- い -
い[寝] (名)寝入ること。眠り。「朝寝(あさい)」「熟寝(うまい)」「いぎなたし」などの「い」。古事記、上「ももながにいはなさむを、あやに、な恋ひきおこし」竹取「よるはいも寝ず、やみの夜に出でても、あなをくじり」
(名)「いと」の下略。くもの糸。くもの巣。太平記、二十三、大森■七事「さしも強力の者ども、僅かなる蜘のいに手足を繋けられて、更にはたらき得ざりけり」
(名)馬のいななく声。「いななく」「いばゆ」などの語源か
(名)「いき」の下略。息。古事記、上「さがみにかみて、吹きうつるいぶきのさ霧に成りませる神の御名は、たぎりひめのみこと」=盛んに噛んで、ぱっと吹いて捨てられるその息が霧となって出る時に生まれた神の御名は、たぎり姫の命。
(代)なんぢ。古事記、中「いが作り仕うまつれる大殿内」
(助詞)主語を示す助詞。「は」に似て、やや語勢が強い。万葉、[12-3161]「ありちがたありなぐさめて行かめども家なる妹いおぼほしみせむ」⇒ありちがた。
(接頭)(1)斎・忌の意味を含み、神事に関する語に冠する。い垣。い杙。い籠る。(2)
語勢を助けて、動詞に冠する。い掻く。い行く。い倚る。
いうきよユウ…[幽居] (名)世事を避けて閑静な地に住むこと。また、その住居。
いうくんユウ…[遊君] (名)遊女。傾城。あそびめ。太平記、一「そばに臥したる遊君、もの慣れたる女なりければ」
いうけふユウキヨウ[遊■] (名)おとこだて。江戸時代特有の民風で、任■にして剛勢、権勢や不義に屈しない気風。折り焚く柴の記、上、父君出仕切「世の人、遊■を事として、気節を■ぶならはし、今の時には異なる事ども多く聞こえたりけり」
いうげんユウ…[幽顕] (名)かくれるとあらわれること。黄泉国と現世界と。古事記、序文「このゆゑに、幽顕に出入りして、日、月、目を洗ふに彰はれ、海水に浮沈して、神■、身をそそぐにあらはる」(いざなぎのみことが黄泉国に行かれたのを、「幽に入る」と言い、現世界に帰られたのを「顕に出る」と言ったのである。)
いうげんユウ…[幽玄] (名)(1)詩歌の道の深遠幽奥なこと。平安時代末期の歌人藤原俊成の唱えた和歌の理想で、優雅な「もののあはれ」に仏教思想を混じた、余韻の尽きない閑寂な詩境をいう語。(2)転じて、詩歌・音楽などの奥深い芸術そのものをいう語。徒然草、百二十二段「詩歌にたくみに、糸竹に妙なるは、幽玄の道」(3)能楽で、その各構成要素および全般にわたって、典雅もしくは優美な気分・情調のみなぎっている状態をいう語。
いうげんたいユウゲン…[幽玄体] (名)幽玄の趣をそなえた歌体。
いうしユウ…[遊子] (名)他郷にある者。旅人。枕草子、十二[遊子なほ残りの月に行けばとずんじ給へる、また、いみじうめでたし](賈島の詩「遊子なほ残りの月に行けば、幽谷の鶏鳴く」のことで、朗詠とてして、当時うたわれていたものである。)
いうしユウ…[猶子] (名)(1)兄弟の子。太平記、一「昌黎が猶子韓湘といふ者あり」
(2)養子。古今著聞集、二「麗景殿の女御、僧正を御猶子にして、憐愍の志、実子に過ぎたりけり」
いうしきユウ…[有識] (名)広く物事を知ること。また、その人。ものしり。いうそく。
いうしはうげんユウシホウゲン[遊子放言] (書名)洒落本の祖と称せされるもの。田舎老人多田爺の作。明和七年(1770)刊。通人を装う半可通が息子を連れて吉原へ繰り込んだが、野暮をさらけだして嫌われ、却って息子のほうが歓待されるという筋。この構想と描写の形式とは、その後の作者に模倣され、ほとんど洒落本の定型のようになった。
いうしよくユウ…[有職] (名)「有識」の誤り。いうそく。
いうせんくつユウ…[遊仙窟] (書名)中国、唐時代の張文成の小説。作者が命を奉じて河源に赴いたとき、道に迷って神仙の窟に入り、十郎・五嫂という二人の仙女に言語に絶する愛をうけた情事を、こまやかに描写したもの。中国では早く亡佚したが、わが国では平安時代の初期に伝わって以来、多くの人に愛読されている。
いうそくユウ…[有識] (名)(1) 広く物事を知ること。また、その人。ものしり。いうしき。
宇津保、俊蔭「さるは、いみじき有識なり」大鏡、五、太政大臣伊■「その中納言、文盲にこそおはせしかど、御心魂いとかしこく、有識におはして」(2)美女。宇津保、俊蔭「左大将殿こそ、さるべき世のいうそくは、こもりためれど」
いうそくユウ…[有職] (名)「有識」の誤りで、もとは「ものしり」の意であったが、のち、故実の例式などを明きらめる学となった。「有職故実」などを熟して用いる。いうしよく。
いうそくこじつユウソク…[有職故実] (名)古来の朝廷や武家の儀式・法制・服飾・作法などを研究する学。
いうにユウニ[優に] (形動、ナリ、連用形)(1)やさしく。殊勝に。けなげに。徒然草、八十四段「弘融僧都、優になさけありける三蔵かなと言ひたりしこそ、法師のやうにもあらず、心にくくおぼえしか」曾我物語、一 「父これを聞き、子ながらも優に使ひたることばかな。未だ幼きぞかし。誠に我が子なり」(2)優美で。しとやかで。上品で。竹取「仰せごとに、かぐや姫のかたち、優におはすなり、よく見て参るべきよし宣はせつるになむ参りつる」
いうひつユウ…[右筆] (名)(1)筆を執って文を書くこと。百寮訓要抄「参議、陣の座にて、物をよみ、右筆するうつはなり」(2)文筆をもって仕えるもの。文官。平家、一、殿上闇討「忠盛、このよしを伝へ聞きて、われ右筆の身にあらず、武勇の家に生まれて、今不慮の恥にあはむこと」(3)武家の職名。文書・記録を司るもの。庭訓往来、八月「管領・寄人・右筆・奉行」
いうひつしゅうユウヒツ…[右筆衆] (名)足利幕府および徳川幕府の職名。幕府の記録をつかさどるもの。折り焚く柴の記、中「右筆衆してしるさしめられ、出仕の人人出入る所に出だし示さる」
いうぶつユウ…[尤物] (名)すぐれてよいもの。すぐれて美しいもの。駿台雑和、五、尤物人を移す「伯夷が清のごとく、柳下恵が和のごとし。天地の間の尤物なり」
いうりユウ…[■里] (名)⇒かだい。
いうわうユウオウ[幽王] 中国、周の第十二代の王。在位十一年。
平家、二、烽火「周の幽王、褒■といへる最愛の后を持ち給へり。天下第一の美人なり」
いか[五十日] (数)五十日。
いかいかし[厳厳し] (形、シク)はなはな、いかめしい。はげしい。たけだけしい。あらあらしい。
いかいかと (副)はなはだ、いかめしく。はげしく。たけだけしく。あらあらしく。今昔物語、二十七「また、児の音にて、いかいかと哭(な)くなり」
いかうイコウ[巳講] (名)僧の職名。興福寺の維摩会、薬師寺の最勝会、宮中の御斎会などの三会(さんゑ)の講師勤めた僧をいう。大鏡、七、太政大臣道長「南京の法師、三会講師しつれば、巳講となづけて」宇治拾遺、十「放鷹楽といふ楽をば、明■巳講ただ一人習ひ伝へたりけり」
いかうイコウ[巌う] (形、ク、連用形)「いかく」の音便。ひどく。たいそう。狂言、烏帽子折「いかう暇のいるものぢやげなほどに、急いで来て結へ」
いかうにイコウニ[一向に] (副)ひたすら。もっぱら。源氏、夕霧「いかうにさるべきこと、今に承らざる所なれど」
いかがさき[伊加賀崎] (地名)枕詞の一。今の大阪府北河内郡枚方町大字伊加賀の地。淀川に突出しているところ。古今集、十、物名「かぢにあたる棹のしづくを春なればいかがさき散る花と見ざらむ」枕草子、十一「崎は、からさき・いかがさき・みほがさき」
いがき[斎垣・忌垣・瑞垣] (名)「いみがき」の略。神社の垣。古今集、五、秋下「ちはやぶる神のいがきにはふ葛も秋にはあへずうつろひにけり 紀貫之」(「葛も秋には抗し得ないで」という意)
いかく[い掻く] (動、四)「い」は接頭語。(かいなどで水を)かく。万葉、[8-1520]「彦星は…朝なぎに、い掻き渡り、夕潮に、い漕ぎ渡り」
いかく[沃懸く] (動、下二)注ぎかける。浴びせる。源氏、真木柱「火とりを取り寄せて殿の後によりて、さといかけ給ふほどに」
いかくる[い隠る] (動、下二)「い」は接頭語。隠れる。古事記、下「をとめのいかくる丘を、かなすきも、いほちもがも、すきはぬるもの」=少女の隠れている丘を、金鋤が五百個もあればなあ、鋤き撥ねてやるものを。
いかけぢイカケジ[沃懸地] (名)(1)うるしぬりの上に、金粉または銀粉を流しかけたもの。
(2)箱のふたその他の漆器の、縁にだけ金泥をぬったもの。
いかけぢのくらイカケジ…[沃懸地の鞍] (名)沃懸地にした鞍。平家、五、富士川「副将軍薩摩守忠度は…黒き馬の太う逞しきに、鋳懸地の鞍を置いて乗り給へり」義経記、一「月毛なる馬に、沃懸地の鞍をおきて」
いかごのをえ…オエ[伊香小江] (地名)余呉湖(よごのうみ)の旧称。近江の国、滋賀県伊香郡余呉村の湖。琵琶湖の北。逸文近江風土記「古老伝へて曰く、近江の国伊香(郡与湖郷)の小江は郷の南にあり。天のやをとめ、ともに白鳥となり、天より降りて、江の南に浴みす」
いかごやま[伊香山] (地名)歌枕の一。近江の国、滋賀県伊香郡伊香具村の北にある山。
万葉、[8-1533]「いかごやま野辺に咲きたる萩見れば君が家なる尾花しおもほゆ 笠金村」
いかごやま[伊香山] (枕詞)頭音をくりかえして、「いかに」に冠する。「伊香山」は前項参照。万葉、[13-3240]「大君の…いかごやまいかにか我がせむ、ゆくへ知らずて」
いかさまに[如何様に] (副)どのように。いかように。古事記、下「ここに、すめらみこと、そのはやく帰りのぼりませることを怪しみて、いかさまに破りたまひしぞとのりたまへば」万葉、[1-29]「あをによし奈良山を越え、いかさまにおもほしめせか」(柿本人麻呂の長歌の一節。読み方に異説がある。)
いかし[厳し] (形、ク)(1)いかめしい。おごそかだ。盛大である。源氏、桐壺「春宮の御元服のをりにも数まされり。なかなか限りもなくいかしうなむ」(2)恐ろしい。あらい。たけし。宇津保、俊蔭「恐ろしげにいかきものども、一山に満ちて」
いかしほ[厳穂・茂穂] (名)実のふさふさとついた稲穂。祝詞、祈年祭「やつか穂のいかし穂に、すめがみたちの依さしまつらば、初穂をば千頴(ちかひ)・八百頴(やほかひ)に奉り置きて」=長い穂の、ふさふさした穂を、神神の御依任によりますならば、千も万も実のついた穂をお供え申して置きて]
いかしほこ[厳矛・茂桙] (名)いかめしい、りっぱな矛。祝詞、斎内親王奉入時「大中臣いかしほこの中取り持ちて」=大中臣が偏頗なく中道をとって。(「ほこ」は柄の中間を握るものであるから、「中」の枕詞のように用いたもの)
いかしみよ[厳御世・茂御世] (名)さかんな御代。祝詞、祈年祭「いかみしみよに、さきはへたてまつるゆゑ」=さかんな御代を、お祝い申し上げますので。
いかた (地名)今の千葉市の辺であろう。更級日記「同じ月の十五日、雨かきくらし降るに、境を出てて、下総の国いかたといふところにとまりぬ」
いかづちイカヅチ[雷] (名)かみなり。かみ。枕草子、八「名、恐ろしきもの…いかづちは名のみならず、いみじう恐ろし」
いかづちイカヅチ[雷] (地名)大和の国、奈良県高市郡飛鳥村大字雷の地。「書記」によると、ちいさこべのすがるが、雄略天皇の命令で、この地の雷の丘で雷を捕らえたという。「万葉」などに見える「いかづちのをか」「いかづちやま」などは、みなこの地にある。
いかで (副)(1)どうして。拾遺集、六、別「別るればまづ涙こそさきに立ていかでおくるる袖のぬるらむ」(2)何とかして。竹取「世界のをのこ、あてなるも、いやしきも、いかでこのかぐや姫を得てしがな、見てしがなと、音に聞きめでてまどふ」
いかでか (句)「いかで」に係り助詞「か」がつき、反語を構成する句。従って、それを受けて結ぶ活用語は連体形である。竹取「人のこころざし、ひとしかんなり。いかでか中におとりまさりは知らむ」=人のこころざしは、みんな同じようである。どうして、その中に優劣を知ることができようか(できはしない)。
いかでみやこへ…ミヤコエ[いかで都へ] (句)奥の細道「白河の関にかかりて旅心定まりぬ。いかで都へと便り求めしもことわりなり」(芭蕉が、拾遺集、六、別「たよりあらばいかで都へ告げやらむけふ白河の関は越えぬと」の平兼盛の歌を思い浮かべて言ったことば)
いかないかな (副)どうしてどうして。決して。世間胸算用「いかないかな万日回向の果てたる場(には)にも、天満祭のあくる日も、銭(ぜに)が一文落ちてなし」
いかなこと (句)どうしたことだ。とんでもないことだ。不思議なことだ。狂言、釣女「これは、いかなこと、私がお告げも少しも違ひませぬ」
いかにぞや (句)(1) どうしたか。どうだったか。源氏、螢「いかにぞや、宮は夜やふかし給ひし」(2)どういうわけか。大鏡、七、太政大臣道長「さすがにいかにぞや、ものあはれげなるけしきの出できたるは、女どもに背かれむことの心細きにや」(3)どうだか疑わしく。いかがわしく。あやしく。琴後集、十一「なほいかにぞやおぼゆることのあるを、これ考へきはめばやと思へど」
いがへるイガエル[い帰る] (動、四)「い」は接頭語。「帰る」に同じ。古事記、下「いがへりこむぞ」=帰って来ようぞ。
いかほ[伊香保] (地名)上野の国、群馬県群馬郡、榛名山東麓の温泉地。「万葉」「古今集」などに多く現れている。
いかほね[伊香保嶺] (地名)榛名山。前項参照。万葉、[14-3421]「伊香保嶺にかみな鳴りそね我が上(へ)には故はなけれど児らによりてぞ」
いかほのぬま[伊香保の沼] (地名)榛名湖であろう。万葉、[14-3415]「上毛野伊香保の沼に、植子水葱(うゑこなぎ)かく恋ひむとや種求めけむ」(「こなぎ」は「なぎ」ともいい、水田や小流に自生する「みずあおい」科の一年草)
いかほのぬまの[伊香保の沼の] (序詞)頭音をくりかえして「いかに」に冠する。古今集、十九、長歌「くれたけの、よよのふるごと、なかりせば、伊香保の沼のいかにして、思ふ心をのばへまし…壬生忠岑」(「のばへ」は「のべ」の延音。枕詞に似て、七音または七音以上のものを序詞という。従って、この句は序詞の最短のものである)
いかものづくりのたち…ズクリ…[厳物作りの太刀] (名)いかめしいこしらえの太刀。鞘には筋金があり、中に幅広の締金をつけ、尻鞘に懸ける。平家、四「星白かぶとの緒をしめ、いかものづくりの太刀をはき、二十四さいたる大中黒の矢負けひ」
いかり (名)碁盤の足の形が碇のようであるところからいうか。また、その突起したさまが怒っているように見えることをいうか。後者ならば、動詞の連用形。宇治拾遺、三「湯槽へ躍り入りて、のけざまにゆくりなくも臥したるに、碁盤の足のいかりさしあがりたるに、尻骨を荒う突きて」
いかりおろし[碇下ろし] (枕詞)頭音をくりかえして「いかに」に冠する。万葉、[11-2436]「大船の香取の海にいかりおろしいかなる人からも思はざらむ」(枕詞は六音をもって最長とするから、この枕詞は最も長いものである)
いかるが[斑鳩] (名)燕雀科の鳥。形は、もずに似て全身灰色。いただきが濃黒色で帽子をかむっているように見える。万葉、[13-3239]「近江の海…ほつ柄にもちひきかけ、中つ枝にいかるがかけ…」枕草子、三、「鳥は…いかるがのをどり」
いかるが[斑鳩] (地名)大和の国、平群郡夜麻郷の旧庄名。今の生駒郡法隆寺村富郷の地。この地には、かつて宮殿も造られ、法隆寺・法起寺・法輪寺などがあり、仏教興隆の霊地であると同時に、推古時代美術の淵叢地である。
いかるがのみや[斑鳩の宮] (名)推古天皇の九年(601)、聖徳太子の造営された宮殿。二十九年(621)、太子はここに薨じ、のち、その子山背大兄王の居邸となったが、皇極天皇の二年(643)、蘇我入鹿がこの邸を焼いた。その址は、今の法隆寺境内の夢殿の辺りという。水鏡、中「九月に太子、斑鳩の宮の夢殿に入り給ひて、七日七夜出て給はず」(「太子」は「聖徳太子」)→いはのへにこさるこめやく。
いきいづイキイズ[息出づ・生き出づ] (動、下二)いきかえる。蘇生する。伊勢物語「けふの入相ばかりに絶え入りて、またの日の戌の時ばかりになむ、からうじていきいでたりける」
いきうす[生き失す] (動、下二)ゆくえをくらます。行って隠れる。枕草子、十「世の中の腹立たしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、いづちもいづちも行き失せなばやと思ふに」
いきかくる[行き隠る] (動、下二)去って、ゆくえ不明になる。源氏、蜻蛉「深く疑ひたれば、外へいきかくれむとにやあらむ」
いきがてに (句)行きがたく。行きにくく。宇津保、俊蔭「七人、くれなゐの涙を流して惜しむ。俊蔭、いきがてにして帰る」
いきづくイキズク[息づく] (動、四)(1)苦しい息をつく。あえぐ。古事記、中「みほどりの、かづきいきづき、しなだゆふ」(2)ためいきをつく。なげく。竹取「大納言、南海の浜に吹き寄せられたるにやあらむと思ひて、いきづき臥し給へり」
いきすだま[生き霊・窮鬼] (名)(1)生きている人の霊魂が、その身を離れて、怨みのある人にとりつくというもの。いきりやう。枕草子、六「名おそろしきもの…いきすだま」雨月物語、三、吉備津の釜「いきすだまといふものにや。ふるさとに捨てし人の、もしやと、ひとり胸苦し」(2)転じて、「死霊」の意。源氏、葵「大殿には、御もののけ、いたく起りて、いみじうわづらひ給ふ。この御いきすだま、故父のおとどの御霊などいふものありと聞き給ふにつけて」
いぎなたし (形、ク)名詞「寝(い)」と形容詞「きたなし」との合した語。(1)ねぼうである。枕草子、二「にくきもの…わがもとにあるものどもの起し寄り来ては、いぎたなしと思ひ顔に、ひきゆるがしたる、いとにくし」(2)ねぞうがわるい。源氏、空蝉「いぎたなきさまなどぞ、あやしく、やう変はりて、やうやう見あらはし給ひ」
いぎたはしイギタワシ (形、シク)(1)息苦しい。古今著聞集、七「腹ふくれて、いぎたはしきとて、ものいはるるも分明ならざりけるが」(2)転じて、腹をたてる。怒る。
いきちる[行き散る] (動、四)別れ別れになって去る。源氏、蓬生「みな、つぎつぎにしたがひて、いきちりぬ」
いきづきのみやイキズキ…[い築きの宮] (名)「い」は接頭語。「築きの宮」に同じ。築いた宮。古事記、下「まきむくの…やほによし、いきづきのみや」⇒やほによし。
いきづむイキズム[息詰む] (動、四)(1)息が腹に詰まる。いきばる。いきむ。古今著聞集十六「尿(しと)をいきづまば、一定もろともに出でぬべくて」(2)こらえる。がまんする。
いきとしいけるもの[生きとし生けるもの] (句)およそ、生きているものはみんな。
古今集、序「花に鳴くうぐひす、水にすむかはづの声を聞けば、生きとし生けるものいづれか歌をよまざりける」(この「かはづ」は「かじか」)
いきどほろしイキドオロシ[憤ろし] (形、シク)なげかわしい。はらだたしい。気がかりである。神功紀、摂政前「あふみのみ、勢田の渡りに、かづく鳥、目にし見えねば、いきどほろしも」⇒あふみのみ。
いきにへ…ニエ[生き贄] (名)「いけにへ」に同じ。
いきのした[息の下] (句)息が絶えようとするような、声の小さな、苦しそうなこと。
竹取「御心地は、いかがおぼさると問へば、息の下にて、ものは少し覚ゆれど、腰なむ動かれぬ」
いきのまつ[生きの松](地名)「いきのまつばら」に同じ。謡曲、高砂「なほ、いつまでか生きの松、それも久しき名所かな」(「生き」から「生きの松」へかけている)
いきのまつ[生きの松] (枕詞)下音をくりかえして「まつ」に冠する。太平記、十二、大内裏造営事「心筑紫に生きの松待つとはなしに明け暮れて、配所の西府に着かせ給へば」
いきのまつばら[生きの松原] (地名)歌枕の一。今の福岡県早良郡壱岐村の海浜約一キロにわたる松原。神項皇后が征韓のため、この地からの出帆に際し、松の枝を逆さに地にさし、勝利を得たら、この枝が生きようと言われた旧跡という。地名は、この伝説に基づく。
生きの松。新古今、九、別離「涼しさは生きの松原まさるとも添ふる扇の風なわすれそ 枇杷皇太后宮」
いきのを…オ (名)いのち。玉の緒。万葉、[4-681]「なかなかに絶つとしいはば斯くばかり息の緒にしてわが恋ひめやも」(「命にかけて」「命がけで」の意)
いきはぎ[生き■ぐ] (名)生きている獣の皮を■ぎ取ること。いけはぎ。上代の天つ罪の一。古事記、中「いきはぎ・さかはぎ・あはなち」祝詞、六月■日祓「あやまち犯しけむ、くさぐさの罪事は…生き■ぎ・さかはぎ・くそへ、ここだくの罪を、天つ罪とのりわけて」
いきはだだち[生き膚断ち] (名)上代の国つ罪の一。生きている人の膚に傷をつけること。祝詞、六月■日祓「国つ罪とは、生き膚断ち・死に膚断ち・白人(しろひと)・こくみ」
