」(2)「編席(あみむしろ)」の義。檜や竹や葦などを細くけずり、ななめまたは縦横に編んだもの。垣・屏風・天井・車・輿・笠などに用いる。枕草子、五「あじろ屏風」(3)「あじろぐるま」の略。枕草子、二「あじろは、走らせたる」
あじろぎ[網代木] (名)網代(1)を支えるために、川瀬に打った杙(くい)。千載集、六、冬「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬瀬のあじろぎ 中納言定頼」=夜がほのぼのと明けそめると、宇治川を包んでいた川霧がだんだん薄れて行き、川瀬川瀬に打ってある網代木が、はっきりとあらわれて来る。
あじろぐるま[網代車] (名)網代(2)で屋形を張った牛車。大臣以下公卿・殿上人の用いるもの。あじろ。附図参照。落窪物語「いと清げなる網代車の、下簾(したすだれ)かけたりし、出でさせたまひ」
あじごろし[網代輿] (名)網代(2)を張り、黒塗の押し縁を打った輿。親王・摂家・清華家などの用いるものである。増鏡、十五、うら千鳥「鳳輦にはあらぬ網代輿のあやしきにぞたてまつる」
あじろひろのり[足代弘訓] (人名)江戸時代の国学者。伊勢の山田の人。伊勢外宮の神官。安政三年(1856)没、年七十二。主著、国史類聚・度会系図攷証。
あしわけをぶね…オブネ[葦分小舟] (名)葦の生えているところを分けながら進む小舟。進むに困難なことから、さわりのあることにたとえる。万葉、[11-2745]「みなと入りの葦分小舟さはり多み我が思(も)ふ君に逢はぬころかも」
あしをはかりに…オ…[足をはかりに] (句)(1)足にまかせて。義経記、五「そぞろに物恋ひしくて、足をはかりに行くほどに、高き峰にのぼりて」(2)足をかぎりに。狂言、酢■「商人は足をはかりに商はねばならぬ」
あす[浅す] (動、下二)浅くなる。金槐集、下、雑「山は裂け海はあせなむ世なりとも君にふた心われあらめやも」(貞享本には「わがあらめやも」とある)
あす[褪] (動、下二)(1)色がさめて薄くなる。あせる。源氏、桐壺「結びつる心も深き元結に濃き紫の色しあせずば」(2)薄らぐ。うつりかわる。とりかへばや、一「何事も皆くちをしくあせゆく世の末なれど」
あす[崩岸] (名)がけくずれ。くずれたがけ。万葉、[14-3539]「あずの上に駒をつなぎて危ほかどひとづまころを息に我がする」=がけくずれの上に馬をつないでいるのを見ると、危かしくて、ひとの妻や子供達のことを思うと、息のつまる思いがする。
あすか[飛鳥・明日香] (地名)奈良盆地の南部、奈良県高市郡飛鳥村およびその附近一帯の称。奈良県奠都以前、約一世紀にわたって皇居のあった地。従って、多くの史跡がある。「飛鳥」と書くのは、「明日香」の枕詞「飛ぶ鳥の」から来たもの。
あすかがは…ガワ[飛鳥川] (地名)大和の国、奈良県高市郡高取山に発し、西北に流れて大和川に入る川。昔から、水流の変化が甚だしく、ために反覆常なきことの比喩に用いられる。古今集、十八、雑下「世の中はなにか常なる飛鳥川きのふの淵ぞ今日は瀬になる」徒然草、二十五段「飛鳥川の淵瀬、常ならぬ世にしあれば」
あすかじだい[飛鳥時代] (名)飛鳥に皇居のあった時代。推古天皇から文武天皇に至る(約600-約700)約百年間。仏教が渡来し、寺院の建立、仏像の彫刻等が盛んに行われたので、美術史上特に重視される。
あすかのいち[飛鳥の市] (名)飛鳥にあった市。枕草子、一「市は…あすかの市」
あすかのきよみのみや[飛鳥の浄御の宮] (地名)天武天皇の宮号。大和の国、今の奈良県高市郡上居(じようご)はこの地で「浄御」を音読したものといわれる。「あすかきよみはらのみや」ともいう。
あすかゐアスカイ[飛鳥井] (地名)大和の国の飛鳥神社の前にある井。神武天皇が馬に水を飲ませた遺跡をいう。催馬楽「飛鳥井に宿りはすべし陰もよしみもひも寒しみまくさもよし」枕草子、八「井は…あすか井、みもひもさむしとほめたるこそをかしけれ」(「陰もよし」は「木かげも涼しい」、「みもひも寒し」は「水も冷たい」、「みまくさもよし」は「まぐさもよろしい」の意)また、京都左京区万里小路にあった井。あるいは、右の古歌は、この井か。
あすかゐけアスカイケ[飛鳥井家] (家名)藤原氏。もと、蹴鞠の師範家であったが、雅有が藤原為家から歌道の伝授をうけてから、二条家・冷泉家などと対立する歌道の師範家となり、明治のころまで続いた。
あすだがは…ガワ[あすだ川] (地名)「更級日記」に出ている川の名。更級日記「武蔵と相模との中にゐて、あすだ川といふ。在五中将のいざこと問はむと、よみけるわたりなり。中将の集には、すみだ川とあり」(まことに、とんちんかんである。作者のかんちがいであろう。在原業平の「いざこと問はむ」とよんだのは、武蔵と下総との境にある「すみだ川」である)
あすならう…ナロウ (名)「あすはひのき」に同じ。あすなろ。あすは。あすひ。芭蕉の句「さびしさや花のあたりのあすならう」(「あすならう」は常緑木であるから、さくらのような、はでやかさでないので「さびしさや」と言ったもの)
あすはアスワ (名)「あすはひのき」に同じ。祝詞、祈年祭「いくゐ・さかゐ・つながゐ・あすは・はひきと、御名を申して」
あすはひのきアスワ… (名)「明日は檜になろう」との意で、檜に似た木。あすならう。あすは。あすひ。枕草子、三「木は……何の心ありて、あすはひのきとつけけむ。あぢきなきかねごとなりや」(「かねごと」は「予言」)
あすひ (名)「あすはひのき」に同じ。
あすら[阿修羅] (名)「あしゆら」に同じ。宇津保、俊蔭「いかしき(はしたなき)心をなして、あすらの中にまじりぬ」(括弧の中に入れた語は、異本の語)
あせ[我兄・吾兄] (代)男子を親しんで呼ぶ対象代名詞。古事記、中「尾津の崎なる一つ松あせを、人にありせば太刀佩けましを、衣きせましを」
あぜ (副)なぜ。何故。東国の方言である。万葉、[14-3461]「あぜといへかさねに逢はなくに真日暮れて夜なは来なに明けぬしだ来る」=なぜというのであろうか、ほんとうに逢いたい気でないのか、日が暮れて宵には来ないで夜の明けた時にばかりやって来る。(「しだ」は「時」)東遊、駿河歌「あぜかその殿原、知らざらむ」
あせあふアセアウ[汗あふ] (動、下二)汗びっしょりになる。枕草子、九「いかで立ち出でにしぞと、あせあへていみじきに、何事をかきこえむ」=どうして立ち出たかと、汗びっしょりになって、恥ずかしいので、何とも物も申し上げることができない。
あぜくら[校倉・叉倉] (名)「あぜ」は手を交叉するよいな意の「あぜる」の語幹。材木を井桁状に交叉して、方形・平面状に積み上げた建築。多くは倉に用いるから「あぜくら」という。奈良の正倉院の校倉はその例。
あぜち[按察使] (名)(1)昔、諸国、多くは陸奥・出羽地方へ、派遣し、国司の政治のよしあしを視察せしめた使い。(2)「酒」の異称。古今著聞集、十八、飲食「常のことぐさに、極楽世界に按察使なくば、われまた往生すべからずとぞ仰せられける」
あぜなは…ナワ[糾縄] (名)あざなった縄。神代紀、上「秋は、たなつものすでに成りぬるときは、すなはちひきわたすにあぜなはを以てす」=秋、穀物が熟するに至ると、(その田畑の周囲に)縄をひきわたして、他からの侵入を防ぐ。
あせび[馬酔木] (名)しゃくなげ科の常緑灌木。あしび。あせぼ。あぜみ。馬がこの木を食うと、酔ったようになるという。奥の細道「つつじが岡は、あせび咲くころなり」
あせを…オ[我兄を・吾兄を] (句)「あせよ」と言って、男子を親しく呼びかける意のことばで、歌では、一種のはやしことばとなる⇒あせ。
あそ[阿曾・朝臣] (名)「あそん」に同じ。古事記、下「たまきはる、うちのあそ、なこそは、よのながびと、そらみつやまとのくにに、かりこむときくや」=敬愛する朝臣よ、お前は世にも稀な長命者であるが、この日本国内で雁が卵を産んだのを聞いたことがあるか。(仁徳天皇が武内宿■に聞かれた御製。「たまきはる」は「うち」の枕詞。「そらみつ」は「やまと」の枕詞)
あそ[安蘇] (地名)歌枕の一。下野の国、栃木県安蘇郡阿蘇郷。今の佐野市の附近一帯の称。「あそのやま」「あそのかはら」「あそのまそむら」などと歌われている。「まそむら」(真麻むら)は麻の群生している所。「真麻」の「真」は美称。
あそび[遊び・楽] (名)一般の「遊び」の意もあるか、古くは、多く「音楽を奏すること」の意に用いられている。古事記、上「などて、あめのうずめはあそびし、また、やほよろづの神もろもろ笑ふぞ」源氏、桐壺「わりなくまつはさせ給ふあまりに、さるべき御遊びのをりをり、何事にもゆゑあることのふしぶしには、まづまうのぼらせ給ふ」
あそびびと[遊び人] (名)音楽を奏する人。宇津保、俊蔭「こよひ、かく遊び人、手を尽くして」
あそぶ[遊ぶ] (動、四)一般にいう「遊ぶ」の意もあるが、古くは、多く「音楽を奏する」意に用いられている。竹取「よびつどへて、いとかしこくあそぶ」宇津保、俊蔭「琴の音を掻きたて、声ふりたててあそぶ」
あそみ[朝臣] (名)「我兄臣(あせおみ)」の約。「もと、人を親しんで呼ぶ語であったが、のち、姓(かばね)の第二位となる。あそん。
あそん[朝臣] (名)前項の音便。古事記、序文「和銅五年正月二十八日、正五位上勲五等、太朝臣安万侶、謹上」
あた[仇] (名)(1)自分に害を加えるもの。害となるもの。宇津保、俊蔭「唐土に至らむとするほどに、あたの風吹きて」十六夜日記「代代に書きおかれける歌の草紙どもの奥書きして、あたならぬ限りを撰(え)りしたためて」(「害にならぬものだけを」の意)(2)かたき。敵。古事記、中「吾(あ)は、あたを殺(し)せ得ず」(3)うらみとなるもの。遺憾。古今集、十四、恋四「形見こそ今はあたなれこれなくば忘るる時もあらましものを」
あだ[仇] (名)前項の訛。
あだ[徒・空] (名)(1)実のないこと。むだ。いたずら。伊勢物語「いとまめに実様」(じちやう)にてあだなる心なかりけり」(2)はかないこと。古今集、十六、哀傷「露をなどあだなるものと思ひけむ我が身も草におかぬばかりを」(3)浮いたこと。浮薄。新勅撰集、十二「高くとも何にかはせむ呉竹のひとよふたよのあだのふしをば」(上三句は、「ひとよふたよ」というための序詞)
あだ[阿娜・婀娜・阿那] (形動、タリ、語幹)女のなまめかしいさま。いろめくさま。あだっぽいさま。謡曲、卒都婆小町「翡翠のかんざしは婀娜とたをやかにして、楊柳の春の風に靡くがごとし」
あたあた (感)極めて熱い時の叫び声。平家、六、入道逝去「ただのたまふこととては、あたあたとばかりなり」(平清盛の熱病)
あだあだし[徒徒し] (形、シク)うわきである。不実である。源氏、澪標「あだあだしきすぢなど、疑はしき御心ばへにはあらず」狭衣、一、下「かくなり給へると聞き給ひてば、よもあだあだしくも思ひ給はじ」
あたか[安宅] (地名)一般に「あだか」と発音している。加賀の国、石川県能美郡、梯川(安宅川)の右岸の地。鎌倉時代の初め関所を設けたが、その址は海水の浸蝕によって海中に没したという。謡曲、安宅「なびく嵐の烈しきは、花の安宅に着きにけり」(嵐は花の「仇」から「安宅」にかけたことば)
あたか[安宅] (能楽の曲名)源義経が弁慶以下を従え、奥州へ落ちる途中、安宅の関でとがめられたが、弁慶の奇計によって難を免れるという筋。この物語は、「義経記」や「舞の本」などとも内容を異にしていて、出典不明せある。ちなみに、歌舞伎には「安宅の関」、長唄には「安宅の松」などがあり、歌舞伎十八番の一たる「勧進帳」は、能楽の「安宅」に基づくものである。
あたぎ (名)うめくこと。(猛獣などの)咆吼すること。うたぎ。播磨風土記、託賀郡「ほんだのすめらみこと、この野に狩りす。一つのゐのしし、矢を負ひ、あたぎす」
あだく (動、下二)あだめく。うきうきしている。うわつく。源氏、朝顔「まいて打ちあだけ過ぎたる人の年つもりゆくままに、いかに悔しきこと多からむ」
あだけ (名)前項の連用形から転じた名詞。あだめくこと。うわき。すきごころ。源氏、若紫「いで、そのふりせぬあだけこそは、いとうしろめたけれ」
あたけなり (形動、ナリ)荒廃している。頽敗している。くずれている。宇治拾遺、三「めぐりもあばれ、門などもかたへは倒れたる、横ざまに寄せかけたる所のあたけなるに、男といふ者は一人も見えずして、女のかぎりにて」
あだごころ (名)うわきごころ。竹取「深き心も知らで、あだごころつきなば、後くやしきこともあるべきと思ふばかりなり」
あだごと[徒事] (名)むだごと。はかないこと。源氏、帚木「あだごとにも、まめごとにも、わが心と思ひ得ることなく」
あだごと[徒言] (名)実のないことば、むだぐち。新古今、十五、恋五「あだごとの葉におく露の消えにしをあるものとてや人の問ふらむ 藤原長能」
あたごのやま[愛宕の山] (地名)京都市右京区の西北隅、丹波との国境にそびえる山。宇治拾遺、二「母の死にたりければ、ひつぎに入れて、ただひとり愛宕の山に待ちて行きて」
あだし (形、シク)(1)別である。異なり。栄花、玉台「殿の御前の御声は、あまたにまじらせ給はずあだしう聞えたり」(2)実がない。いたずらである。同、本の雫「露をだにあだしと思ひて朝夕にわがなでしこの枯れにけるかな」
あだし[他] (連体詞)(1)ほかの。異なる。古事記、上「あだし神はえ行かず。かれ、ことにあめのかくの神をつかはして問ふべし」(2)実のない。むなしい。たのみのない。風雅集、恋二「人はいさあだしちぎりのことのはをまことがほにや待ちふけぬらむ」(あるいは前項の語の終止形か)
あたじけなし (形、ク)(1)欲が深い。けちである。古川柳「木戸番はあたじけないと首をふり」(芝居の木戸銭をねぎった客に)(2)賤しい。下賤である。きたない。操草紙、二「かかるあたじけなき娘どもは、なかなか惣七が気には入るまじ」
あだしの[仇し野] (地名)京都市右京区嵯峨の奥、愛宕山の麓にある墓地。徒然草、七段「あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山のけぶり立ち去らでのみ住みはつるならひならば、いかにもののあはれもなからむ」=あだし野の墓地へ、参詣する人もなく、鳥部山の火葬場に煙の立ちのぼることもまく、人間が永久に生きているということであったら、どうしてもののあわれなどということがあろうか。(「露消ゆる時なく」は、人が通らないからである)
あたたけし[暖けし] (形、ク)あたたかい。夫木抄、四「あたたけき春の山辺に花のみぞ処もわかず咲きみだれける」
あだたら[安達太良] (地名)福島県安達郡一帯の古称。「万葉集」に「あだたらの嶺」「あだたら真弓」などとあるのは、この地の山、この地から産した弓のこと。
あだな[徒名・仇名] (名)恋愛などに関する空しい世評。うきな。古今六帖、一「露深き菊をし折れる心あらば千代のあだなは立たむとぞ思ふ」
あだなふアタナウ[寇なふ] (動、四)あだをする。はむかう。害をする。神武紀「あたなふ心」
あだなみ[徒浪・仇波] (名)いたずらに立ち騒ぐ波。古今集、十四、恋四「そこひなき淵やはさわぐ山川のあさき瀬にこそあだなみはたて 素性法師」=底もないような深い淵は騒ぐだろうか、騒ぎはしまい。山川の浅い瀬にこそ、ざあざあと高い音をたてて波がさわぐものである。人間も深い考えのないものほど、がやがやとさわぐものである。
あだに[徒に・空に] (副)(1)いたずらに。むなしく。むだに。拾遺集、一、春「にほひをば風に添ふとも梅の花色さへあやなあだに散らすな 大中臣能宣」(2)はかなく。後撰集、三、春下「久しかれあだに散るなとさくら花かめにさせれどうつろひにけり 紀貫之」
あたね (名)「あかね」の古称という。ただし、異説が多い。「あ」は接頭語で、「種」の義ともいう。古事記、上「やまがたに、まきしあたね。」
あたひアタイ[直] (名)上古の地方官の名。国造(くにのみやつこ)・県主(あがたぬし)などの類。転じて、姓(かばね)の名となり、のち連(むらじ)に入る。あたへ。(ただし、「あたへ」は宣長の「古事記伝」の読みによる)
あたひなきたからアタイ…[価無き宝] (句)価格を超越した極めて尊い宝。法華経などに見える「無価宝珠」の訳。万葉、[3-345]「あたひなきたからといふも一杯(ひとつき)の濁れる酒に豈(あに)まさめやも(しかめやも)」(大伴旅人「酒をほむる歌十三首」のうち)
あだふアダウ (動、下二)たわむれる。ふざける。狭衣、一、下「なほこれ申し直し給へなど言ひあだへつつ、かづきたる衣を切に引きのけて顔を見る」
あたへアタエ[直] (名)「あたひ(直)」に同じ。
あたまもる[寇守る] (枕詞)上代、筑紫に兵を置いて外敵に備えたので「つくし」に冠する。万葉、[6-971]「あたまもるつくしに至り」
