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ぬ[野] (名)「野(の)」の誤訓。奈良時代の諸文献で「ノ」の音を表わすに「奴・努・弩」または「乃・廼・能」などの漢字を用いている。前者を「ノの甲類」といい、後者を「ノの乙類」という。真淵・宣長らは、甲類を「ヌ」と読むべしとし、最近まで通説となっていたが、故橋本進吉博士によって、甲類も「ノ」と読むべきであるとし、今日の定説となったもの。従って、「野・小竹・角・偲ぶ・凌ぐ」なども「ノ・シノ・ツノ・シノブ・シノグ」などと読むべきである。
ぬ[瓊] (名)玉。に。古事記、上「ぬなとも、もゆらに」=玉の音も、ゆらゆらとゆれて、よい音を立てて。
ぬ[沼] (名)ぬま。和名抄「沼=奴」。万葉、二の二〇一「はにやすの池のつつみの隠りぬの行方を知らに舎人は惑ふ」
ぬ[寝] (動、下二)眠りにつく。いぬ。ねる。伊勢物語「女、なげきてぬとて」
(助動)完了の助動詞。動詞・形容詞・助動詞の連用形に付く。「な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね」とナ行変格に活用する。「木の葉さやぎぬ」「あひ奉りたまひね」「道、いと悪しかりぬ」「人に笑はれぬ」
ぬえ (名)「ふくろう」「このはずく」「あおばずく」等の総称。通説は、「とらつぐみ」。ぬえどり。ぬえこどり。古事記、上「青山にぬえは鳴き、さのつとり、きぎしはとよむ」
ぬえ (名)想像上の怪獣。近衛天皇の時、源頼政が射殺したという。頭は猿、胴は虎、尾は蛇、声は「ぬえどり」のようであったという。「平家、四、■」にくわしい。
ぬえくさの[萎え草の] (枕詞)萎えた草のように、なよなよしているという意から「女(め)」に冠する。古事記、上「ぬえくさのめにしあれば、わがこころ、うらすのとりぞ」⇒うらすのとり。
ぬえこどり (枕詞)ぬえどりの鳴く声の悲しく聞こえることから「うら嘆く」に冠する。万葉、一の五「むらぎもの心を痛み、ぬえこどりうら嘆(な)げ居れば」
ぬえどりの (枕詞)前項に同じ。また、ぬえどりの雌雄が離れていて互いに相想うということから「片恋」に、また、細細と鳴くことから「のとよぶ」に冠する。「のどよぶ」は細細とうなるように鳴く義。万葉、十の一九九七「ぬえどりのうら嘆げましつ」同、二の一九六「ぬえどりの片恋づま」同、五の八九二「ぬえどりののどよび居るに」
ぬえふす[萎え伏す] (動、四)倒れ臥す。うつぶす。
ぬか[額] (名)(1)ひたい。枕草子、七、「僧都の君のぬかをさえつきて取り給ひてき」(2)ぬかづくこと。礼拝。枕草子、六「あはれなるもの…あかつきのぬかなど、いみじうあはれなり」
ぬかご (名)「やまのいも」のつるになる実。むかご。方丈記「或はつばなをぬき、岩梨をとり、また、ぬかごをもり、芹をつむ」
ぬかだのおほきみ…オオ…[額田の王] (人名)「万葉」の代表的女流歌人の一人。孝徳天皇の御代から持統天皇の御代に及ぶ人。鏡王の女。藤原鎌足の夫人の妹。天武天皇(大海人皇子)の寵を受けて十市の皇女を産む。生没年未詳。「万葉集」に長歌三首、短歌十首を収む。
ぬかづきヌカズキ (名)「ほおずき」の古称。枕草子、三「草の花は…ぬかづきなどいふもののやうにだにあれかし」
ぬかづきむしヌカヅキ… (名)「こめつきむし」の古称。枕草子、三「虫は…ぬかづき虫、また、あはれなり」
ぬかづくヌカズク (動、四)「額着く」の義。額を地に付けて礼を行う。頓首す。叩頭す。
ぬぎうて[脱ぎ棄て] (句)脱ぎ捨て。古事記、上「へつなみ、そになげうて」=浜辺の波が磯に砕けて、磯から沖へと離れ遠ざかるように、衣をそこに脱ぎ捨て。
ぬきがは……ガワ[貫川] (地名)美濃の国、岐阜県本巣郡にある「伊豆貫川」のこと。「伊豆」を略して呼ぶことが多い。枕草子、三「川は…貫川」催馬楽、貫河「ぬき河の瀬瀬の小菅のやはら手枕、やはらかに寝(ぬ)る夜はなくて、親さくるつま」