いきほひまうイキオイモウ[勢ひ猛] (名)富み・位置・名誉などの高いこと。威勢・権勢・勢力などの盛んなこと。竹取「翁、竹を取ること久しくなりぬ。いきほひまうのものになりけり」(この場合は、多くの富を得たことをいう)徒然草、一段「勢ひ猛にののしりたるにつけて、いみじうとは見えず」=(高い僧官・僧位に昇り)威勢が盛んで、世間の人が大騒ぎをして評判するにつけても(心ある人から見れば別に)偉いとも思われない(「勢ひ猛の人になりたるを」の意で、「勢ひ猛にののしる」の意ではないから、「勢ひ猛に」を副詞と見るべきではない)
いきぶれ[生き触れ] (名)触穢(しょくゑ)の一。穢物、例えば死人などに行き逢い、けがれること。ふみあはせのけがれ。ゆきぶれ。源氏、夕顔「いかなるいきぶれにかからせ給ふぞや」
いきほふイキオウ[勢ふ] (動、四)勇む。威勢づく。源氏、玉葛「この国の守の北の方も詣でたりけり。いかめしくいきほひたるをうらやみて」
いきみたま[生き御霊] (名)昔、陰暦七月八日から十三日までの間に、現存の父母または尊長に贈り物をし、または、饗応する祝儀。うらぼんえに死者の霊魂をまつるのに対したもの。生き盆。
いきやう…キヨウ[意況] (名)(1)こころのさま。(2)意味。ことばの含む内容。古事記、序文「すなはち、辞理の見えがたきは注をもつて明かし、意況のわかりやすきは更に注せず」=そこで、ことばの意味やことわりのわかりにくいものは、注を加えて明瞭にし、そのわかりやすいものについては、別に注を施さない。
いぎやう…キヨウ[異形] (名)普通と異なる形。怪異な姿。天狗や幽霊などをいう。謡曲、放下僧「凡そ沙門の形と謂つぱ十力の数珠を手にまとひ、忍辱二体のころもを着、罪障懺悔の架裟を掛けてこそ僧とは申すべけれ。異形のいでたち、心得ず候ふ。」
いきりやう…リヨウ[生き霊] (名)「いきすだま」に同じ。
いきる[射切る] (動、四)矢を射当てて物を切る。平家、十一、那須与一「扇のかなめぎは一寸ばかりおいて、ひいふつとぞ射切りたる」古事記、中「ちはやひと…あづさゆみまゆみ、いきらむと心は思へど」(ただし、この語の「い」は接頭語で、「きる」は「殺す」という説もある)
いくいくと (副)心ゆくまで。ゆっくりと。宇治拾遺、二「白米十石をおものにして、新しきむしろ・薦に、折敷・桶・櫃などに入れて、いくいくと置きて食はせさせ給ひければ」
いくくにたま[生く国魂] (名)この国土を支配する神霊。「生く」は生生活動のさまをたたえた語。
いくさ[軍] (名)(1)兵士。軍隊。古事記、中「また、その逃ぐるいくさを遮りて斬れば」(2)戦争。合戦。
いくさだち[軍立ち] (1)戦場に出で立つこと。出陣。崇神紀「なら山に登りていくさだちす」(2)いくさの手配。平家、九「朝夕のいくさだちに過ぎ行く月日は知らねども」(3)たたかい。保元、二「坂東にて多くのいくさに逢ひて候へども、これほどのいくさだち烈しき敵に未だ逢はず候ふ」
いぐし[斎串・五十串] (名)斎み清めた串の義。ぬさ・玉などを執りつけて、神に奉る■または小竹(しの)。万葉、[13-3229]「いぐし立て神酒すゑまつる神主のうずの玉かげ見ればともしも」(この「ともし」は「愛すべく慕わしい」)
いくせ[幾瀬] (名)多くの瀬。十六夜日記「思ひ出づる都のことは大井川いくせの石のかずもおよばじ」=(東海道の大井川から都の大堰川を連想し)思い起こす都のことは、非常に多くて、この大井川の多くの瀬にある石の数より、もっともっと多い。(「大井」に「多い」をかける)
いくそ[幾許・幾十] (数)「幾十(いくそ)」の意。数の多いこと。いくばく。どれほど。拾遺集、十四、恋四「あさましや木の下かげの石清水いくその人のかげを見つらむ」
いくそばく[幾十許] (数)前項に同じ。方丈記「たびたびの炎上にほろびたる家、またいくそばくぞ」
いくた[幾多](数)「いくそ」に同じ。
いくた[生田] (地名)神戸市の三の宮附近の古称。「書記」の「生田長峡国(いくたのながをのくに)」は、それである。
いくたがわでんせつ[生田川伝説] (名)「生田川」は神戸市葺合区を流れて神戸港に入る川。昔、津の国の芦屋の処女が、津の国の菟原壮士(うなひをとこ)と和泉の国の智奴壮士(ちのをとこ)との二人に言い寄られたが、親は二人のうち生田川の水鳥を射当てた者に娘をつかわすという。ところが、二人とも水鳥を射当てたので、処女は、いずれとも決めかねて、ついに生田川に投じて死んだ。二人の男もまた、その後を追って死んだという。のち、三墳をつくり、処女塚(をとめづか)または求塚(もとめづか)と称した。⇒うなひをとめ。
いくたのもり[生田の森] (地名)歌枕の一。今の神戸市の三の宮の北、山手通りの東に当たる。枕草子、六「森は…しのだの森・生田の森・うつきの森」新古今、四、秋上「きのふだに訪はむと思ひし津の国の生田の森に秋は来にけり 藤原家隆」
いくどうおん[異口同音] (名)多くの人が、口をそろえて同じことを言うこと。
いくの[生野] (地名)丹波の国、京都府天田郡上六人部(かみむとべ)村大字生野の地。旧山陰街道に当たる。近くの山の銀山は名高い。⇒あまのはしだて。
いくひイクイ[斎杭・斎杙] (名)「い」は接頭語。斎み清めた杙で、鏡をかけて神をまつるために用いる杙。古事記、下「こもりくの…いくひを打ち」

いぐひイグイ (名)魚の名。「うぐひ」に同じ。出雲風土記、出雲郡「あゆ・さけ・ます・いぐひ…の類あり」
いくひのたるひ[生く日の足る日] (句)物の生き栄え、事の足り満ちる日。吉日。祝詞、出雲国造神賀詞「やそか日はあれども、けふの生く日の足る日に」
いくみだけ[茂竹・叢竹] (名)「い」は接頭語。「くみ」は「こもり」の約転。枝葉のこんもりと茂った竹の義。古事記、下「くさかべの…もとには、いくみだけ生ひ、末には、たしみ竹生ひ」
いくみはねず…ワ… (句)「い」は「夜(よ)」の転。「くみ」は「こもり」の約転。「夜をこめて寝ず」の義。古事記、下「くさかべの…いくみ竹、いくみはねず、たしみ竹、たしにはゐねず」(この「いくみ竹」「たしみ竹」は枕詞)=くさかべの…いくみ竹とはいうが、夜をこめて寝ず、たしみ竹はあっても、満足には枕をかわさず。
いくむ[墳む] (動、四)いきどおる。皇極紀、三年、正月「蘇我のおみ入鹿が長幼の序を失ひ、社■(くに)をうかがふはかりごとをさしはさむことをいくみて」
いくむすび[生く魂・生く産日・生く産霊] (名)生成発展の神。祝詞、祈年祭「すめ神たちの前にまをさく、かみむすび・いくむすび・たるむすび…」
いくり[海中石] (名)海の中の石。または、岩礁。万葉、[2-135]「つのさはふ石見の海のことさへぐ韓(から)の崎なるいくりにぞ深海松(ふかみる)生ふる、荒磯にぞ玉藻は生ふる…」古事記、下「枯れ野を塩に焼き…由良の門の門中のいくりにふれたつなづの木のさやさや」(この「いくり」は「岩礁」)
いくわんイカン[衣冠] (名)(1)ころもとかんむりと。(2)衣冠を着用するほどの貴人。源平盛衰記、十八「雲の中に衣冠の俗ありて」=宮中に貴人の習慣があって。(3)冠と袍とに、指貫(さしぬき)をはくこと。朝服の略式なもの。
いげ[以下] (名)以下(いか)に同じ。古今著聞集、十八「関白いげ、大后へ参りたまひて、盃酌のことありけり」
いけだのしゆく[池田の宿] (地名)遠江の国、静岡県磐田郡池田村の地。もと天竜川の西岸にあった、東海道の宿駅。いまは、水路が変わって東岸。平家、十、海道下り「心をつくす夕まぐれ、池田の宿に着き給ふ」太平記、二、俊基朝臣再関東下向事「たれかあはれと夕暮れの晩鐘(いりあひ)鳴れば今はとて池田の宿に着き給ふ」
いけにへ…ニエ[生け贄] (名)生きながら、贄として神に供える生物。いきにへ。今昔物語、二十六「毎年に一度、それを祭りけるに、生け贄をぞそなへける。その生け贄には国人の娘の未だ嫁がざるをぞ立てける」宇治拾遺、四「三河の国に、風祭といふことをしけるに、いけにへといふことに、猪をいけながらおろしけるを見て」
いけのたいが[池の大雅] (人名)江戸時代の画家。名は無名(ありな)。大雅堂と称す。京都の人。その画家は瓢逸。安永五年(1776)没、年五十三。
いけのを…オ[池の尾] (地名)今の京都府宇治市の一地区。今昔物語、二十八「今は昔、池の尾といふところに、禅知内供といふ僧住みき」(芥川龍之介作の小説「鼻」は、この物語を材料としたものである)
いけみづの…ミズ…[池水の] (枕詞)古代、他へ水を引く樋(ひ)のことを「いひ」といったので、その縁から「いひ」に、また、池の底ということから同音の「そこ」に、また、「下」に、「深き」に、堤の意から「つつむ」などに冠する。後撰集、十二「池水のいひいづることのかたければ」拾遺集、十九「池水の底にあらでは」新葉集、十一「池水のしたに朽ちなば」
いごのふイゴノウ (動)語義も活用も明らかではない。「いこふ」「息が伸ぶ」などという説がある。これらの説に従えば、「一休みする」「一息つく」ほどの意である。古事記、中「ええしや、こしや、こは伊碁能布ぞ」=ええ、そりゃそりゃ。これは一息つくことであるぞ。
いこふイコウ[憩ふ・息ふ] (動、四)一息つく。休む。古事記、中「かれ、かへりくだりまして、玉倉部の清水に到りていこひませる時に」
いこふイコウ[憩ふ・息ふ] (動、下二)前項の他動。休ませる。休息させる。古事記、序文「すなはち、牛を放ち、馬をいこへて、愷悌して華夏に帰り」
いこまやま[伊駒山] (地名)歌枕の一。奈良県生駒郡と大阪府河内郡との境にある山。いこまのたけ。いこまたかね。万葉、[6-1047]「やすみしし…露霜の、秋さり来れば、いこまやま、飛ぶ火がをかに」伊勢物語「かの女、大和の方を見やりて、君があたり見つつを居らむ生駒山くもな隠しそ雨は降るともいひて」
いこもる[斎籠.る・忌籠る] (動、四)「いみこもる」の約。身をきよめて屋内にこもる。斎戒して籠居する。山家集「ほととぎす卯月のいみにいこもるを思ひ知りても来鳴くなるかな」
いこよかなり (形動、ナリ)人にすぐれている。せいが高い。垂仁紀、冒頭「天皇…生(あ)れましていこよかなるみかたちまし、をとこさかりに及びて、すぐれておほきなるみこころざしいます」
いさ (副)どうだか。古今集、一、春上「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける 紀貫之」人の心は、どう変わっているかわからないが、曾遊の地(この初瀬)の梅の花は昔のままの香をただよわせて咲き映えていることである。(詠歌の事情は、詞書にくわしい)
いざ (感)人を誘うとき、または、みずから気の進むときに発する感動詞。さあ。どれ。どりゃ。古事記、中「ここに、やまとたけるのみこと、いざ太刀合はせむとあとらへたまふ」=そこで、日本武尊が(いずもたけるに向かって)さあ、太刀を合わせようと命じられた。
いざうれ (感)前項の「いざ」と、人に呼びかける声の「うれ」との合した複合単語。意は「いざ」に同じ。平家、九、十二の懸け「いざうれ、土肥が承つて向かうたる西の手へ寄せて、一の谷の真先かけうと言ひければ」
いさかひイサカイ[諍] (名)けんか。口論。平家、十一、士度合戦「今は何の用にか逢ふべき。六日の菖蒲、会(ゑ)に逢はぬ花、いさかひ果ててのちぎり木かなとぞ笑はれける」(「ちぎり木」は「棒きれ」。けんかのすんだあとで、棒きれをふりまわすことの意。)
いさかふイサカウ[諍ふ] (動、四)(1)口論する。源氏、東屋「かの殿には、けふもいみじくいさかひ給ひけり」(2)けんかをする。大和物語、中「いみじう、さきのごといさかふなり」(3)叱る。十訓抄、中「まらうどの前には、犬をだにもいさかふまじとこそ文にも見えたれ」
いさご[砂] (名)すな。奥の細道「山を越え、磯を伝ひ、いさごを踏み」
いささ (接頭)主として「笹」「竹」などの上に冠して「小さな」の意を添える語。いささむら竹。いささ小笹。
いささけし (形、ク)少しばかりである。小さい。骨董集「わたくしざまのいささけきことにはかかはらぬものなれば」
いざさす (動、四)お誘いになる。誘うの意の「いざ」の敬語。古事記、中「あからをとめを、いざささば、よらしな」=赤く色づいた少女をお誘いになったらよろしいでしょう。
いざさせたまへ…タマエ (句)(1)さあ、おいでなさい。宇治拾遺、一「いざさせたまへ、湯あみに」太平記、六、楠出二張天王寺一事「敵、定めて今は近づくらむ。いざさせ給へとて」
(2)前条の転。さあ、しなさい。
いささめに (副)(1)かりに。かりそめに。いささか。大和物語「いささめに吹く風にやはなびくべき野分過ぐしし君にやはあらぬ」=少しばかり吹いて来る風になどおなびきになるものですか。あなたは、秋の暴風にすら平気でおすごしになった方ですもの。(その道の猛者ですもの)。(2)あからさまに。あきらかに。八犬伝、二「いささめに由を告げなば、恐れて必ずうけひくべからず」
いざたまへ…タマエ (句)「いざさせたまへ」の略。意はその(1)に同じ。宇治拾遺、一「いざたまへ逢はせ参らせむといへば」
いさつ (動、上二)(泣きながら)叫ぶ。古事記、上「やつかひげ、胸元に至るまで、なきいさちき」
いさとし[寝さとし] (形、ク)眠りからさめることが速い。めざめやすい。めざとい。源氏、末摘花「すごう、うたて、いさとき心地する夜のさまなり」
いさとよ (句)「いさ」は「いな」に同じ。「いなということよ」の意。いいや。平家、二、少将乞請「宰相、いさとよ、御辺のことをこそやうやう申したれ。それまでのことは思ひも寄らざりつるとのたまへば」=(門脇宰相平教盛が少将平成経に)いいや、あなたのことを色色に言ったが、そんなことまでは、思いもよらなかったと言ったので。
いさな (名)「くじら」の古名。一説「磯魚」で「魚」のこと。
いさなとり (枕詞)「くじら」または「魚」をとることから、「海」「浜」「なだ」などに冠する。万葉、[2-131]「いさなとりうみべをさして」同、[6-931]「いさなどりはまべを清み」同、[17-3893]「いさなとりひぢきのなだを」
いさなふイザナウ[誘ふ] (動、四)さそう。つれだつ。古事記、下「いちべのおしはの王(みこ)を相いざなひて近江にいでまして」
いさふイザウ (動、四)「叱る」の古語。⇒いさかふ(3)。
いさみ[勇み] (名)(1)勇ましいてがら。いさをし。(2)勇気。気力。(3)任■。また、その人。(4)歌舞伎の所作事で、江戸っ子の町人姿で、景気よく踊ること。
いざみのやま (地名)伊勢の国、三重県飯南郡波瀬村の西にある高見山の別称という。ただし、異説もある。万葉、[1-44]「わぎもこをいざみの山を高みかも大和も見えぬ国遠みかも」(「いざ見む」と「いざみの山」とをかける)
いさめ[寝覚] (名)眠りからさめること。ねざめ。古今六帖、五「われのみと思ふは山のいさめ里いさめに君を恋ひ明かしつつ」
いさめのさと (地名)美濃の国、岐阜県揖斐郡八幡村大字片山の地という。前項の「いさめ里」も同じ。枕草子、三「里は、あふさかの里・ながめの里・いさめの里…」
いさや (感)いいや。なに。源氏、帚木「さて、そのふみのことばはと問ひ給へば、いさや、ことなることもなかりきや」
いざや (感)さあ。どりゃ。謡曲、安宅「いざや、舞ひを舞はうよ」
いさやがは…ガワ[不知哉川] (地名)近江の国、滋賀県犬上郡にある芹川の古名とも、犬上川の別名ともいう。「とこの山」の南麓を流れる川。万葉、[4-487]「近江路のとこの山なるいさや川日のこのごろは恋ひつつもあらむ」
いさやがは…ガワ[不知哉川] (枕詞)頭音をくりかえして「いさ」に冠する。万葉、[11-2710]
「犬上のとこの山なるいさや川いさと聞こせ我が名のらすな」(「どうだか知らないと答えよ、自分の名を言わないでくれ」との意。上三句は「いさ」というための序詞)
いさよひイザヨイ[十六夜] (名)(1)「いさよふ」こと。ためらうこと。(2)「いさよひのつき」の略。(3)陰暦十六日の称。十六夜日記「けふは、いさよひの夜なりけり。いと苦しくて臥しぬ」
いざよひにつきイザヨイ…[十六夜日記] (書名)鎌倉時代初期の女流歌人阿仏尼の紀行文。彼女は定家の子為家の後妻であるが、為家の死後、先妻の子と自分の産んだ子との財産争いの訴訟のため、京都から鎌倉へ下った。その紀行文。建治三年(1277)十月十六日に京都をたったので名づけたもの。弘安三年(1280)成る。
いさよひのつきイザヨイ…[十六夜の月] (句)陰暦十六日の夜の月。十六日の月は十五日の月よりややおくれて、日が暮れてから少しためらうようにして出るところからいう。いさよひ。新古今、十三、恋三「たのめずば人をまつちの山なりと寝なましものをいさよひの月 太上天皇」⇒まつちやま。
いさよふイザヨウ (動、四)ためらう。ぐずぐずする。古事記、中「海が行けば腰なづむ、大河原のうゑぐさ、海がはいさよふ」=海面を渡って行くと腰が海水に支えられるようで、大河原のうえ草が(流れて来て)水上をためらうように行き悩む。。
いさよふつきイザヨウ…[いさよふ月] (句)「いさよひのつき」に同じ。十六夜日記「ゆくりなく、いさよふ月にさそはれ」
いさら (接頭)少しの。小さい。いさら水。いさら小川。
いさらゐ…イ[いさら井]いさらゐ…イ[いさら井] (名)「いさら」は接頭語。水の少ない井戸。琴後集、四、冬歌「汲み捨てしあとよりやがて凍るなり片山もとのいさらゐの水」
いさり[漁] (名)魚介をとること。「磯狩り」の約転。または、「あさり」の転。古今集、
十八、雑下「思ひきやひなの別れに衰へてあまのなはたぎいさりせむとは 小野篁」(「なはたぎ」は「綱をたぐり」)
いさりび[漁火] (名)夜、漁船で焚くかがり火。魚をいざなうために用いるもの。万葉、[12-3169]「能登の海に釣するあまの漁火の光にい行く月侍ちがてり」
いさりびの[漁火の] (枕詞)遠くから見ると漁火はぼんやり見えるので「ほのか」に、また、上にあらわれるので「穂」から「ほ」の音に冠する。万葉、[12-3170]「いさりびのほのかに妹を見むよしもがな」同[19-4218]「いさりびのほにか出ださむかわ下思(したもひ)を」
いさりぶね[漁船] (名)魚をとる船。
いさる[漁る] (動、四)「磯狩る」の約転。または「あさる」の転。魚介をとる。あさる。すなどる。
いさるひ[漁る火] (名)「いさりび」に同じ。万葉、[15-3648]「海原の沖べにともしいさる火は明かしてともせ大和島見む」
いさをイサオ[功・勲] (名)てがら。勲功。いさをし。
いさをイサオ[勇男] (名)勇ましい男。勇士。傑士。景行紀、十二年、十二月「このふたりは熊襲のいさをなり」
いさをしイサオシ[功・勲] (名)てがら。勲功。いさを。四季物語「君と臣とのおきて正しく、かぞいろのいさをししるく」
いさをしイサオシ (形、シク)(1)いさましい。勤勉である。宇津保、俊蔭「俊蔭、いさをしき心、いちはやき足をいだし」(2)てがらがある。勲功がある。天武紀、上、元年十二月「もろもろのいさをしきひとを選びて冠位を増し加ふ」
いし (代)対称代名詞。おまえ。「ぬし」の訛。浮世風呂「いしやあ、長刀あ、どこからつんだした」
いし (形、シク)(1)好ましい。よい。見事である。宇津保、吹上「いしき、さかづきなど、いとめづらしく異なり」(2)たくみである。上手である。うまい。中務内侍日記「馬をよく相して、この馬はかさ驚きやし侍らむと申せば、いしく相したりとて」(3)あじわいがよい。おいしい。太平記、二十三「いしかりし時は夢窓に食らはれてすさいばかりぞ皿に残れる」(4)けなげである。感心である。平治物語、一「汝いしく参りたり」保元物語、三「いしう仕りつるものかな」
いしうち[石打] (名)鷹の尾の両端の羽。矢羽として賞用される。いしうちのはね。
いしうちのそや[石打の征矢] (名)石打の羽で矧いだ征矢。大将軍の用いるもの。
いしうちのや[石打の矢] (名)前項に同じ。
いしうちのやなぐひ[石打の胡■] (名)石打の征矢を盛ったやなぐひ。
いしかはぢやうざん…カワジヨウ…[石川丈山] (人名)江戸時代の儒者。名は重之。詩仙堂・六六山人その他の号がある。三河の人。はじめ、徳川家康に仕え、のち京都に住み、修学院一乗寺に仙道を営んで閑居し、すぐれた漢詩を多く詠じた。寛文十二年(1672)没、年八十九。
いしかはのいらつめ…カワ…[石川郎女] (人名)「万葉集」の女流歌人で、同名の人が四人あるが、いづれも伝が明らかでない。ただ、中で、最もあらわれているのは、大津皇子の侍女、大伴宿奈呂麻呂の妻である。万葉、[2-108]「あを待つと君がぬれけむあしびきの山のしづくにならましものを」と大津皇子に答えた歌など四首が収められている。