あだめく (動、四)あだあだしい。浮気である。源氏、帚木「うたがひきこゆることもありしかど、さしも、あだめきめなれたる、うちつけのすきずきしさなどは、このましからぬ御本性にて」
あだや[徒矢・空矢] (名)あたらない矢。むだ矢。
あたら (副)おしいことに。宇津保、嵯峨院「あたらさてもありぬべきおほやけ人のあやしうてもありつるかな」
あたら (連体詞)惜しむべき。あったら。古事記、下「やたのひともすげは、こもたず、たちかあれなむあたらすがはら=八田のわかいらつめは、御子もなくて、ただ一人でいられるが、それでは栄えることもなく、立ったままで荒れてゆき枯れてしまうであろう、惜しいことである(比喩)。
あたらし (形、シク)惜しい。古事記、上「ところをあたらしとこそ、我がなせのみこと斯くしつらめ」=土地をうち捨てておくのは惜しいことだと考えて、我が弟はそのようにしたのであろう。源氏、桐壺「ただびとには、いとあたらしけれど、親王となり給ひなば、世の疑ひ負ひ給ひぬべく」=臣下の普通人とするのは、たいへん惜しいけれど、また、親王になると、世間から(東宮になるのだろうなどと)疑われるであろう。
あたらし[新し] (形、シク)新しい。
あち[彼方] (代)方向をさす遠称代名詞。あっち。あちら。神楽歌、早歌「あちの山背(やませ)山、背山のあちの夫(せ)」
あちき[阿直岐] (人名)応神天皇十五年、日本に来た百済(くだら)の学者。はじめて、日本に漢籍の読み方を伝えたといわれる。「あちきし」ともいう。応神紀、十五年八月「百済王、阿直岐を遣はして良馬二匹をたてまつる。…阿直岐またよく経典を読めり」
あぢきなしアジキナシ[味気なし] (形・ク)(1)無道である。神代紀、上「すさのをのみことのしわざ、いとあぢきなし」(2)つまらない。方丈記「人の営み愚かなるなかに、さしも危き京中に家を作るとて、宝をつひやし心をなやますことは、すぐれてあじきなくぞ侍る」(3)つらい。なさけない。たえがたい。続後撰、雑中「人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は後鳥羽院」=たえず世のことを思う故に、ある時は人をいじらしく思い、ある時は人を恨めしく思うことのなさけなさよ。
あぢさはふアジサワフ[味鴨沢経] (枕詞)「あぢ」は小鴨。あぢの多く群れ飛ぶことから「むれ」の約「め」に、あぢの互いに相寄る意から「よるひる」に冠する。万葉、[2-196]「あじさはふ目ごとも絶えぬ」同、[9-1804]「あじさはふよるひるいはず」
あぢまさアジマサ[檳榔・蒲葵] (名)檳榔(びらう)の古称。
あつ[当つ・充つ] (動、下二)当てる。(1)あてはめる。宇津保、俊蔭「汝らをさへ罪にあてむといましめ給ひて」(2)あてがう。給与する。古今著聞集、一「あはれみ給ひて、国に屋敷など、永代かぎりて、あて給ひけり」(3)わりあてる。分配する。栄花、日蔭「歌のかたに、さもあるべき人どもをあてさせ給へるなべし」(4)うちつける。狂言、蟹山状「鼻しつぺいをあててやらう」(5)接近させる。土佐日記「女は船底に頭をつきあててねをのみぞ泣く」(6)的中する。目的を達する。天武紀「的をあつるもの」(7)推測する。源氏、葵「大将の君の通ひ所、ここかしことおぼしあつるに」(8)火にあたらせる。謡曲、鉢の木「何をがな火にたいてあて参らせ候ふべき」
あつかひぐさアツカイ…[扱ひ草] (名)話のたね。うわさの材料。源氏、椎本「兵部卿の宮に対面し給ふ時は、まづこの君だちの御事をあつかひぐさにし給ふ」
あつけさ[暑けさ] (名)暑さ。
あつけし[暑けし] (形、ク)暑い。万葉、[9-1753]「あつけくに汗かきなげ、木の根とり、うそぶきのぼり」
あつごゆ[厚肥ゆ] (動、下二)厚くふくれる。源氏、帚木「なえたる衣どものあつごえたる」琴後集、九「ほだの火に、ひとりよりそひ、あつごえし綿かづき着て」
あづさアズサ[梓] (名)あかめがしわ。弓の材とし、また版木に用いる。
あづさみこアズサ…[梓巫女] (名)梓弓の弦をたたきながら神降しをして、吉凶を判ずる女。
あづさゆみアズサ…[梓弓] (名)梓の木でつくった弓。古事記、上「宇治の渡りに、渡りぜに、立てるあずさゆみまゆみ」
あづさゆみアズサ…[梓弓] (枕詞)弓の縁で「ひく」「はる」「いる」「よる」「かへる」「音」「本」「末」等に冠する。万葉、[2-98]「あづきゆみ引かばまにまに」同、[10-1828]「あづさゆみ春山ちかく」太平記、二十六、正行参二吉野一事「かへらじとかねて思へばあづさゆみなきかずにいる名をぞとどむる」(楠木正行が、吉野の如意輪堂の壁板に書いたという辞世の歌)以下、例略。
あつし (形、シク)病気がちである。病がおもる。危篤である。源氏、桐壺「うらみをおふつもりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを」
あつしさ (名)病気。病気の程度。源氏、桐壺「年頃、常のあつしさになり給へれば」
あつそん[朝臣] (名)「あそん」の訛。
あつたのみや[熱田の宮] (神社名)名古屋市南区熱田新宮坂町にある神社。熱田神宮。日本武尊東征の後、その妃みやすひめのみことが社を建てて神剣を奉安したと伝えている。十六夜日記「よぎぬ道なれば、熱田の宮へまゐりて」太平記、二、俊其朝臣再関東下向事「熱田の八剣(やつるぎ)伏し拝み」(「やつるぎ」の「や」は美称)
あつぶさ[厚総] (名)馬具。糸の総を普通より厚くした鞦(しりがい)。あつぶさのしりがい。
あづま[東国・吾妻・吾嬬] (地名)もと、逢坂の関から東の方、奥州に至るまでの東海岸に面した国国の称。のちに箱根以東をいう。古事記、中「かれ、その坂に登り立ちて三たび嘆きてあづまはやとりの給ひき。かれ、その国をあづまといふなり」(これは俗説で、「あ」は「明るくなる」、「つま」は「端」。朝、端の方の明かるくなる意から「東国」の意となったもの)
あずまあそびアズマ…[東遊び] (名)東国の風俗歌にあわせて舞う舞い。宮廷・貴族の間または神社の祭礼に奏した。舞人は六人または四人が普通。歌曲には、一歌(いちか)・二歌(にか)・駿河歌・求子歌(もとめごうた)・大広(おほひろ)の五種がある。あづままひ。するがまひ。
あづまうた…アズマ[東歌] (名)東国の国風の歌。「万葉集」巻十四に二百三十首、「古今集」に十三首見える。万葉の東歌は、多くは東国の方言を詠み込み、かつ地方色ゆたかなところに特徴がある。なお、「万葉集」巻二十の防人の歌も準東歌と見てよかろう。
あづまうどアズモウド[東人] (名)「あずまびと」の音便。
あずまかがみ[吾妻鏡・東鑑] (書名)鎌倉幕府の日記。五十一巻。治承四年(1180)源頼朝が伊豆に旗揚げしたことに起筆し、頼朝・実朝・藤原頼経・頼嗣を経て宗尊親王に至る、将軍六代、八十七年間の記録で、文永三年(1266)に終わっている。文章は、日本式の漢文で、すこぶる妙な文体であるが、歴史の資料としては貴重な文献である。
あずまぢ[東路] (地名)京都から東国へ行く道。転じて、東国または東海道。更級日記「あずまぢの道のはてよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人」=東海道の果てより、もっと奥の方で育った人。(上総であるから作者の誤り)
あずまびとアズマ…[東人] (名)東国の人。あどまうと。万葉、[2-100]「あづまびとの荷前の箱の荷の緒にも妹が心に乗りにけるかも」
あずままひアズママイ[東舞] (名)「あづまあそび」に同じ。
あつもの[羮] (名)「熱物」の義。すいもの。汁。
あてあてしさ (名)高貴さ。上品さ。鬼貫の句「ゆかしさのあてあてしさや雉子の声」。
あてあてに (副)めいめいに。それぞれに。宇津保、俊蔭「琴ども取う出させて、あてあてに奉り給へれば、おのおの取りてかき鳴らし試み給ひて」
あてなり[貴なり] (形動、ナリ)(1)身分がとうとい。高貴である。竹取「世界のをのこ、あてなるも、いやしきも」(2)上品で、みやびやかである。宇津保、国譲「見れば、いとあてになまめきたる人の」
あてはかなり (形動、ナリ)上品である。伊勢物語「人がらは、心うつくしう、あてはかなることを好みて」源氏、帚木「伊予のすけの子もあり。あまたある中にいとけはひあてはかにて十二三ばかりなるもあり」枕草子、十一「何家のなにがし、時うしみつ、ねよつなど、あてはかなる声にいひて」
あてばむ[貴ばむ] (動、四)上品に美しく見える。みやびやかに見える。浜松中納言、一「あてばみたるさまして」
あてびと[貴人] (名)身分が高い人。上品な人。
あてやかに (形動、ナリ、連用形)みやびやかに。上品な美しいようすで。高貴なふうで。栄花「物語の男君の心地し給ひて、いとあてやかになまめかしき御さまなり」
あてゑアテエ[あて絵] (名)(1)戯画の一。物に押しあててかく絵。大鏡、五、太政大臣伊尹「あて御絵あそばりたりし興あり。さは、はしり車の輪には、薄墨にぬらせ給ひて、大きさのほどやなど、しるしには墨をにほはせ給へりし」(2)一枚の紙に絵を多くかき、他人にその中の一つにしるしをつけさせ、部屋を隔てて、これを言い当てる遊戯。
あど (名)(1)能狂言における脇師(わきし)主役を「して」または「おも」というのに対する。相手となる人「あひうど」の略かという。和訓栞「あど。技人の相手をいふ。」(2)相槌。「あどうつ」といえば、相手の話に相槌をうつこと。相手の話に調子をあわせること。大鏡、八「けふはただ殿の珍しう興ありげにおぼして、あどをよううたせ給ふに」
あとかばね (名)「後姓」の義か。子孫。大鏡、八「兼輔の中納言、衆樹(もろき)の宰相も、今まであとかばねだにいまさず」
あとたゆ[跡絶ゆ] (動、下二)(1)人の往来が絶える。後拾遺、三、夏「あとたえて来る人もなき山里にわれのみ見よと咲ける卯の花 藤原通宗」(2)子孫がなくなる。狭衣、三、下「いとど跡絶えなむ後はいかなるさまにてかなど心苦しきを」
あどなし (形、ク)あどけない。つまらない。古今著聞集、二十「あからさまにもあどなきことをばすまじきことなり」
あとのしらなみ[跡の白波] (句)消えやすく、はかないものの比喩。「万葉集、三の三五一」の沙弥満誓の歌「世の中を何にたとへむ朝びらき漕ぎ去にし舟の跡なきごとし」に基づく。枕草子、十二「はし舟とつけて、いみじう小さきに乗りて漕ぎありくつとめてなど、いとあはれなり。あとのしらなみはまことにこそ消えもてゆけ」
あとはかなし (形、ク)(1)あとが残っていない。あとかたがない。源氏、若紫「僧都の御許にも尋ね聞え給へど、あとはかなくて、あたらしかりし御形など恋ひしく悲しとおぼす」(2)はかない。むなしい。源氏、玉葛「行くさきも見えぬ波路に身こそ浮きたれ、いとあとはかなき心地して」
あとまくら[後枕] (名)足の方と頭の方と。あとさき。増鏡、十六、秋のみやま「さてその後、かの頼基入道も病ひづきて、あとまくらも知らずまどひながら」
あともそとも (句)「あ」も「そ」も代名詞で、「あれとも」「それとも」の意から、「なんとかかんとか」の意となる。義経記、三「あともそともいはば、一定事も出で来たりなむと思ひ、みな肩をふまれて通しけり」
あともふアトモウ (動、四)引き連れたつ。率いともなう。万葉、[2-199]「みいくさをあともひ立てて、みちのくにい行きいたりて」
あとらふアトラフ[誂ふ] (動、下二)たのむ。命ずる。古事記、中「すなはち、あれにあとらへけらく、あれとみましと天の下を知らさむ。かれ、おほきみを殺(し)せまつれと言ひて」
あな (感)ああ。古事記、上「あな、にやし、えをとこを」
あない[案内] (名)「あんない」の略。(1)事物の内容。事情。枕草子、一「北の障子には、かけがねもなかりけるを、それもたづねず、家ぬしなれば、あないをよく知りてあけてけり」(2)てびき。みちびき。取次。徒然草、三十二段「おぼし出づる所ありて、あないせさせて入り給ひぬ」(3)質問すること。聞きただすこと。源氏、薄雲「もし物のついでに、露ばかりにても洩らし奏し給ふことやありしとあないし給へど」(4)通知。知らせ。源氏、若菜、上「まづかの弁してぞ、かつかつあない伝へ侍らむ」(5)捕らえること。増鏡、十八、むら時雨「山城の国の民にて、深栖五郎入道とかいふもの参りかかりて、あない聞えたるしもいとめざましう口惜し」(後醍醐天皇を捕らえ奉ったことをいう)
あなうら[足裏・蹠] (名)足の裏。
あなかしこ (句)(1)ああ、もったいない。竹取「うべ、かぐや姫の好もしがり給ふにこそありけれとのたまひて、あなかしことて、箱に入れ給ひて」(2)ああ、恐ろしい。慎むべきである。源氏、竹河「うち出で過ごすこともこそ侍れ、あなかしことて立つほどに」徒然草、三十段「しかじかのことは、あなかしこ、あとのため忌むことぞ」(3)決して。徒然草、百十五段「あなかしこ、わきざしたち、いづかたを見つぎ給ふな」=傍輩の御坊たち、決して、どちらへも御助勢くださるな。(4)手紙の文末にしるすことば。「謹んで申し上げます」の意。
あながち (副)強いて。むりに。いちがいに。あながちに。
あながちに (副)前項に同じ。竹取「あながちに、こころざしを見えありく」=強いて自分たちの熱心さを見せるようにして歩いている。
あなかま (句)ああ、やかましい。源氏、帚木「人人笑ふ。あなかまとて、けふそくによりおはす」更級日記「あなかま、人に聞かすな。いとをかしげなる猫なり。飼はむ」
あなぐる (動、四)さぐる。さがす。せんさくする。古今著聞集、八、好色「隠れたるにやと、あなぐり求むれども、つひに見えず」増鏡、十一、草まくら「国国のありさま、人のうれへなど、委しくあなぐり、見聞かむはかりごとにてぞありける」
あなごんくわ…ゴンカ[阿那含果] (名)仏教で、欲界の煩悩を断ち尽くし、再び俗界に還って来ない証果をいう。宇治拾遺、十三「かくの如く罪を懺悔してければ、阿那含果を得つ」
あなし (名)西北の風。「あなしのかぜ」ともいう。
あなすゑアナスエ[足末・足端] (名)(1)足の先。宇津保、忠こそ「頭よりあなすゑまで」(2)子孫。宇津保、嵯峨院「御あなすゑにて、やむごとなくてものせらるめれど」
あなすゑのあしきらひもの…スエ…キライ…[足端の凶棄物] (句)祓除にする料とする足の爪。すさのおのみことが、足の爪を切って祓除の料とした故事。神代紀、上「そのはらへつものをはたる。是を以て、たなすゑのよしきらひもの、あなすゑのあしきらひものあり」(「きらひもの」は祓除の料とするもの。祓除に、吉(よし)と凶(あし)との二種があり、吉祓は福を招き、凶祓は禍をはらう)
あなた[彼方] (代)(1)場所を指す遠称代名詞。かなた。をちかた。伊勢物語「山崎のあなたに水無瀬(みなせ)といふ所に宮ありけり」(2)以前。それより前。源氏、蓬生「さる方にありつきたりしあなたの年頃は、いふかひなき寂しさに目馴れてすぐし給ひしを」(今日の対称の人代名詞「あなた」は(1)の転)
あなたふと…トウト (1)(句)ああ、尊い。徒然草、百四十四段「上人、立ちとまりて、あなたふとや、宿執開発(しゆくしふかいはつ)の人かな」(「宿執開発」は、前世に修練した功徳が、現世に現れること)(2)(名)催馬楽の曲名。安名尊。歌詞は「あなたふと、あなたふと、けふの尊さや、いにしへも、ハレ。いにしへも、かくやありけむや、けふの尊さ。アハレ、ソコヨシヤ、けふの尊さ」増鏡、十二、老のなみ「例の安名尊・席田・島波急・律・青柳・万歳楽・三台急、御遊び果てぬれば」
あなだま[孔玉] (名)緒を通す孔のある玉。古事記、上「あめなるや、おとたなばたの、うながせる、たまのみすまる、みすまるに(の)、あなだまやは、みたにふたわたらす、あぢしきたかひこねのかみぞや」=天の弟棚機姫の頸にかけた連珠(みすまる)の孔玉のように美しく輝きながら、多くの谷を飛び越えるのは、あじしき高日子根の神であるぞよ。
あなづるアナズル[悔る] (動・四)あなどる。源氏、東屋「心もとまらずあなづりておし入りけるを思ふもねたし」
あななひアナナイ (名)(1)高い所にのぼる足がかり。あぐら。あししろ。あしば。竹取「まめなる男ども、二十人ばかりつかはして、あななひに上げすゑられたり」(2)「あななふ」の連用形が名詞となったもの。助けること。援助。
あななふアナナウ[扶ふ] (動、四)助ける。扶持する。宣命、続紀、四「きよき、あかき心をもて、いやつとめに、いやしまりに、あななひまつり、助けまつらむことによりて」
あなにく (句)ああ、にくい。あいにく。源氏、蓬生「あなにく、ことごとしや」」
あなにやしえをとこを…オトコオ (句)「古事記」上巻にある句。いざなみのみことが、そのおっと、いざなぎのみことに、言いかけたことば。「あな」は「ああ」、「に」は「美」、「やし」は「かな」、「え」は「愛らしく、若若しい」、「を」は感動の意を示す。終助詞。全体で、「ああ、美しくていらっしゃるよ、愛らしく若若しい男でいらっしゃるよ」