ぬきす[貫簀] (名)太くけずった竹で編んだ簾。手を洗う時、膝にかからぬようにし、また、四方へ水の散るのを避けるために盥などにかけるのに用いる。伊勢物語「女の親腹立ちて、手洗ふ所仁貫簀をとりて投げ捨てければ、盥の水に泣く影の見えけるを」
ぬぎすべす[脱ぎ滑す] (動、四)着物などをなめらかに脱ぐ。源氏、空蝉「かの脱ぎすべしたる薄衣を取り出で給ひぬ」
ぬきつる[抜き連る] (動、下二)みんなが一時に刀を抜く。
ぬきれ (名)「数珠」の異称。
ぬくし (形、ク)ぬくい。あたたかい。
ぬくとし (形、ク)ぬくい。あたたかい。
ぬくとまる (動、四)ぬくまる。あたたまる。
ぬくぬくと (副)あたたかそうに。また、平然と。骨も折らずに。
ぬくむ (動、四)あたたまる。あたたかになる。
ぬくむ (動、下二)前項の他動。あたためる。あたたかにする。
ぬくめどり[ぬくめ鳥] (名)(1)鷹が寒い夜などに生きた小鳥をつかまえ、自分の脚をあたためること。(2)親鳥が雛を羽の下に抱いて、あたためること。はぐくむこと。
ぬけに[抜け荷] (名)「ぬきに」ともいう。江戸時代、禁を犯して、ひそかに外国と貿易を行うこと。密貿易。また、その荷物。
ぬさ[幣] (名)神に祈り、または祓をする時に用いるもの。木綿・麻・布・紙などを用いる。みてぐら。にぎて。幣束。帑幣。古事記、中「更に、国の大奴佐を取りて」古今集、九、■旅「このたびはぬさもとりあへず手向け山もみぢのにしき神のまにまに 菅原道真」⇒たむけやま。
ぬざかのうら[野坂の浦] (地名)「のざかのうら」の誤読。
ぬさぶくろ[幣袋] (名)「ぬさ」を入れる袋。昔は、旅行の際に幣を袋に入れて行き、国境や山川などの、道の神に手向けた。現時、若菜、上「春の手向けのぬさぶくろにやとおぼゆ」
ぬし[塗師] (名)「ぬりし」の略。漆細工などに従事する人。
ぬし[主] (名)(1)主人。竹取「うたてあるぬしの御許に仕うまつりて、すずろなる死にをすべかむめるかな」(2)人の尊称に用いる語。うし。土佐日記「仲麻呂のぬし」(3)その物の所有者。持主。古今集、十九、誹諧歌「山吹の花色ごろもぬしやたれ問へど答へずくちなしにして 素性法師」(4)山・沼・池・湖などに棲んで、霊ありとされている動物。
ぬし[主] (代)敬意をあらわす対称代名詞。あなた。また、他称代名詞。あのかた。
ぬしづくヌシズク (動、四)自分の物とする。所有主となる。領有する。領する。傾城反魂香、上「この伴左衛門に縁辺し、七百町をぬしづかむと、あてはめて置いたもの」
ぬしつよくさだまる[主強く定まる] (句)夫が決定する。右京大夫集「ぬしつよく定まるべしなど聞きしころ」
ぬしつよくなる[主強くなる] (句)夫が決定する。源氏、夕顔「ぬし強くなるとも、変はらず打ち解けぬべく見えしさまなるを頼みて」
ぬすたつ (動、四)「盗み起つ」義。鷹などに追われ、草の中などに隠れていた鳥が、そっと起ち逃げる。「ぬすたつ鳥」
ぬすまふヌスマウ[盗まふ] (動、四)「盗む」の延音。あざむきいつわる。万葉、十一の二五七三「こころさへ奉(まつ)れる君に何をかも言はず言ひしとわがぬすまはむ」
ぬすまはるヌスマワル[盗まはる] (動、下二)間を盗む。やっと、暇を得て行う。宇津保、俊蔭「夜ふけぬれば、辛うじてぬすまはれて、衛府の所におはして」
ぬた[沼田] (名)「ぬまた」に同じ。泥の深い田。散木集、夏「をくろ崎ぬたの蓴菜(ぬなは)を踏みしだき日も夕ましに蛙鳴くなり」⇒をくろざき。
ぬた (名)いのししの臥所。夫木抄、雑九「君恋ふと猪の刈藻より寝ざめして浴(あ)みけるぬたにやつれてぞふる」
ぬたうつ (動、四)前項参照。(1)いのししが草の上に寝る。(2)転じて、だらしなく寝ころがる。ぬたくる。のたくる。(3)軽んじる。あなどる。ばかにする。