いしかはまさもち…カワ…[石川雅望] (人名)江戸時代における国学者・狂歌師。六樹園と号し、狂歌師としては宿屋飯盛と称した。江戸日本橋小伝馬町の宿屋の主人であるが、すこぶる国学に通じた。天保元年(1830)没、年七十七。主著、雅言集覧・源注余滴・万葉狂歌集。。
いしき[石城・石棺] (名)「き」は「奥津城」などの「き」とおなじで、屍を蔵する構え。
木造の棺をかこむ石造の棺をいう。「いはき」ともいう。
いしく (動、四)「い」は接頭語。「及(し)く」と同義。追い及ぶ。追いつく。古事記、下「山城にいしけ、とりやま、いしけ、いしけ、あがはし妻に、いしき逢はむかも 仁徳天皇」=山城に追いかけよ、とりやまよ、追いつけ、追いつけ。わが愛する妃に追いついて逢いたいものだ。(「とりやま」は「舎人」の名か)
いしだばいがん[石田梅巖] (人名)心学の始祖。通称は勘平。丹波の人。二十三歳で京都に出て、商家の番頭を勤めながら、神・仏・儒をきわめ、先天良心説に基づいた倫理説を立て、はじめて心学と名づけ、講席を東屋町御池に開いて平易懇切に説き、大いに庶民教育に貢献した。延享元年(1744)没、年五十九。主著、都鄙問答。
いしたふや (枕詞)語義が確かでないが、「石飛ぶや」の義と見るのが穩当のようである。上古、つぶてを物にうち当てて、その音響をもって通信や信号とする習俗が存したらしく、そのことから「使ひ」の枕詞としたものと思われる。古事記、上「いしたふやあまはせづかひ、ことのかたりごともこをば」⇒あまはせづかひ。
いしづき…ズキ[石突] (名)刀剣の鞘尻、または槍や長刀などの尻。石を突くからの名。
いしつつい (名)長い棒の先に石をくくりつけた杖であろう。それで相手を打つ。上古の素朴な武器。古事記、中「みつみつし、久米の子らが、くぶつつい、いしつつい持ち、打ちてしやまむ」=久米の兵士たちの瘤杖・石杖をもって、打たずにはやめない。(「みつみつし」は「久米」の枕詞)
いしのおび[石の帯] (名)「せきたい」に同じ。
いしばびだんのごはいイシバイ…[石灰壇の御拝] (名)昔、天皇が毎朝石灰の壇におでましになり、東南に向かって行われた伊勢大神宮御用遙拝の儀式。
いしばひのだんイシバイ…[石灰の壇] (名)内裏の清涼殿東廂南の間に、板敷きと同じ高さに土を築き上げ、石灰で塗り固めてある一室。前項の御拝の行われる所。附図参照。平家、三、法皇御遷幸「内裏には臨時の御神事とて、清涼殿の石灰の壇にして、主上、夜毎に伊勢大神宮をぞ御拝ありける」
いしびや[石火矢] (名)昔、大砲の称。
いしぶみ[石碑] (名)「石文(いしふみ)」の義。せきひ。
いしやま[石山] (地名・寺名)(1)近江八景の一。月の名所。大津市にあり、瀬田川の右岸に位する。(2)石山寺の略。枕草子、九「寺は…石山・こかは」更級日記「奈良坂にて人にとられなば、いかがせむ。石山、関山越えて、いと恐ろし」
いしやまでら[石山寺] (寺名)大津氏石山町にある寺。真言宗東寺派。聖武天皇の勅によって良弁の開創。奈良時代以来、最も尊崇された観音の霊所。眺望よく、その秋月の景は近江八景の一として名高い。いしやま。
いしゆ[意趣] (名)(1)意向。転じて、理由。(2)意地。古今著聞集、九「従者一人失ひてむずることは損なれども、意趣なればと思ひて」(3)かねてからの恨み。遺恨。曾我物語、一「伊東は、もとより意趣なしとて、やがて面面にこそ静まりけれ」
いしゆみ[石弓・石弩] (名)城の上に石を置き、敵の近づくのを待って、これを転落し、敵を潰滅せしめる装置。奥州後三年記、上「遠きものをば矢を以って之を射、近きものをば石弓をはづして之をうつ」
いしらまかす[射しらまかす] (動、四)次項に同じ。保元物語、二「敵、魚鱗にかけ破らむとすれば、御方、鶴翼に連なつて射しらまかす」
いしらます[射しらます] (動、四)矢を射て、敵の勢いをひしぐ。いしらまかす。平家、十一「盾も鎧もこらへずして、散散に射しらまさる」
いすくはしイスクワシ (枕詞)諸説があり、枕詞でなく形容詞とする説もあるが、「いす」は「勇む(いさ)」の転呼、「くはし」は「強(こはし)」の転呼として、「鯨」の枕詞とする説が首肯される。「鯨」を「勇魚(いさな)」というのも、この説によればうなづける。古事記、中「いすくはしくぢらさやる」
いすすぐ (動、四)騒ぐ。あわてる。古事記、中「かれ、そのをとめ、驚きて立ち走りいすすぎき」
いすろごふイスロゴウ(動、四)「い」は接頭語。「すろごふ」は「すすろぐ」の転である「すすろごふ」の約という。心勇む。なんとなく心はやる。祝詞、大殿祭「神たちのいすろごひ荒れびますを、言直(ことなほ)し和(やは)しまして」
いせ[伊勢] (人名)⇒いせのご。
いせていぢやう…テイジヨウ[伊勢貞丈] (人名)正しくは「さだたけ」と呼ぶらしい。江戸時代の国学者・有職故実家。徳川幕府の臣。安斎と号した。有職故実、とくに武家故実にくわしく、それらの著書数百巻に及ぶ。天明四年(1784)没、年六十九。主著、安斎叢書・安斎随筆・貞丈雑記。
いせのうみ[伊勢の海] (地名)歌枕の一。三河の国の伊良湖崎と志摩の国との間から北方に入りこむ内海。清い渚で名所となる。古事記、中「神風の伊勢の海の大石に」枕草子、一「海は、水うみ・よさのうみ・かはくちの海・いせのうみ」催馬楽「伊勢の海、の清きなぎさのしほがひに、なのりそや摘まむ、貝やひろはむ、玉やひろはむ」
いせのご[伊勢の御] ((人名)平安時代の女流歌人。「伊勢」とも呼ばれる。三十六歌仙の一人。宇多天皇に寵せられて行明親王を産んだので「伊勢の御」と称せられた。「御」は女性を尊んでつける語。源氏、総角「いせのごもかくこそありけれ」大和物語、上「亭子院の帝、今はおりゐ給ひなむとするころ、弘■殿の壁に、伊勢の御の書きつけける」天慶二年(939)没、生年未詳。主著、伊勢集。
いせのたいふ…タユウ[伊勢大輔] (人名)正しくは「おほすけ」と呼ぶらしい。平安時代の女流歌人。三十六歌仙の一人。伊勢神宮の祭主大中臣輔親の女。上東門院の女房。のち、高階成順の妻。その歌「古の奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」は人口に膾炙している。生没年未詳。主著、伊勢大輔集。
いせものがたり[伊勢物語] (書名)平安時代の初期(900頃)にできた仮名文の短編小話集。仮名文の物語としては、「竹取」に次いで古いものである。百二十六個の独立した小話から成るが、各小話の冒頭には「昔、男ありけり」の語を掲げている。この「男」の性格は多情多感な平安時代貴族の特性を発揮したもので、まさに一代の艶史である。作者は全く不明であるが、在原業平の和歌や事蹟の多く入っているところから見て、前に業平の歌集様のものがあり、後人がそれをもととして、歌物語のように編集したものと思われている。。
いそがひの…ガイ…[磯貝の] (枕詞)あわびのような貝であるところから「片恋」に冠する。万葉、[11-2796]「水くぐる玉にまじれる磯貝の片恋のみに年は経につつ」
いそぎ[急ぎ] (名)(1)急ぐこと。万葉、[20-4337]「水鳥の発(た)ちの急ぎに父母に物言(ものは)ず来(け)にて今ぞ悔しき 防人の歌」(2)準備。支度。宇津保、俊蔭「御いそぎの料にとて、綾・羅・かとりぎぬなど多く奉れば」
いそし (形、シク)よくつとめるさまである。続紀、一、文武天皇元年八月「かくのさまをきこしめし悟りていそしく仕へまつらむ人は」敏達紀、元年五月「ほめたまひていはく、いそしきかな辰爾(しんに)」(「辰爾」は人の名)
いそしさ (名)つとめはげむ程度。琴後集、九、長歌「まことある、あかき心のいそしさを、誰もめでつつ」
いそしむ (動、四)はげむ。せいをだす。
いそしむ (動、下二)意は前項に同じ。祝詞、大殿祭「宮いそしにいそしめて、とが・あやまちあらむをば、見なほしまして」=宮にいそしみはげんで仕えて、とがやあやまちがあるならば、これをなおして。
いそしむ (動、下二)意は前項に同じ。祝詞、大殿祭「宮いそしにいそしめて、とが・あやまちあらむをば、見なほしまして」=宮にいそしみはげんで仕えて、とがやあやまちがあるならば、これをなおして。
いそぢ…ジ[五十] (数)(1)五十。いそ。後拾遺集、序「これかれ、たへなる歌、ももあまりいそぢを書きいだし」(2)五十歳。竹取「翁、今年はいそぢばかりなりれけども」
いそな[磯菜] (名)海草の総称。わかめ・あらめ・ひじきの類。磯辺に生える陸上の草のことではない。古今集、二十、東歌「こよろぎの磯立ちならし磯菜つむめざしぬらすな沖にをれ波」⇒めざし。
いそのかみ[石の上](枕詞)大和の国、奈良県山辺郡石上(いそのかみ)郷に「布留」という地があるので「ふる」に、また、古いことから転じて「珍し」に冠する。万葉、[4-664]「いそのかみふるとも雨にさはらめや」拾遺集、一、春「いそのかみ珍しげなき山田なれども」
いそな[磯菜] (名)海草の総称。わかめ・あらめ・ひじきの類。磯辺に生える陸上の草のことではない。古今集、二十、東歌「こよろぎの磯立ちならし磯菜つむめざしぬらすな沖にをれ波」⇒めざし。
いそのかみ[石の上](枕詞)大和の国、奈良県山辺郡石上(いそのかみ)郷に「布留」という地があるので「ふる」に、また、古いことから転じて「珍し」に冠する。万葉、[4-664]「いそのかみふるとも雨にさはらめや」拾遺集、一、春「いそのかみ珍しげなき山田なれども」
いそのかみさざめごと[石上私淑言] (書名)本居宣長の著。文化十三年(1816)刊。和歌について論じたもので、著者が古の世の心にたちかえり、今の世の歌人にさざめごとのように説きさとそうとして、和歌についてあらゆる方面から、問答体でしるした書。
いそはく (動、四)いそしむ。はげむ。万葉、[1-50]「やすみしし…筏に作り、のぼすらむ、いそはく見れば」
いそばふイソバウ (動、四)「い」は接頭語。「そばふ」に同じ。じゃれる。たわむれる。あまえてふざける。万葉、[13-3239]「いそばひをるよ、いかるがと姫と」
いそふイソウ (動、四)「い」は接頭語。「添ふ」に同じ。古事記、中「このかにや…むかひをるかも、いそひをるかも」
いそぶり[磯振・磯触] (名)磯に寄せて砕ける波。土佐日記「いそぶりの寄する磯には年月をいつともわかぬ雪のみぞ降る」
いそまくら[磯枕・石枕] (名)磯辺に旅寝して、岩根を枕にすること。「草枕」の対。万葉、[10-2003]「わが恋ふるにのほのおもわ今宵かも天の河原にいそまくらまく」=(彦星になって)自分の恋いしたう紅顔の美女よ、今夜(七夕)は天の川のかわらで石を枕にして寝ようよ。(「まく」は「男女が共に寝る」)
いそまつの[磯松の] (枕詞)磯の松は常緑であるところから「つねに」に冠する。万葉、[20-4498]「はしきよしけふのあろじは磯松の常にいまさね今も見るごと 大伴家持」
いそめく[急めく] (動、四)いそぐさまである。そわそわしている。弁内侍日記、上「そのまぎれにも、ゆゆしげに、いそめきあはれけるに」
いそもの[磯物] (名)海藻。うみくさ。十六夜日記「ふみたてまつるとて、磯物などのはしばしも、いささか包み」
いだかふ[抱かふ] (動、下二)「いだく」の延音。だきかかえる。竹取「おうな、ぬりごめのうちに、かぐや姫をいだかへてをり」
いたがる[痛がる] (動、四)痛く思う。気に病む。土佐日記「これをのみいたがり、物を飲み食ひて、夜ふけぬ」=この歌のことばかり気にしながら、物を飲んだり食ったりしているうちに夜がふけた。
いたご[板子] (名)船の底の板。俚諺「板子一枚下は地獄」(船乗りの業の危険なことをいう)
いたこんがう…ゴウ[板金剛](名)裏に板をつけたぞうり。いたつけぞうり。八犬伝、四「母はなほ重き枕を幾度かあげて眺むる外面(とのかた)に、板金剛の音すれば、それかとぞ思ひ、だまされて」
いたし[痛し] (形、ク)(1)痛い。源氏、夕顔「頭いと痛くて苦しく侍れば」(2)なやましい。万葉、[17-4006]「かきかぞふ…磐根ふみ越え隔りなば恋ひしけく日の長けむぞ、そこ思へば心し痛し」(3)気の毒である。いたましい。垂仁紀二十八年十一月「それ生くる時に愛(めぐ)みし所を以て亡者(しぬるひと)に殉はしむ、これ甚だいたきわざなり」(殉死を禁じたまう)
いたし[甚し] (形、ク)前項の転意。(1)甚だしい。古事記、上「その父大山津見の神を乞ひに遣はしける時に、いたくよろこびて」(2)すぐれてよい。甚だよい。源氏、若葉「しぼちの娘かしづきたる家、いといたしかし」
いだしうちぎ[出し袿] (名)次項(1)に同じ。
いだしぎぬ[出し衣] (名)(1)衣の上、装束の下に着る「うちぎ」の左右の裾を少しく出して、外から見えるように着ること。(2)晴れの際、牛車のすだれの下へ、着物の裾を外から見えるように垂らして出すこと。
いだしぐるま[出し車] (名)行幸・加茂祭等の晴れの際に、女房などが「出し衣」をして乗った車。大鏡、三「出し車より扇をさし出して、やや物申さむと女房の聞えければ」
いたじとみ[板蔀] (名)板塀の一種。外から見透されないよう、めかくしに設けるもの。
源氏、野分「所所の板蔀・すいがいなどやうの物、みだりがはし」⇒しとみ。
いただきがみ[頂髪] (名)江戸時代、幼児の頭の頂上にだけ毛髪を残したもの。八犬伝、四「みつ・よつのころに及びて、いただきがみおくほどにもなれば、櫛ささせ、簪ささせて」
いたづがはしイタズガワシ (形、シク)つとめて骨を折るさまである。わずらわしい。太平記、二十八、漢楚合戦事「何ぞいたづがはしく項羽とひとり身にして戦ふことを致さむ」徒然草、九十三段「おろかなる人、この楽しびを忘れて、いたづがはしく外の楽しびを求め」=ばかな人は、この(生きていることの)歓喜にひたることを忘れて、わずわらしくも(御苦労にも)他の快楽を追求し。
いたつき[板付] (名)やじりのさきを平らにした矢。射の稽古に用いるもの。宇治拾遺、七「いたつき三人の中に三手なり」(「三手」は「六本」)
いたづきイタズキ[労] (名)(1)骨を折ること。苦労すること。大和物語「そのいたづき限りなし」(2)病気。宇津保、吹上「この阿闍梨につけ奉れば、かしこくて、いたづきやめつ」
いたづくイタズク[労く] (動、四)(1)つとめる。よくはたらく。蜻蛉日記「とかうものすることなど、いたづく人多くて、みなしはてつ」(2)つかれる。病む。雄略紀「筋力精神一時にいたづきぬ」(3)いたわる。かしずく。源氏、桐壺「御心につくべき御あそびをし、おふなおふな(あふなあふな・おほなおほな)おぼしいたづく」=(源氏の君の)お気に入りそうな音楽などをして、ねんごろにおいたわり申し上げる。
いたづらにイタズラ…[徒に] (副)むなしく。無益に。古今集、序「たとへば絵にかける女を見て、徒に心を動かすが如し」
いたづらにてイタズラ…[徒にて] (副)前項に同じ。宇治拾遺、十「その時に盗人ども、いたづらにて逃げ帰りけるとか」
いたづらになすイタズラ… (句)(1)むだに(ことを)する。(2)死なせる。竹取「おほくの人の身をいたづらになして、あはざなるかぐや姫は、いかなる女ぞと、まかりて見てまゐれ」(3)死ぬ。竹取「いたづらに身はなしつとも玉の枝を手折らでさらに帰らざらまし」
いたづらになるイタズラ… (句)死ぬ。みまかる。「いたづらになりにけり」
いたづらびとイタズラ…[徒人] (名)(1)役に立たない人。宇津保、国譲「かくいたづら人にて侍れば、つかさ・くらゐの用にも侍らねど」(2)おちぶれた人。源氏、明石「いたづら人をばゆゆしき者にこそ思ひ捨て給ふらめと思ひくんじつるを」
いたづらものイタズラ…[徒者] (名)(1)前項の(2)に同じ。古今著聞集、五「今は、つかさもなきいたづらものになれるよしなり」(2)淫奔な者。義経千本桜、三「私はお里と申して、この家の娘、いたづらもの、にくいやつと思し召されむ」(3)「ねずみ」の異称。いたずらをするからの名。
いたで[痛手] (名)他から受けた傷害。負傷。重傷。ふかで。古事記、中「いざあぎ、ふるくまが、いたでおはずは」=さあ君、振熊(武内宿禰)のために痛手を負わされるよりは。
いたどり[板取] (地名)越前の国、福井県南条郡堺村にある地。ここから西の方「木の芽山」を越えれば敦賀に出る。謡曲、安宅「なほ行くさきに見えたるは、杣山人の板取」(「杣山人の」は「板取」に冠した序詞)
いたなく[甚泣く] (動、四)いたく泣く。ひどく泣く。古事記、下「あまだむ、かるるのをとめ、いたなかば」=軽の少女よ、ひどく泣くと。(「あまだむ」は「かる」の枕詞)
いたはしイタワシ (形、シク)(1)骨を折るさまである。はげむさまである。続紀、三、文武天皇、慶雲四年四月「朕(あれ)を助けまつり、仕へまつることのいかしきいたはしきことをおもほします御心ますによりて」(天皇はご自身に対して敬語を用いになる)(2)ふびんに思う。気の毒である。狭衣、一、下「うき身のとみ思ひ入られつるを、少しいたはしう思ひたるもあはれなり」(3)心配である。大事に思って心が置かれる。源氏、橋姫「いたはしく、やむごとなき筋はまさりて」(4)病気で苦しい。万葉、[5-886]「うち日さす…おのが身しいたはしければ」
いたはりイタワリ (名)(1)てがら。勲功。持統紀、四年十月「三族の課役をゆるして、そのいたはりを顕はさむ」(2)めぐみ。恩恵。宇津保、田鶴の村鳥「殿の御いたはりにてゆたかに経たまふ」(3) ていねいに扱うこと。心をこめてすること。源氏、松風「何のいたはりもなく建てたる寝殿」(4)病気。いたづき。義経記、二「このほどのいたはりに、さこそ家のうちも見苦しかるらむ」
いたぶ[痛ぶ] (動、四)悲しむ。いたむ。敏達紀、元年五月「天皇きこしめしていたびたまふこと極めてにへさなり」(「にへさなり」は「甚だしい」)
いたぶる[甚振る] (動、四)(1)いたくゆれる。ひどく荒れる。万葉、[11-2736]「風をいたみいたぶる浪の間(あひだ)なくわが思ふ君は相思ふらむか」(上二句は「間なく」というための序詞)(2)ゆする。ねだる。せびる。八犬伝、四「もとより不敵のくせものなれば、かの荘官をいたぶりて、些の酒手を得ばやと思ひて」
いたまし[痛まし] (形、シク)(1)気の毒である。悲しい。(2)当惑する。迷惑する。徒然草、一段「手などつたなからず走り書き、声をかくして拍子(はうし)とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそ、をのこはよけれ」=字なども見苦しくなく、すらすらと走り書きし、声がよいので、(酒の座などでは朗詠などの)音頭をとり、多少当惑そうにはするものの、全く飲めないというのでもないのが、男は望ましいのである。
いたみ (副)烈しいので。形容詞の語幹に接尾語「み」をつけると「…ので」となる。詞花集、七、恋上「風をいたみ岩うつ波のおれのみ砕けてものを思ふころかな 源重之」(上二句は「おのれのみ砕けて」というための序詞)
いたむ[痛む・傷む・悼む] (動、四)(1)痛さに苦しむ。古事記、上「かれ、いたみて泣き伏せれば」(いなばの白兎)(2)嘆き悲しむ。万葉、[3-466]「入日なす隠りにしかば、其思(そこも)ふに、胸こそいため、言ひもかね、名づけも知らに」(大伴家持の長歌の一節)
いたむ[痛む・傷む] (動、下二)前項の他動。なやます。いじめる。なげかせる。狂言、老武者「この年寄つた者を、したたかに痛めをつて、ためになるまいぞ」
いたむ[い回む] (動、下二)「い」は接頭語。「回(た)む」に同じ。めぐる。まわる。万葉、[2-4408]「丘のさきいたむるごとに、よろづたび、かへりみしつ」=丘の端を歩きめぐるたびに、何べんも何べんも、わが家の方をふりむきながら。(防人の長歌の一節)
いたやかた[板屋形] (名)板葺の屋形。宇津保、藤原の君「内裏(うち)に参らむとて、
板屋形の車の、輪欠けたるに」
いたやぐし[痛矢串] (名)痛みを烈しく感じさせる矢。古事記、中「いつせのみこと、御手に、とみびこがいたやぐしを負はしき」
いたり[至り] (名)思慮・注意・造詣・学問・経験・趣などの極致。大鏡、五、太政大臣伊尹「いみじういたりありける人にて」(思慮の深い人で)源氏、若紫「なにのいたり深きくまはなけれど」(景色の趣の深い処)
いちあし[逸足] (名)足の速いこと。急いで歩くこと。太平記、三十一、武蔵野合戦事「引くも、策をあげ追ふも、逸足を出だせば、小手差原より石浜まで、坂東道すでに四十六里を片時が間にぞ追ひつきたる」
いちう[一宇] (数)「う」は「のき」。一軒の家。一棟。
いちご[一期] (名)(1)人が生まれてから死ぬまで。一生涯。保元物語、二「人の身には、一期の終わりを以って一大事とせり」(2)人の死に臨むとき。臨終。