あなにやしえをとめを…オトメオ (句)前項の時、いざなぎのみことがそのつま、いざなみのみことに答えて言いかけたことば。前項参照。
あなや (感)ああ。あら。ありゃ。伊勢物語「鬼、はやー口に食ひてけり。あなやと言ひけれど、かみなる騒ぎにえ聞かざりけり」
あなり (句)「あるなり」の略。宇津保、俊蔭「木の実、葛の根のあなるを、さても養はむと願ふところに」
あねはのまつ[姉葉の松・姉歯の松] (地名)古来、歌枕として名高い。陸前の国、宮城県栗原郡梨崎村、今の沢辺村の姉歯にあった五葉松。小野小町の姉を葬った墓のほとりの木と伝えられている。伊勢物語「栗原のあねはの松の人ならば都のつとにいざといはましを」=栗原のあねはの松が人であったなら、都へのみやげに、さあ、ごいっしょに参りましょうと言いたいのに。奥の細道「十二日、ひらいづみとこころざし、あねはの松・をだえの橋など聞き伝へて」
あのくたらさんみやくさんぼたい[阿耨多羅三藐三菩提] (句)仏教で、あまねく、正しく、一切の真理を知る無上の知恵をいう。無上正遍知。無上正等正覚。新古今、二十、釈教「阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわがたつ杣に冥加あらせたまへ伝教大師」=仏徳豊かな無上正等正覚の境地にあられるみ仏たちよ、わたくしのいる杣山(ここでは比叡山)にどうぞ御加護を垂れさせたまえ。
あはあはしアワアワシ[淡淡し] (形、シク)(1)ひどく薄い。(2)おもむきない。おくゆかしさがない。かるがるしい。おちつかない。枕草子、二「人にあなづらるるもの……あはあはしき女」
あばうアボウ[阿房] (名)「あばうきゆう」の略。平治物語、一「かの阿房の炎上には、后妃・采女の身をほろぼすことなかりしに」
あばうきゆうアボウ…[阿房宮] (名)中国、秦の始皇帝が造ったという大宮殿。東西五百歩、南北五十丈、上には一万人を座せしめることができた。建築に従事した人夫は七十万と称せられている。二世皇帝の滅びた時、項羽がこれに火を放ったが、三か月の間消えなかったという。
あはぎはらアワギ…[檍原] (地名)「あはぎ」という木の生えていた原の義から地名となったものであろう。いざなぎのみことが、よみの国から帰られて、みそぎをされた地。今の宮崎県宮崎郡宮崎村大字塩治字青木の地という。古事記、上「つくしの日向のたちばなのをどのあはぎはらにいでまして、みそぎはらひたまひき」
あはくアワク[喘ぐ] (動、四)あえぐ。つかれる。倦む。
あはくアワク (動、下二)ぐずぐずしている。油断している。ゆるむ。源平盛衰記「うちとけ、あはけらたらむところへ、するりと渡りて」
あはしアワシ[淡し] (形、ク)(1)あっさりしている。淡泊である。(2)薄情である。源氏、澪標「なのめなることをだに、少しあはき方によりぬるは、心とどむるたのみなきものをとおぼすに」
あはしまアワシマ[淡島] (地名)いざなぎ・いざなみ二神が第二番目に作った島。今の何処か不明。古事記、上「次に淡島をうみたまふ。こも、みこのかずに入れたまはず」(「こも」は「これも」)
あはしまアワシマ[粟島] (地名)讃岐の国、香川県木田郡庵治村の西北二海里のところにある大島のことか。万葉、[3-358]「むこの浦をこぎたむ小舟粟島を背向(そがひ)に見つつともしき小舟」
あはしまのアワシマ…[粟島の] (枕詞)頭音をくりかえして「あは」に冠する。万葉、[12-3167]「粟島の逢はぬものゆゑ」
あはすアワス[合はす] (動、下二)(1)合する。竹取「六衛のつかさ、あはせて二千人の人を竹取が家につかはす」(2)めあわす。結婚させる。伊勢物語「親のあはすれども、きかでなむありける」(3)夢を判断する。宇治拾遺、一「妻(め)のいはく、そこの股こそ裂かれむずらめとあはするに、善男驚きて、よしなきことを語りけるかなと、恐れ思ひて」(4)その他、立ち会わせる・出会わせる・相応させる・合奏する・比較する・調合するなどの意もある。
あはせたきものアワセ…[合せ薫物] (名)「ねりかう」に同じ。
あはそかにアワソカニ (副)かるがるしく。おろそかに。そりゃくに。大鏡、八「あはそかに申すべきにも侍らず」
あはだぐちアワダ…[粟田口] (地名)京都市の鴨川の東、三条通りの白河以東、蹴上に至る間の称で、昔の東海道の京都の入口であった。物語・日記・紀行などに多く出て来る地。
あはたこアワタコ[臏・臏肋] (名)腅藎骨。ひざざら。神功紀、摂政前「王のあはたこを抜きて石の上にはらばはしめ」
あはぢしまアワジ…[淡路島] (地名)兵庫県に属する。大阪湾と播磨灘と紀伊水道とに囲まれている島。金葉集、四、冬「淡路島通ふ千鳥の鳴く声に幾夜寝覚めぬ須磨の関守 源兼昌」=わたくしは須磨に一夜旅寝してさえ、淡路島にゆききする千鳥の声に目がさめて眠られないのに、須磨の関守よ、君はさぞ幾夜も眠られないことであろう。
あはぢしまアワジ…[淡路島] (枕詞)頭音をくりかえして「あはれ」に冠する。万葉、[12-3197]「住の江の岸に向かへる淡路島あはれと君をいはぬ日はなし」(上三句は「あはれ」というための序詞)
あはぢしまのおほいこアワジシマノオオイコ[淡路島のおほいこ] (人名)「土佐日記」に出てくる女性。「おほいこ」は「姉」。淡路島生まれの老姉。(なお、同書に「あはぢのご」「あはぢのたうめ」とあるのも同一人。「ご」は婦人を尊称していう語。「たうめ」は老女の称)
あはづアワズ[粟津] (地名)同名の地が多くあるが、物語や紀行などに出て来るのは、琵琶湖の岸で、今の滋賀県膳所(ぜせ)の附近一帯をいう。「粟津の松原」「粟津の原」などは、みなこの地。
あはつかにアワツカニ[淡つかに] (形動、ナリ、連用形)(1)軽率に。うっかりと。堀川院艶書合「あはつかになほうはうはしき垣間見は習はぬ身にて思ひとぢめむと」(2)冷淡に。気のなさそうに。源氏、帚木「あはれともうちひとりごたるに、何事ぞなど、あはつかにさし仰ぎ居たらむは、いかがは口惜しからめ」=ああ、おもしろいなどと(男が)ひとりごとを言っているのに、(女が)何ですってなどと、気のなさそうに、向こうの方を向いているようでは、どんなに口惜しいことだろう。
あはつけしアワツケシ[淡つけし] (形、ク)(1)軽率である。軽薄である。うっかりしている。蜻蛉日記「さて、あはつけかりしすきごとどもの、それはそれとして」(2)冷淡である。にべもない。源氏、常夏「あはつけき声様(こわざま)にのたまひ出づることは、こはごはしく、ことばだみて」
あはづのアワズ…[粟津野] (地名)「粟津」の野。枕草子、九「野は……あはづ野」
あはづのはらアワズ…[粟津の原] (地名)「粟津」の原。枕草子、一「原は……あはづのはら」方丈記「あはづのはらを分けつつ蝉丸のおきなが跡をとぶらひ」
あはなち[畔離ち] (名)上古の罪の一。「あ」は「あぜ」。田のあぜを切りはなして、湛えておくべき水を干すこと。古事記、中「いきはぎ・さかはぎ・あはなち・みぞうめ……」祝詞、六月晦大祓「あやまち犯しけむ、くさぐさの罪ごとは、天つ罪と、あはなち・みぞうめ……」
あはのみとアワ…[阿波の水門] (地名)阿波の鳴門(なると)のことであろう。土佐日記「三十日、雨風ふかず……阿波の水門を渡る」
あはひアワイ[間] (名)(1)二つのものの中。あいだ。伊勢物語「伊勢・尾張のあはひの海づらを行くに」(2)交わりのなか。あいだがら。源氏、桐壺「かしづき給ふ四の君にあはせ給へり。劣らずもてかしづきたるは、あらまほしき御あはひどもになむ」
あはふアワフ[粟生] (名)粟の生えている地。「ふ」は「芝生」などの「ふ」に同じ。古事記、中「みつみつし、くめのこらが、あはふには、かみらひともと、そねがもと、そねめつなぎて、うちてしやまむ」=来目の兵士の粟畑に生えた一本の韮の球根の細毛を探るように、(どこまでも)追跡して、討たずばやめない。(「みつみつし」は「くめ」の枕詞)
あばふアバウ (動、四)かばう。
あはむアワム[淡む] (動、下二)さげずむ。うとんずる。源氏、帚木「つまはじきをして、いはむ方なしと、式部をあはめにくみて」紫式部日記「かかる所に上臈のけぢめ、いたうわくものかと、あはめ給ふ」
あはやアワヤ (感)驚いたときに発する声。あら。あれ。あな。あなや。
あばら (名)(1)戸締りのないこと。伊勢物語「あばらなる蔵に女をば奥に押し入れて」(2)備えのうすくなっていること。平家、五、奈良炎上「うしろ、あばらに成りしかば、力およばず、ただ一人南を指してぞ落ち行きける」(3)荒れていること。くずれ。やぶれ。拾遺集、十七、雑秋「秋風は吹きなやぶりそ我がやどのあばらかくせる蜘蛛(くも)のすがきをよしただ」(4)「あばらや」の略。
あばらや (名)(1)あずまや作りの、四方明け放しの建物。新六帖、一「あばらやの板間つづきの長き夜にうたた目ざます月のかげかな」(2)荒れ果てた家。基左集「つたかづら繁るばかりのあばらやは音さへあらず秋の夕風」
あばる (動、下二)荒れ果てる。宇津保、俊蔭「草の生ひこりて家のあばるるままに」宇治拾遺、三「入りて物取らむと思ひて窺ひありきけるほどに、周囲もあばれ、門などもかたへは倒れたる」
あはれアワレ(名)かわいい、美しい、情趣が深い、うれしい、かなしい、ありがたい、あやういなど、すべて心にひどく感じた状態につけた名。平安時代には「をかし」とほぼ同一の意に用いられているが、「あはれ」の方には、やや深みがあり、「をかし」の方には、やや明かるさがある。このけじめが、のちに、「あはれ」は「悲哀」の意に、「をかし」は「可笑」の意に、はっきりと分かれてしまう。なお、「あはれ」には、多くの場合、断定の助動詞「なり」を付けるが、これは形容動詞の語幹でなく名詞である。「あはれは知られけり」「あはれと思ふ」などというからである。源氏、桐壺「もの心ぼそげに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして」(かわいい、気の毒)枕草子、一「からすのねどころへゆくとて、みつ・よつ・ふたつなど飛びゆくさへあはれなり」(おもむきが深い)竹取「今はとて天の羽衣着る折ぞ君をあはれと思ひ出でぬる」(親しみ、いとしむ)⇒もののあはれ。
あはれアワレ (感)ああ。万葉、[3-415]「家にあらば妹が手まかむ草枕旅に臥(こや)せるこの旅人あはれ」催馬楽、律、我が駒「いで、我が駒、早く行きませ、まつち山、アハレ、まつち山ハレ」(この「アハレ」は、この通りの発音)
あはれしアワレシ (形、シク)ものがなしい。いたわしい。後三年記「年の寄るといふことは、あはれしくも侍るかな」
あはれすすむアワレススム[あはれ進む] (動、四)感情がたかぶる。源氏、帚木「心深しやなどほめたてられて、あはれすすみぬれば、やがて尼になりぬかし」
あはれぶアワレブ (動、四)あわれむ。源氏、須磨「神仏のあわれびおはしまして」
あび[阿鼻](名)梵語である。無間と訳す。無間地獄。八熱地獄の第八で、苦を受けること間断なしという。平家、灌頂、六道「かくて生き残りたる者どもの喚き叫びし有様は、叫喚大叫喚、無間、阿鼻、焰の底の罪人も、これには過ぎじとこそ覚え侍りしか」
あひおひアイオイ[相生] (名)相共に生い出たこと。もろともに生い立ちゆくこと。古今集、序「高砂・住の江の松もあひおひのやうに覚え」
あひおひのまつアイオイ…[相生の松] (句)共に生じた松。最も有名なのは、播磨の国、兵庫県高砂市の加古川の河口にある高砂(たかさご)神社の境内にある高砂の松である。もと、一根から雌雄の松が生じていたが、のち枯死し、今のものは、元禄年間に明石候の植えつぎしたものという。謡曲、高砂「当所と住吉とは国を隔てたるに、何とて相生の松とは申し候ふぞ」
あびき[網引] (名)「あ」は「あみ」。漁のために網を引くこと。万葉、[3-238]「大宮の内まで聞ゆあびきすと網子(あご)ととのふる海人(あま)の呼び声」
あひくちあへすアイクチアエス[相口会へす] (動、サ変)あざむかれて同意する。祝詞、道饗祭「根の国、底つ国より、あらびうとび来むものに、相まじこり、相口会へすることなく」
あひしらふアイシラウ (動、四)「あへしらふ」に同じ。
あひたいじにアイタイ…[相対死] (名)男女相対で、合意のうえで共に自殺すること。情死。
あひだちなしアイダチナシ (形、ク)「間断(あひだち)なし」の意か。わけへだてがない。分別がない。あいだてなし。(この語は、多くは音便で「あいだちなし」としるされている)
あびじごく…ジゴク[阿鼻地獄] (名)「あび」に同じ。
あひつくりアイ…[相作り] (名)酒を造る人、とうじの助手。祝詞、中臣寿詞「さかづこ・さかなみ・こばしり・はひやき・たきぎとり・相作り・いなざねのきみら」
あひでんアイデン[相殿・合ひ殿] (名)神社において、主祭神に対し合祀または配祀した神の称。
あひどのアイドノ[相殿・合ひ殿] (名)神社において、主祭神に対し合祀または配祀した神の称。
あひづねアイズネ[会津嶺] (地名)福島県の会津の東北にある磐梯山(ばんだいさん)。万葉、[14-3426]「会津嶺の国をさ遠み逢はなはば偲びにせもと紐むすばさね」
あひなしアイナシ (形、ク)「あいなし」に同じ。
あひなめアイナメ[相嘗] (名)「あひんべ」に同じ。
あひねのはまアイネ… (地名)未詳。伊予の国の地名か。古事記、下「なつくさの、あひねのはまのかきがひに、あしふますな、あかしてとほれ」=夏草の茂っている相寝の浜には牡蠣貝が多いというから、それに足を踏みぬかぬように、道をあけてお通りなさい。
あひのきやうげんアイノキヨウゲン[間の狂言] (名)あやつりで一つの浄瑠璃の段と段との間、または一つの浄瑠璃と他の一つの浄瑠璃とのつなぎに、道化あやつりまたは野呂松(のろま)人形を上演するものをいう。
あひまくらまくアイマクラ…[相枕纏く] (句)枕を共にし、手をかわして相抱いて寝る。古事記、中「みちのしり、こはだをとめを、かみのごと、きこえしかども、あひまくらまく」=道の後の木幡乙女を、世間では神のように清らかだとうわさしているが、(その乙女は他の人と)相枕するであろうことよ。(「道の後」は都から近江の国に通ずる街道の奥。「こはだ」は宇治の木幡)
あひまじこるアイマジコル[相率る] (動、四)共に、蠱(まじ)にあたったようになって、その気になる。祝詞、道饗祭「根の国、底つ国より、あらびうとび来む者に、相まじこり、相口会へすることなく」
あひんべアインベ[相嘗] (名)「相贄(あひにへ)」の音便。あひなめ。昔、十一月上旬の卯の日に、新稲で醸した酒を、天子が飲み、諸神にも奉った神事。新嘗祭に先立って行われたもの。
あふアウ[婚ふ] (動、四)結婚する。古事記、上「あはみましたちのことは聞かず、おほなむちの神にあはむといふ」竹取「この世の人は、男は女にあふことをす、女は男にあふことをす」
あふアウ[合ふ・会ふ] (動、四)(1)合して一つになる。枕草子、一「中の御門のとじきみ引き入るるほど、かしらども一ところにまろびあひて」(2)相互に適合する。双方ともにかなう。土佐日記「このことば、何とはなけれど物言ふやうにぞ聞えたる。人の程にあはねばとがむるなり」(3)合戦する。万葉、[1-14]「香具山と耳梨山とあひし時立ちて見に来し印南(いなみ)国原」
あふアウ[逢ふ] (動、四)(1)対面する。万葉、[4-508]「ころもでの別くこよひより妹もわれもいたく恋ひなむ逢ふよしをなみ」(2)遭遇する。伊勢物語「みよのみかどに仕うまつりて、時にあひけれど」
あふアウ[饗ふ] (動、下二)ふるまう。もてなす。神武紀、甲寅十月「一柱騰宮を造りて、みあへまつる」
あふアウ[敢ふ] (動、下二)耐える。万葉、[15-3699]「秋されば置く露霜にあへずして都の山は色づきぬらむ」
あぶきあはせオウギアワセ[扇合せ] (名)物合せの一。平安時代に流行した遊戯で、扇に詩や和歌などを書き、互に出しあわせて、その優劣を競うこと。」
あふぎびきオウギ…[扇引き] (名)(1)平安時代に行われた遊戯の一。数本の扇に紐をつけ、福引きのようにして、くじびきさせたものらしい。讃岐典侍日記「あなゆかし、ただ参らせ給へ。扇引きなど人人にせさせむ」(2)たたんだ扇の両端を、両人で互に拇指と食指とで挾んで引きあう遊戯。一代男「よい年をして螺まはし、扇引き」
あぶくま[阿武隈] (地名)次項の略。古今集、二十、東歌「あぶくまに霧たちわたり明けぬとも君をばやらじまてばすべなし」蜻蛉日記「待たでやはよすが絶ゆべきあぶくまのあひ見てだにと思ひつつ」
あぶくまがは…ガワ[阿武隈川] (地名)歌枕の一。那須火山彙の旭丘に発源して、福島県を流れ、北流し、東折して、仙台湾に注ぐ川。古来、「あふ」にかけて歌われている。新古今、九、離別「君にまたあふくま川を待つべきに残すくまなきわれぞ悲しき」