いちごふしよかん…ゴウ…[一業所感] (名)前世で行った一業が現世である結果を起こさせること。平家、三、少将都還「船の中、浪の上、一業所感の身なれば」
いちごんはうだん…ホウ…[一言芳談] (書名)主として浄土宗の名僧の法語から片言隻句を抄出したもの。著者も年代も明らかでないが、鎌倉時代末期のものであう。徒然草、九十八段「尊きひじりの言ひおきけることを書きつけて、一言芳談とかや名づけたる草子を見侍りしに」
いちさかき (名)今の「くぬぎ」であろう。どんぐりの実が多くなるので、「みの多けく」にかけていう。古事記、中「うはなりが、なこはさば、いちさかき、実の多けくを、こきだひゑね」=若い女が菜(食物)をくれといったら、どんぐりの実の多いところをたくさんやれ。
いちしのうら[一志の浦] (地名)伊勢の国の名所。三重県一志郡の海浜一帯の称。新古今、十七、雑中「けふとてや磯菜つむらむ伊勢島や一志の浦のあまのをとめご」
いちしばの[櫟柴の] (枕詞)類音をくりかえして「いつしか」に冠する。万葉、[4-513]「大原やこのいちしばのいつしかとわが思ふ妹にこよひ逢へるかも 志貴皇子」
いちじようゐん…イン[一乗院] (寺名)奈良の興福寺の北にあった同寺の末寺。太平記、五、大塔宮熊野落「かくても暫しはと思し召されける所に、一乗院の候人按察法眼好専いかにして聞きたりけむ、五百余騎を率して」
いちじろし[著し] (形、ク)いちじるしい。隠れもない。目だつ。万葉、[4-688]「青山を横切る雲のいちじろくわれとゑまして人に知らゆな 大伴坂上郎女」
いちだん[一段] (副)ひときわ。いっそう。狂言、烏帽子折「何ぢや、知つたといふか。一段ういやつだ」
いちだんと[一段と] (副)前項に同じ。
いちぢしまイチジ… (地名)不明であるが、あるいは竹生島の古名ではないかとの説がある。(松岡静雄氏、紀記論究)古事記、中巻「このかにや、いづくのかに、ももづたふ、つのがのかに、よこさらふ、いづくに到る、いちぢしま、三島にときて」(「ときて」は「着きて」)
いちぢやう…ジヨウ[一定] (副)たしかに。かならず。宇治拾遺、五「これも今は昔、その人の一定仕らうずると覚え候ふと申しければ、判官も頼もしげにぞ見給ひける」
いちでうかねら…ジヨウ…[一乗兼良] (人名)室町時代の人。桃華と号した。摂政・太政大臣・関白に歴任、世に一条禅閣と呼ばれた。極めて博学多聞で、特に神道・仏典に通じた。文明三年(1481)没、年七十九。主著、歌林良材集・花鳥余情・伊勢物語愚見抄。「鴉鷺合戦物語」も兼良の作というが、確かではない。
いちによ[一如] (名)(1)真如。「一」は不二、「如」は不異の義。(2)同様。雲萍雑志、三「邪正は一如なり。飲食にも善と悪となし」
いちねん[一念] (名)(1)極めて短い時間。一刹那。一瞬間。徒然草、九十二段「何ぞただ今の一念において、直ちになすことの甚だ難き」(2)一回の念仏。平家、灌頂、六道「一念の窓の前には摂取の光明を期し」(3)ひとすじの思い。一心。源氏、横笛「かの今はのとぢめに一念のうらめしきにも」太平記、十三、藤房卿遁世事「誠に百年の栄耀は風前の塵、一念の発心は命後の燈なり」
いちのおとど[一の大臣] (名)「左大臣」の別称。いちのかみ。太政大臣は則闕の官であるから、常には左大臣が人臣の最高位であるのでいう。
いちのかみ[一の上] (名)前項に同じ。徒然草、八十三段「めづらしげなし、一の上にてやみなむ」
いちのつかさ[市の堆](名)物物交換の行われた市場のそばの小高い丘。古事記、下「大和の、高市に、こ高る、いちのつかさ」⇒つかさ。
いちのつかさ[市の司] (名)昔、市場をとりしまった役所。前項の語の転じたものであろう。
いちのところ[一の所] (名)摂政・関白。いちのひと。枕草子、八「くるしげなるもの…一の所に時めく人も」
いちのひと[一の人] (名)前項に同じ。摂政・関白は人臣で第一位の人だからいう。徒然草、一段「一の人の御有様はさらなり」=摂政・関白の御様子のりっぱなことは、いまさら言うまでもない。
いちのみこ[一の御子] (名)第一に生まれた皇子。一の宮。源氏、桐壺「一のみこは、右大臣の女御の御腹にて」
いちのみや[一の宮] (名)(1)前項に同じ。(2)一国(武蔵とか尾張とか)中の最高の神社。
いちのみや[一の宮] (神社名)愛知県の一宮市にある、尾張の国の一の宮真清田(ますみた)神社の称。祭神は火明神。地名も神社名から来たもの。十六夜日記「一の宮名さへなつかし二つなく三つなき法(のり)をまもるなるべし」
いちのゐん…イン[一の院] (名)⇒いちゐん。
いちはらのおほきみ…オオ…[市原王] (人名)万葉歌人。天智天皇の孫安貴王の子。天平宝宇七年(763)四月、造東大寺長官となる。その歌は佳作にとみ、「万葉集」に八首収録されている。生没年未詳。。
いちぶり[市振] (地名)越後の国、新潟県西頸城郡の西端にある村。川を境にして越中の国、富山県に接する。奥の細道「越中の国いちぶりの関に到る」(関所は越中のほうに設けてあったのであろう)
いちめ[市女] (名)市で物を商う女。また、行商の女。源氏、玉葛「あやしきいちめのあき人の中にて」琴後集、四、冬「行き通ふ里の市女が笠のはに払ひもあへず積もる雪かな」
いちめがさ[市女笠] (名)中央の突起し、縁の張った漆塗りの笠。もと市女が用いたので、
この名があるが、中古以来ひろく婦人着用の具となった。平家、四、信連合戦「女房装束に出で立たせ給ひて…市女笠をぞ召されける」
いちもち[逸物] (名)次項に同じ。宇津保、祭の使「さるいちもちの御馬に、ただ今の上手乗りて、出て来」
いちもつ[逸物] (名)すぐれて群を抜いたもの。多くは、馬・牛・犬・鷹等にいう。大鏡、六「輪つよき御車に逸物の御牛かけて、御烏帽子・直衣いと鮮やかにさうぞかせ給へり」
いちもん[一門] (名)(1)一家族。同姓の一族。親戚。平家、七、一門都落「一門の平家は運つきて都を落ちぬ」(2)仏家では、同宗の意に用いる。古今著聞集「その後、一門の僧、相継ぎて居住して、修学、今に絶えずとなむ」
いちらふ…ロウ[一■] (名)蔵人・武者所・当番人・僧侶などの首席または故参の長老。平家、五、文覚被レ流「安藤武者は、文覚組んだる勧賞(けんじやう)に、一■を経ずして、当座の右馬允にぞ成されける」
いちれんたくしやう…シヨウ[一蓮託生] (名)仏教で、死後、極楽浄土へ行って、共に一つの蓮華の中に生まれること。一処に往生して離れまいとする意に用い、転じて、人人が一様に同じ運命にあうことにたとえていう。
いちゐん…イン[一院] (名)第一の上皇の義。同時に多くの上皇のあられる場合に、最も前に上皇に成らせられた方をいう。いちのゐん。宇津保、蔵開「一院・三の宮・大臣・公卿のみこ・女も」
いづイズ[出づ] (動、下二)(1)うちから外へ行く。古事記、上「青山に、日がかくらば、ぬばたまの夜はいでなむ」(2)現われる。生ずる。人目につく。万葉、[12-2976]「紫の我が下紐の色に出でず恋ひかも痩せむ逢ふよしを無み」 (3)家を出て仏道に入る。出家する。大鏡、七、太政大臣道長「出でさせ給ひける日は、緋の御あこめのあまた候ひけるを」(4)出す。竹取「さが(そが・さか)尻をかき出でて、ここらのおほやけ人に見せて、恥みせむ」
いつかし[厳樫] (名)神社の境内にある樫のこと。「いつ」を冠したのは、そのため。古事記、下「みもろの、いつかしがもと」
いつかし[厳し] (形、シク)荘厳である。いかめしい。源氏、乙女「節会の日は…昔のためしよりもことそへて、いつかしき御有様なり」
いつきだ[半] (数)半。五分。古事記、下「このすめらみこと、御身のたけ、ここのさかまりふたきいつきだ」=この天皇(反正天皇)の御身長は、九尺二寸五分。⇒きだ。
いつきのひめみこ[斎内親王・斎姫御子] (名)次項に同じ。祝詞、斎内親王奉入時「今たてまるいつきのひめみこは、つねのためしによりて、みとせ斎(いは)き清まはりて」
いつきのみこ[斎王] (名)忌み清めた皇女の意。昔、天皇御即位のはじめに、未婚の皇女または女王をト定され、伊勢大神宮奉仕の任に当たらせられた称。また、第五十二代嵯峨天皇以来、賀茂神社にも置かれた。いつきのひめみこ。さいわう。いつきのみや。
いつきのみや[斎宮] (名)忌み清めた宮の意。さいぐう。(1)大嘗祭の悠紀・主基の両神殿の称。(2)伊勢および賀茂のいつきのみこの居所。(3)転じて、伊勢のいつきのみこの称。
いつきのみやのつかさ[斎宮寮] (名)伊勢のいつきのみやに関する一切のことをつかさどる役所。さいぐうれう。
いつきのゐん…イン[斎院] (名)賀茂のいきつのみこの居所をいう。さいゐん。
いつきのゐんのつかさ…イン…[斎院寮] (名)前項に関する一切のことをつかさどる役所。
さいゐんれう。
いつきめ[斎女] (名)神社に奉仕する少女。いつきのみこに擬して、藤原氏が春日神社および大原野神社に置いたもの。
いつきやしなふイツキヤシナウ[いつき養ふ] (動、四)大切にし、かわいがって育てる。竹取「帳の内よりもいださず、いつきやしなふ」
いつく[斎く] (動、四)忌み清めて仕える。あがめ祭る。古事記、、「あれをば、大和の青垣、ひむがしの山の上にいつきまつれとのりたまひき」(この「まつれ」は「祭れ」の意ではなく、「奉れ」の意)万葉、[3-420]「こもりくの初瀬の山に、神さびに斎きいます」(丹生王の長歌の一節)
いつく (動、四)大切にする。かわいがる。かしづく。万葉、[19-4220]「わたつみの、神のみことの、御櫛笥(みくしげ)に貯ひ置きていつくとふ、たまにまさりて、思へりし、あが子にはあれど」(「いつくとふ」は「いつくといふ」の約)
いつくさのたなつもの[五種の穀物] (名)田に成る五種の物。すなわち、稲・麦・大豆・小豆・粟の五種。祝詞、龍田風神祭「いつくさのたなつものをはじめて、天の下のおほみたからの作れる物を、草のかきはに至るまで」(「くさのかきは」は「草の葉の一小片」の意)
いつくし[厳し] (形、シク)おごそかである。いかめしい。枕草子、十一「あさましういつくしう、なほいかでかかる御前になれつかうまつらむと、わが身もかしこうぞおぼゆる」平家、十一、先帝御入水「御身のほどより遙かにねびさせ給ひて、御かたちいつくしう、あたりも照り輝くばかりなり」
いつくし[美し] (形、シク)美しい。源氏、若葉「いつくしくあざやかに目も及ばぬ心地する」義経記、二「これほどいつくしき子具し奉りたること、これぞ初めなり。御身の為には親しき人か、または他人か」
いつくしび (名)次項の連用形が名詞となった語。かわいがること。めぐみ。慈愛。いつくしみ。
いつくしぶ (動、四)かわいがる。めぐむ。いつくしむ。今昔物語、二十六「とりわけて、これをいつくしびて、物あれば取らせなどしければ」
いつくしみ (名)次項の連用形が名詞となった語。かわいがること。めぐみ。慈愛。いつくしび。謡曲、難波「あまねき御心のいつくしみ深うして、八洲の外まで波もなく」
いつくしむ (動、四)かわいがる。大切にする。めぐむ。あわれむ。かわいそうに思う。
いづくんぞイズクンゾ (副)どうしてか。いかでか。「いづくんぞ知らむ」「いづくんぞ用ふべけむや」のように、多くは反語を構成する。これは、「いづくに」に係り助詞の「ぞ」がついてできた語である。従って、この語を受けて結ぶ活用語は連体形である。
いつけ[一家] (名)一門。親類。同族。栄花、衣の珠「この大納言殿、入道殿とは一家にて、むつまじき御中ぞかし」東海道中膝栗毛、七、下、京の喧嘩「いや、こちの一家ぢやさかい、おのれ通りくさるなら言伝(ことづて)してこまそ」
いつこくせんきん[一刻千金] (句)一刻が千金にあたるということで、極めて楽しい短時間。また、非常に多忙なことにもいう。蘇東坡の春夜詩「春宵一刻価(あたひ)千金、花に清香あり、月に陰(かげ)あり」から出た句。其角の句「夏の月蚊をきずにして五百両」は、この詩句に基づく。
いつさ[一茶] (人名)⇒こばやしいつさ
いつさいきやう…キヨウ[一切経] (名)釈迦一代の説法および高僧の著述を集積した仏教関係の典籍の総称。経・論・律の三蔵をあわせいう。枕草子、十「関白殿、二月十日のほどに、法興院の釈泉寺といふ御堂にて、一切経くやうせさせ給ふ」徒然草、百七十九段「入宋の沙門、道眼上人、一切経を持来して、六波羅のあたり、焼野という所に安置して」
いつさいしゆうじやう…ジヨウ[一切衆生] (名)六界にあるすべての生物を指すが、特に人間をいう。⇒ろくかい。
いつさほつくしふ…シユウ[一茶発句集] (書名)小林一茶の俳句五百十余首を集録した書。
文政十二年(1829)刊。のち、嘉永年間に、これを増補して刊行した。
いつさんまい[一三昧] (名)(1)仏教で、雑念をさり、一心に精進・修行すること。
(2)転じて、何事をするにも、そのことに専念すること。一心不乱。専心。八笑人、四、下「この質兵衛は、ただ商売一三昧、外事は一向なにも知らぬ文盲おやぢなれど」
いつしか[何時しか] (副)(1)いつか。「し」は強めの序詞。はやくと希望する意。万葉、[18-4038]「玉くしげいつしか明かむふせの海の浦を行きつつ玉藻拾はむ」(「ふせの海」は、越中の国、富山県氷見郡の面する海、今は「十二町潟」という)(2)いつのまにか。もはや。千載習、十一、恋一「思ふよりいつしかぬるる袂かな涙ぞ恋のしるべなりける」
いつしさうでん…ソウデン[一子相伝] (名)学問・技術などの極意を、わが子の一人にだけ伝えて、他にはもらさないこと。
いつしば (名)「いつ」は「いほつ」の略で、繁茂していること。「しば」は「芝」などの雑草であろう。茂っている芝草。また、「櫟柴(いちしば)」の転で、低いくぬぎの茂っていることとも考えられる。万葉、[8-1643]「天霧(あまぎ)らし雪も降らぬかいちじろくこのいつしばに降らまくを見む」
いつしばはらの (序詞)語の意義については前項参照。頭音をくりかえして「いつもいつも」に冠する。万葉、[11-2770]「道のべのいつしばはらのいつもいつも人の許さむことをし待たむ」(六音までを枕詞とするから、この句は「いかほのぬまの」などとともに、序詞の最短のものである)
いつしはんせん[一紙半銭] (名)一枚の紙、半分の銭。仏家で、ごくわずかの施物の意にいう。平家、五、勧進張「功徳たちまち仏因を感ず。況んや一紙半銭の宝財に於てをや」謡曲、安宅「一紙半銭の奉財のともがらは」
いつしやうさうじんイツシヨウソウジン[一生精進] (名)一生の間、仏道に心をひそめて勤行すること。大鏡、五、太政大臣伊尹「おほかた一生精進始め給へる、まづありがたきことぞかし」
いつしやうふぼんイツシヨウ…[一生不犯] (名)仏教で、一生涯戒律を守って邪淫の罪を犯さないこと。また、その人。宇治拾遺、一「仏前にて僧に鐘を打たせて、一生不犯なるを選びて講を行はれけるに」平家、二、座主流し「一生不犯の座主、かの箱を開きて見給ふに、黄紙に書ける文一巻あり」
いつしゆいつぺい[一種一瓶] (名)「一種」は「一種物(いつすもの)」から起った語で「肴」の異称。「一瓶」は一杯の酒。酒肴。平家、十一、逆櫓「判官、船どもの修理して新しう成りたるに、おのおの一種一瓶して祝ひ給へ殿原とて」
いつしようなむぶつ[一称南無仏] (名)一たび「南無仏」と唱えること。「南無仏」とは仏に帰命することで、一たび南無仏と唱えれば、皆すでに仏道を成したということになるという。宇治拾遺、四「鳳輦の中に金泥の経一巻おはしましたり。その外題に、一称南無仏皆巳成仏道と書かれたり」」
いつしよけんめい[一所懸命] (名)自分に賜った一箇所の領地を命に懸けて守ること。保元物語、三「今は定めて一所懸命の領地もよもあらじ」太平記、十一「一所懸命の地を安堵仕うやうに御推挙に預り候はむといひければ」(今日いう「一生懸命」は、この語の転訛である)
いつしる[厳しる] (動、四)いかめしくする。おごそかに行う。中臣寿詞「今年十一月中つ卯の日に、斎(ゆ)しり、いつしり、持ちかしこみもきよまはりに仕へまつり」
いづしをとめイズシオトメ[伊豆志袁登売] (人名)次項に同じ。古事記、中「あは、いづしをとめを得たり」
いづしをとめのかみイズシオトメ…[伊豆志袁登売神] (人名)「いづしのやまへの大神」の女。秋山のしたびおとこと春山のかすみおとことの兄弟に恋い争われ、ついに弟の春山のかすみおとこの妻となったと伝えられる美女。いづしをとめ。古事記、中「かれ、この神のみむすめ、名は、いづしをとめの神ませり」
いつしんさんぐわん…サンガン[一心三観] (名)天台宗の観法。「一心」は人の「一心」、「三観」は「空・仮・中」の三観。すなわち、われわれの一心の中に空・仮・中の三観を修すること。平家、二、座主流し「一心三観の血脈相承を授けらる」
いつすもの[一種物] (名)酒宴の会に、各人が肴を一種ずつ持ち寄って、その趣向くらべをすること。また、転じて各人が銭を持ち寄って酒宴を催すこと。⇒いつしゆいつぺい。
いつすんまだら[一寸斑] (名)一寸置きに、まだらに染めた模様。烏帽子の紐や刀の紐などに用いる。曾我物語、九、兄弟出立「一寸斑の烏帽子懸を強くかけ」
いつせい[一声] (名)能楽で、ある情景または心持を謡い出す一種のふし。また、その前のはやし。また、歌舞伎で山間や海岸などの開幕に際して奏する笛・大小鼓のはやし。
いつせつたしやう…タシヨウ[一殺多生] 仏教で、害をなす一つを殺して、他の多くを救うこと。謡曲、鵜飼「狙ふ人人ばつと寄り、一殺多生の理にまかせ、彼を殺せと言ひあへり」
いつせのげんじ[一世の源氏] (名)初めて源の姓を賜って臣籍に列せられた皇子。宇津保、俊蔭「一世の源氏の心・魂、人にすぐれ給へけりるを得て」(ここでは、一世の源氏の女をいっている)
いづちイズチ (代)不定の方向を示す代名詞。どちら。どっち。いづかた。万葉、[5-887]「たらちしの母が目見ずておぼほしくいづち向きてかあが別るらむ 山上憶良」竹取「龍の首の玉とり得ずば帰り来なと宣へば、いづちもいづちも足の向きたらむ方へいなむず」
いつちやくしゆ[一■手・一■手・一■手] (数)仏像の寸法をはかるにいう語。人の手の母指と中指とを張りのばした長さ。普通には八寸をいう。「いちちやくしゆ」ともいう。
「いつしやくしゆばん」といえば、一尺二寸。古今著聞集、二「金堂の丈六の弥勒の御身の中に、金堂一■手半の孔雀明王の像一体をこめ奉る」平家、二、善光寺炎上「一■手半の弥陀の三尊」
いづつしイズツシ (形、シク)語義不明。あるいは「おそろしい」の意か。祝詞、大殿祭「御床つ辺のさやぎ、夜目のいすすきいづつしきことなく、平らけく護りまつる神の御名は」
いつてう…チヨウ[一調] (名)(1)謡曲中の要所一段を選び抜き、その謡に対して、小鼓・大鼓・太鼓のただ一役だけで打ちはやすこと。(2)演劇の鳴り物合方の名。所作事または武将の出入などの場合に用いる鳴り物。
いつてういつせき…チヨウ…[一朝一夕] (名)少しの間。下に否定のことばが来ることが多い。「一朝一夕には行はれず」「一朝一夕の努力の賜物にあらず」など。
いつてんばんじよう[一天万乗] (名)天子の位をいう。「乗」は車輪で、天子は兵庫一万両を出す国土を有する義から起こった語。
いつとものふみ[五部の書] (名)「五経」の和語。易経・詩経・書経・春秋・礼記の総称。琴後集、十一「ここに高本のうしは、今は文屋の博士なるが、五ともの書をとりて、諸人に教ふるいとまに」(ここでは「儒書」の意に用いている)
いづのこくふイズ…[伊豆の国府] (地名)今の静岡県三島市の旧称。いづのこふ。義経記、二「その日は、伊豆の国府に着きたまふ」
いづのこふイズ…[伊豆の国府] (地名)前項に同じ。十六夜日記「二十八日、伊豆の国府を出でて箱根路にかかる」
いつのころび[稜威のころび] (名)「いつ」は霊威の意。「ころび」は責めののしること。大声をあげてせめののしること。神代紀、上「いつのころびをおこして、ただにたけび問ひたまひき」
いつのたかとも[稜威の高鞆] 「いつ」は霊威の意。おごそかに高く鳴りひびく鞆。古事記、上「また、ただむきにはいつのたかともを■ばして」⇒とも。
いつのちわき[稜威の道別] (副)勢い烈しく物を押し分けて通るさまにいう語。古事記、上「あめの八重たな雲を押し分けて、いつのちわきちわきて」
いつのまにこひの…コイ…[何時の間に恋の] (句)後撰集、十一、恋三「いつのまに恋ひしかるらむ唐衣ぬれにし袖のひるまばかりに」閑院左大臣の詠を指す。落窪物語「いつのまに恋のとなむありける。御かへり、はや聞こえ給へとあれど、いらへもし給はず」
いつのまや[厳の真屋] (名)いみきよめた家。祝詞、出雲国造神賀詞「いつのまやに、あらくさを、いつのむしろと刈り敷き」(「いつのむしろ」は「いみきよめたむしろ」)
いつのをたけび…オタケビ[稜威の雄詰] (名)「いつ」は霊威の意、「をたけび」は勢いのはげしいこと。神代紀、上「あわゆきなすくゑははからし、いつのをたけびをふるはし」=あわゆきのように蹴散らし、勢いはげしく奮い立って。(「詰」は「■」とも書く)
いつぱ[言つぱ] (句)言えば。曾我物語、一「そもそも、源氏といつぱ、桓武天皇より四代目の」謡曲、安宅「それ、山伏といつぱ、役の優婆塞の行儀を受け」
いつぽう…ポウ[一方] (名)(医師の用いる)ただ一種の処方。たはれぐさ、中「異国の楽(がく)をこの国に用ひたらましかば、くすしの一方をもて百病を治せむとするにひとしく」
いつばうのあらそひイツボウノアラソイ[■蚌の争ひ] (句)両者が互に争っている間に、第三者がその利を横取りすること、漁父の利。漁夫の利。「戦国策、燕策」の記事に基づく語。■(しぎ)が蚌(からすがい)の肉を食おうとしたが、貝に■をはさまれ、互に争っているところへ、一漁夫が来て、両者とも捕らえて去ったという。川中島合戦記「信玄・輝虎、なかたがはせば、かの■蚌の闘争にて、両国を■まむと」太平記、十四「天誅、命をあらたむるの日、たちまち■蚌の弊に乗じて」
いつはた[五幡] (地名)越前の国、敦賀郡東浦村の大字。木の芽山の西麓にあり、敦賀湾に臨む高地。ゆえに、坂・山などという。万葉、[18-4055]「かへるまの道行きかむ日は五幡の坂に袖振れわれをし思はば 大伴家持」枕草子、一「山は……いつはたのやま・のちせのやま」
いつぷく[一腹] (名)同じ腹から生まれた者。同腹。曾我物語、四「京の小次郎とて、一腹の兄弟あり」
いつべ[厳瓮] いみきよめた陶器。祭事に用いる具。いはひべ。
いつま[暇] (名)いとま。ひま。東国の方言。万葉、[20-4327]「わが妻も、絵にかきとらむいつまもが旅ゆくあれは見つつしのばむ 防人の歌」=自分の妻の姿を絵にかきとる暇が欲しい。旅へ行く自分は、その絵を見ながら、恋いしい妻を思う料にしたい。(写真のない古代の、かなしい心である)
いつまでぐさ (名)つた。壁に這うので「壁生草」などとも書いている。枕草子、三
「草は…いつまでぐさは生ふる所いとはかなくあはれなり」千五百番歌合、九「壁に鳴く秋の末葉のきりぎりすいつまでぐさにすまむとすらむ」
いづみイズミ[泉] (地名)山城の国、京都府相良郡水泉郷。今の木津村・加茂村・瓶原(みかのはら)村等の地。万葉、[4-696]「家人に恋ひ過ぎめやもかはづ鳴く泉の里に年を経ぬれば 石川広成」
いづみがじやうイズミガジヨウ[和泉が城] (名)岩手県西磐井郡の北部、平泉の北西にあった城。藤原秀■の三男、泉三郎忠■の居城。衣川のほとりにあり、古の白鳥の柵である。奥の細道「衣川は、和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落ち入る」
いづみがはイズミガワ[泉川] (地名)歌枕の一。山城の国、京都府相良郡水泉郷を流れる川。今は「木津川」という。枕草子、三「川は…おほゐ川・いづみ川・みなせ川」蜻蛉日記「その泉川も渡りて、橋寺という所にとどまりぬ」万葉、[6-1054]「泉川ゆく瀬の水の絶えばこそ大宮どころうつろひゆかめ」(そうでない限り、大宮どころは、他へ遷ることはないとの意)⇒みかのはら。
いづみしきぶイズミ…[和泉式部] (人名)平安時代の女流歌人。梨壺の五歌仙の一人。はじめ和泉守橘道貞に嫁し、小式部内侍を産んだが、離別して、一条天皇の中宮上東門院に仕えた。のち藤原保昌の妻となり、夫に伴なわれて丹後に赴いた。生没年未詳。主著、和泉式部日記・和泉式部集。
いつみてぐら[厳御弊] (名)いみきよめたみてぐら。祝詞、出雲造神賀詞「いつのみてぐらの緒結び」⇒みてぐら。
いつみのしたイズミ…[泉の下] (名)黄泉。よみのくに。めいど。琴後集、十五、祭二芳宜園大人墓一文「わがかくことあげするを、泉の下にもさやかにきこしめし、天かけりてもはるかにみぞなはせとなむ申す」
いづみのなだイズミ…[和泉の灘] (地名)大阪湾の一部で、今の堺市の面している海の称。土佐日記「からく急ぎて、和泉の灘といふ所に至りぬ。けふ海に浪に似たるものなし」
いづもがなイズモ…[出雲仮名] (名)「ひらがな」の別称。
いづものおくにイズモ…[出雲の阿国] (人名)江戸時代の初期、慶長のころの婦人。出雲の人。仏教をひろめるために京都へ出て、一種の宗教歌を歌いながら踊ったのが、のちの歌舞伎に発展して行った。従って、彼女は歌舞伎の祖と称せられている。
いづもふどきイズモ…[出雲風土記] (書名)奈良時代の初期、元明天皇の和銅六年(713)に諸国に命じて作らせた風土記の一。出雲の国の地誌である。現在の古風土記のうち、最も完全なもので、勅命をうけてから二十年後の天平五年(733)に成ったものである。国引伝説・わに伝説などをはじめ、古伝説が多く収められている。
いづらイズラ (代)不定の場所、または不定の事物を指す代名詞。どこ。いづこ。いづれ。更級日記「いづら、猫は。こちゐて来(こ)」=どこにいるの、猫は。こっちへつれていらっしゃい。
いづれイズレ (代)不定の事物をさす代名詞。どれ。古事記、上「ここに天照大御神のりたまはく、またいづれの神をつかはしてばえけむ」(「えけむ」は「よかろうか」)
いつをいつとて…オ… (句)いつを期限として。拾遺集、二十、哀傷「思ひ知る人もありける世の中をいつをいつとてすぐすなるらむ 藤原公任」
いで (感)(1)どれ。さあ。謡曲、松風「松風と召され候ふぞや。いで、参らう」(2)いやもう。枕草子、四「いで、まことにうれしきことのよべ侍りしを」
いでがてに[出でがてに] (句)出ることをためらって。出にくく。出づらく。古今集、
十八、雑下「うきよには門させりとも見えなくになどか我が身のいでがてにする」
いてき[夷狄] (名)野蛮人。えびす。平家、六、飛脚到来「夷狄の蜂起耳を驚かし、四夷忽ちに起これり」(ここでは、文化の度の低い地方人、源氏に味方するにくむべき者の意に用いている)
いでしほ…シオ[出で潮・出で汐] (名)海潮の満ち来ること。満潮。みちしお。あげしお。謡曲、高砂「この浦舟に帆をあげて、月もろともに出で汐の、波の淡路の島かげや」(「出で」と「出で汐」、「波の淡い」と「淡路の島」とをかけている)
いでそよ (副)「いで」は「いや・いいえ」などの意の感動詞。「そよ」は「それよ・そのことよ」などの約。いや、そのことよ。いいえ、もう。⇒ありまやま。
いでたち[出で立ち] (名)(1)いでたつこと。出発。(2)世に出ること。出世。立身。源氏、若紫「大臣ののちにて、出で立ちもすべかりける人の、ひがものにて、まじらひもせず」
(3)みなり。身支度。栄花、赫藤壺「ことにまじらひわろくなり、いでたちも清げならぬをば」(4)姿。ようす。万葉、[13-3331]「こもりくのはつせの山、あをはたのおさかの山は、はしり出のよろしき山の、いでたちのくはしき山ぞ」(5)門を出たところ。門前。万葉、[9-1674]「わがせこが使ひ来むかといでたちのこの松原をけふか過ぎなむ」(6)出で立つ作法。故実にもとづく礼式。公事根源、上「出で立ちとて、出でさまにおのおの作法あり」事果てて、参内して、左近の陣に着く」
いでたちいそぎ (名)(1)出発の支度。旅行の用意。土佐日記「このごろのいでたちいそぎを見れど、何事もえ言はず」(2)転じて、後生願い。源氏、椎本「世に心とどめ給はねば、いでたちいそぎのみ思せば、涼しき道にも赴き給ひぬべきを」
いでたちがてに[出で立ちがてに] (句)出発することができずに。出発しにくくて。万葉、[20-4398]「おほきみの…出で立ちがてにとどこほり、かへりみしつつ」(大伴家持が防人の心になって詠んだ長歌の一節)
いでたつ[出で立つ] (動、四)(1)出発する。旅立つ。万葉、[20-4373]「けふよりはかへりみなくて大君のしこのみたてと出で立つわれは 防人の歌」古事記、下「おしてるやなにはのさきにいでたちて、わが国見れば」(なにはの崎から出発しての意)(2)そびえ立つ。万葉、[3-319]「なまよみの甲斐の国、うち寄する駿河の国と、こちごちの国のみ中ゆ、出で立てる、富士の高嶺は」(「こちごち」は「かなたこなた」)(3)装う。身支度する。狂言、菊の花「都上■と見えて、はなやかにいでたちて」
いでまし[出坐] (名)(1)外に出ることの敬語。天智紀、九年五月「玉手の家の八重子のとじ、出でましの悔いはあらじぞ、出でませ子」=玉手の家の八重子の刀自よ、外にお出になることを後悔されるようなことはありますまい。おでましなさい、お子さまよ。(異説もある)(2)みゆき。行幸。万葉、[6-1032]「大君のいでましのまにわぎもこが手枕(たまくら)まかず月ぞ経にける 大伴家持」
いでましどころ[行幸処] (名)みゆきのあった場所。行幸なさる所。万葉、[3-295]「すみのえの岸の松原遠つ神わが大君のいでましどころ」
いでましのとつみや[行幸の外つ宮] (名)次項に同じ。琴後集、九、長歌「いでましのとつみやならで、大宮をここと定めて」
いでましのみや[行幸の宮] (名)行宮。離宮。いでましのとつみや。万葉、[3-315]「み吉野…天地と長く久しく、よろづよに変はらずあらむ、いでましのみや」
いでます (動、四)(1)「行く」の敬語。おでかけになる。古事記、上「このやちほこの神、こしの国のぬなかは姫をよばはむといでましし時」(2)「来る」の敬語。来られる。万葉、[8-1452]「闇夜ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜にいでまさじとや 紀郎女」(3)「居る」の敬語。居られる。万葉、[6-1020]「大君のみことかしこみ、さしならぶ、国にいでますや、わがせの君を」
いでや (感)「いで」を強めていう語。(1)さあ、さあ。泊■舎集、一「いでや、水を見よ」(2)いやもう、まことに。徒然草、一段「いでや、この世に生まれては、願はしかるべきことこそ多かめれ」=いやもう、まことに、この世に生まれて来たからには、誰にしても、こうもありたい、ああもしたいと願い、希望していることが多いであろう。
いでゆ[出で湯] (名)温泉。出雲風土記、大原郡「湯淵村の川中にいでゆあり」
いでゐイデイ[出で居] (名)(1)端に出ていること。端居。源氏、薄雲「例はことにはし近なるいでゐなどもせぬを」(2)客殿。客間。宇治拾遺、二「かんの君、出で居にまらうどふたり・みたりばかり来て、あるじせむとて」
いと (副)はなはだ。きわめて。たいそう。竹取「それを見れば、寸ばかりなる人、いと美しうてゐたり」
いとうじんさい[伊藤仁斎] (人名)江戸時代の儒者。名は維禎。京都の人。宋学を排して古学を唱道し、京都の堀河塾で古学を教授。門弟三千に及ぶという。宝永二年(1705)没、年七十八。主著、心学原論・太極論・性善論。
いとうとうがい[伊藤東涯] (人名)伊藤仁斎の長子。よく父の業をつぎ、古学を紹述した。元文元年(1736)没、年六十六。主著、古学指要・用字格・論盂古義標柱。
いときなし (形、ク)「いとけなし」に同じ。源氏、桐壺「いときなき初もとゆひに長き世を契る心は結びこめつや」=どうだ、幼い源氏の元服の髪をゆう初元結の中に、君の娘(葵の上)と末永く契らせる心まで入れこめたかね。
いとくずのひたたれ[糸葛の直垂] 葛の繊維で織った布で作った直垂。平家、八、大宰府落「平大納言時忠卿、緋緒括りの袴、糸葛の直垂、立烏帽子にて」
いとくらべ[糸競・絃競] (名)琴や三味線などのような絃楽器を奏でて、その技を競うこと。宇津保、吹上、下「侍従の朝臣といとくらべして」
いとげ[糸毛] (名)(1)「いとけのくるま」の略。宇津保、梅の花笠「おほん車、糸下十、檳榔毛十なり」狭衣、三、下「女別当などの同じ糸毛にて、いま四十人、わらは八人乗るべき車は」(2)「いとをどし」に同じ。
いとけし (形、ク)次項に同じ。御堂関白集「いとけくて春の都と見るからに植ゑけむ花のもとをしぞ思ふ」
いとけなし (形、ク)幼い。あどけない。おとなげない。いときなし。いとけし。後拾遺集、七、賀「いとけなき衣の袖はせばくとも劫(こふ)の石をば撫でつくしてむ」⇒こふのいし。
いとげのくるま[糸毛の車] (名)糸で飾った牛車。その糸の色により、青糸毛の車、紫糸毛の車、赤糸毛の車などの名がある。主として、后宮・女御・女官などの婦人の用いる車。
いとげのくるま[糸毛の車] (名)糸で飾った牛車。その糸の色により、青糸毛の車、紫糸毛の車、赤糸毛の車などの名がある。主として、后宮・女御・女官などの婦人の用いる車。
いとげ。紫式部日記「糸毛の車に、殿の上、少輔のめのと、若宮いだき奉りて乗る」
いとこ[愛子] (名)「いとしき子」の意から、青年男女を親愛して呼ぶ語。古事記、上「いとこやの妹のみこと、むらとりの我がむれいなば」(「や」は感動の意を含む終助詞)万葉、[16-3885]「いとこなせの君、居り居りて、物にい行くとは」神楽歌、篠波「いとこせの、まいとこにせむ」=親愛する妻の、ほんとうの妻にしよう。
いとし (形、シク)(1)いとしい。かわいい。かわいらしい。狂言、猿替座頭「あの人も、をさななじみで、いとしうござる」(2)気の毒だ。かわいそうである。狂言、子盗人「わこさまを捨てて逃げをつた。なう、いとしや」
いとしも (副)「いと」を強めていう語。「し」「も」はともに強めの助詞。特に甚だしく。格別にひどく。新古今、十八、雑下「みづぐきの中にのこれる滝の音いとしも寒き秋のこゑかな 大中臣能宣」(貰った手紙(みづぐき)の文句についていう)
いとしもなし (形、ク)前項の否定。(1)格別のこともない。あまりよくもない。宇治拾遺、一「ただし、けれ・けり・けるなどいふことは、いとしもなきことばなり」(2)転じて、予想に反するさま。失望するさま。増鏡、十二、老のなみ「いとしもなくて、姫宮一所(ひとところ)ばかりとり出で給へりしままにてやみにき」
いとど (副)(1)「いといと」の約転。いよいよ。ますます。古今集、十八、雑下「年を経て住み来し里を出でていなばいとど深草野とやなりなむ」(深草の里に住んでいる人が京へのぼると言ってよこしたのに対して、在原業平が贈った歌)
いとどころ[糸所] (名)縫殿寮の別所で、京都の■女町の北にあった役所。そこの長官を「糸所の別当」といい、代代婦人が任命された。
いとどし (形、シク)いよいよ甚だしい。伊勢物語「いとどしく過ぎ行くかたの恋ひしきにうらやましくもかへる波かな」(「恋ひしき」にかかる)源氏、桐壺「いとどしく虫のねしげきあさぢふに露おきそふる雲のうへびと」(「おきそふる」にかかる)
いとなげ[暇無げ] (名)ひまがなさそうであること。枕草子、十二「いとなげにて、ここかしこに、やむごとなき覚えあるこそ、法師もあらまほしきわざなめれ」=ちっともひまがなさそうで、方方から、なみなみならずあがめられるようであれば、僧侶も、まことに結構なわざであろう。
いとなし[最無し] (形、ク)最も少ない。ごく少しである。宇津保、祭使「さて、これはいとなけれど、御方の下仕へらにも賜はせよとてなむ、宮内に銭取らせてかへし給ふ」
いとなし[暇無し] (形、ク)ひまがない。忙しい。古今集、十五、恋、五「あはれとも憂しもものを思ふ時などか涙のいとなかるらむ」琴後集、十五、祭二芳宜園大人墓一文「君はつかへの道にいとなくおはし、われは世のさがにかかづらひて」
いとのもとには…ワ[糸のもとには] (句)拾遺集、一、春上「花見には群れて行けども青柳の糸のもとには来る人もなし」の歌を指す。古今著聞集、五、和歌「斎院の選子より柳の枝を賜はせりけり。人人これを見れば、いとのもとにはと書かれたりけり。他人その心を知らざりけるに」
いとふイトウ[厭う] (動、四)(1)いやがる。きらう。万葉、[10-2273]「何すとか君を厭はむ秋萩のその初花のうれしきものを」(2)世をはかなむ。源氏、橋姫「ただいとひ離れよと、ことさらに仏などのすすめおもむけ給ふやうなる有様にて」(3)いたわる。かばう。だいじにする。「身をいとふ」
いとほしイトオシ (形、シク)(1)かわいそうである。古事記、下「いたづらに、身のさかりを過ぐししこと、いといとほしとのりたまひて」竹取「ふと天の羽衣をうち着せ奉れば、翁をいとほしかなしとおぼしつることも失せぬ」(2)かわいらしい。源氏、帚木「見そめしこころざし、いとほしう思はば」
いしほしげイトオシゲ (名)「いとほし」に「げ」のついた名詞。(1)かわいそうであること。枕草子、一「なほ例の人のやうにかくな言ひ笑ひそ。いときすくなるものを、いとほしげに、と制し給ふもをかし」(2)かわいらしげであること。宇津保、俊蔭「いとほしげなる子の、大きなる川づらに出でて」
いとほしさイトオシサ (名)「いとほし」に「さ」のついた名詞。かわいらしさ。気の毒さ。源氏、帚木「小君いとほしさに、ねぶたくもあらで、まどひありくを」
いとほしみイトオシミ (名)「いとほしむ」の連用形から転じた名詞。かわいがること。気の毒がること。源氏、若菜「女君きえのこりたるいとほしみにわたり給ひて」
いとほしむイトオシム (動、四)かわいいと思う。気の毒に思う。山家集、恋「われのみぞわが心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても」
いどまし[挑まし] (形、シク)挑み争うさまである。源氏、行幸「よそよそにてこそ、はかなきことにつけて、いどましき御心も添ふべかめれ」
いどましさ[挑ましさ] (名)「いどまし」に「さ」をついた名詞。挑むさま。挑む度合。源氏、末摘花「うちとけぬ限りのけしきばみ心深き方の御いどましさに」
いとまぶみ[暇文] (名)病気などの理由により、出仕の暇を賜るように願う文書。請暇の願書。宇津保、嵯峨院「大将もいとまぶみ出だして参り給はぬを、行幸あるべしとて召せば」
いどみがほ…ガオ[挑み顔] (名)挑むような顔つき。争う顔色。競争しようとする態度。
増鏡、十五、うら千鳥「このほどは、挑み顔なる御方方数添ひ給ひぬれど、なほ遊義門院の御心にたちならびたまふ人はをさをさなし」
いどむ[挑む] (動、四)(1)戦争または争いをしかける。古事記、中「おのもおのも河を中におきて、むき立ちて相挑みき」(2)競争する。張り合う。落窪物語「左大臣殿の太郎十四にて御冠、姫君十三にて御裳着せ奉り給ふ。二郎君をも、おとさじとせさせ奉り給ふに、父大臣、かくいどませ給ふと笑ひたまふ」(3)たわむれる。恋慕をしかける。源氏、朝顔「このさかりにいどみし御女・更衣
いとゆふイトユウ (名)陽炎(かげろう)のこと。狭衣、一、上「いとゆふか何ぞと見ゆる薄衣」和漢朗詠集、下、雑「霞晴れ緑の空ものどけくてあるかなきかにあそぶいとゆふ 赤人」
いな[異な] (連体詞)へんな。妙な。いかがわしい。おつな。狂言、悪坊「今のは何といな打ちやうぢや」狂言、煎物売「何ぢや、茶を売るな。わごりよはいなことをいふ」
いなおほせどりイナオオセドリ[稲負せ鳥] (名)諸説があって一定しがたい。にわたたき・すずめ・かり・せきれい・やまどり・くいななどという。古歌に多く詠まれ、古今伝授三鳥の一とされている。大和物語「小夜ふけていなおほせとりの鳴きけるを君がたたくと思ひけるかな」(これは、くいな)古今集、五、秋下「山田もる秋のかり庵におく露はいなおほせどりの涙なりけり 壬生忠岑」(これは、不明)
いながら[稲幹・稲茎] (名)稲の茎。わら。古事記、中「なづきの、田のいながらに、いながらに、這ひもとほろふ、ところづら」=隣接の田の稲の茎に野老(ところ)の蔓が這いまとうように(御陵につづく)田野を這いまわり、うつろく。
いなき[稲城] (名)上代の城。咄嗟の場合に、稲を積み重ねて敵の矢石を防いだ素朴な原始的な城。垂仁紀、五年十月「時に狭穂彦、師を興してふせぐ。忽ちに稲を積みて城(き)に作る。その堅きこと破るべからず。これを稲城といふ」
いなぎ[稲置・稲寸] (名)(1)上代の地方官の一。屯倉の長官で、稲君(いなぎみ)の下略という。(2)転じて、姓(かばね)の名となり、天武天皇の十三年(686)、八色の姓を制定された時には、その最下位すなわち第八位に置かれた。
いなさのをばま…オ…[稲佐の小浜] (地名)出雲の国、島根県簸川郡大社附近の西方海岸。大国主命の国譲りの地という。古事記、上「ここをもて、この二柱の神、出雲の国のいさなのをばまに降りつきて」
いなしこめしこめききたなきくに (句)「いな」は、厭うべき、いやな、「しこめ」「しこめき」は、見苦しくて忌むべきを重ねて強く言った語。いやな、まことに見苦しくて忌むべききたない国、すなわち「よみのくに」をいう。古事記、上「あは、いなしこめしこめききたなきくにに到りてありけり」