あふこアウコ[朸] (名)次項に同じ。播磨風土記、揖保郡「廝人(つかひびと)、あふこを以て食具等の物を荷なひき。是に於て、あふこ折れ、荷落つ」
あふごオウゴ[朸] (名)二人して物をかつぐに用いる棒。また、両端に物をかけ、一人でかつぐ棒。てんびんぼう。古今集、十九、誹諧歌「人恋ふることを重荷と荷なひてもあふごなきこそわびしかりけれ」(「朸」に「逢ふ期」をかけている)
あふごオウゴ[逢ふ期] (句)逢う機会。伊勢物語「などてかくあふごかたみになりにけむ水漏らさじと結びしものを」(「かたみ」は「竹で編んだ籠」。「かたみ」に「難い」をかけている)
あふことのオウ…[逢ふことの] (枕詞)逢うことの難いことから「かた」に冠する。後撰集、九、恋一「あふことの片糸ぞとは知りながら玉の緒ばかり何によりけむ」同、十二、恋四「あふことのかたふたがりて君来ずば思ふ心のたがふばかりぞ」
あふことはオウコトワ[逢ふことは] (枕詞)前項に同じく「かた」に冠する。拾遺集、十三、恋三「逢ふことはかたわれ月の雲がくれおぼろげにやは人の恋ひしき」新拾遺、十二「逢ふことは堅田の浦の沖つ浪立つ名ばかりや契りなるらむ」
あふさかのオウサカ…[逢坂の] (枕詞)逢坂の関ということから「せき」に冠する。後撰集、十二、恋四「逢坂のせきとめらるる我なればあふみてふらむかたも知られず」
あふさかのさとオウサカ…[逢坂の里] (地名)逢坂の関のあった地。 今の大津市上片原町の辺であろう。枕草子、三「里は、あふさかのさと」
あふさかのせきオウサカ…[逢坂の関] (地名)山城・近江の国境にある逢坂山の麓におかれた関。鈴鹿(すずか)・愛発(あちら)の関と共に三関の一として名高い。関址は今の大津市大津市上片原町の辺であろう。拾遺集、三、秋「逢坂の関の清水に影見えて今や引くらむ望月の駒 紀貫之」後拾遺、十六、雑二「夜をこめて鳥のそらねははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ 清少納言」=夜深く、鶏の鳴き声をまねて函谷関の関守をだましたということが中国の話にあるが、男女が夜逢うという名の逢坂の関守をだますことは許されない。⇒まうしやうくん。枕草子、六「せきは、あふさかのせき」
あふさかのせきもりにゆるさるオウサカ…[逢坂の関守にゆるさる] (句)旅行の癖がつく。雨月物語、一、白峰「逢坂の関守にゆるされてより、秋こし山の黄葉(もみぢ)みすごしがたく」
あふさかやまオウサカ…[逢坂山・相坂山] (地名)山城・近江の国境にある山。また、「手向山」ともいう。万葉、[10-2283]「わぎもこにあふさか山のはたすすき穂には咲き出でず恋ひわたるかも」平家、十、海道下り「相坂山打ち越えて、勢田の唐橋、駒もとどろと踏みならし」
あふさきるさオウサ… (句)(1)「逢ふ時(さ)・離(き)る時(さ)」の義。ゆきき。夫木抄、冬三「晴れ曇り降りもつづかぬ雪雲のあふさきるさに月ぞ冴えたる」(2)あれにつけ、これにつけ。源氏、帚木「とあればかかり、あふさきるさにて」古今集、十九、誹諧歌「そへにとてとすればかかりかくすればあないひ知らずあふさきるさに」⇒そへに。
あふじやうオウジヨウ[圧状] (名)人をおどかして、無理に書かせる証文。また、無理におしつけて承諾させること。
あぶす (動、四)あます。のこす。すてる。源氏、玉葛「さしも深き御こころざしなかりけるをだに、落しあぶさず、取りしたため給ふ御心長さなかりければ」
あぶす (動、下二)浴びせる。浴びせかける。
あふちオウチ[楝・樗] (名)「せんだんのき」に同じ。枕草子、三「木のさまぞ、にくげなれど、あふちの花、いとをかし」新古今、三、夏「あふち咲くそともの木かげつゆおちて五月雨晴るる風わたるなり」
あぶつに[阿仏尼] (人名)鎌倉時代の女流歌人。藤原為家の後妻。歌文に長じていた。「十六夜日記」の著者。弘安六年(1283)没、年七十四。
あふてオウテ[遇ふ手] (名)相手。宇津保、初秋「ひとたびは、あふてなくてまかり帰りにき」
あふなあふなオウナオウナ(副)「おほなおほな」「おふなおふな」に同じ。源氏、桐壺「御心につくべき御遊びをし、あふなあふなおぼしいたづく」
あふばうオウボウ[押妨] (名)押領し妨害する意か。平家、一、鵜川合戦「寺僧、怒りをなして、昔より此の所は国方の者の入部することなし。先例に任せて、速かに入部の押妨停めよやとぞ申しける」(「入部」は、その領分に入ること)
あふひのまつりアオイ…[葵の祭] (名)「賀茂祭」の別称。京都の賀茂神社四月中の酉の日の祭には、葵の葉を供奉職員の衣冠に着け、社前に飾り、車の簾に懸けることからいう。
あふひまつりアオイ…[葵祭] (名)「賀茂祭」の別称。京都の賀茂神社四月中の酉の日の祭には、葵の葉を供奉職員の衣冠に着け、社前に飾り、車の簾に懸けることからいう。
あぶみ[鐙] (名)「足踏み」の義。馬具の一。馬に乗って、足を踏みかける具。古事記、上「片御手は御馬の鞍にかけ、片御足その御あぶみに踏み入れて歌ひたまはく」
あふみのみオウミ…[近江の海] (地名)「琵琶湖」のこと。神功紀「あふみのみ勢田の渡りにかづく鳥、目にし見えねば、いきどほろしも」=琵琶湖の勢田の渡りに潜り込んだ鳥(忍熊王の入水をいう)が目に見えないから気がかりでならぬ。(武内宿穪が、忍熊王の入水を詠じた歌)万葉、[3-266]「あふみのみ夕浪千鳥汝(な)が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ 柿本人麻呂」=夕靄の立ちこめた琵琶湖の波の上で鳴く千鳥よ、おまえの鳴く声を聞けば、私の心もすっかり、めいりこんで、昔このほとりにあった天智天皇の宮所の盛んであったことなどがしのばれてならない。
あふみのみふねオウミ…[淡海三船] ((人名)奈良時代の漢詩人。諸官を経て、大学頭兼文章博士となり、刑部卿となった。経学に通じ、詩文をよくした。「懐風藻」の編者であろうといわれている。また、神武天皇から持統天皇までの歴代の諡号を定めた人という。延暦四年(785)没、年六十四。
あふみはつけいオウミ…[近江八景] (名)近江の琵琶湖畔の八景。堅田の落雁、此良の暮雪、瀬田の夕照、唐崎の夜雨、三井の晩鐘、矢橋の帰帆、石山の秋月、粟津の晴嵐。画題となり、広重のものなどは特に名高い。
あぶらぢごく…ジゴク[油地獄] (書名)正しくは「女殺油地獄」。近松門左衛門の世話浄瑠璃で、傑作の一とされている。大阪天満の油屋河内屋の養子与兵衛が遊びの金につまり、同業の油屋の女房お吉に金を借りに行くが断られ、ついにこれを殺して金を奪おうという筋。当時の事実譚を取扱ったものだという。享保六年(1721)七月、竹本座で初演。
あふりアオリ[泥障・障泥] (名)馬具の一。下鞍の下から鐙のうちへ敷いて垂れ、馬の両脇を覆う具。大和物語「草の中に泥障を解きて敷きて臥せり。女、恐ろしと思ふこと限りなし」
あふりやうしオウリヨウシ[押領使] (名)昔の官職。奸悪の民や暴徒などをうち平らげる役。国司・郡司の武芸に長じた者から任命されることになっていたが、多くは土地の豪族のうちから選んで任命された。たいてい、一国を管したが、数国を兼ねたもの、または一群を管したものもあった。徒然草、六十八段「筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなるものありけるが、土大根(つちおほね)をよろづにいみじき薬とて、朝ごとに二つづつ焼きて食ひけること、年久しくなりぬ」古川柳「押領使葉は汁の実に茎は漬け」(大根の白いところだけ食ったから)
あへアエ[饗] (名)飲食のもてなし。饗応。古事記、上「くしやたまの神をかしはでとなして、天の御あへを奉る時に」
あべ[安倍] (地名)駿河の国、静岡県安倍郡の地。今の静岡市である。万葉、[3-284]「焼津辺(やきつべ)に我が行きしかば駿河なるあべの市道(いちぢ)に逢ひし児らはも」
あべかめり (句)「あるべかるめり」の約。あるようである。ありそうに思われる。更級日記「いとはしたなく、悲しかるべきことにこそあべかめれと思へど、いかがせむ」=(もし、宮仕えに出たならば)とても、きまりがわるく、悲しいようなことになりそうだとは思うが、(今さら)どうにもならない。
あべかり (句)「あるべかり」の約。あるであろう。源氏、帚木「げに、のちに思へば、をかしくも、あはれにもあべかりけることの」=まことに、あとになって考えてみると、おもしろくも、おもむき深くもあったはずであろうことが。
あへくらぶアエクラブ (動、下二)闘争する。宇治拾遺、十一「盗人なめりと思ひ給へて、あへくらべ伏せて候ふなり」=どろぼうであろうと思いまして、組み伏せたのでございます。
あべし (句)「あるべし」の約。あるであろう。紫式部日記「世のあべきさま」=世の中のあるべき様子。
あへしらふアエシラウ (動、四)(1)ほどよく他の相手をする。あいしらう。源氏、帚木「中将は、このことわり聞き果てむと、心入れて、あへしらひ居給へり」(2)もてなす。饗応する。(3)とりあわせる。つけあわせる。
あへなしアエナシ[敢なし] (形、ク)(1)はりあいがない。はかない。竹取「とげなきものをば、あへなしといひける」源氏、桐壺「夜中うち過ぐるほどになむ絶えはて給ひぬるとて泣きさわげば、御つかひもいとあへなくて帰りまゐりぬ」(2)道理がない。言いようがない。枕草子、十「いとあへなきまで御前許されたるは、思し召すやうこそあらめ」
あへなむアエナン[敢へなむ] (句)差支えなかろう。よかろう。応じよう。大鏡、二、左大臣時平「いとけなくおはしける男君・女君たち、慕ひ泣きておはしければ、ちひさきはあへなむと朝廷(おほやけ)もゆるさしめ給ひしかば」増鏡、二、新島守「君達一所くだし聞えて将軍になし奉らせ給へと公経の大臣に申しのぼせければ、あへなむと思すところに」
あべの[阿部野・安倍野] (地名)今の大阪市天王寺以南住吉に至る間にあった野。枕草子、九「野は……あべの・みやぎの」平治物語、一「悪源太、三千余騎にて安倍野に待つと聞えければ」
あべのいらつめ[阿倍女郎・安倍女郎] (人名)奈良時代の女流歌人。「万葉集」に短歌が五首収められている。伝未詳。
あべのなかまろ[安倍仲麻呂] (人名)奈良時代の学者。またの名、朝衡。詩歌に長ず。十六歳で唐に渡り、玄宗に認められて秘書監となり、詩文を以て李白・王維らとまじわる。のち、帰朝の途についたが、海上で暴風にあい、安南に漂着、再び唐へ赴いた。宝亀元年(770)没、年六十九。かれが、望郷の念にかられて詠じたのが、名高い「あまの原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも」である。
あべのはら[阿部野原・安倍野原] (地名)「あべの」に同じ。枕草子、一「原は……あべのはら・しのはら」
あへづらひアエズライ (名)手伝い。落窪物語「御あへづらひつかうまつり侍らむと思ひ給ふるを」
あま[海人] (名)「海人(あまびと)」の下略。「杣人(そまびと)」をただ「そま」という類。古事記、中「大雀命とうぢのわきいらつこと二柱、天の下を相譲りたまふほどに、あまおほにへをたてまつりき」(ここの「おほにへをたてまつる」は、土地の産物(魚類)を供御の料として奉ったこと)
あまいぬ[天犬] (名)⇒こまいぬ。
あまかし[味白檮] (地名)大和の国、奈良県高市郡飛鳥村豊浦の地。「あまかしのさき」ともいう。古事記、下「天皇(允恭天皇)天の下の氏氏・名名の人どもの氏・姓のたがひあやまてることをうれひまして、あまかしのことやそまがつひのさきに、くかへをすゑて」(「くかへ」は「探湯瓮」で、「くかだち」の誓いに用いる釜)
あまがたりうた[天語歌] (名)上古、語部(かたりべ)によって暗誦されて歌われた歌の称であろう。語部はまた「あまがたりべ」とも称せられた。あまごとうた。古事記、下「この三歌(みうた)は、あまがたりうたなり」
あまがたりべ[海語部] (名)「海」も「天」も同義。「かたりべ」に同じ。
あまぎらふアマギラウ[天霧らふ] (動、四)次項に同じ。万葉、[6-1053]「さを鹿の妻呼ぶ秋は、あまぎらふ時雨をいたみ」
あまぎる[天霧る] (動、四)空に雲や霧がかかる。曇って、ぼうっとなる。「あまぎる風」「あまぎる波」「あまぎる星」「あまぎる雪」など、連体形の用法が多い。
あまくだす[天降す] (動、四)天から、この国土に降らせる。(上古では、「天」も「海」も、ともに「あま」と言ったから、あるいは、はるか遠い海のかなたから、この国土へ渡らせるとも解せられる)祝詞、六月晦大祓「天のいはくら放ち、天の八重雲を、いつのちわきにちわきて、あまくだしよさしまつりき」
あまくだる[天降る] (動、四)前項の自動。神代紀、上「皇孫……日向の襲(そ)の高千穂の峰にあまくだります」
あまぐもの[天雲の] (枕詞)すべて天雲の飛び交うさまにたとえて「たゆたふ」「ゆくらゆくら」「ゆきかへる」「ゆきのまにまに」「浮きたる」「はるか」「晴るる」などに冠する。万葉、[11-2816]「天雲のたゆたふ心」同、[13-3272]「天雲のゆくらゆくらに、あしがきの思ひ乱れて」同、[19-4242]「天雲のゆきかへりなむもの故に」土佐日記「天雲のはるかなりつる桂川」以下、例略。
あまごとうた(名)「あまがたりうた」に同じ。
あまごもり (名)雨に降りこめられて家にいること。万葉、[15-3782]「あまごもり物思ふ時にほととぎすわが住む里に来鳴きとよもす」
あまごもり (枕詞)雨の縁から「三笠」に冠する。万葉、[6-980]「雨隠り三笠の山を高みかも月の出で来ぬ夜はくだちつつ」(「くだちつつ」は「ふけて行く」)
あまごろも (枕詞)雨具の縁から「田蓑」に冠する。古今集、十七、雑上「なにはがた潮みちくらしあまごろも田蓑の島にたづ鳴きわたる」(「田蓑の島」は、今の大阪市西淀川区佃島の辺か)
あまざかる[天離る](枕詞)都から遠く離れた意から「ひな」に冠する。「ひな」は「いなか」。万葉、[3-255]「あまざかるひなの長道(ながぢ)ゆ恋ひ来れば明石の門(と)より大和島見ゆ」⇒あかしのと。
あまさへアマサエ (副)あまつさえ。その上。おまけに。落窪物語「あまさへ憂き恥の限りこそ見せつれ」
あまさる[余さる] (句)「余す」の未然形に受身の助動詞「る」のついたもの。不明として残される。方丈記「時を失ひ、世にあまされ期する所なきものは、憂へながら、とまりをり」古今著聞集、一、神祗「幸に熊野の御山拝み奉らむことをよろこびつるに、あまされまゐらせて、かへし下らむこと悲しきことなり」
あまぜ (名)尼御前(あまごぜ)の略。尼をうやまって呼ぶ語。
あまた[数多] (副)(1)かず多く。たくさん。允恭紀、八年二月「ささらがた錦の紐を解きさけてあまたは寝ずと(に)ただ一夜のみ」=笹型の錦の紐を解き放って、多くの夜は寝ずして、ただ一夜だけであることよ。(2)甚だしく。非常に。万葉、[7-1184]「鳥じもの海に浮きゐて沖つ浪さわぐを聞けばあまた悲しも」=水鳥のように海にういていて、沖の波のさわぐ音を聞いていると、とても、悲しい。(船で旅した時の気持を歌ったもの)
あまたい (名)幾度も寝ること。「い」は「寝る」の意。万葉、[8-1520]「ま玉手の玉手さしかへあまたいも寝てしかも秋にあらずとも」
あまたたび (副)幾度も幾度も。
あまだむ (枕詞)「だむ」は「とぶ」の転とも、古語の廻(たむ)の意ともいわれ、とにかく「あまだむ」で天を廻翔する意から「かり(雁)」の転呼「かる」に冠する。古事記、下「あまだむ軽をとめ、したたにも、寄り寝て通れ、軽をとめども」=軽の里の少女たちよ、忍び忍びにでも立ち寄って休んで通れ、軽の少女らよ。(「したたにも」は「忍び忍びても」「こっそりとでも」の意)
あまつかぜ[天津風] (名)天の風。空吹く風。古今集、十七、雑上「あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ 良岑宗貞」=空吹く風よ、あの天女が帰ろうとする雲の通路を吹き閉じてくれ。美しい天女の舞姿をもう少しの間とめておいてみたいものだ。(五節の舞姫を天女に見立てて詠じたもの)
あまつかなぎ[天津金木] (名)「天」は美称。「かなぎ」は「握の木(つかのき)」の約で、小さい木の枝。上古、祓の料として、罪人から出させ、それを積んで置いて祓をした。祝詞、六月晦大祓「天つ金木を本うち切り、末うち断ちて、ちくらの置座(おきくら)に置き足らはして」
あまつさへアマツサエ[剰へ] (副)その上に。おまけに。あまさへ。
あまつすがそ[天津菅麻] (名)「天」は美称、「すが」は「すげ」、「そ」は「緒」の義。菅を細く裂いたもの。上古、それを祓の具とした。祝詞、六月晦大祓「天つ菅麻を本刈り断ち、末刈り切りて、八つ針にとり裂きて」