いなのめの (枕詞)語義未詳。一説、「寝ねの目の」の転とし、寝た目は朝になってあくので「明く」に冠すると。万葉、[10-2022]「相見らく飽き足らねどもいなのめの明け行きにけり船出せむ妻」(七夕の歌、七月八日朝のこと)
いなびの[稲日野] (地名)播磨の国、兵庫県印南野の印南野(いなみの)の古称。万葉、[3-253]「いなびのもゆきすがてに思へれば心恋ひしき加古の島見ゆ」枕草子、九「野は…いなび野・かた野・こま野」
いなぶ[否ぶ] (動、四)(1)こばむ。竹取「このたびは、いかでかいなび申さむ。人ざまも、よき人におはす」(2)辞退する。古事記、下「天皇、はじめ天つ日■知ろしめさむとせし時に、いなびまして」
いなふち[稲淵] (地名)歌枕の一。大和の国、奈良県高市郡高市村にある淵。枕草子、一「淵は…いなふち・かくれのふち」続古今、恋二「年をふる涙かいかにあふことはなほいなふちの滝まされとや」
いなぶねの[稲舟の] (枕詞)頭音をくりかえして「いな」に、また、稲舟は軽小なので「軽し」に冠する。古今集、二十、東歌「最上川のぼればくだる稲舟のいなにはあらずこの月ばかり」(大鏡、五、太政大臣兼通「いなぶねのとこそ」は、これをいう)後撰集、十二、恋四「最上川深きにもあへず稲舟の心かろくもかへるなるかな 三条右大臣」
いなみの[印南野] (地名)⇒いなびの。
いなり[稲荷] (神名)「稲荷神社」の略で、最も名高いのは、京都の伏見区深草町にある伏見稲荷である。枕草子、十一「神は…大原野、かもは更なり。いなり、かすが、いとめでたく」
いぬ[戌] (名)十二支の第十一位。方位では西西北。時刻では今の午後八時から十時までの二時間。方丈記「いぬの時ばかり、都のたつみより火いでて、いぬゐに至る」附図参照。
いぬ[寝ぬ] (動、下二)寝る。眠る。万葉、[20-4351]「旅ごろも八重着かさねていぬれどもなほ膚寒し妹にしあらねば 防人の歌」枕草子、一「おもはむ子を法師になしたらむこそはいと心苦しけれ」……精進物の悪しきを食ひ、いぬるをも」⇒ゐぬ。
いぬ[往ぬ] (動、ナ変)(1)行く。去る。古事記、上「むら鳥の、わがむれいなば」竹取「いづちもいづちも、足の向きたらむ方へいなむず」(2)(年月などが)経てゆく。過ぎる。万葉、[11-2539]「相見ては千歳やいぬる否をかもわれや然念(しかも)ふ君待ちがてに」
いぬおふもの…オウ…[犬追物] (名)「犬追物射」の略で、騎射の式の名。二百メートルぐらいの方形の馬場を作り、竹垣をめぐらし、騎馬・直垂・素袍などのいでたちで、■目の矢で犬を射て、勝負を決するもの。曾我物語、三「さあらば、犬追物・笠懸をも射習ひなむ」
いぬしま[犬島] (地名)備前の国、岡山県邑久郡朝日村に属し、児島湾口にある、周囲約五キロの小島。枕草子、一「このおきなまろうちてうじて、いぬしまにつかはせ」(ただし、果たして、この地を指したのか、どうか不明)
いぬじもの[犬自物] (枕詞)「犬のようなもの」の意。「伏して」に冠する。万葉、[5-886]「うち日さす……世の中は、斯くのみならし、いぬじもの道に伏してや、命過ぎなむ」
いぬたはけ…タワケ[犬婚] (名)上代の罪の一。犬を姦すること。古事記、中「馬婚・牛婚・犬婚の罪のたぐひを」
いぬつくばしふ…シユウ[犬莵玖玻集] (書名)山崎宗鑑編の俳諧書。永正十一年(1514)
編。二条良基の「莵玖玻集」、飯尾宗■の「新撰莵玖玻集」に対し、卑下して「犬」の一字を冠したもの。自作の俳諧をはじめ、専順・宗■・宗長らの俳諧を集録し、部門を春夏・秋冬・雑・恋などに分けている。俳諧撰集の嚆矢といわれている書。
いぬゐイヌイ[戌亥・乾] (名)十二支による方角の名。西北方をいう。附図参照。方丈記「都のたつみより火いでて、いぬゐに至る」
いぬゐにたふるイヌイニタオル[犬居に倒る] (句)倒れて、犬のように四つ這いになる。太平記、二十六、四条縄手合戦事「打たれて、犬居に倒れければ」
いぬゐになるイヌイニ…[犬居になる] (句)尻もちをつく。曾我物語、九、■成討死「左の膝を斬られて、犬居になりて、腰の刀を抜き、自害におよばむとするところを」
いのる[祈る] (動、四)(1)(神仏に)請い願う。土佐日記「雨風やまず。日ひとひ夜すがら、神仏をいのる」(2)のろう。愚管抄、六「京へ入れりければ、 いのり殺して帰りたるに」(3)希望する。「健康を祈る」「幸福を祈る」の類。
いはイワ[岩・巌・磐] (名)(1)大きい石。いはほ。いはいし。古事記、下「はしたての、くらはし山を、さがしみと、いはかきかねて、わが手とらすも」=倉椅山が嶮岨だというので、岩に手をかけようとしたが、かけかねて、自分の手を取られるよ。(2)碇にした石。千載集、十六、雑上「いは(いかり)おろす方こそなけれ伊勢の海の汐瀬にかかる蜑の釣舟」(3)漁網のすそにつけるおもり。夫木抄、三十三「人知れぬ身のみ思へば牛窓に引き干す網のいはですぎぬる」
いはイワ[家] (名)家(いへ)。「万葉集」では、東国の方言となっているが、元来、日本民族は、もと岩をうがって住居としていたこと、天の岩屋その他多くの根拠がある。「いへ」が「いは」の転であることは疑う余地がない。万葉、[20-4427]「いはの妹ろわをしのぶらし真結(まゆす)ひにゆすひし紐の解くらく思へば 防人の歌」家の妻が自分を思い出しているらしい、自分の着物をしっかり結んでいた紐が自然にほどけたのを思うと。(当時、こうした諺または迷信があつたのであろう)
いはがきイワ…[岩垣] (名)(1)岩石が自然に垣根のように囲みまわっていること。古今集、五、秋下「奥山のいはがきもみぢ散りぬべし照る日の光見る時なくて」(岩垣の上、またはかげに生えている木の紅葉をいう)(2)人工で作った岩垣。堀河院百首、夏「さみだれに沼の岩垣水越えてまこも刈るべきかたも知られず」
いはがくるイワガクル[岩隠る] (動、四)崩ずる。おかくれになる。「岩屋にこもる」などとひとしく、上古、高貴の方の崩御する意にいう語。祝詞、鎮火祭「みほと焼かえて、いはがくりまして」万葉、[2-199]「神さぶと磐隠ります、やすみししわが大君の」(柿本人麻呂の長歌の一節)、
いはきやまイワキ[磐城山] (地名)駿河の国、静岡県庵原郡にある薩■峠(ざつたとうげ)の古名。万葉、[12-3195]「磐城山ただ越え来ませ磯崎のこぬみの浜にわれ立ち待たむ」
いはくイワク (動、下二)こどもらしい。おろかしい。分別がない。増鏡、四、三神山「御悩みのはじめも、なべてのすぢにはあらず。あまりいはけたる御遊びより、そこなはれたまひにけるとぞ」⇒いわく。
いはくイワク[曰く・言はく] (副)言うには。言うよう。神代紀、上「一書に曰く」土佐日記かちどりのいはく、この住吉明神は例の神ぞかし」
いはく[曰く] (名)前項の転。わけ。いわれ。いいぐさ。おもむき。心中天綱島、上「お道理、お道理、いはくをご存じない故、不審の立つ筈」俗謡「格子叩いていてまうしと言へば何か曰くがありさうだ」(「孔子曰く、孟子曰く」を利かせている)
いはくえのイワ…[岩崩の] (枕詞)「岩崩」は岩の崩れたところ。語呂の上から「悔ゆ」に冠する。万葉、[14-3365]「鎌倉の見越しの崎の岩崩の君が悔ゆべき心は持たじ」(上三句は「悔ゆ」というための序詞)
いはくだすイワ… (枕詞)次項を見よ。
いはくやすイワ…[岩崩す] (枕詞)「くやす」は「崩ゆ」の他動。岩を崩すことの恐ろしさから「かしこし」に冠する。従来「人徳紀」の「以播区■輸」の「■」を「娜」の誤写として「ダ」とよんでいたが、これは「■」の誤写で「ヤ」とよむべきであろう。仁徳紀、十六年七月「みかしほ、はりまはやまち、いはくやす、かしこくとも、あれやしなはむ」=おそれおおいことでございますが、(その女は)わたくし播磨速待めがお養い致しましょう。(「みかしほ」は「はる」「はり」の枕詞)
いはくらイワ…[磐座・石座] (名)神の御殿。「いは」は「家」、「くら」は「居る場所」。古事記、上「天のいはくらを離れ、天の八重たな雲を押し分けて」
いはけなしイワケナシ (形、ク)おさない。よわい。こどもらしい。一説に、この語は「稚気甚(いわけな)し」の義という。それによれば、「は」は「わ」の借字となる。源氏、桐壺「いはけなき人をいかにと思ひやりつつ」平治物語、三「女性のいはけなき御心に思ひ沈みて」⇒いわけなし。
いはしみづイワシミズ[石清水] (神社名)「石清水八幡宮」の略。京都府綴喜(つづき)郡八幡町男山にある神社。「男山八幡宮」「やはたの宮」などともいう。その麓に、極楽寺・高良神社などがある。徒然草、五十二段「仁和寺にある法師、年よるまで、石清水をがまさざりければ、心うくおぼえて」
いはしろイワ…[磐代・岩代] (地名)歌枕の一。紀伊の国、和歌山県日高郡の南部、熊野街道に当たる海村。万葉、[2-141]「磐代の浜松が枝(え)を引き結びまさきくあらばまたかへり見む」=磐代の海辺の松の枝を結んでおき、もし自分が幸に生きて再びこの道を帰って来るなら、もう一度相見よう。(有間皇子が、牟漏(むろ)の湯に御滞在中の斉明天皇のお招きによって牟漏へ行かれる途中、自分の運命をかなしんで詠まれた歌。皇子は、その数日後になくなられ、再びこの松を見ることはできなかった)⇒ありまのみこ。
いはせのもりイワセ…[岩瀬の森] (地名)歌枕の一。大和の国、奈良県生駒郡龍田町の南車瀬にあり、龍田川の東側に当たる。歌枕として、ほととぎす・紅葉等の名所。万葉、[8-1466]「かむなびの磐瀬の森のほととぎすならしのをかにいつか来鳴ほかむ 志貴皇子」枕草子、六「もりは……いくたの森・うつきの森・きくだの森・いはせの森」
いはそそぐイワ…[岩注ぐ] (枕詞)岩の上にそそぎかける水の、高い岸から落ち垂れるということから「岸」「垂る」に冠する。万葉、[7-1388]「いはそそぐ岸の浦回に寄する浪」新古今、一、春上「岩そそぐたるひの上のさわらびの萌えいづる春になりにけるかな 志貴皇子」(これは、万葉、[8-1418]の歌をなまったものである)⇒いはばしる。
いはたたすイワタタス[磐立たす] (動、四)磐石のように、永久に、立ちいます。古事記、中「この御酒(みき)は、我が御酒ならず、くしの神、常世にいます、いはたたす、すくなみかみの、かむほぎ、ほぎくるほし、豊ほぎ、ほぎもとほし、貢(まつ)り来し御酒ぞ、あさずをせささ」⇒あさずをせささ。
いはたのもりイワタ…[石田の森・岩田の森] (地名)歌枕の一。山城の国、京都市伏見区山科の南に位し、「山科の石田」ともいう。その地にあった森。枕草子、六「もりは…うきだの森・うへきの森・いはたの森」(枕草子、一の「山は……いはた山」も、この地の山)
いはつつじイワ…[岩躑躅] (枕詞)頭音をくりかえして「いはねば」に冠する。古今集、十一、恋一「思ひ出づるときはの山のいはつつじいはねばこそあれ恋ひしきものを」
いはつなのイワ… (枕詞)「いはつな」は「岩つた」か。とにかく、岩の上を這う蔓草で、這って行き、また帰るから「かへる」にに冠する。万葉、[6-1046]「いはつなのまた変者(をち)かへり青丹よし奈良の都をまた見なむかも」(「をちかへる」は「若返る」)
いはなさむイワナサン[寝はなさむ] (句)おやすみになれましょう。古事記、上「ももながに、いはなさむを」
いはにふりイワ…[岩に触り] (枕詞)岩に触れれば、ものが割れて砕けるから「われ」に冠する。「触る」は古くは四段に活用した。万葉、[11-2716]「高山ゆ出で来る水の岩に触りわれてぞ思ふ妹に逢はぬ夜は」(上三句は「われ」というための序詞)
いはのへにさるこめやくイワノエ…[岩の上に小猿米焼く] (句)童謡(わざうた)の一。
皇極紀、二年十月「岩のへに小猿米焼く、米だにもたげて通らせ、かまししのをぢ」=(山背大兄王よ、あなたの住んでいられる)岩の上の斑鳩の宮へ、あのこざかしい小猿のような蘇我入鹿のやつが攻めて行って米倉をはじめ、みんな焼いてしまいます。せめて今のうちに、御飯だけでも十分おあがりになって、お逃げなさいませ、かもしかの小父さまよ。(山背大兄王は、その頭髪が半白で、かもしかの毛に似ているので、世人から「かまししの小父さま」と親しんでよばれていた)⇒いかるがのみや。⇒わざうた。
いはばしのイワ…[岩橋の・石走の] (枕詞)岩橋は、川の中に石を並べて人の走り渡るようにしたもの。石と石との間ということから「間(ま)」「遠き」に、並ぶということから「かむなび」に、石の上を走る水はあわ(・・)を生ずるので「淡海」に冠する。ただし、異説も多い。万葉、[4-597]「石走の間近き君」同、[11-2701]「石走の遠き心は」以下、例略。
いはばしるイワ…[石走る] (枕詞)岩の上を水が走るということから「たるみ」「たき」などに冠する。万葉、[8-1418]「いはばしるたるみの上のさわらびの萌え出づる春になりにけりかも 志貴皇子」(「たるみ」は「滝」)同、[15-3617]「石走る滝もとどろに」
いはひびとイワイ…[斎人・忌人] (名)いみきよめて、神に仕える人。古事記、中「あれは、ながみことを助けて、忌人となりて仕へまつらむ」
いはひべイワイ…[斎瓮・忌瓮] (名)神祭用の酒饌献供用器。古事記、中「はりまの、ひのかはのさきに、忌瓮をすゑて」万葉、[3-420]「なゆ竹の…枕辺に斎瓮すゑ」
いはひもとほるイハイモトオル (動、四)「い」は接頭語。「はひもとほる」に同じ。這いまわる。古事記、中「いはひもとほり、うちてしやまむ」
いはひやイワイ…[忌矢] (名)いみきよめて、神に祈りながら放つ矢の義か。上古、合戦のはじめに、両軍から互に射かわす矢。古事記、中「そなたの人と、まづ忌矢放てと請ひ言へば」
いはふイワウ[斎ふ] (動、四)「忌む」の延音「忌まふ」の転。(1)けがれを忌み、慎んで神をまつる。いつく。いまふ。万葉、[7-1319]「大海の水底照らし石着(しづ)く玉いはひて採らむ風な吹きそね」(2)いつくしみ守る。伊勢物語「むつまじと君は知らずや瑞垣の久しき世よりいはひそめてき」(3)守護する。万葉、[19-4240]「大船にまかぢしじぬきこのあごをからくにへやる斎へ神たち」
いはふイワウ[祝ふ] (動、四)前項の転意。賀する。祝する。ほぐ。ことほぐ。ことぶく。
いはぶちのイワ…[石淵の・岩淵の] (枕詞)「いはぶち」は、石で囲った垣根で、その中の家にこもるところから「こもる」に冠する。万葉、[11-2715]「いはぶちのこもりてのみや」
いはほイワオ[巖] (名)大きな石。古今集、七、賀「わが君は千世に八千世にさされ石の巌となりて苔のむすまで」
いはほすげイワオ…[巖菅] (枕詞)岩の上に生ずる菅で、その根ということから「ね」の音をうけて「ねもころ」に冠する。万葉、[11-2472]「見渡しの三室の山のいなほすげねもころわれは片思ひぞする」
いなほなすイワオ…[巖なす] (枕詞)「巖のように永久に」の意から「ときは」に冠する。
万葉、[6-988]「春草は後は散り易しいはほなすときはにいませ貴きわが君 市原王」
いはみのみイワミ…[石見の海] (地名)石見の国(島根県の西南方)の海。万葉、[2-131]「石見の海、つのの浦回を、浦なしと人こそ見らめ、潟なしと人こそ見らめ…」=石見の海の都野の海岸によい港がないと人が思おうが、よい干潟がないと人が言おうが…。(柿本人麻呂の長歌の一節)
いはむイワム (動、四)満ちに満つ。多く集まる。神武紀「えしきの軍あり。いはれの邑に布きいはめり」
いはむやイワンヤ[況むや] (副)まして。もちろん。竹取「この玉は、たはやすくえ取らじを。いはむや、龍の首の玉はいかが取らむ」=いったい、玉というものは、たやすく取ることができないものであるのに、まして、龍の首にある玉などは、どうして取ることができようか。
いはもとのやしろイワモト…[岩本の社] (名)京都上賀茂神社にある末社。在原業平をまつるという。徒然草、六十七段「賀茂の岩本・橋本は、業平・実方なり」
いはやイワヤ[岩屋] (名)上古の歌。⇒あめのいはや。
いはゆ (動、下二)いななく。後拾遺集、一、春上「粟津野のすぐろのすすきつのぐめば冬立ちなづむ駒ぞいばゆる」
いはゆぎイワ…[巖靫] (名)「いは」は「堅牢」の義。堅牢なゆぎ。古事記、上「あめのいはゆぎを取り負ひ」
いばり[尿] (名)小便。蕪村の句「いばりせし蒲団干したり須磨の里」
いはれイワレ[磐余] (地名)大和の国、奈良県高市郡の東北部から磯城郡の西南部にわたる地方。神功皇后・履中天皇その他の天皇の皇居のあった地。神武紀「えしきの軍あり。磐余の邑に布きいはめり」枕草子、一「池は、かつまたの池・いはれの池」
いはれたうばむイワレトウバン (句)「言はれたまはむ」の音便。言われるであろう。大鏡、八「殿を始め奉りて、人にほめられ、行く末にもさこそありけれといはれたうばむは、ただなるよりは悪しからず、よきことぞかし」
いひイイ[飯] (名)めし。ごはん。万葉、[2-142]「家にあれば笥(け)盛るいひを草枕旅にしあれば椎の葉に盛る 有間皇子」(「笥」は「食物を盛る器」)⇒いはしろ。
いひイイ[樋] (名)他処へ水をやる装置。とひ。後撰集、十一、恋、三「小山田の苗代水は絶えぬとも心の池のいひは放たじ」
いひおこづらふイイオコズラウ[言ひおこづらふ] (動、四)言いすかす。大鏡、六、右大臣道兼「下りて舞台にのぼらせ給へば、いひおこづらせ給ふべきか、また、にくさにえたへず追ひおろさせ給ふべきか」
いひかかづらふイイカカズラウ[言ひかかづらふ] (動、四)言いがかりをつける。ぐずぐず言う。竹取「かぐや姫、返しもせずなりぬ。耳にも聞き入れざりければ、いひかかづらひて帰りぬ」
いひかしぐやイイ…[飯炊ぐ屋] (句)ごはんをたく家。竹取「大炊寮(おほひづかさ)の
飯炊ぐ屋の棟」
いひがひなしイイガイナシ[言ひ甲斐なし] (形、ク)言うねうちがない。つまらない。いやしい。いくじがない。枕草子、二「かかることは、いひがひなきもののきはにやと思へど、すこしよろしきものの式部太夫駿河の前司などいひしが、させしなり」=こんなことは、言うねうちのない、いやしい人間の分際がすることだと思っていたが、少し身分のよい者である筈の式部太夫駿河の前司などという人が、そうしたのである。
いひくくむイイククム[言ひ含む] (動、下ニ)言いふくめる。
いひくたすイイクタス[言ひくたす] (動、四)けなす。くす。枕草子、二「昔物語などするに、われ知りたりけるは、ふと出でていひくたしなどする、いとにくし」
いひけつイイケツ[言い消つ] (動、四)人のことばをうち消して言う。悪く言う。源氏、帚木「光源氏、名のみことごしう、言い消たれ給ふとが多かなるに」=光源氏と、名ばかり大げさで、いかめしいようではあるがと、(世間から)うち消して言われるきずや欠点は多いが。
いひけらくイイケラク[言いけらく] (副)「言ひける」の延音。言うには。いうよう。
いひしろふイイシロウ[言いしろふ] (動、四)(1)互に話しあう。源氏、帚木「うきふしを心ひとつに数へきてこや君が手をわかるべきをりなどいひしろひ侍りしかど」=(女が)馬の頭の薄情な心を思いながら幾度かこらえて来たが、今度こそはきっぱりと別れるべき時だなどと、互に話しあったが。(2)互にうわさしあう。増鏡、三、ふぢ衣「かく言ひしろふほどに、院の御悩日日に重くならせ給ひて」(3)互に言い争う。源氏、夕霧「とかく言ひしろひてこの御文は引き隠し給ひつれば」
いひそくイイソク[言ひ排く] (動、下二)言って、しりぞける。祝詞、御門祭「待ち防ぎ掃ひしぞけ、言ひ排けまして」
言ひそすイイソス[言ひそす] (動、四)言いすごす。言いまくる。源氏、帚木「かしこく教へたつるかなと思ひ給へて、われたけくいひそし侍るに」落窪物語「あな、かしがまし。いたくな言ひそししづめそ」
いひそやすイイソヤス[言ひそやす] (動、四)言いはやす。
いひなすイイナス[言ひなす] (動、四)疑わしいことやうそなどをまことらしく言う。枕草子、一「暗うなりて、物食はせたれど食はねば、あらぬものにいひなしてやみぬる」徒然草、七十三段「あるにも過ぎて、人はものをいひなすに」
いひふるイイフル[言ひ触る] (動、下二)(1)ことばをかける。言い寄る。水鏡、上「おのづから物いひふれ給ふ人なきは、たよりなかるべきことなり」(2)言いふらす。
いひほイイ…[飯粒] (名)めしつぶ。古事記、中「飯粒を■にしてその河の年魚(あゆ)をなも釣らしける」
いひをそうぎイイオ…[飯尾宗■] (人名)室町時代の連歌の大家。紀伊の人。一説に、近江の人という。幼時、得度して律宗の徒弟となったが、性、詩歌を好み、和歌を東常縁に、連歌を高山宗砌らに学び、常に諸国を行脚して自然や風俗・人情などを楽しむとともに、大いに連歌の普及につとめた。その門人に、肖柏・宗長らを出した。文亀二年(1502)箱根湯本の旅宿で没、年八十一。主著、新撰菟玖玻集・筑紫道記・吾妻問答。
いぶかし (形、シク)(1)気がふさいでいる。蜻蛉日記「物忌果てむ日、いぶかしき心地ぞ添ひておぼゆるに」(2)安否を気づかっている。万葉、[4-648]「相見ずて日長(けなが)くなりぬこのごろはいかに幸(さき)くやいぶかしわぎも」(3)疑わしい。不審である。源氏、少女「めづらしく、いぶかしきことにして、われもわれもとつどひまゐり給へり」
いふかたなしユウカタナシ[言ふ方なし] (形、ク)言いようがない。
いふかひなしユウカイナシ[言ふ甲斐なし] (形、ク)「いひがひなし」に同じ。
いぶかる[訝る] (動、四)いぶかしく思う。不審に思う。
いぶき[息吹] (名)「息を吹く」義。息。呼吸。古事記、上「さがみに■みて吹き棄(う)つるいぶきの狭霧」
いぶきやま[伊吹山] (地名)(1)近江と美濃、すなわち滋賀県と岐阜県との境にある山。古事記、中「いぶきのやまの神をとりにいでましき」枕草子、一「山は……いぶき山」(2)下野の国、栃木県下都賀郡吹上村の城山(じようざん)がそれであろうという。この山は古来もぐさを多く産するのであらわれている。⇒かくとだに。
いぶく[息吹く・気吹く] (動、四)(1)息を吐く。呼吸する。祝詞、六月■大祓「気吹戸にます気吹戸主といふ神、根の国・底の国にいぶき放ちてむ」(2)風が吹く。万葉、[2-199]「かけまくも……神風にいぶきまどはし、天雲を日の目も見せず」(柿本人麻呂の長歌の一節)
いぶせし (形、ク)(1)心が晴れ晴れしない。気にかかっている。古事記、下「待ちつる心をあらはし申さずてはいぶせくて」(2)うっとうしい。さびしい。万葉、[4-769]「久方の雨の降る日をただひとり山辺にをればいぶせかりけり」(3)きたなくて、いとわしい。沙石集、一、上「母にて候ふ者、わろき病ひをして死して侍るが……人はいぶせきことに思ひて見とぶらふ者もなし」
いふでうユウジヨウ[言ふ条] (副)言うが。言っても。平家、十一、那須与一「小兵といふでう、十二束・三伏、弓は強し」
いふならくユウナラク[言ふならく・説道] (副)(人の)言うには。十訓抄、中「いふならく奈落の底に入りぬれば刹利頭陀もかはらざりけり」
いふばかりなしユウバカリナシ[言ふばかりなし] (形、ク)ことばに言いつくせない。言いようがない。
いぶり (名)(1)心のあらあらしいこと。残忍。神皇正統記、一「勇みたけく、いぶりにして、父母の御心ににかなはず」(2)ねじけて我意を張ること。すねること。緋縮緬卯月紅葉「意見をすればいぶりを出し」(3)煙のくすぶること。
いへせイエセ[言へせ] (動)「言ふ」と同義の「言ひす」という動詞があって、その已然形の転かと思われる。
すなわち「言ひせ」の転か。古事記、下「さわさわに、ながいへせこそ」=ぐずぐずと、お前が言うからこそ。(「言へせばこそ」の「ば」を省略した形であろう)
いへぢイエジ[家路] (名)(1)その家の方へ行く道。万葉、[5-856]「松浦(まつら)なる玉島川に鮎釣ると立たせる子らが家路知らずも」(2)自分の家へ帰る道。帰路。新古今、八、哀傷「花見てはいとど家路ぞ急がれぬ待つらむと思ふ人しなければ 後徳大寺左大臣」(3)自分の通う女の家。源氏、帚木「これかれ、まかりあかるる所にて思ひめぐらせば、家路と思はむ方は、またなかりけり」=めいめい、別れてしまってから、いろいろ考えてみると、あの女の家を措いて、またほかに恋いしいと思うところもなかった。
いへづとイエズト[家苞苴] (名)家へ持ち帰るみやげ。
いへつとりイエ…[家つ鳥] (枕詞)「鶏(かけ)」に冠する。万葉、[13-3310]「こもりくの…野つ鳥きぎしとよみ、家つ鳥かけも鳴く、さ夜は明け、この夜は明けぬ」
いへとうじイエ…[家刀自] (名)「いへとじ」の延音。伊勢物語「いへとうじに盃ささせて、女の装束かづけむとす」
いへとじイエ…[家刀自] (名)「刀自」は婦人の尊称。家の刀自。すなわち妻。または主婦。いへとうじ。いへとじめ。
いへとじめイエ…[家刀自女] (名)「いへとじ」に同じ。
いへぬしイエ…[家主] (名)(1)家の主人。いへのぬし。いへのきみ。枕草子、一「北のさうじには、かけがねもなかりけるを、それもたづねず、いへぬしなれば、あないをよく知りて明けてけり」(2)貸家の持ちやぬし。
いへのこイエ…[家の子] (名)(1)その家に生まれた子。 (2)りっぱな家柄に生まれた子。古今著聞集、十八、飲食「人人見て、あはれ、したりがほなる人かな、なほ、家の子なりとぞ言ひける」(3)一門の人人。曾我物語、一「伊東は国一番の大名にて、家の子・郎党多かりければ」(4)私家の奴僕。やつこ。
いへのやうイエノヨウ[家の様] (名)家風。増鏡、十六、秋のみやま「家のやうとかや何とかにて、ただいつものままなり」
いへばえにイエバエニ[言えば得に] (句)「に」は否定の助動詞「ぬ」の転とも、その古い活用形ともいう。口では言えず。言うに言われず。伊勢物語「いへばえにいはねば胸の騒がれて心ひとつに嘆くころかな」
いへびとイエ…[家人] (名)(1)家の人。家族。万葉、[4-696]「いへびとに恋ひ過ぎめやもかはづ鳴く泉の里に年を経ぬれば」(2)家に仕える人。けにん。また、家に出入りする人。
出入人。源氏、関屋「なほ親しきいへびとのうちには数へ給ひけり」
いへむらイエ…[家群] (名)家のむらがっているところ。村。古事記、下「かぎろひのもゆるいへむら妻が家のあたり」
いへらくイエラク[言へらく] (副)「言へる」の延音。言ったことには。いへけらく。万葉、[9-1740]「春の日の……妹がいへらく、常世べに、また帰り来て、今のごと、逢はむとならば、このくしげ、開くなゆめと」(水の江の浦島子を詠んだ長歌の一節)
いへゐイエイ[家居] (名)自分の家にいること。
いほイオ[庵] (名)仮りに造った粗末な家。いほり。かりほ。小屋。万葉、[16-3886]「おしてるや、難波の小江にいほつくり」
いほかイオカ[五百日] (数)五百日。竹取「海にただよひて、いほかという辰の時ばかりに、海の中に、はつかに山見ゆ」
いほさすイオサス[庵さす] (動、四)庵をつくる。いほりさす。新古今、四秋、上「秋の田に庵さす賤の苫をあらみ月とともにやもり明かすらむ」
いほしろイオ…[五百代] (名)「いほ」は数の多いことをいう。「しろ」は田の広さを量る単位。五坪を「一代」とする。「いほしろ」で広い田の義。うけらが花、三、秋「夕づく日入間のかたのいほしろの穂の上におつる初かりの声」
いほしろをだイオシロオダ[五百代小田] (名)「を」は接頭語。広い田。万葉、[8-1592]「然(しか)とあらぬ五百代小田を刈り乱り田■(たぶせ)にをれば都し思ほゆ」(「しかと」のよみに異説あり)
いほちイオチ[五百個] (数)「ち」は「はたち」「みそぢ」などの「ち」とひとしく接尾語。数の多いことをいう。いほつ。古事記、下「をとめの、いかくるをかを、かなすきも、いほちもがも、すきはぬるもの」⇒いかくる。
いほつイオツ[五百個] (数)「つ」は「ひとつ」「ふたつ」などの「つ」とひとしく接尾語。数の多いことをいう。いほち。古事記、上「みな、やさかの曲玉のいほつのみすまるの玉をまき持たして」
いほへなみイオエ…[五百重波] (枕詞)五百重に多く重なる波が立つということから「たち」に冠する。万葉、[4-568]「岬回の荒磯に寄する五百重波立ちてもゐても我が思へる君」
いほりイオリ[庵] (名)「いほ」に同じ。
いほりさすイオリサス[庵さす] (動、四)「いほさす」に同じ。
いほりすイオリス[庵す] (動、サ変)仮り小屋に宿る。いほる。万葉、[1-60]「夜(よひ)に逢ひて朝(あした)面無(おもな)みなばりにか日長(けなが)き妹がいほりせりけむ」
いほるイオル[庵る] (動、四)前項に同じ。万葉、[2-220]「さみねの島の荒磯面(ありそも)に、いほりてみれば」(柿本人麻呂の長歌の一節)
いまいまし[忌忌し] (形、シク)(1)いみつつしむべきである。源氏、桐壺「ゆゆしき身に侍れば、かくておはしますも、いまいましう、かたじけなくなむ」=私はこんな卑しい身でございますから、このように若宮様が私の家においであそばすのも、まことにもったいなく、おそれおおいことでございます。(2)いみきらうべきである。きらって避けるべきである。古今著聞集、五、和歌「信濃といふ僧ありけり。いまいましきえせものにてなむ侍りけれど」(3)いまいましい。しゃくにさわる。にくらしい。
いまいまし[忌忌し] (形、シク)(1)いみつつしむべきである。源氏、桐壺「ゆゆしき身に侍れば、かくておはしますも、いまいましう、かたじけなくなむ」=私はこんな卑しい身でございますから、このように若宮様が私の家においであそばすのも、まことにもったいなく、おそれおおいことでございます。(2)いみきらうべきである。きらって避けるべきである。古今著聞集、五、和歌「信濃といふ僧ありけり。いまいましきえせものにてなむ侍りけれど」(3)いまいましい。しゃくにさわる。にくらしい。
いまかがみ[今鏡] (書名)「大鏡」のあとをうけて、後一条天皇から高倉天皇まで、十三代百四十六年間の歴史を仮名まじり文で物語風に述べたものである。またの名を「小鏡」というのは「大鏡」に対し、また「続世継」というのは「大鏡」を「世継」というのに対したもの。作者未詳。成立年代については、高倉天皇の嘉応元年(1169)であるという黒川春村の考証がある。
いまがはれうしゆん…ガワリヨウ…[今川了俊] (人名)室町時代の武将・歌人。名は貞世。
剃髪して了俊と号す。遠江の守護職となり、また、鎮西探題となる。足利義満に疑われて藤沢に隠退し、のち罪を許された。これより読書生活に入り、多くの書を著わした。応永二十七年(1420)寂、年九十五。主著、難太平記・今川大双紙・落書抄。
いまく[い巻く] (動、四)「い」は接頭語。「巻く」に同じ。万葉、[2-199]「つむじかぜ、いまきわたると思ふまで」(柿本人麻呂の長歌の一節)
いまさへ…サエ[今さへ] (副)いまとなっては。いまさら。竹取「この御子、今さへ何かといふべからずといふままに、縁にはひのぼり給ひぬ」
いまし[汝] (代)対称代名詞。なんぢ。みまし。古事記、上「あれといましと作れる国、未だ作りをへず」
いまし[今し] (副)「し」は強めの助詞。たったいま。いましがた。土佐日記「いまし、はねといふところへ来ぬ」
います (動、四)(1)「在り」は「居り」の敬語。あらせられる。いらせられる。まします。古事記、下「しが花の照りいまし、しが葉の広りいますは大君ろかも」=その花のように輝いておいでになり、その葉のように広がっておいでになるのは、天皇でいらせられますよ。(2)「行く」の敬語。おでかけになる。万葉、[15-3587]「たくぶすま新羅へいます君が目をけふかあすかと斎(いは)ひて待たむ」(3)「来る」の敬語。こられる。竹取「あべの大臣は火ねずみの皮衣を持ていまして、かぐや姫に住み給ふとな、ここにやいます」
います (動、四)(1)「在り」は「居り」の敬語。あらせられる。いらせられる。まします。古事記、下「しが花の照りいまし、しが葉の広りいますは大君ろかも」=その花のように輝いておいでになり、その葉のように広がっておいでになるのは、天皇でいらせられますよ。(2)「行く」の敬語。おでかけになる。万葉、[15-3587]「たくぶすま新羅へいます君が目をけふかあすかと斎(いは)ひて待たむ」(3)「来る」の敬語。こられる。竹取「あべの大臣は火ねずみの皮衣を持ていまして、かぐや姫に住み給ふとな、ここにやいます」
います (動、下二)(1) 「在り」「居り」の敬語。枕草子、十「まことぞ、をこなりとて、かく笑ひいまするが恥づかし」(2) 「行く」の敬語。おでかけになる。伊勢物語「かかる道は、いかでかいまするといふに、見れば見し人なりけり」(3)「居させる」「行かせる」「来させる」の敬語。万葉、[12-3005]「望の日に出でにし月の高高に君をいませて何をか思はむ」敏達紀十三年二月「三尼をいませて、大会のをがみす」万葉、[15-3749]「ひと国に君をいませていつまでかわが恋ひをらむ時の知らなく」(娘子の詠)
いますかり (動、ラ変)「います」に同じ。「いますがり」は誤り。伊勢物語「大御息所とていますかりけるいとこなり」竹取「翁のあらむ限りは、かうてもいますかりなむかし」(一本には、「かうてもいませかし」とある)
いまそかり (動、ラ変)前項に同じ。伊勢物語「そのみかどのみこ、たかい子と申すいまそかりけり」
いまだいり[今内裏](名)(1)内裏の焼亡などにより、天皇の仮りに移られる御殿。または、新築の内裏。枕草子、一「今内裏のひむがしをば、北の陣とぞいふ」(2)特に、藤原兼通の堀河の邸をいう。荘厳をきわめ、内裏に擬したので、世人がそう呼んだのである。栄花、花山「堀河の院を今内裏といひて」
いまだち (名)「い」は接頭語。「まだち」は「真立」で、立っている形か。雄略紀、六年二月「こもりくの、はつせの山は伊麻■智のよろしき山、わしりでのよろしき山」(契沖以来、この語は「いでたち」の誤りとされているが、「麻」を「で」と読むことは、容易に納得されない)
いまでがは…ガワ[今出川] (地名)もと京都一条東の洞院辺を北から南に流れていた川。今、その川の名を失って、上京区の横の大路の名となっている。徒然草、五十段「一条室町に鬼ありとののしりあへり。今出川の辺より見やれば」
いまでがはのおほいどの…ガワノオオイ…[今出川のおほい殿] (人名)京都今出川町にあった邸(菊亭)に住居した人の名。「おほいどの」は「ごぜんさま」などの義。(1)太政大臣西園寺公相。文永四年(1267)没、年四十四。徒然草、百十四段「今出川のおほい殿、嵯峨へ
おはしけるに」(2)足利義視の別称。
いまでがはのゐんのこのゑ…ガワノインノコノエ[今出川院の近衛] (人名)鎌倉時代の女流歌人。大納言伊平の女。今出川院(亀山天皇の中宮)に仕えたので、この名がある。その歌は、「続古今集」以下五代の勅撰集に収録されている。生没年未詳。徒然草、六十七段「今出川院の近衛とて、集どもにあまた入りたる人は、若かりけるとき、常に百首の歌よみて」
いまのうへ…ウエ[今の上] (名)今のみかど。今上。源氏、少女「そちのみやと聞えし、
今は兵部■にて、今の上に御かはらけまゐりたまふ」

いまはイマワ (名)今は限りと、この世を去る時。臨終。最期。死にぎわ。源氏、桐壺「故大納言、いまはとなるまで」
いまはしイマワシ[忌まはし] (形、シク)忌むべきである。不吉である。宇治拾遺、二、厚行死人を家より出す事「厚行がいふやう、悪しき方より出さむこと殊に然るべからず。かつは数多の御子たちのため、殊にいまはしかるべし」
いまはるイマワル[斎まはる] (動、四)次項の延音。
いまふイマウ[斎まふ] 「忌む・斎む」の延音。⇒いむ。
いままゐり…マイリ[今参り] (名)新参者。枕草子、十一「まだうひうひしきほどのいままゐりどもは、いとつつましげなるに」落窪物語「いままゐりども、日にふたり・みたりまゐりぬ」
いまめかし[今めかし] (形、シク)(1)当世風である。徒然草、十段「いまめかしく、きららかならねど、木立ものふりて」(2)いまさらめいている。いまさら、言うまでもないことである。謡曲、夜討曾我「これは今めかしき御諚にて候ふ。何事にも候へ、御意に背くことはあるまじく候ふ」
いまめかす[今めかす] (動、四)「いまめく」の他動。今めくようにする。当世風にする。
いまめく[今めく] (動、四)当世風である。今風である。「めく」は接尾語で、名詞について「らしくなる」の意を添加する。「春めく」「大人めく」など。源氏、紅梅「北の方、いとはればれしう、いまめきたる人にて」
いまやう…ヨウ[今様] (名)(1)当世風。現代式。枕草子、一「これは昔のことなり、いまやうはやすげなり」徒然草、二十二段「何事も古き世のみぞしたはしき。今様は、むげにいやしくこそなりゆくめれ」(2)「いまやううた」の略。平家、一、妓七「まづ今様ひとつ歌へかしとのたまへば」
いまやううたイマヨウ…[今様歌] (名)新たに流行した当世風の歌の意。平安時代に流行した七五調四句、または八句のうた。「いろは歌」などもその一。宮廷・貴紳などの問に愛誦され、また白拍子などが歌った。略して「今様」ともいう。
いまゐじかんイマイ…[今井似閑] (人名)江戸時代の国学者。通称は小四郎。京都の人。下河辺長流・僧契沖らの門に学び、すこぶる国学に長じた。享保八年(1723)没、年六十六。主著、万葉緯・逸文風土記・引用風土記。
いみき[忌寸] (名)かばねの一。「斎君」の義で、このかばねの者は斎部氏とともに祭祀を司った。天武天皇の十三年(686)に制定された八色のかばねの第四位。
いみじ (形、シク)いちじるしい。甚だしい。善悪ともに用いる。竹取「いみじからむ心地せず、悲しくのみある」(ここでは「うれしい」意に用いている)徒然草、十四段「昔の人は、いかにいひ捨てたることぐさも、みないみじく聞こゆるにや」(ここでは「非常によい」の意に用いている)
いみはたや[忌服屋] (名)神の御衣を織るために、いみきよめて機を織るところ。「いみはたどの」ともいう。古事記、上「天照大御神、忌服屋にましまして、神御衣(かむみそ)を織らしめたまふとき
いむ[斎む・忌む] (動、四)穢れを避け、身を清め慎む。
いむ[忌む] (動、四)前項の他動。嫌って避ける。不吉に思う。竹取「月の顔見るは忌むことと制すれども」徒然草、三十段「しかじかの事は、あなかしこ、あとのため忌むことぞ」
いむかふイムカウ[い向かふ] (動、四)「い」は接頭語。「むかふ」に同じ。古事記、上「いましは、たわやめなれども、いむかふ神と面勝つ神なり」=お前(うずめのみこ)は弱弱しそうに見える女ではあるが、敵に対して向かえば、かならず勝つ神である。
いめ[夢] (名)寝見(いみ)の義。「ゆめ」に同じ。
いめ[射部] (名)狩りの時、鳥獣を射る人の群れ。いめびと。
いめたてて[射部立てて] (枕詞)「とみ」に冠する。なぜ「とみ」に冠するかは諸説があって一定しない。万葉、[8-1459]「いめたててとみのをかべのなでしこの花、ふさ手折りあは持ちいなむ奈良人のため」(旋頭歌)
いめびと[射部人] (名)射部(いめ)に同じ。
いめびとの[射部人の] (枕詞)いめびとは弓を射る時、伏して狙うので「ふし」に冠する。万葉、[9-1699]「おほくらの入江とよむなりいめびとの伏見が田井に雁わたるらし」
いも[妹] (名)(1)女。女性。古事記、上「次に成りませる神のみ名は、うひぢにの神、次にいもすひぢにの神」(2)妻。わぎもこ。古事記、上「ここに、そのいもいざなみのみことになが身はいかに成れると問ひたまへば」(3)きょうだいのうち、自分より年の少ない女。いもうと。
いもあらひ…アライ[一口・芋洗] (地名)京都府久世郡御牧村の大字。巨椋湖の水が淀川に注ぐ辺。平家、九、宇治川「淀・一口へや向かふべき、また、河内路へ廻るべきさ」
いもがいへに…イエ…[妹が家に] (枕詞)妹が家に行くということから「いく」に冠する。万葉、[17-3952]「妹が家にいくりの森の藤の花今来む春も常斬くし見む」(「いくりの森」は越後の国、新潟県南蒲原郡井栗村にあった森か)
いもがうむ[妹が績む] (枕詞)妹の績む苧(を)ということから「を」に冠する。土佐日記「行けどなほ行きやられぬは妹がうむ小津の浦なる岸の松原」
いもがかど[妹が門] (1)句で、妻の家。万葉、[2-131]「妹が門見む、■けこの山」=妻のいる家が見たい。山が高くて邪魔になる。■けこの山。(柿本人麻呂の長歌の終句)(2)枕詞で、妻の家に出入することから「いでいり」に冠する。万葉、[7-1191]「妹が門いでいりの川の瀬をはやみわが馬つまづく家思ふらしも」(「出入の川」は山城の国、京都府乙訓郡入野神社附近の川かという)
いもがかみ[妹が髪] (枕詞)髪を結うことをあぐということから「あぐ」に冠する。万葉、[11-2652]「妹が髪上竹葉野(あげたかはの)の放ち駒荒れゆきけらし逢はなく思へば」
いもがきる[妹が着る] (枕詞)妹の着る御笠の意から「みかさ」に冠する。万葉、[6-987]「待ちがてに我がする月は妹が着る三笠の山にこもりてありけり」
いもがしら[芋頭] (名)さといもの根のかたまりの最も大きなところ。おやいも。徒然草、六十段「真乗院に盛親僧都とて、やむごとなき智者ありけり。いもがしらとうふものを好みて、多く食ひけり」