あまつそら[天津空] (名)(1)天。空。古今集、十五、恋五「久方のあまつそらにも住まなくに人はよそにぞ思ふべらなる 在原元方」(2)朝廷。禁中。古今集、十九、長歌「人麻呂こそはうれしけれ、身はしもながら、ことの葉をあまつそらまで、きこえあげ、末の世までのあととなし 壬生忠岑」(3)うわのそら。有頂天。万葉、[12-2887]「立ちてゐてたどきも知らずわが心あまつそらなり土はふめども」(「たどきも知らず」は「たよりも知らず」「よるべきも知らず」の意である)
あまづたふ…ズトウ[天伝ふ] (枕詞)空を伝わる意から「日」に冠する。万葉、[2-135]「あまづたふ入り日さしぬれ」同、[7-1178]「あまづたふ日笠の浦に」
あまつひつぎ[天津日嗣] (名)天皇の位。「ひつぎ」は神聖な火をうけつぐ義という。古事記、上「あが住みかをば、天つ神の御子の天つひつぎ知ろしめさむ、とだる天の御巣なして」
あまつみづ…ミズ[天津水] (枕詞)「雨水」の義。大旱に降雨を待つようにとの意から「仰ぎ待つ」に冠する。万葉、[2-167]「あまつみづ仰ぎて待つに、いかさまに思ほしめせか」
あまてるや[天照るや] (枕詞)「日」に冠する。万葉、[16-3886]「あまてるや日の気(け)に干し」
あまとぶや[天飛ぶや] (枕詞)「雁(かり)」に、その親類「軽(かる)」に、また、空飛ぶ雲の形に似ているあところから「領巾(ひれ)」に冠する。万葉、[15-3676]「あまとぶやかりを使ひに得てしかも」同、[11-2656]「あまとぶや軽のやしろの」同、[8-1520]「久方の天の河原に、あまとぶや領巾片敷き」
あまなふアマナウ[甘なふ・和ふ] (動、四)(1)甘んじて受ける。四季物語「まいて後の世のありがたきすくせ、たれかこの楽しみをあまなはむや」(2)楽しむ。満足する。四河入海、十九「飢貧をあまなふ者はなく」
あまなふアマナウ[甘なふ・和ふ] (動、下二)前項の他動。応神紀「二皇子の意にあまなへたまはむとす」
あまねし[遍し・洽し・普し] (形、ク)ひろくゆきわたる。万葉、[8-1553]「時雨の雨間(ま)なくし降れば三笠山こぬれあまねく色づきにけり」(「こぬれ」は「こずえ」)
あまねし[遍し・洽し・普し] あまねはすアマネワス[遍はす]
あまのいはと…イワト[天の岩戸] (名)⇒あめのいはやど。
あまのうきはし[天の浮橋] (名)いざなぎ・いざなみの神が国土を生成された時、ににぎのみことが天降った時などに、降り立たれたという橋。「あめのうきはし」ともいう。実体は何を指すか不明。古事記、上「かれ、二柱の神、天の浮橋に立たして」同、同「いつのちわきちわきて、天の浮橋に浮きじまり」
あまのがは…ガワ[天の川] (名)白く光っていて、川または帯のように長く大空に見えるもの。無数の星の群れである。秋・冬の晴れた夜、最もよく見える。銀河。万葉、[15-3658]「夕月夜影立ち寄り合ひ天の河こぐ舟人を見るが羨(とも)しさ」(「こぐ舟人」は「彦星」)
あまのがは…ガワ[天野川] (地名)金剛山脈中に発して北西へ向い、枚方(ひらかた)の北で淀川に合する川。古今集、九、■旅「狩り暮らしたなばたつめに宿からむ天の川原にわれは来たけり 在原業平」(「たなばたつめ」は「織女」)。枕草子、三「川は……よしの川・あまの川、この下にもあるなり」
あまのさかで[天の逆手] (名)「天」は美称。「逆手」は、まじないをする時に打つ拍手。古事記、上「すなはち、その船を踏み傾けて、天の逆手を青柴垣に打ちなして隠りましき」伊勢物語「かの男は、天の逆手を打ちてなむ呪ひ居るなる」
あまのざこ[天の邪古] (句)「あまのじやく」に同じ。
あまのさへづり…サエズリ[海人の囀り] (句)漁夫のことば。ちょうど鳥のさえずるように、べちゃべちゃとやかましく、何の意味かわからないこと。源氏、玉蔓「俄かなる御饗(おんあるじ)しさわぎて、鵜飼ども召したるに、あまのさへづり思し出でらる」
あまのじやく[天邪鬼] (名)(1)人に逆らって、右といえば左というような人。すねもの。「記・紀」にある「あまのさぐめ」の転かという。(2)仁王(両金剛)が足下に踏まえている小さな鬼。
あまのと[天の戸] (名)天の岩戸。万葉、[20-4465]「ひさかたの天の戸開き、高千穂の獄に天降(あも)りしすめらぎの神の御代より…… 大伴家持」
あまのと (名)「天の門」の意で、天を海に見たて、その港の意か。天。空。古今集、十三、恋三「さ夜ふけて天のと渡る月かげにあかずも君をあひ見つるかな」
あまのはごろも[天の羽衣] (名)(1)天人の着物。竹取「ふと天の羽衣をうち着せ奉りつれば、翁をいとほし悲しとおぼしつることも失せぬ」拾遺集、五、賀「君が代は天の羽衣まれにきて撫づとも尽きぬいはほならむ」(2)新嘗祭などの神事に、天皇御沐浴の時、召されたまま御入浴なさる御湯帷巾(おゆかたびら)。
あまのはしだて[天の橋立] (地名)日本三景の一。丹後の宮津湾内に北から南に突出した平坦な沙嘴。京都府与謝郡吉津村および府中村に属する。金葉集、九、雑上「大江山いく野の道は遠ければまだふみも見ず天の橋立 小式部内侍」=大江山や生野へ行く道は遠いから、さらにその向こうにある天の橋立などへは、まだ行ったこともないし、また、そこに滞在している親たちから手紙をもらったこともない。(「いく野」に「行く」をかけ、「ふみ」に「踏み」と「文」とを含ませている。この歌をよんだ事情は、この歌のまえがきにくわしい)⇒いづみしきぶ。
あまのはら[天の原] (名)(1)大空。逸文丹後風土記「天の原ふるさけ見れば霞立つ雲路まどひてゆくへ知らずも」古今集、九、■旅「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」=大空をはるかに仰ぎ見れば、今しも東の空に月が出た。ああ、あの月こそは、なつかしい春日の三笠の山に出た月であろうよ。安倍仲麻呂が唐土で詠んだ歌。(2)「たかまのはら」に同じ。神代紀、上「必ずまさに我が天の原を奪ふべぢ」
あまのはら[天の原] (枕詞)富士山が大空高くそびえているので「富士」に冠する。万葉、[14-3355]「天の原富士の柴山木のくれの時移りなば逢はずかもあらむ」(上三句は序詞)
あまのひらた[天の平田] (名)平らで、でこぼこのない田地。神代紀、上「一書に曰く、この後に日の神の田、三ところあり。なづけて、天の安田、天の平田、天のむらあわせ田といふ。これみな良き田なり」
あまのむらあはせだ…アワセ…[天の邑■田] (名)広いので、幾つかの村が共同で耕す田地。
あまのむらぎみ[天の邑君] (名)神代の村長。神代紀、上「稲を以てたなつものとなす。また、よりて天の邑君を定む」(「たなつもの」は「田に成るもの」)
あまのやすた[天の安田] (名)農事にやすらかな田。出典は、「あまのひらた」の項参照。
あまのやそかげ[天の八十蔭] (名)天皇のいられる宮殿。推古紀、二十年正月「やすみしし、我が大君の隠ります、あまのやそかげ出で立たす」
あまはせづかひ…ズカイ[天馳せ使ひ] (名)遥かに隔たっている道の間を言(こと)通わせる使い。古事記、上「いしたふや、あまはせづかひ、ことのかたりごとも、こをば」⇒いしたふや。
あまひアマイ (名)早く散ること。もろく、はかない。古事記、上「天つ神の御子の御いのちは、木の花のあまひのみましまさむ」
あまびこ[天彦] (名)天にひびく音。やまびこ。また、天上の人。
あまびこの[天彦の] (枕詞)前項の意から「おと」に冠する。古今集、十九、長歌「あまびこのおとはの山の春霞」
あまびこのはし[天彦の橋] (地名)飛騨の国(岐阜県)にあったという橋。山彦の聞える橋の意か。枕草子、三「はしは……ながらのはし・あまびこのはし」
あまびと[海人] (名)「あま(海人)」に同じ。新千載集、四「あまびとの浦の磯谷の苫びさしほどなき軒は月もさはらず」
あまふアマウ (動、下二)(1)謝す。わびる。(2)甘える。
あまべ[海人部] (名)上古、漁猟をもって朝廷に奉仕した部民の称。応神紀、五年八月「諸国にのりごちて、あまおよびやまもりべを定む」
あまべ[海辺] (名)海のほとり。海辺。雨月物語、一、白峰「烏の頭は白くなるとも、都には還るべき期もあらねば、定めてあまべの鬼とならむずらむ」
あまべ[余戸・余部] (名)(1)大化二年(646)、国・郡・里の制を定めた時、五十戸をもって里としたが、里に満たない小部落の称。また、「あまりべ」ともいう。主に帰化人が住み、屠殺を業とした(2)昔の特殊部落の称。一代男、七「その跡にては、ちひさき紙屑拾ひが集めてあまべに帰る」
あまゆ[甘ゆ] (動、下二)(1)なれ親しんで甘える。人の情にもたれる。源氏、榊「かくのごとく罪侍りとも、思し棄つまじきを恃みにて、あまえて侍るなるべし」(2)親しんで得意になる。源氏、夕顔「かくわざとがましければ、あまえて、いかに聞えむなどと言ひしろふべかめれど」(3)恥ずかしく思う。大鏡、八「勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へむとありけるに、あやしく思し召されて、何者の家ぞと尋ねさせ給ひければ、貫之のぬしの御女の住む所なり。遺恨のわざをもしたりけるかなとてあまえおはしましける」(4)薫物(たきもの)に蜜が入り過ぎる。源氏、常夏「いとあまえたる薫物の香を、かへすがへすたきしめゐ給へり」
あまよそひ…ヨソイ[雨装] (名)雨にぬれないための支度。
あまよのしなさだめ[雨夜の品定め] (句)「源氏物語、帚木の巻」で、雨の夜のつれづれに光源氏の君を中心に、頭の中将、左の馬の頭、藤の式部の丞らの公達が、おのおの自分の女性観を述べあったことをいう。転じて、女の品定めをする意にもいう。源氏、夕顔「ありし雨夜の品定めののちは、いぶかしくおもほしたるしなじなのあるに」
あまり (接尾)余。まり。「十日あまり三日」などという
あまりさへアマリサエ (副)「あまつさへ」に同じ。方丈記「あまりさへ、疫癘うちそひて、まささまにあとかたなし」=そのうえ、悪質の流行病まで加わって、全く何一つ残さない。
あまりべ[余戸・余部] (名)「あまべ(余戸・余部)」に同じ。出雲風土記「あまりべ四、駅屋六、神戸七」
あまをとめ…オトメ[天少女] (名)天女。天人。あまつをとめ。謡曲、羽衣「一月夜夜のあまをとめ、奉仕を定めて役をなす」
あまをとめ…オトメ[海人少女] (名)少女の海人(あま)。万葉、[1-5]「あまをとめらが焼く塩の、思ひぞ焼くる、わが下ごころ」
あまをぶね…オブネ[海人小舟] (枕詞)海人の乗る小舟の縁で「のり」に、また、舟の泊まる意の古語「はつ」に冠する。金葉集、十、雑下「うき身をし渡すと開けばあまをぶねのりに心をかけぬ日ぞなき」(「のり」は仏法の「法」)万葉、[10-2347]「あまをぶね初瀬の山にふる雪の」
あみす[浴みす] (動、下二)あびせる。今昔、十九、「種類の功徳ををさめけるに、湯をわかし大衆に浴みせむとして」
あみだ[阿弥陀] (名)梵語である。「無量寿」と訳す。如来の名。浄土の中に座するという。あみだぶつ。如来の名号を唱えれば、十即十生、百即百生するという。
あみだがしゆく[阿弥陀が宿] (地名)兵庫県印南郡の南部、阿弥陀村におかれた宿駅。旧中国街道の重要駅。今の山陽本線曾根駅の附近。太平記、十六、備中福山合戦の事「那波より阿弥陀が宿のほとりまで、十八度まで戦つて落ちける間、打ち残されたる者、今は僅かに主従六騎」
あみだのだいず「阿弥陀の大呪」 (名)阿弥陀如来の陀羅尼。阿弥陀根本陀羅尼。源氏、鈴虫「阿弥陀の大呪いとたふとくほのぼの聞ゆ」枕草子、九「経は……あみだのだいず・せんずだらに」
あみだのみね[阿弥陀の峰] (地名)京都東山連邦の一。山上に豊臣秀吉を祀る。今、豊国山という。枕草子、一「峰は、ゆずるはのみね・あみだのみね・いやたかのみね」
あみのりもの[網乗り物] (名)青い綱をかけた乗り物で、江戸時代に士分以上の重罪人を護送するのに用いたもの。仮名手本忠臣蔵「塩谷判官は閉門仰せつけられ、網乗り物にてたつた今帰られし」
あむ[■・虻] (名)あぶ。古事記、下「天皇、みあぐらにましましけり。かれ、あむ、みただむきをくひけるを、すなはち、あきつ来てそのあむをくひて飛びいにき」
あむ[浴む] (動、四)浴びる。古事記、上「ここに八十神そのうさぎにいひけらく、いましせむは、このうしほにあみて風の吹くに当たりて、高山のをのへに伏してよといふ」
あむしろ[編席] (名)竹で編んだむしろ。「あじろ」に同じ。
あむす[浴むす] (動、下二)浴びさせる。浴ぶす。宇治拾遺「念仏の僧に湯わかしてあむせ奉らむとて」。
あめ[天] (名)天。空。あま。「地」の対。古事記、上「あめなるや、おとたなばたの、うながせる、玉のみすまる」=天にいられる弟棚機姫の頸にかけた玉の飾り環。
あめがした[天が下] (名)天下。国。太平記、三、主上御二没落笠置一事「さして行く笠置きの山を出でしより天が下にはかくれがもなし 後醍醐天皇」「さして行く」は「笠」の枕詞)
あめがしたにのたまふとも…ノタモウ…[天が下に宣ふとも] (句)いかに強く言うとも。落窪物語「天が下に宣ふとも、ここはえ奉らじ」
あめく (動、四)わめく。さけぶ。うめく。枕草子、二「酒飲みてあめき、口をさぐり」宇治拾遺、五「そこら集まりたる大衆、異口同音にあめきて、扇を開きつかひたり」
あめげんけんがとぼそをうるほす…おうるおす[雨原憲が枢を湿す] (句)雨が原憲の戸をぬらす。「原憲」は孔子の門人。貧困の形容。平家、灌頂、大原御幸「黎■深く鎖せり、雨原憲が枢を湿す」(「黎(れい)は「あがさ」、「■(くわく)」は「豆の葉」」
あめつし[天地] (名)「あめつち」に同じ。万葉、[20-4392]「あめつしのいづれの神を祈らばかうつくし母にまたこと問はむ 防人の歌」=天地のどの神にお願いしたなら、いとしい母に再び逢って話ができようか。
あめつち[天地] (名)(1)天と地。万葉、[3-317]「あめつちの分かれし時ゆ、神さびて、高く貴き、駿河なる、ふじのたかねを、天の原ふりさけ見れば…… 山部赤人」=混沌としていた天地がはじめて分かれたという神代の時から、神神しくて、高くてとうとい、駿河にある富士の高嶺を、はるかに仰ぎみれば……。(2)天つ神と国つ神。天神と地祗。万葉、[20-4487]「いざ子どもたはわざなせそあめつちの始めし国ぞ大和島根は」(「たはわざ」は「たわけたまね」)
あめつちの[天地の] (枕詞)「遠く」に冠し、また、天地は相対しているので「共に」に冠する。万葉、[2-196]「あめつちのいや遠長く偲び行かむ」同、[5-814]「あめつちの共に久しく言ひ続けど」
あめなる (枕詞)「なる」は「にあつ」の意。「日」の音「ひ」に冠し。また、岩戸神楽に用いたということから「ささ」に冠する。万葉、[7-1277]「あめなるひめ菅原の草な刈りそね」同、[3-420]「あめなるささらの小野の」
あめなるや (枕詞)前項に同じ、万葉、[13-3246]「あめなるや月日のごとくわが思(も)へる君が日に日(け)に老けゆらく惜しも」
あめのいはくら…イワクラ[天の磐座・天の石位] (名)高天原における神の御殿。祝詞、六月晦大祓「あめのいはくら放ち、あめの八重雲を、いつのちわきにちわきて、天降るしよさしまつりき」
あめのいはと…イワト[天の岩戸] (名)天の岩屋戸。
あめのいはや…イワヤ[天の岩屋] (名)高天原にある、岩の家。家(いへ)は岩(いは)の転であろう。上古の家屋のことで、岩に孔をうがち、または、石で構えた家。古事記、上「天の安の河の河上のあめのいはやにます、名はいつのをはばりの神」
あめのいはやど…イワヤド[天の岩屋戸] (名)高天原にある、岩屋のの戸。古事記、上「かれ、ここに、天照大御神、見かしこみて、あめのいはやどを閉(た)てて、さしこもりまき」
あめのうずめのみこと[天の鈿女命] (人名)天照大神の岩戸隠れの時、裸体になって歌舞し、わざをぎをした女神。また、天孫降臨の際にも供奉して、同じく裸体になり、道のほとりにいて妨害した猿田彦の神を懐柔し、その功により、猿女君(さるめのきみ)の名を賜わったと伝えられる。琉球やアイヌなどの伝説にある「裸婦の魔力」を示す系列の女性。
あめのかぐや[天の加久矢] (名)神代の矢。「かぐや」は「鹿児矢」の転で、鹿や猪などの狩猟に用いた大きな矢。古事記、上「あめわかひこ、天つ神の賜へる矢のはじ弓、あめのかぐやを待ちて、このきぎしを射殺しつ」
あめのかぐやま[天の香具山・天の香山] (地名)もと、高天原にあったが、のち、この地におちて、大和のかぐやまと伊予の天山になったと、「逸文大和風土記」は伝える。古事記、上「あめのうずめのみこと、あめのかぐやまのあめのひかげを、たすきにかけて」(天上のかぐやま)万葉、[1-28]「春過ぎて夏来たるらし白妙のころもほしたりあめのかぐやま 持統天皇」(大和のかぐやま)⇒かぐやま。