いもがそで[妹が袖] (枕詞)妹が袖を巻く意から「まく」に冠する。万葉、[10-2187]「妹が袖巻来(まきき)の山の朝露にたほふもみぢの散らまく惜しも」(「まさき」は「まきむく」であろうと宣長はいう)
いもがてを…オ[妹が手を] (枕詞)妹の手をとる意から「とる」に冠する。万葉、[10-2166]「妹が手を取石(とろし)の池の波の間ゆ鳥が音異(ねけ)に鳴く秋過ぎぬらし」(「取石の池」は和泉の国、大阪府泉北郡取石村の池)
いもがひも[妹が紐] (枕詞)妹が紐を結う意から「ゆふ」に冠する。万葉、[7-1115]「妹が紐ゆふやかふちを古のよき人見きと此(こ)を誰か知る」
いもがめを…オ[妹が目を] (枕詞)妹の目を見る意から「み」に冠する。万葉、[12-3024]「妹が目を見まくほり江のさざれ波重(し)きて恋ひつつありと告げてこそ」(「見まく欲り」から
「堀江」にかけている)
いもせ[妹背] (名)多くの場合「夫婦」の意に用いられるが、「男女」の意、または「男女のきょうだい」の意に用いられる場合もあるから、前後の関係や内容によって判断すべきである。
いもせやま[妹背山] (地名)二つの山を夫と妻とに見立てたもので、有名な歌枕。二つある。(1)紀伊の国、和歌山県にある山。伊都郡笠田村字背山にある今の鉢伏山が背山、紀の川を隔てて対岸の見好村字渋田にある丘の今の長者屋敷が妹山。「万葉」をはじめ、「枕草子」「蜻蛉日記」その他にある「妹背山」は多く紀伊のそれを指しているようである。(2)大和の国、奈良県にある山。上市町から龍門村へ入る谷口に吉野川を隔てて立つ二つの山で、西岸にあるのが背山、東岸にあるのが妹山。
いもねず (句)寝(い)も寝ずと重ねたもの。眠らない。寝ない意。竹取「よるは、やすきいもねず」
いもひイモイ[斎・忌](名)「いもふ」の連用形が名詞となった語。精進潔斎。斎戒。ものいみ。竹取「この人人どもの帰るまで、いもひをして我は居らむ。この玉取り得では、家に帰り来な」
いもふイモウ[斎ふ・忌ふ] (動、四)「いむ」の延音。けがれを避け、身を清め慎む。河海抄「神垣にひもろぎ立てていもへども人の心は守りあへぬものを」
いや[弥・最] (接語)(1)「いよいよ」の意を冠して単語を構成する場合。いや増さる。いや増す。いやつぎつぎに。いや増しに。(2)「最も」の意を冠して単語を構成する場合。いやはし(最端)。いやはて(最後)。いやをこ(最愚)。
いやさやしきて (句)いよいよ、さわやかに敷いて。古事記、中「あしはらの、しけしきをやに、すがだたみ、いやさやしきて、わがふたりねし」=葦原の中の、すがすがしい小屋に、菅畳をいよいよ多く、さわやかに敷いて、われわれ二人が寝たことがあった。
いやす[癒す] (動、四)「いゆ」の他動。(病気を)なおす。治療する。徒然草、六十段「思ふやうによきいもがしらをえらびて、ことに多く食ひて、よろづのやまひをいやしけり」
いやたかやま[弥高山] (地名)歌枕の一。近江の「伊吹山」の別称。枕草子、一「峰は、ゆづるはのみね・あみだのみね・いやたかのみね」
いやちこなり (形動、ナリ)いちじるしい。甚だ明らかである。あらたかである。「霊験いやちこなり」などという。
いやむ (動、四)「いなむ」の転。にくみきらう。いとわしく思う。宇治拾遺、三「国司、むづかりて、国司も国司にこそよれ、われらに逢ひてかうはいふぞとて、いやみ思ひて」
いゆ[癒ゆ] (動、下二)(病気が)なおる。全快する。治癒する。
いゆきあひの…アイ…[い行きあひの] (枕詞)「い」は接頭語で、行きあうこと。
坂は、のぼりくだりの人が行きあうことから「坂」に冠する。万葉、[9-1752]「いゆきあひの坂のふもとに咲きををるさくらの花を見せむ児もがも」(「ををる」は「たわまりまがる」)
いゆく[い行く] (動、四)「い」は接頭語。「行く」におなじ。古事記、中「しりつとよ、いゆきたがひ、まへつとよ、いゆきたがひ」万葉、[3-317]「白雲まいゆきはばかり」古事記、中「たたなめて、いなさの山の、その木の間よも、いゆきまもらひ」=いなさの山に楯を並べて、その木の間を往来しつつ防戦して。(「たたなめて」は「楯を並べて」)
いゆししの[射ゆ鹿の] (枕詞)「射ゆ」は「射らゆ」の略で「射られる」の義。弓で射られた獣のことから「痛む」「死」に冠する。万葉、[9-1804]「ちちははが…射ゆししの心を痛み、あしがきの思ひ乱れて」同、[13-3344]「この月は…射ゆししの行きも死なむと思へども」
いよ (副)「いや(弥)」の転。いよいよ。ますます。
いよす[伊予簾] (名)いよすだれ。伊予の国、愛媛県浮穴郡霧峰の山中に生ずる簾葦で作った簾。枕草子、八「いやしげなるもの…いよすの筋太き」
いよだつ[弥立つ] (動、四)(寒さまたは恐怖などのために)ぞっとして毛孔があわだつ。みのけだつ。「い」を略して「よだつ」また「身の毛がよだつ」などという。永久百首、雑「琴の音のことぢにむせぶ夕暮れは毛もいよだちぬすずろ寒さに」
いよやかに (副)木などの高くそびえているさまにいう。また、人のせいが高くおごそかなさまにいう。いよよかに。
いよよ (副)「いよいよ」の略。「いよいよ」に同じ。古事記、上「天照大御いよよあやしとおもほして、やや戸より出でて、のぞみます時に」万葉、[4-753]「相見てばしましく恋はなぎかむかと思へどいよよ恋ひまさりけり 大伴家持」=互に逢えば、少しは恋もやわらぐかと思いますが…どうも、いよいよ恋いしくてなりません。
いよよかに (副)「いよやかに」に同じ。
いよりたたす[い寄り立たす] (句)「い」は接頭語、「立たす」は「立つ」の敬語。寄り立たせられる。そばへ寄ってお立ちになる。万葉、[1-3]「やすみしし、わが大君の、あしたには、とり撫でたまひ、夕べには、いより立たしし、みとらしの、梓弓の、長はずの、音すなり」(間人連老の長歌の一節)
いよりだたす[い寄り立たす] (句)前項に同じ。古事記、下「やすみしし、わが大君の、あさとには、伊余理陀多志ゆふとには、伊余理陀多須、わきづきが下の、板にもがあせををと姫」=陛下の朝にはお寄り立ちになり、夕べにはお寄り立ちになる、あの脇衝の下の板になりたいものでございますよ。(「やすみしし」は枕詞。「あせを」は男を親しんで呼ぶ一種のはやしことば)
いらいらし (形、シク)気がせいて、もどかしい。いらいらする。古今著聞集、十六「いらいらしきものにて、その鳥をとらへて、毛をつるりとむしてけり」
いらか[甍] (名)かわら。平家、灌頂、大原御幸「甍破れては霧不断の香を焼(た)き、
扉(とぼそ)落ちては月常住の燭(ともしび)を挑ぐ」=屋根の瓦がこわれては、霧が家の中にたちこめて、あたかも年中絶えない香をたいているように見え、戸が朽ちて倒れては、月がさしこんで、永久に絶えない燈をかかげているように見える。(荒れはてた寺のさまを詩的に叙したもの。この句は、何か出典がありそうに思われるが、今のところ、全く不明である)
いらす[貨す] (動、四)貨す。天武紀、下、四年四月「諸国の貸税(いらしのおほちから)、
今よりのち、明らかに百姓を見て、まづ富貴を知りて、三等(みしな)にえらび定め、よりて中戸より以下にいらし与へよ」
いらつイラズ[苛つ] (動、四)いらいらする。あせる。せく。謡曲、熊坂「熊坂も長刀かまへ、互にかかるを待ちけるが、いらつて熊坂左足を踏み」
いらつイラズ[苛つ] (動、四)いらいらする。あせる。せく。謡曲、熊坂「熊坂も長刀かまへ、互にかかるを待ちけるが、いらつて熊坂左足を踏み」
いらづイラズ[苛づ] (動、下二)前項の他動。いらだたせる。あせらせる。急がせる。さいそくする。平家、一、殿下乗合「乗物より下り候へといらでけれども」太平記、四、「近江の柏原にて斬り奉るべき由、探使襲来していらでければ」
いらつこ[郎子・郎] (名)古、若い男子を親愛して呼んだ語。「いらつきみ」ともいった。「いらつめ」の対。
いらつめ[郎女・嬢] (名)古、若い女子を親愛して呼んだ語。「いらつひめ」ともいった。「いらつこ」の対。
いらつめ[郎女・嬢] (名)古、若い女子を親愛して呼んだ語。「いらつひめ」ともいった。「いらつこ」の対。
いらなけく (句)いたましいことを。悲しいことを。古事記、中「いらなけく、そこに思ひ出」万葉、[17-3969]「いらなけく、そこに思ひ出」(「古事記」と「万葉」とに全く同一の文句がある。「そこに、痛ましいことを思い出し」の意)
いらなし (句)いたましいことを。悲しいことを。古事記、中「いらなけく、そこに(形、ク)(1)はげしい。甚だしい。大げさである。宇津保、藤原の君「天下のいらなき軍(いくさ)なりとも打ち勝ちなむや」大和物語「さぶらう人人もいらなくなむ泣きあはれがりける」大鏡、八「そのほどいらなく悲しきこと多く侍りき」徒然草、五十四段「印ことごとしく結び出でなどして、いらなくふるまひて」(2)転じて、この上もない。宇治拾遺、十「さて明け暮れはいらなき太刀をみがき」(3)あわてる。無作法である。大鏡、二、左大臣時平「この史(ざくわん)、文■みに文はさみて、いらなくふるまひて、この大臣(おとど)に奉るとて、いと高やかに放屁(なら)して侍りけるに」
いらひどし (形、ク)甚だひどい。はげしい。八犬伝、一「夏の日よりもいらひどき、ゑせ大領に病みしぼむ、民草をあはれみて、ここにいくさを起こしたまはば」
いらふイラウ[弄ふ] (動、四)もてあそぶ。いじる。狂言、磁石「きやつが寝たあとを、いらうてみましたれば」
いらふイラウ[応ふ・答ふ] (動、下二)答える。返事をする。枕草子、五「それは、ひぐらしなりといらふる人もあり」
いらへイラエ[応・答] 「いらふ」の連用形が名詞となった語。こたえ。返事。徒然草、四十七段「尼御前、何事をかくのたまふぞといひけれども、いらへもせず」
いらめく (動、四)かどたつ。宇治拾遺、十一「くび細く、胸骨はことにさし出でていらめき、腹ふくれて」
いららがす (動、四)いららぐようにする。怒らせる。宇治拾遺、九「ゐのししの出で来て、石をはらはらと砕けば、火きらきらと出づ。毛をいららがして走りかかる」
いららぐ (動、四)怒る。かどたつ。つっぱる。落窪物語「顔つきただ駒のやうにて、鼻のいららぎたること限りなし」源氏、手習「こはごはしく、いららぎたる物ども着たまへり」
いららぐ (動、下二)怒らせる。かどたてる。太平記、十「声をいららげ、色を損じて、御つぼねをにらみ奉る」
いらる (動、下二)いらいらする。いきどおる。落窪物語「蔵人少将を中の君にあはせ給へば、中納言殿に聞えて、いられ死ぬるばかり思ふ」(憤死するほど)
いられ (名)いらいらすること。枕草子、八「くるしげなるもの…心いられしたる人」
いりあひ…アイ[入相] (名)(1)日の入るころ。夕ぐれ。伊勢物語「けふのいりあひばかりに絶えいりて」(2)「入相の鐘」の略。源氏、澪標「山寺の入相の声声にそへても」太平記、二、俊基朝臣再関東下向事「たれからあはれと夕暮れの、入相鳴れば今はとて、池田の宿に着き給ふ」
いりえ[入江] (名)海・湖・川などの陸に入り込んだ処。古事記、下「くさかえの、いりえのはちす、はなばちす、みのさかりびと、ともしきろかも」=日下江の入江の蓮、その花蓮のような身の盛んな人は、羨ましいことであるよ。
いりずみ[炒炭] (名)火にあぶって湿気を去り、火のつきやすいようにした炭。枕草子、八「名おそろしきもの…からたち・いりずみ・ばうたん・うしおに」同、同「こころもとなきもの…とみにいりずみおこす。いと心もとなし」
いりたつ[入り立つ] (動、四)立ち入る。入る。古事記、下「大君の、こころをゆらみ、おみのこの、やへのしばがき、いりたたずあり」=大君(皇太子)の心を憚り、臣の子(自分、志毘)は、八重の柴垣の中へ入らずにいる。
いりひなす[入日なす] (枕詞)「入日のように」の義。日がかくれることから人の死の意にいう「かくる」に冠する。万葉、[2-210]「うつせみと…入日なす隠りにしかば、わぎもこが形見に置ける、若き児の、乞ひ泣くごとに、取り与ふ物し無ければ」
いりほが (名)たくみに過ぎて嫌味に堕すること。心を入れ過ぎて実から遠ざかること。
せんさくし過ぎること。いたずらに難解で複雑なこと。古川柳「いりほがに詩を書いて出す憎いこと」
いりめく (動、四)「炒りめく」義か。物を炒るように騒ぐ。ひしめく。宇治拾遺、十五「従者ども、こは物に狂はせ給ふか、かなはぬまでも楯つきなどし給へかしといりめきあひたり」
いりもむ (動、四)「炒り揉む」義か。(1)騒ぎ乱れる。源氏、明石「ひねもすにいりもみつる風のさわぎに」増鏡、二十、月草の花「一日・一夜、いりもみとよみ明かす」(2)いらだつ。さまざまに心を砕き思う。宇治拾遺、十一「ただ少しのたより賜び候はむといりもみ申して」同、三「この人を妻にせばやといりもみ思ひければ」(3)いじめる。狭衣、四、下「母代(ははしろ)にいりもまれ給ひしかど」
いりをりイリオリ[入り居り] (動、ラ変)入っている。内にいる。古事記、中「ひとさはにいりをりとも」=人が多く入っていようとも。
いるかせに (副)ゆるかせに。おろそかに。そまつに。水鏡、中、皇極天皇「いかで、われらをばいるかせには言ふべぞ(副)ゆるかせに。おろそかに。そまつに。水鏡、中、皇極天皇「いかで、われらをばいるかせには言ふべぞとて打ちしかば、めの童は泣きて」て打ちしかば、めの童は泣きて」
いるさ[入るさ] (名)(1)入る方。源氏、末摘花「里わかぬ影をば見れどゆく月の入るさの山をたれかたづぬる」(2)入る時。冥途の飛脚「いるさの門の障子戸もあくるあしたの形見かや」
いれかたびら[入れ帷] (名)衣服などを箱に入れるとき、それを包む布。または下に敷く布。宇津保、初秋「これをなむ御箱どもに入れ給ひて、入れかたびら・包みなど、いと清らなり」
いれひもの[入れ紐の] (枕詞)「入れ紐」は、結び玉にした雄紐を、輪にした雌紐の中にさし入れて結ぶもの。さし入れるので「さし」に、また、雌雄の紐の似ていることから「同じ」に冠する。古今六帖、五「いれひものさして来つれど」古今集、十一、恋一「いれひもの同じ心にいざ結びてむ」
いろ[色] (名)(1)かおいろ。拾遺集、十一、恋一「忍ぶれど色に出にけりわが恋はものや思ふと人の間ふまで」(2)女色。婦人を愛すること。徒然草、三段「よろづにていみじくとも、色好まざらむをのこは、いとさうざうしく」(3)情愛。なさけ。情趣。おもむき。徒然草、百四十一段「あづま人はわがかたなれど、げに心の色なく、なさけおくれ」(4)種類。しな。宇津保、俊蔭「目に見ゆる鳥・獣、いろをもきらはず殺し食へば」(5)禁色。宇津保、初秋「更衣十人、色許されたる限り」(6)喪服。喪服のにび色。源氏、少女「宮の御はても過ぎぬれば、世の中いろ改まりて」
いろ[倚廬] (名)喪中、こもっている所。平家、四、還御「平家の人人皆出仕せられける中に、小松殿の公達は、去年おとど■ぜられにしかば、倚廬にて籠居せられけり」
いろ (接頭)「家」または「親愛」の意味を添え加えて、肉親を呼ぶのに用いる語。いろは(母)。いろせ(兄)。いろね(姉)。いろと(弟)。いろも(妹)など。
いろくづ…クズ (名)(1)うろこ。(2)魚。
いろこ (名)(1)うろこ。古事記、上「いろこのごと造れる宮、それわたつみの神の宮なり」
(2)魚。
いろごのみ[色好み] (名)女色を好むこと。また、その人。竹取「色好みといはるる限り五人、思ひやむ時なく、よるひる来けり」
いろせ (名)兄または弟。また、きょうだい。古事記、上「あは天照大御神のいろせなり」(弟)同、同「そのいろせあながちに 乞ひはたりき」(兄)万葉、[2-165]「うつそみの人なるわれやあすよりは二上山(ふたかみやま)をいろせとわが見む」(きょうだい)
いろと (名)弟または妹。古事記、上「ここに、そのいろと、海辺に泣きうれひてゐます時に」(弟)同、中「かれ、このみこ、みむすめ二柱ましき…いろとの名は、はへいろと」(妹)
いろね (名)兄または姉。■靖紀、冒頭「そのいろねたきしみみの命、としすでにおいて」(兄)古事記、中「かれ、このみこ、みむすめ二柱ましき…いろねの名は、はへいろね」(姉)
いろは[母] (名)母。八犬伝、四「かぞにいろはの物語、信乃の命の長かれと」(「かぞ」は「父」)
いろふイロウ(動、四)(1)とり扱う。つかさどる。源氏、松風「惟光の朝臣、例の忍ぶる道は、いつとなくいろひつかうまつる人なれば」(2)関係する。干渉する。増鏡、十八、むら時雨「相模守高時といふは…一とせ入道して、今は世の大事どもいろはねど」徒然草、七十七段「世の中に、その頃人のもてあつかひぐさに言ひあへること、いろふべきにはあらぬ人のよく案内知りて」(3)争う。さからう。八犬伝、二「姫もまたこれをいろはず、そがままに犬に伴なはれて」(4)さわる。いじる。いらう。
いろふイロウ[彩ふ] (動、四)(1)色を生ずる。うるわしくなる。和泉式部集、五「いかばかり思ひおくとも見えざりし露にいろへるなでしこの花」(2)(色が)うつる。源氏、若葉、下「何ごとにも、目のみまがひいろふ」
いろふイロウ (動、下二)いろどる。ちりばめ飾る。竹取「この皮衣を入れたる箱を見れば、くさぐさのうるはしき瑠璃をいろへて作れり」
いろふし[色節] (名)はなやかに目立つこと。華麗な行事。宇津保、藤原の君「かくて、この寺には、けふのいろふしにて、けしからぬこといと多かり」徒然草、百九十一段「よろづの物のきら飾り、色ふしも、夜のみこそめでたけれ」
いろめかし[色めかし] (形、シク)色好みらしい。源氏、紅葉賀「いとよしあるさまして、色めかしうなよび給へるを、女にて見むはをかしかりぬべく」
いろめかす[色めかす] (動、四)ひとめをひくようにする。栄花、木綿四手「棧敷を造りいろめかし給はばこそは、人のそしりもあらめ」
いろめく[色めく] (動、四)(1)美しい色を現わす。謡曲、羽衣「げに花かづら、色めくは春のしるしかや」(2)好色めく。源氏、末摘花「あまりいろめいたりと思して、ものも言はず」(3)ざわつく。敗色が現われる。太平記、八「すはや、敵は色めきたるは」
いろも[妹] (名)いもうと。古事記、中「さほびこのみこ、そのいろもに、夫(を)といろせといづれか愛(は)しきと問ひければ」
いろゆるさる (句)禁色(きんじき)の衣を着ることをゆるされる。宇津保、初秋「命婦、色許されたる三人」大和物語「亭子のみかど、内裏(うち)に御消息きこえ給ひて、色ゆるされ給ひける」
いわく (動、下二)こどもらしい。思慮がない。いはく。竹取「中納言は、いわけたるわざして病むことを、人に聞かせじとし給ひけれど」
いわけなし (形、ク)「稚気甚(いわけな)し」の義か。「いはけなし」は「わ」の借字。幼稚である。あどけない。増鏡、六、煙のすゑずゑ「うへは、まだいといわけなき御程にて、かくいつくしき万乗のあるじにそなはり給へる御有様」うけらが花、六、雑「静子は、いわけなかりしより、難波津も何もをしへものしけるに」
いをイオ[魚] (名)魚。源氏、帚木「荒海のいかれるいをのすがた」伊勢物語「白き鳥の嘴と脚とあかき、鴨の大きさなる、水の上にあそびつついををくふ」
いをぬイオヌ[寝を寝] (動、下二)よく眠る。万葉、[12-3092]「しらまゆみ斐太の細江のすが鳥の妹に恋ふれやいをねかねつる」=あの、すが鳥という鳥のように、妻が恋いしい
せいか、よく眠ることができない。(上三句は、序詞で、ほとんど意味はない)
いんべのひろなり[斎部広成] (人名)神官。「古語拾遺」の著者。斎部氏は天太玉命(あめのふとだまのみこと)の子孫で、中臣氏と相並んで代代神■官を奉職し、祭祀を司って来たが、中臣氏が鎌足の勲功により藤原の姓を賜わり、権勢をもっぱらにしたのに反し、
斎部氏は、ほとんどかえりみなれなかった。その上、古来の伝承統がだんだんゆがめられて行くのを慨して「古語拾遺」を著わした。生没年とも不明であるが、「古語拾遺」は大同二年(802)に成ったと信ぜられるから、広成は奈良時代の末期から平安時代の初期にかけて生存していた人であることがわかる。
いんやう…ヨウ[陰陽] (名)古代中国の易学の話。太極から分かれた相反する二つの気。
たとえば、日・火・男・南などを陽とし、月・水・女・北などを陰とする。この二気が交感することによって万物が生ずるとする。古事記、序文「陰陽ここに開くる時、二霊、群品の祖となりまたへり」=陰陽の二気が分かれたとき、いざなぎ・いざなみの二神が現われて万物の祖となられた。
いんやく[印■] (名)印と錠。特に、天子の印と錠。平家、七、主上都落「神■・宝剣・内侍所・印■・時の札・玄上・鈴鹿なども取り具せよと、平大納言時忠卿下知せられたりけれども」
いんれき[陰暦] (名)旧暦。太陰暦。「太陽暦」の対。

Page Top