あめのかごや[天の鹿児矢] (名)「あめのかぐや」に同じ。
あめのかべたつきはみ…キワミ[天の壁立つ極み] (句)天が壁を立てて、そのさきに行けない極限。天のはて。天涯。祝詞、祈年祭「天の壁立つ極み、国のそきたつ限り」
あめのさかほこ[天の逆矛] (名)「さか」は「栄え(さか)」の義。よい矛。美しい矛。
あめのした[天の下] (名)(1) 高天原に対して、その下にあるこの国土の総称。あめがした。万葉、[1-29]「たまだすき、うねびの山の……いやつぎつぎに、天の下知らしめしを……」(2)天下の政治。拾位集、十八、雑賀「ちとせ経む君しいまさばすべらぎの天の下こそうしろやすけれ 清原元輔」(まえがきに「天徳四年、右大臣の五十の賀の屏風に」とある)
あめのぬごと[天の沼琴] (名)「沼」は「瓊(に)」である。神代の、玉で飾った琴。古事記、上「あめのぬごと、木にふれてつちとどろきぬ」
あめのぬぼこ[天の沼矛] (名)「沼」は「瓊(に)」である。神代の、玉で飾った矛。古事記、上「このただよへる国をつくりをさめ固め成せとのりごちて、あめのぬぼこを賜ひて、ことよさしたまひき」(「ことよさす」は「委任する」)
あめのひかげ (名)神代のひかげのかずら。古事記、上「あめのうずめのみこと、あめのかぐやまのあめのひかげを、たすきにかけて」
あめのまなゐ…マナイ[天の真名井] (名)天の安の河原に掘った井戸。古事記、上「ぬなとも、もゆらに、あめのまなゐにふりすすぎて」=玉をゆらゆらとふり動かして、よい音をたてながら、あめのまないですすぎ洗って。
あめのみかど[天の御門] (名)朝廷。天皇。大鏡、七「あめのみかどのつくりたまへる東大寺」(ここでは、聖武天皇)
あめのみささぎ[天の御陵] (名)聖武天皇または天智天皇の御陵か。未詳。枕草子、一「みささぎは、うぐひすのみささぎ・かしはばらのみささぎ・あめのみささぎ」
あめのみはしら[天の御柱] (名)神代の、大きな御殿の大きな柱であろう。古代日本人の間に、婚礼の儀式の一部として柱を回って唱和する風習があったらしい、その柱。古事記、上「その島に天降りまして、天の御柱を見立て、八尋殿を見立てたまひき」
あめのむらくものつるぎ[天の叢雲の剣] (名)三種の神器の一。すさのおのみことが、やまたのおろちの尾から得られたという剣。のち、くさなぎのつるぎと改称。神代紀、上「草薙の剣、本の名はあめのむらくものつるぎ、けだし大蛇の居るところのほとり、常に雲気あり。かれ、以て名づくるか」
あめのもりはうしう…ホウシユウ[雨守芳洲] (人名)江戸時代における儒者。名は俊良または誠清。別に橘窓と号した。近江の人。京都及び江戸に住む。木下順庵の門人。八十歳で和歌にこころざし、「古今集」を読むこと千べんに及んだという。宝暦五年(1755)没、年八十七。主著、橘窓茶話。
あめのやすかは…カワ[天の安の川] (地名)高天原にあると伝えられる川。「やす」は「八瀬」の転で、幾瀬もある広い川の意であろうという。古事記、上「かれ、ここに、おのもおのも、あめのやすかはを中に置きて、うけふ時に」(「うけふ」は「誓約する」)
あめのやすのかはら…カワ[天の安の川原] (地名)前項参照。古事記、上「やほよろづの神、あめのやすのかはらに、かむつどひにつどひて」(多くの神神が集まって)
あめのやそびらか (名)神代の、多くの清らかな皿。「やそ」は数の多いこと。「びらか」は「平瓮(ひらか)」で、皿の類。古事記、中「いかがしこをのみことに仰せて、あめのやそびらかを作り、天つ神・国つ神のやしろに定みまつりたまひき」
あめのやちまた[天の八衢] (名)天からこの国土へ降る道の幾つにも分かれている辻。「やちまた」は「弥道岐(いやちまた)」の義。古事記、上「あめのやちまたにゐて、上は高天原を照らし、下は葦原の中つ国を照らす神、ここにあり」
あめのをはばり…オハバリ[天の尾羽張] (名)神代に、いざなぎのみことが、その子かぐつちの神を切ったという剣。また「いつのをはばり」ともいう。古事記、上「かれ、斬りたまへるみはかしの名は、あめのをはばりといふ。またの名は、いつのをはばりといふ」
あめびと[天人] (名)(1)天の人。竹取「あめびとの中にもたせたる箱あり。天の羽衣入れり」(2)都の人。天子の住まれる所に住む人の義。万葉、[18-4082]「あまざかるひなの奴(やつこ)にあめびとしかく恋ひすらば生けるしるしあり」=こんな片いなかに赴任している私に、貴女のような都人が、かくも恋いしがってくださるとすれば、全く生きがいがあります。(大伴家持が叔母の大伴坂上郎女に送った返歌)
あめり (句)「あるめり」の略。あるらしい。あるようだ。宇津保、俊蔭「今は、いとまあめるを、おのが親の、かしこきことに思ひて教へたまひし琴、習はし聞えむ」
あもりつく[天降りつく] (枕詞)香具山が天から降り着いたという伝説から「香具山」に冠する。万葉、[3-257]「あもりつく天の香具山、霞立つ春に至れば……」
あもる[天降る] (動、上二)「天降(あまお)る」の約。「おる」は上二段活用であるから、「あもる」も上二段活用と見るべきであるが、この語は連用形以外に用例がなく、世には四段活用と考えている人もある。(1)天から降りる。古事記、上「これ、おのごろじまなり。その島にあもりまして、あめのみはしらを見立て」(2)行幸される。万葉、[2-199]「こまつるぎ、わぎみが原の、かりみやに、あもりいまして、天の下、治め給ひ 柿本人麻呂」
あや (感)ああ。あな。皇極紀、四年六月「中大兄、子麻呂らが入鹿の威におそれて、めぐらひて進まざるをみて、あやとのたまひ」
あやかき[綾垣] (名)上古、部屋の中の隔てに垂れたとばりの類。「綾」は模様を織り出した絹。「垣」は「限り」の義。古事記、上「あやかきの、ふはやが下に、むしぶすま、にこやが下に、たくぶすま」
あやかし (名)海の妖怪。船幽霊の一種か。謡曲、船弁慶「いかに武蔵殿、この御舟にはあやかしがついて候ふ」
あやし (形、シク)(1)不思議である。いぶかしい。万葉、[11-2385]「あらたまの五年経れども我が恋の跡なき恋は止まずあやしも」(2)めずらしい。伊勢物語「みちのくに行きけるに、あやしくおもしろきところ多かり」(3)けしからぬ。よくない。源氏、桐壺「ここかしこの道にあやしきわざをしつつ」(4)みすぼらしい。いやしい。源氏、若紫「あな、いみじや。いとあやしきさまを人や見つらむとて、すだれおろしつ」徒然草、十九段「みなづきのころ、あやしき家に夕顔の白く見えて、蚊やり火ふすぶるもあはれなり」
あやす (動、四)流す。したたらす。宇治拾遺、十三「所所を刺し切りて、血をあやして、その血にて纐纈(かうけち)を染めて売り侍るなり」
あやつ[彼奴] (代)卑しめていう他称代名詞。あいつ。
あやなし (形、ク)(1)はっきりしない。わけがわからない。すじが立たない。古今集、一、春上「春の夜の闇はあやなし梅の花いろこそ見えね香やはかくるる」(2)かいがない。むなしい。何にもならない。後撰集、十、恋二「思へどもあやなしとのみいはるれば夜の錦のここちこそすれ」
あやに (副)ふしぎに。わけもなく。いよいよ。むやみに。雄略紀、六年二月「こもろくの、はつせの山は、あやにうらぐはし」古事記、上「あやにな恋ひきこし、やちほこの神のみこと」=そうむやみに恋いおぼし給うな、八千矛の神のみことよ。
あやにく[生憎] (副)(1)ひどく、にくらしく。(2)あいにく。源氏、帚木「心づくしなることを、御心におぼしとどむるくせなむ、あやにくにて」大鏡、二、左大臣時平「みかどの御おきて極めてあやにくにおはしませば、この御子どもを同じ方にだに遣はさざりけり」=朝廷のおきてが、極めて意地悪く厳重であったので、この御子たちを同じ方へは決しておやりにならなかった。
あやにくがりすまふアヤニクガリスマウ (動、四)いやがって、辞退する。大鏡、六、右大臣道兼「この君、舞ひをせさせ奉らむとて、習はせ給ふほども、あやにくがりすまひ給へど」
あやのこうぢのみや…コウジ…[綾小路の宮] (人名)京都の綾小路に邸があったのでいう。こう呼ばれる宮は多かったが、「徒然草、十段」にあるのは、亀山天皇の皇子、性恵法親王。
あやめ[文目] (名)模様。区別。すじ。古今集、十一、恋一「ほととぎす鳴くやさつきのあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな」
あやめぐさ (枕詞)同音を重ねて「あや」に、刈るから「かる」に、また、その根から「ね」に冠する。拾遺集、九、雑下「あやめぐさ、あやなき身にも」(能宣の長歌の一節)同、十二、恋二「生ふれども駒もすさめぬあやめぐさかりにも人の来ぬがわびしさ 躬恒」以下例略。
あやゐがさアヤイ…[綾藺笠] (名)藺を綾に編んで作った笠。増鏡、十七、春のわかれ「過ぎにしころ、資朝も山伏のまねびして、柿の衣に綾藺笠といふもの着て」
あゆ[零ゆ] (動、下二)熟して落ちる。万葉、[10-2272]「秋づけば水草(みくさ)の花のあえぬがに思へど知らじ直(ただ)に逢はざれば」(「あえぬがに」で「落ちてしまうほどに」の意となる)(2)したたり出る。流れる。古事記、上「その腹を見ればことごとに、いつも血あえただれたり」荻窪物語「血あゆばかり、いみじくののしらむ」
あゆ[肖ゆ] (動、下二)似る。まねをする。あやかる。後撰集、五、秋上「逢ふことはたなばたつめにひとしくて裁ち縫ふわざはあえずぞありける」
あゆがあす (動、四)ゆるがあす。動かす。
あゆぐ (動、四)ゆるぐ。動く。
あゆぐ (動、四)歩く。歩む。。
あゆひアユイ[足結] (名)上代、袴を膝の下で結びかためる紐。古事記、下「宮下のあゆひの小鈴落ちにきと宮人とよむ里人もゆめ」(「あゆひ」には、鈴・玉などを装飾としてつけた)
あゆひせうアユイシヨウ[脚結抄] (書名)江戸時代の文法学者、冨士谷成章の著。五巻、六冊。安政七年(1860)刊。成章のいう脚結は、今の助動詞・助詞・接尾語などに当たる。精密な研究で、後の文法学に寄与するところが多い。
あゆぶ[歩ぶ] (動、四)歩む。歩く。ありく。あよぶ。
あゆみいた[歩み板] (名)歩いて渡るために渡した板。
あよぶ[歩ぶ] (動、四)歩く。歩む。ありく。あゆぶ。
あらあらし[粗粗し] (形、シク)(1)ひどく荒い。宇津保、国譲「恐ろしくあらあらしき心もたまへるこそ」(2)粗末である。簡粗である。徒然草、二十八段「布の帽額(もかう)あらあらしく、御調度どもおろそかに」
あらいそ[荒磯] (名)荒波のうち寄せる磯。ありそ。
あらいみ[荒忌・散斎] (名)神事に参与する人が真忌(まいみ)の前後に行う物忌。⇒まいみ。
あらうみのさうじ…ソウジ[荒海の障子] (名)清涼殿の払廂の東北端に立てられてあった高さ九尺の衝立障子。墨絵で、荒海の中島に手長人・足長人のいる図が描いてあった。
あらえびす[荒夷] (名)荒荒しい武士。気の強い人。野生の蛮人。おもに東国のいなか武士などをいった。徒然草、百四十二段「ある荒夷の恐ろしげなるが、かたへにあひて、御子はおはすやと問ひしに」(「かたへ」は「傍輩」)
あらか[殿] (名)御殿。宮殿。古事記、上「出雲の国のたぎしの小浜に、天のみあらかを造りて」
あらがきの[荒垣の] (枕詞)垣は物の隔てとなるものであるところから「よそ」に冠する。万葉、[11-2562]「里人のことよせ妻は荒垣のよそにや吾が見む憎からなくに」(「ことよせ妻」は、自分との中をうわさ立てられている愛人)
あらがね[粗金・荒金] (名)(1)山から掘り出したままの金属。鉱石。(2)「鉄」の別称。
あらがねの[粗金の・荒金の] (枕詞)土から出るところから「つち」に冠する。古今集、序「この歌……久方のあめにしては、下照姫に始まり、あらがねのつちにしては、すさのをの尊よりぞおこりける」
あらがひアラガイ[争ひ・諍ひ] (名)あらそうこと。争論すること。徒然草、百三十五段「近習の人人、女房なども、興あるあらがひなり。同じくは御前にて争はるべし。負けたらむ人は供御をまうけらるべしと定めて」
あらがふアラガウ[争ふ・諍ふ] (動、四)争う。反抗する。枕草子、九「そらごとなど宣ひかくるを、あらがひ論じなどきこゆるは、めもあやに浅ましきまでに、あいなくおもてぞ赤むや」徒然草、七十三段「わがため面目あるやうにいはれぬるそらごとは、人いたくあらがはず」
あらかん[阿羅漢] (名)煩悩を脱し生死を離れた仏教の聖者。
あらき[殯・荒城] (名)人の死後、葬る前に、しばらく遺体を収めておくところ。
あらきだひさおい[荒木田久老] (人名)江戸時代の国学者。五十槻園(いつきのその)と号した。伊勢内宮の神官。賀茂真淵の門人。文化元年(1804)没、年五十八。主著、万葉集槻之落葉・日本紀歌解・五十槻園集・竹取翁物語歌之解。
あらきだもりたけ[荒木田守武] (人名)室町時代の連歌の大家。伊勢内宮の神官。連歌からの俳諧を創始した人で、飯尾祗・山崎宗鑑と共に斯道の権威。天文十八年(1549)没、年七十六。主著、荒木田守武句集・守武独吟千句。
あらきのみや[殯] (名)「あらき」の美称。
あらきはり[新墾] (名)荒蕪地をすきかえして、新たに田を開墾すること。
あらく (動、下二)(1)散る。解散する。古事記、中「かれ、そのいくさ、ことごとにやぶれて逃げあらけぬ」(2)荒れる。土佐日記「けふ、海あらけ、磯に雪ふり、浪の花咲けり」
あらくさ[荒草] (名)(1)自然のままの草。刈りとったままの汚れていない草。出雲国造神賀詞「いつの真屋に、あらくさを、いつのむしろと刈り敷きて」(2)荒野に生じた草。万葉、[14-3447]「くさかげの安弩な行かむと墾りし道阿弩は行かずて荒草立ちぬ」(「安弩・阿弩」は、伊勢の国、三重県の安濃郡のことか)
あらけなし[荒気なし] (形、ク)あらあらしい。はげしい。「なし」は「甚だしい」の意。平家、十二「壇の浦にて海に沈み給ひしかば、もののふの荒気なきにとらはれて、旧里に帰り」
あらこ[荒籠] (名)目を荒く編んだ籠。竹取「まめならむ人一人を、あらこに乗せすゑて」
あらしのやま[嵐の山] (地名)嵐山。歌ことばとするために「の」加えていうもの。太平記、二、俊基朝臣再関東下向事「紅葉の錦を着て帰る、嵐の山の秋の暮れ」
あらしほ…シホ[荒潮・荒塩] (名)荒海の潮。荒い潮。祝詞、六月晦大祓「かく持ち出でなば、荒塩の塩の八百道の、塩の八百会にます、はやあきつ姫といふ神、持ちかか呑みてむ」=このようにして持って行ったならば、荒海の多くの潮流の集合する地点にいられる、はやあきつ姫という神が、持ちかかえて、がぶがぶと飲んでしまうであろう。
あらしほの…シオ…[荒潮の] (枕詞)潮のうちよせることから「うつ」「よる」に、また、「わたる」「ひる」に冠する。古今六帖、三「荒潮のうつし心も我はなし」以下、例略。
あらしやま[嵐山] (地名)京都市右京区嵯峨町に属する山。京都近郊の勝地で、麓を大堰川が流れ、春はさくら、秋は紅葉で名高い。枕草子、一「山は……きびのなかやま・あらしやま・さらしなやま……」新千載集、二「あらしやまこれも吉野やうつすらむ桜にかかる滝のしらいと」
あらたかなり(形動、ナリ)神仏の霊験が著しい。あらたなり。
あらたし[新し] (形、シク)あたらしい。
あらたなり (形動、ナリ)あらたかである。義経記、一「御神楽の鼓の音も絶えず、あらたにわたらせ給ひしかど」古今著聞集、五、和歌「住吉大明神の、かの歌を感ぜさせ給ひて、御体をあらはし給ひけるにや、ふしぎにあらたなることかな」
あらたへアラタエ[荒妙・粗栲・荒栲] (名)(1)折り目の粗悪な布。祝詞、祈年祭「御服(みそ)は、あかるたへ・てるたへ・にぎたへ・あらたへに、たたへに、たたへごと竟(を)へ奉らむ」(2)麻または藤の布。平安時代以後、絹布を「和妙(にぎたへ)」というのに対していう語。
あらたへのアラタエ…[荒妙の・荒栲の] (枕詞)荒妙は藤を材料とするところから「ふぢ」に、また、「ころも」「ぬの」に冠する。万葉、[1-50]「やすみしし吾が大君、高照らす日のみこ、あらたへの藤原が上に」同、[2-159]「あらたへのころもの袖は乾(ひ)る時もなし」同、[5-901]「あらたへのぬのぎぬをだに着せがてに」
あらたまの[新玉の・荒玉の] (枕詞)年があらたまる、年があらたになる―その他の諸説があるが、とにかく「年」「月」に冠する。古事記、中「わが大君、あらたまの年が来経(きふ)れば、あらたまの月は来経(きへ)ゆく」また、「年」の意味にも用いる。
あらちのせき[愛発の関] (地名)また、有乳・荒乳・荒血などとも書く。古の三関(逢坂・鈴鹿・愛発。または鈴鹿・不破・愛発)の一。越前の国愛発山の北麓に設けた関で、文武天皇の大宝年間(701―703)に置かれた。今の福井県敦賀郡愛発村大字山中の辺に当たるという。
あらちやま[愛発山・有乳山・荒血山] (地名)歌枕の一。越前の国敦賀郡と近江の国高島郡との間にある山。「七里半越え」ともいう。山の北麓に、愛発の関を置いた。万葉、[10-2331]「八田(やた)の野の浅芽色づく有乳山峰の洙雪(あわゆき)寒くふるらし」謡曲、安宅「しののめはやく明ゆけば浅芽色づく有乳山、気比(けひ)の海、宮居久しき神垣や」
あらの[荒野] (名)荒れた野。あれの。万葉、[14-3352]「信濃なる須賀の荒野にほととぎす鳴く声聞けば時すぎにけり」
あらはかすアラワカス[現はかす] (動、四)現わす。今昔物語、二十七「死人の所にものの来たれるにやあらむ。然らばこれ構へて見あらはかさばと言ひ合はせて」
あらはごとアラワ…[顕露の事] 現われる事。うつしごと。事件。出雲国造神賀詞「あらぶる神たちをはらひむけ、国つくらしし大神をも媚び鎮めて、大八島国うつしごとあらはしごとをこと避けしめき」(すべての事件を避けたこと)
あらはにアラワニ[現はに・顕はに] (副)(1)かくれているところなく。神代紀、下「あめのうずめ、すなはち、その胸乳をあらはにかきたて、裳紐を臍の下におし垂れ、あざ笑ひて向かひ立つ」(2)おもてむきに。おおやけに。公然と。天治字鏡「公然=安良波爾」
あらはにのことアラワニ…[顕露の事] (名)政治。まつりごと。「幽(かみ)の事」の対。神代紀、下「それ、汝が知らすあらはにのこと、よろしくこれ、すめみま知らすべし」=それ、汝(おほなむちの神)の行う政治は、よろしく我が孫(ににぎのみこと)が行うべきである。
あらはひアラワイ[洗はひ] (名)洗うこと。洗濯。宇津保、蔵開、下「あらはひ・ほころびはしつべくや」
あらひぎぬアライ…[洗ひ衣] (枕詞)洗濯した着物をとりかえることから地名の「とりかひ川」に冠する。万葉、[12-3019]「あらひぎぬとりかひ川のかはよどの」
あらひとがみ[現人神] (名)(1)人として現われている神の義。おもに「天皇」をいう。(2)名ある人の死後に神として、いつきまつられるものをいう。大鏡、二、左大臣時平「ただいまの北野の宮と申して、あらひとがみにおはしますめれば、おほやけも行幸せしめ給ふ」(菅原道真をいう)
あらぶ[荒ぶ] (動、上二)(1)あばれる。乱暴する。荒れる。古事記、上「ここをもてあらぶる神のおとなひ、さばへなす皆わき、よろづのもののわざはひ、ことごとにおこりき」(2)おさまらない。開けない。神代紀、上「それ、葦原の中つ国はもとよりあらびたり」(3)うとうとしくなる。疎遠になる。万葉、[11-2822]「たくひれの白浜浪の寄りもあへずあらぶる妹に恋ひつつぞ居る」(ちっとも寄りつかない、うとうとしい女を恋いしたう意)
あらまし(名) (予期。予定。動詞「あらます」の連用形から名詞に転じたもの。太平記、一、頼員回忠事「あすまでの契りのほども知らぬ世に、後世までのあらましは忘れむとての情にてこそ侍らめ」
あらまし (形、シク)あらあらしい。源氏、東屋「あらましき山道に、たはやすくもえ思ひたたでなむ」
あらましげ (名)あらあらしい。源氏、宿木「心ずこうあらましげなる水の音のみ、やどもりにて、人かげもことに見えず」
あらましごと (名)(1)予期したこと。源氏、澪標「いま行く末のあらましごとをおぼすに」(2)あらあらしいこと。狂気じみたおこない。平家、三、足摺「さるほどに、船出さむとしければ、僧都、船に乗つては降りつ、降りては乗つつ、あらましごとをぞしたまひける」(「僧都」は「俊寛僧都」)
あらます (動、四)予期する。予定する。太平記、十一「いかなる山の奥にも身を隠さばやと、心にあらまされてぞゐたりける」徒然草、七段「夕べの陽に子孫を愛し、栄ゆく末を見むまでの命をあらまし、ひたすら世を貪る心のみ深く」
あらみ[粗み・荒み] (副)あらいので。「秋の田のかりほのいほの苫をあらみ」の歌参照。
あらみたま[荒御魂] (名)(神の)あらあらしい魂。「にぎみたま」の対。古事記、中「すみのえの大神のあらみたまを国守ります神として祭り鎮めて、かへり渡りましき」出雲風土記、意宇郡「大神のにぎみたまは静まりて、あらみたまは皆ことごとく猪麻呂が乞ひのる所により云々」(この「大神」は「わに」をいう)
あららかなり[荒らかなり] (形動、ナリ)あらあらしい。あらまし。源氏、竹河「風あららかに吹きたる夕つかた」同、玉葛「うとましく、あららかなるふるまひ」
あられうつ[霰打つ] (枕詞)「あられ」に冠する。万葉、[1-65]「あられうつあられまつばらすみのえのおとひをとめとみれど飽かぬかも」⇒あられまつばら
あらればしり[霰走り] (名)(1)「踏歌(たうか)」の異称。歌舞の終わりに「よろづとせ、あられ」ということばをくりかえし歌いつつ、足早に走ってゆくのでいう。(2)足早に走ること。前条から来た語。節会の時、内弁などの歩み方の一。(3)連歌で、笹の葉などにいうに付け合わせること。俚言集覧「あらればしり、……総じて、篠原・笹原・笹の葉・笹の尾・板屋などに付くるは、あられの走るなり」
あられふり[霰降り] (枕詞)その音のかしましいことから「かしま」「きしむ」に、また、その音(と)から「と」に冠する。万葉、[7-1174]「あられふり鹿島の崎を浪高み」同、[3-385]「あられふりきしみが嶽をさがしみと」同、[7-1293]「あられふり遠江(とほつあふみ)の」
あられふる[霰降る] (枕詞)前項に同じ。常陸風土記、香島郡の条の割注「風俗説曰、霰零香島之国」肥前風土記、杵島郡「あられふる杵島が嶽をさがしみと草とりかねて妹が手をとる」⇒きしまぶり。
あられまつばら[霰松原] (地名)攝津の国の和歌の名所。今の大阪市住吉区安立町の辺りにあった松原。⇒あられうつ。
あらゐはくせきアライ…[荒井白石] (人名)江戸時代の学者・政治家。名は君美(きむみ)(きみよし)。江戸の人。木下順庵の門人で、極めて博学多識であり、また、性果断で政治的才能があった。将軍家宣および家継に歴仕して大いに功績があったが、退官してから多くの著をのこした。享保十年(1725)没、年六十八。主著、藩翰譜・東雅・折り焚く柴の記・西洋紀聞。
あらをだを…オダオ[荒小田を] (枕詞)「小」は接頭語。荒田をすきかえすことから「かへす」に冠する。古今集、十五、恋五「あら小田をあらすきかへしかへしても人の心を見てこそやまめ」
ありあけ[有明] (名)月が空にありながら、夜の明けること。よあけがた。また「ありあけの月」の意にもいう。古今集、十三、恋三「有明のつれなく見えし別れとりあかつきばかり憂きものはなし 壬生忠岑」=有明の月が何も知らぬさまで空に残っているように、あの朝、あなたがわたくしに対して、いかにも冷淡な別れ方をしてからというものは、わたくしにとって、朝方ほどいやなつらいものはない。
ありあけの[有明の] (枕詞)「つき」に冠する。金葉集、九、雑上「夜な夜なをまどろまでのみ有明のつきせずものを思ふころかな」
ありあけのつき[有明の月] (句)夜は明けながら空に残っている月。残月。ありあけ。ありあけづき。ありあけづくよ。あさづくよ。あかつきづくよ。古今集、十四、恋四「今こむといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな 素性法師」=宵のころ、思う人がすぐに伺うと言ってよこしたばっかりに、今か今かと待っていたが、とうとう来ないので、つい夜を明かして、九月の朝方の月を見るまで待たされてしまったわい。
ありありて (副)久しく世にあり経て。ながらえて。とどのつまり。枕草子、九「ありありて受領に成りたる人のけしきこそうれしげなれ」宇治拾遺、六「所所奉りありきつるに、ありありてかく仰せらるるよ」
ありがたし (形、ク)(1)有ることがかたい。珍しい。宇津保、忠こそ「大殿、まれにものし給へば、箸触れもし給はぬ御台を七つ八つ立てて、ありがたき物をしすゑ」枕草子、四「ありがたきもの、しうとにほめらるるむこ。また、しうとめに思はるるよめのきみ」(2)かたじけない。もったいない。ありがたい。金葉集、十、雑下「ありがたき法(のり)をひろめしひじりにぞうち見し人もみちびかれる」
ありき[歩き](名)歩くこと。竹取「おろかなる人は、ようなきありきは、よしなかりけりとて、来ずなりにけり」
ありぎぬ (名)絹布の衣服。一説、新しい衣服。新衣。
ありぎぬの (枕詞)頭音をくりかえして「あり」に、重ねて着るところから「三重」に、さわさわと音がするところから「さゐさゐ」「さゑさゑ」に、また、宝とするから「たから」に冠する。万葉、[15-3741]「命をし全くしあらばありぎぬのありての後にも逢はざらめやも」古事記、下「ありぎぬの三重の子が、ささがせる、みづたまうきに」万葉、[4-503]「ありぎぬのさゐさゐしずみ」同、[14-3481]「ありぎぬのさゑさゑしずみ」同、[16-3791]「みどりこの……ありぎぬの宝の子らが打つ栲(たへ)は……」
ありく[歩く] (動、四)あるく。竹取「ここら、船に乗りてまかりありくに、まだかかるわびしき目見ず」
ありく[在り来・有り来] (動、カ変)過ぎ来る。経過する。万葉、[17-4003]「いにしへゆ在り来にければ」
ありすがはアリスガワ[有栖川・有巣川] (地名)昔、京都の郊外を流れていた川。二つあって、一は嵯峨野斎宮の野の宮の東を流れて桂川に入った小川。一は船岡山の東麓に発し、一条辺から堀川に入った小川。新古今、八、哀傷「有栖川おなじ流れは変はらねど見しや昔の影ぞ忘れぬ」徒然草、百十四段「有栖川のわたりに水の流れたる所にて、さい王丸、御牛を追ひたりければ」(この二つとも野の宮の東を流れた川)
ありそ[荒磯] (名)「あらいそ」の約。荒波の寄せる海岸。岩の多い海岸。万葉、[2-135]「ふかみる生ふるありそにぞ、玉藻は生ふる」
ありそ[有磯] (地名)歌枕の一。越中の国、富山県氷見郡大田村渋谷の浜を指すことが多い。万葉、[17-3959]「かからむとかねて知りせば越の海のありその波も見せましものを」
ありそうみ[荒磯海] (名)「あらいそうみ」の約。波の荒い海。古今集、十五、恋五「ありそうみの浜の真砂と頼めしは忘るることの数にぞありける」大和物語「昔より思ふ心はありそうみの浜の真砂は数もしられず」
ありそなみ[荒磯波] (枕詞)頭音をくりかえして「あり」に冠する。万葉、[13-3253]恙(つつみ)なく、さきくいまさば、ありそなみ、ありても見むと…… 柿本人麻呂」
ありそのうら[有磯の浦] (地名)越中の「ありそ」の海岸。風光明媚で、歌枕として名高い。拾遺集、十一、恋一「かくてのみありその浦の浜千鳥よそに鳴きつつ恋ひや渡らむ」
ありそまつ[荒磯松] (枕詞)海岸の「青松」から「あを待つ」に冠する。万葉、[11-2751]「あぢの住むすさの入江のありそまつあを待つこらはただ一人のみ」
ありたたす (句)「あり」は接頭語化したもの。「たたす」は「たつ」の未然形に敬意の助動詞「す」の付いたもの。「御出発になる」「立っていられる」の意。古事記、上「くはしめを、ありときこして、さよばひに、ありたたし」=美しい女がいるとおききになって、(その女に)会いに御出発になり。万葉、[1-52]「はにやすの堤の上にありたたし」=埴安の堤の上にお立ちになり。
ありたつ (動、四)「あり」は接頭語化したもの。「立つ」に同じ。万葉、[13-3239]「近江の海、とまり八十(やそ)あり、八十島の、鳥のさきざき、ありたてる、花たちばなを」
ありちがた[在千潟] (枕詞)頭音をくりかえして「あり」に冠する。「ありちがた」は地名だと思われるが所在が明らかでない。万葉、[12-3161]「在千潟ありなぐさめて行かめども家なる妹いおぼほしみせむ」=自分は旅行に出るのは慰安になるが、家にいる妻は思いの晴れる時がないであろう。(「妹い」の「い」については、「い」の項参照)
ありつかはしアリツカワシ (形、シク)似つかわしい。ふさわしい。住吉物語「年は姫君に二つばかりのまさりにて、姿・有様、ありつかはしく、ものいひ出したるさまも……」
ありつく (動、四)(1)住みつく。おちつく。源氏、蓬生「さるかにありつきたりしあなたの年頃は、いふかひなき寂しさに目馴れて過し給ひしを」(2)似あふ。似つかわしい。源氏、手習「かかる古代の心どもにありつかず、今めきつつ腰折れ歌好ましげに」(3)生活の道を得る。たよる所を得る。唐物語「よはひ、やうやう人となるほどに、父母、世にありつかむことをかせぎいとなむ」
ありどほしのみやうじんアリドオシノミヨウジン[蟻通しの明神] (神社名)泉の国、大阪府泉南郡長滝村にある神社。棄老伝説で名高い。枕草子、十「やしろは……ありどほしの明神。貫之が馬のわづらひけるに、この明神の云々」
ありならふアリナラウ (動、四)(1)習慣となる。栄花、十三「もとよりあそびの心のみ、ありならひにければ」(2)馴れる。大和物語「もとの妻なむ、もろともにありならひにければ、かくて行くことを、いと悲しと思ひける」
ありなれがは…ガワ (地名)韓国と中国との国境を流れる大河、すなわち鴨緑江。神功紀、摂政前「重ねて誓ひて曰く、東に出づる日更に西より出づるは、しばらくおく。ありなれがはの返りて逆さまに流れ 云々」(身羅王が神功皇后に誓ったことば)
ありねよし[在嶺よし] (枕詞)語義が明らかでない。対馬に有明山という山があるので、「有嶺よし対馬」と言いつづけるとも、また、「ありね」は「荒根」で、対馬の島の形容だともいい、その他諸説まちまちである。「よし」の「し」は強めの助詞で、「ありねよ」という意。「麻裳よし」の項参照。万葉、[1-62]「在嶺よし対馬の渡り海中(わたなか)にぬさ取り向けてはやかへり来ね」(三野連の入唐に際し、春日蔵首老のはなむけの歌)
ありのすさび (名)「あり」は「存在」の義、「すさび」は「荒(すさ)」び」で「かろしめること」の義。物などのあるにまかせてどしどし消費すること。人の生存中は、軽くみていること。ありのすさみ。「あるときはありのすさびに憎かりき無くてぞ人の恋ひしかりける」(出典不明。「源氏物語」桐壺の巻に「なくてぞとは、かかるをりにやと見えけり」とある注に引用した「源氏物語諸抄」にある歌)古今六帖、五「あるときはありのすさびに語らはで恋ひしきものと別れてぞ知る 紀貫之」今様「ありのすさびのにくきだに、ありきのあとは恋ひしきに、あかで離れし面影を、いつの世にかは忘るべき」
ありのすさみ (名)前項に同じ。中務内侍日記「花鳥の色にも音にもしのぶやとありのすさみもあらばあらまし」
ありのまがひ…マガイ[有りの粉ひ] (名)物が多くて乱れまがうこと。物の非常に多いこと。前二項と同趣の語。允恭紀、十四年九月「天皇、淡路島に猟したまふ。時に麋(おほしか)・猿・猪、ありのまがひ、山谷に満てり」
ありはつ[在り果つ] (動、下二)生きている。ながらえている。源氏、松風「あり果てぬ命を限りに思ひて契り過し来つるを、俄かに行き離れなむも心細し」
ありはらのなりひらアリワラ…[在原業平] (人名)平安時代の歌人。六歌仙の一人。平城天皇の皇子阿保親王の第五子で、右近衛中将であったので、世に在五中将と呼ばれている。惟喬親王を帝位につけようとして藤原氏と争い、失敗した。ついで、藤原良房の女高子を清和天皇に配しようとして良房と通じ、ことがあらわれて東国に追放された。「伊勢物語」の著者ではないようであるが、この物語の各文の冒頭の句「昔、男ありけり」の男は、多くの場合、業平を指しているようである。「古今集和歌集」に多くの歌が収録されているが、そのうちのあるものは、「伊勢物語」中の和歌と全く同一のものである。容姿端麗、当時の女性中第一の佳人たる小野小町と好一対と称せられた。天慶四年(880)没、年五十五。
ありはらのもとかたアリワラ…[在原元方] (人名)平安時代の歌人。業平の孫。その歌は「古今集」その他に出ており、中でも「古今集」の冒頭「年のうちに春は来にけり一年を……」は、人口に膾炙している。天歴七年(953)没、年六十五。
ありはらのゆきひらアリワラ…[在原行平] (人名)平安時代における公卿・歌人。業平の兄。阿保親王の第二子参議・蔵人頭を経て、民部卿・中納言に進む。左京に奨学院を建てた。「古今集」の離別の歌「たち別れいなばの山の峰に生ふる……」は、人口に膾炙している。寛平五年(893)没、年七十五。
ありふ[在り経] (動、下二)(1)年月をすごす。源氏、橋姫「ありふるにつけても、いとはしたなく耐へがたきこと多かる世なれど」(2)生きている。ながらえる。源氏、早蕨「ありふれば、うれしき世にもあひけるを、身を宇治川に投げてましかば」
ありますげ[有馬菅] (枕詞)摂津の国、兵庫県の有馬地方から産した菅をいう。頭音をくりかえて「あり」に冠する。万葉、[11-2757]「おほきみの御笠に縫へる有馬菅ありつつ見れどことなしわぎも」(上三句は、「ありつつ」というための助詞)
ありまのみこ[有間皇子] (人名)第三十六代考徳天皇の皇子。母は大臣安倍倉梯麻呂の女小足媛(をたらしひめ)。孝徳天皇の崩後、斉明天皇の時、蘇我赤兄と議して不軌を図ったが赤兄がこれを天皇に洩らした。天皇は、たまたま紀伊の牟漏(むろ)の湯へ行幸されていられたが、ここへ有間皇子を招いて、直ちに死を賜わった。かの有名な「いはしろの浜松が杖を引き結びまさきくあらばまたかへりみむ」「家にあれば笥にも盛る飯を草枕たびにしあれば椎の葉に盛る」の二首は、牟漏へ行く途中、紀伊の岩代で詠んだ哀歌である。皇子の歌は「万葉」にこの二首があるだけである。斉明天皇の四年(658)十一月十一日薨、御年十八。
ありまのゆ[有馬の湯] (地名)摂津の国、兵庫県有馬郡有馬町にある温泉。早くから知られ、■明天皇の行幸があったと伝えられている。枕草子、六「湯は、ななくりの湯・有馬の湯・玉つくりの湯」
ありまやま[有馬山・有間山] (地名)歌枕の一。摂津の国、兵庫県有馬郡にある諸山の総称で、いずこと限定しがたい。古歌では多く猪名野(ゐなの)と詠み合わせている。後拾遺、十二、恋二「有馬山ゐなのささ原かぜ吹けばいでそよ人を忘れやはする」=有馬山の猪名の笹原に風が吹くと、そよそよと音を立てる(ここまでは、「いでそよ」というための序詞)いいえ、もう、あの方をどうして忘れることがありましょうか。(紫式部の女、大弐三位の詠)
ありやうアリヨウ (名)(1)ありのままの姿。ありさま。土佐日記「人皆まだ寝足れば、海のありやうも見えず。ただ月を見てぞ西・東をば知りける」(2)実際。ほんとう。小林一茶の句「ありやうは我も花よりだんごかな」
ありわぶ (動、上二)住みわびる。居にくく思う。さびしく暮らす。伊勢物語「昔、男ありけり。みやこにありわびて、あづまにいきけるに、伊勢・尾張のあはひの海づらを行くに」
ありをアリオ (名)語義が明らかでない。荒丘(あらを)・在丘(ありを)などと契沖・真淵・宣長・守部らの国学者は考えている。松岡静雄氏は「紀記論究」で「あり」は「下」の古語で、「ありを」は「下方の丘」としている。古事記、下「やすみしし、わが大君のあそばしし、猪(しし)のやみししの、うたきかしこみ、わが逃げのぼりし、ありをの、榛(はり)の木の枝よ」=天皇の射られた手負猪の咆吼を恐れて、自分の逃げのぼった下方の丘の榛(はん)の木の枝はよ。(「紀記論究」の解による)
ある[生る] (動、下二)生まれる。古事記、上「かれ、その火のま盛りに燃ゆる時にあれませるこの御名はほでりのみこと、次にあれませるみこの御名はほでりのみこと、次にあれませるこの御名はほすせりのみこと」
ある[散る] (動、下二)散る。遠ざかる。竹取「あななひに、おどろおどろしく、二十人の人の上がりて侍れば、あれて寄りもうで来ず」(つばくらめが)
あるじ[饗応] (名)ふるまい。竹取「さて、仕うまつる百官の人人に、あるじいかめしう仕うまつる」
あるじだつ[主人だつ] (動、四)主人らしくする。主人たしくふるまう。落窪物語「帯刀(たちはき)、あるじだちてし歩く」
あるじまうけ…モウケ[饗設け] (名)饗応の支度をすること。伊勢物語「左中弁藤原のまさちかといふをなむ、まらうどざねにて、その日はあるじまうけしたりける」(「まらうどざね」は「主賓」)
あれ[我・吾] (代)自称代名詞。わたくし。あ。われ。万葉、[5-808]「たつのまをあれは求めむ青によし奈良の都に来む人のたに」(「たつのま」は「龍の馬」「駿馬」)古事記、下「あれこそは世のながびと、そらみつ大和の国に、かりこむと未だ聞かず」(「かりこむ」は「かりが卵を産む」)
あれ (感)ものに感じて発する声。曽根崎心中「あれ数ふれば暁の七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の鐘の響きの聞き納め、寂滅為楽と響くなり」
あれつぐ[生れ継ぐ] (動、四)代代生まれて後をつぐ。次次と生まれて来る。万葉、[4-485]「神代よりあれつぎ来れば人さはに国には満ちて……」(「人さはに」は「人がたくさん」)
あれます[生れます] (動、四)「生まれる」の敬語。お生まれになる。万葉、[1-29]「たまだすき、うねびの山の、かしはらの、ひじりの御代ゆ、あれましし、神のことごと」(柿本人麻呂の長歌の冒頭の一節)
あろかつせんものがたり[鴉鷺合戦物語] (書名)室町時代にできた童話的小説。一条兼良の作というが、確かではない。東市佐林真玄(祗園林の鳥)が、山城守津守正素の娘(中賀茂の鷺)に懸想したことに端を発して、両者の間に戦争が起り、ついに両者とも出家して仏道に精進するという筋。
あろじ[主] (名)主人。あるじ。
あわさく[泡咲く] (動、四)さかんに泡が吹き出る。古事記、上「その泡咲く時のみ名を、泡咲くみたまと申す」
あわゆきの[泡雪の] (枕詞)「泡雪」は泡のように白く、消えやすい雪であるから、白くてやわらかい肉体の比喩として用いられ「わかやる胸」に冠し、また、「消(け)」に冠する。古事記、上「あわゆきのわかやる胸を」万葉、[8-1662]「あわゆきの消ぬべきものを今までに長らへ経るは妹にあはむとぞ」」
あわを[洙緒]…オ (名)紐の結び方の名。諸説があるが、「碩鼠漫筆」にいう「今のうち紐のごとく、中をうつろによりあはせたるもの」などであろう。伊勢物語「昔、心にもあらで絶えたる人の許に、玉の緒を洙緒によりて結べればありて後も逢はむとぞ思ふ」(歌の意は、固く結んだ仲だから、中絶しても後に再び逢おうと思ふ)(歌の意は、固く結んだ仲だから中絶しても後に再び逢おうと思う)万葉、[4-763]「玉の緒を沫緒によりて結べればありて後にも逢はざらめやも」(大伴家持)が妃女朗(きのいらつめ)に答えた歌。「伊勢物語」の歌は、この歌を少しかえたもの)
あゐずり[藍摺]アイ… (名)「あをずり」に同じ。平家、十二、重衡被レ斬「あゐずりのひたたれに、折烏帽子着たる男」
あゐぞめがはアイゾメガワ[藍染川] (書名)室町時代の小説とおもわれるが、作者も年代も確かでない。昔、宮中に梅壺の侍従というなまめかしい女房があった。筑紫の太宰府の神主中務頼澄が上京して、この女房と恋仲になり、一子梅千代をもうけたが、やがて、ひとり筑紫へ帰ってしまう。のち、この女房が梅千代を伴い筑紫に下り、頼澄を尋ねるが所在不明で、ついに藍染川に身を投げること、および蘇生のこと、ついに頼澄を捜し当てることなどを綴ったもの。謡曲の「藍染川」もこの話に基づく。
あをアオ[襖] (名)(1)武官の朝服。袍の両腋をあけ、袖くくりをつけ、後ろの身を長くしたもの。わきあけのころも。闕腋の袍。(2)あわせまたは綿入れの下着。襖子(あをし)(3)「かりぎぬ」に同じ。
あをいろのふちアオイロ…[青色の淵] (地名)所在未詳。枕草子、一「淵は……あをいろの淵こそ、またをかしけれ。蔵人などの身にしつべく」(六位の蔵人は青色の袍を着るところからいう)
あをうまアオ…[白馬] (名)次項の略。土佐日記「七日になりぬ。同じ湊にあり。けふは白馬と思へどかひなし」
あをうまのせちゑアオウマノセチエ[白馬の節会] (名)陰暦正月七日、左右の馬寮から青馬二十一匹を庭中にひき出して、天皇がごらんになり、その年の陽気を助けた節会。青は春の色で、馬は陽の獣であるというので、もと青馬を用いたが、のち白馬を用い、白馬と書いても青馬とよむようになった。略して「あをうま」という。
あをがきアオ…[青垣] (名)「青垣山」の略。古事記、上「あれをばも、やまとの青垣、東の山の上にいつきまつれとのりたまひき」(大物主神が大国主神に答えたことば)
あをがきやまアオ…[青垣山] (名)四囲に垣のようにめぐり立つ青山。青垣。古事記、中「大和は国のまほろば、たたなづく青垣山、こもれる大和し、うるはし」=大和は日本国の中の最もすぐれた地、幾重にも重なる四囲の青い山にとりかこまれている大和は、まことにうるわしい。(日本武尊が東征の帰路、伊勢ののぼのまで行かれ、病気になられて郷里の大和をなつかしがられて詠まれた歌)
あをくちばアオ…[青朽葉] (名)(1)朽葉色に青みを加えた色。(2)襲の色目。表は経が青で緯が黄、裏は青。枕草子、一「卯の花は……青色の上に白きひとへがさねかづきたる、あをくちばなどにかよひて、いとをかし」
あをぐものアオ…[青雲の] (枕詞)「青雲」は「青空」の意で、快晴を望むところから「いで来」に、また、色のあざやかなことから「白」に冠する。万葉、[14-3519]「青雲のいでこ、わぎもこあひ見て行かむ」古事記、中「浪速の渡りを経て、あをぐもの白肩の津に泊まる」
あをざしアオ…[青押・青刺・青差] (名)平安時代に用いた菓子。青麦を粉とし、糸のようによって作ったもの。枕草子、九「あをざしといふものを人のもて来たるを」
あをしアオシ[襖子] (名)「あを(2)」に同じ。
あをずりアオ…[青摺] (名)あゐずり。(1)山藍や青草などで模様を青く摺り出したもの。
(2)「あをずりのきぬ」の略。枕草子、九「見るものは……かざしの花、あをずりなどにかかりたる、えもいはずをかし」
あをずりのきぬザオ…[青摺の衣] (名)前項(1)のころも。あをずり。古事記、下「その臣、あか紐つけたるが、あをずりのきぬを着たりければ」
あをたアオ…[箯輿] (名)竹を編んで作った釣台のような粗造の輿。罪人・手負人などを乗せるのに用いた。あんだ。平家、十「四郎入道をあをたに乗せて、血のつきたるかたびらを植えにひきおほひ」
あをつづら…ツズラ[青葛] (名)山野に自生するつるくさで、他物に巻きつく。あをかづら。あをつづらふぢ。枕草子、三「草は……うきくさ・あさぢ・あをつづら……」
あをつづら…ツズラ[青葛] (枕詞)「つづら」はそのつるを手操るものであるから「くる」に冠する。平家、灌頂、大原御幸「まさきのかづら、あをつづらくる人稀なるところなり」後拾遺集、十二、恋二「人目のみしげきび山の青つづらくるしき世をも(ぞ)思ひわびぬる」(上三句は「くるしき」の序詞)
あをにアオ…[青土] (名)青黒い土。上代では、顔料または塗料とした。
あをにびアオ…[青鈍] (名)「あをにぶ」ともいう。はなだ色に青みを加えた色。凶事の時またはうち沈んだ時などに着る衣・下襲・袴・指貫などに用いた。また、尼僧の着るもの。枕草子、二「すこしおとなび給へるは、あをにびのさしぬき、白き袴もすずしげなり」
あをによしアオニ…[青土よし] (枕詞)「なら」「くちぬ」などに冠する。「青土よし」の「よし」は呼びかけの助詞「よ」と強めの助詞「し」とを重ねたもので、「麻裳よし」「玉藻よし」「在嶺よし」などとひとしく、五音の枕詞とする一つの形式。なぜ「なら」「くぬち」に冠するかは、、諸説があって一定しない。古事記、下「つぎねふや…あをによし奈良を過ぎ…」万葉、[5-797]「くやしかも斯く知らませばあをによをしによ国内(くぬち)ことごと見せましまのを」
あをはかアオ…[青墓] (地名)「あうはか」ともいう。美濃の国、岐阜県不破郡の北側にある地。大垣市の西北約五キロ。源義頼が平治の乱に敗れて、ここへ落ち、かつての愛人の家に泊まったと「平治物語」にある。平治物語、二「義頼は兔角して美濃の国青墓の宿に着き給ふ」
あおはたのアオ…[青幡の・青旗の] (枕詞)諸説があって一定しないが、一説には、ひろがった山の青く茂ったのを旗に見立てて、「木幡山」「忍坂山」「葛城山」などの「山」に冠するという。万葉、[2-148]「あをはたの木旗(こはた)の上を通ふとは…」
同、[13-3331]「こもりくの、はつせの山、あをはたの忍坂(おさか)の山は、走り出のよろしき山の」同、[4-509]「家のあたり、わが立ち見れば、あをはたのかつらぎや山に、たなびける白雲がくり」
あをひとぐさアオ…[青人草] (名)人民。蒼生。ひとくさ。人の多く生まれることを、青草のいよいよますます繁茂するのにたとえた語。古事記、上「うつくしき青人草のうき瀬に落ちて苦しまむ時」(「うつしき」は「生活している」)
あをふしがきアオ…[青柴垣] (名)青葉の付いている柴で作った垣。古事記、上「あまの逆手を、青柴垣に打ちなして隠りましき」⇒あまのさかで。
あをべうしアオビヨウシ[青表紙] (名)すべて青色の表紙をつけた書物のことであるが、特に、浄瑠璃の稽古本、江戸時代の半紙型の絵本、また、定家の校合した「源氏物語」などをいう。
あをほろアオ…[青保呂] (名)矢羽の名。義経記、五「二十四差したる上矢には、あをほろ、かぶらの目より下六寸ばかりあるに、大の雁股すげて」
あをほんアオ…[青本] (名)江戸時代の草双紙の一。赤本流行の後をうけ、黒本と並んで延享頃から安永頃まで行われた。萌黄色の表紙をつけ、内容は赤本のお伽噺より一歩進んだもので、軍記物・仇討物・歌舞伎物などを主とした絵解本。広義には、黒本・赤本以外の萌黄表紙の草双紙の総称。
あをみずらアオミズラ[青角髪] (枕詞)三河の地名「よさみ」に冠する。諸説があって明らかでないが、一説には「青角髪」は「碧海面(あをみずら)」の借字で、碧海郡の地であり、同郡「よさみ郷」のこととする。この解に従えば、枕詞ではない。万葉、[7-1287]「青角髪依網(よさみ)の原に人も逢はぬかも岩走る淡海県(あふみあがた)のものがたりせむ」
あをやぎのアオ… (枕詞)枝の形から「いと」に、その芽のはりふくらむところから「はら」に、柳眉などから「細き眉」に、また、昔、青柳をかつらにしたので「かつらぎ山」などに冠す売る。拾遺集、十三、恋三「いづ方によるとかは見む青柳のいと定めなき人の心を」万葉、[14-3546]「青柳のはらろ川門(かばと)に汝を待つと…」同、[19-4192]「桃の花…青柳の細き眉根を…」新古今、一、春上「白雲のたえまになびく青柳の葛城山に春風ぞ吹く 藤原雅経」
あん「案」 (名)(1)机。(2)草案。したがき。伊勢物語。「かのあるじなる人、案を書きて書かせてやりけり」(3)考え。思慮。義経記、五「武蔵坊、我より外に、心も剛に、案も深き者あらじと自称して」(4)予想。「案にたがはず」「案のごとく」
あんが[晏駕] (名)天皇の崩御を忌んでいう語。「晏」は「晩」で、御車の出で給うことが遅い、と臣下の待つ意。神皇天皇正統記「鳥羽、晏駕ありしかば」
あんご[安居] (名)僧が、一夏九十日の間外出を禁じ、一室にこもって座禅修道すること。夏安居(げあんご)。古今著聞集、二、釈教「七月十五日、安居の夜、験くらべを行はれけるに」太平記、三十九「安居の間は、御心しづかに此の山中にこそ御座あらめと思し召して」
あんず[案ず] (動、サ変)考える。思う。竹取「これを、このごろ案ずるに御使いひとおはしますべきかぐや姫の要じ給ふべき鳴りけりと承りて」
あんだ[箯輿] (名)「あをた」に同じ。
あんど[安堵] (名)「堵」は、居処の「垣」の義で、安じて居ることの意。(1)安心してその居に住むこと。古今著聞集、十二「叔父を殺して、八幡にも安堵せず」(2)安堵の地、すなわち知行の賜わること。また、その文章。謡曲、鉢の木「子子孫孫に至るまで相違あらざる自筆の状、安堵に取り添へ賜ひければ」(3)安心すること。源平盛衰記、十八「舟中の者も安堵し」
あんどうためあきら[安藤為章] (人名)江戸時代の儒者・国学者。丹波の人。儒学をもって伏見宮家に仕え、のち、水戸義公に召されて「大日本史」の編集に従った。享保元年(1716)没、年五十七。主著、年山紀聞・紫女七論・宇津保物語考。
あんなり (句)「あるなり」の音便。あるのだ。いるのだ。あなり。伊勢物語「道行く人、この野は盗人あんなりとて、火つけむとす」(ここでは「いるのだ」の)意。
あんぷくでん[安福殿] (名)内裏永安門内西側、紫辰殿の西南、校書殿の南にある殿舎。西廂に侍医の室がある。附図参照。増鏡、十六、秋のみ山「衛士のたく火も月の名だてにやとて、安福殿へ渡らせ給ふ」
あんめり (句)「あるめり」の音便。あるだろう。大鏡、六、内大臣道隆「御交際絶えにたれば、ただ■は緒はするにこそあんめれ」=(眼病のために)にまじらわないので、(御昇進もなく)ただの身でいられるのであろう。
あんらくあんさくでん[安楽庵策伝] (人名)江戸時代初期の笑話作者。本名は平林平太夫。別に醒翁とも号した。京都の僧。京都の竹林院の住職となり、その傍に安楽庵を建てて住む。寛永十九年(1642)没、年八十八。主著、醒睡笑。
あんわのみかど[安和の帝] (天皇名)「あんなのみかど」ともいう。第六十三代冷泉天皇。(安和は、その年号。968―969の二年間)平家、二、小松教訓「これみな、延喜の聖代、安和のみかどの御ひがごととぞ申し伝へたる」

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