ぬたくる (動、四)(1)ぬたうつ。もがきまわる。のたくる。浮世風呂、一、上「うなぎ…あっちへぬたくり、こっちへぬたくり」(2)塗りつける。へたな文字を書くのにいう。
ぬため[目]觘 (名)「ぬたはだ」ともいう。鹿の角の皮に、皺のよったような模様のあるもの。
ぬためのかぶら[觘目の鏑] (句)前項参照。ぬためで作った鏑矢。平家、十一、那須与一「ぬためのかぶらをぞさし添へたる」
ぬち[内・中] (名)うち。なか。あるいは「のうち」の約か。古事記、上「戸無き八尋殿を作りて、その殿(との)ぬちに入りまして」
ぬつと (副)にわかに現われ出るさま、急に起ち上がるさまにいう語。のっと。国姓爺後日合戦、二「ののしりわめく真中へ、ぬつと出で立ちはたかり」
ぬて[鐸] (名)大きな鈴。ぬりて。古事記、下「ぬてゆらぐも、おきめくらしも」⇒おきめ。
ぬながは……ガワ[渟名川] (地名)天上にある川の名。「あめのぬなゐ」ともいう。万葉、十三の三二四七「ぬながわの底なる玉、求めて得し玉かも、拾(ひり)ひて得し玉かも、あたらしき君が、老ゆらく惜しも」(「あたらしき」は「惜しき」)
ぬなかはひめヌナカワ…[沼河比売] (人名)古事記神話で、コシノクニに住んでいたという女性。大国主命がこの女性のもとに通った時の贈答歌は名高い。今、新潟県糸魚川市の大字奴奈川附近に奴奈川神社があり、この女性をまつっている。古事記、上「やちほこの神、こしのぬなかはひめをよばはむと、いでましし時」
ぬなと[瓊な音] (句)玉の音。⇒ぬ(瓊)
ぬなはヌナワ[蓴菜] (名)「じゅんさい」の古称。うきぬなは。拾遺集、十六、雑春「年ごとに春は来れども池水に生ふるぬなはは絶えずぞありける 源順」
ぬなはくりヌナワ…… (句)「ぬなはを繰り」である。応神紀、十三年九月「みづたまる、よさみのいけに、ぬなはくり、はへけくしらに」=依網の池にじゅんさいを繰るように、叡慮が遠く延びていられたことも知らず。(「みづたまる」は「池」の枕詞)
ぬのびき[布引] (名)(1)昔、相撲の節介の後などに、力士に糾った布を曳かせ、その勝者にその布を賜わること。(2)布をさらすために引き張ること。(3)人人がひきもきらず続くこと。太平記、二十三、雲客下レ車事「参詣の貴賎、布引なりけるが、これを見て」
ぬのびきのたき[布引の滝] (地名)歌枕の一。神戸市葺合区布引山にかかる滝。伊勢物語「この山の上にありといふ布引の滝見に登らむ」古今集、十七、雑上「布引の滝にてよめる 在原業平」
ぬばかま[奴袴] (名)「さしぬき」に同じ。
ぬばたまの (枕詞)「うばたまの」に同じ。「ぬばたま」は「からすおうぎ」という植物の実で、その黒いことから「黒」「夜」「夕べ」「宵」に、転じて「夢」「月」などに冠する。例を略す。
ぬはれふすスワレ……[縫はれ伏す] (句)ものに縫われたように隠れ伏す。太平記、七、船上合戦事「敵に勢(せい)の分際を見えじと、木かげにぬはれ伏して、時時射手を出し」
ぬひ[奴婢] (名)男女のめしつかい。方丈記「ただ、わが身を奴婢とするにはしかず」
ぬひどののつかさスイ……[縫殿寮] (名)「ぬひれう」に同じ。
ぬびる (名)「のびる」の誤読。古事記、中「いざこども、ぬびるつみに、ひるつみに」(正しくは「のびる」)
ぬひれうスイリヨウ[縫殿寮] (名)主として、衣服の裁縫のことをつかさどる役所。中務省の被官。ぬひどののつかさ。
ぬぼこ[瓊矛] (名)玉で飾った美しい矛。古事記、上「天のぬぼこを賜ひて、ことよさしたまひき」
ぬまじり[沼尻] (地名)「更級日記」にある地名。所在未詳。更級日記「ぬまじりといふところも、すがすがと過ぎて、いみじくわづらひ出でて、遠江にかかる」
ぬりごめ[塗籠] (名)寝殿造りの室の名。家の奥にあって、周囲を壁で塗り籠め、明かり窓をとりつけ、妻戸から出入るもの。物を入れ、または寝室に当てた。竹取「嫗、ぬりごめの内にかぐや姫を抱(いだ)かへて居り。翁もぬりごめの戸さして、戸口に居り」
ぬりて[鐸] (名)「ぬて」に同じ。
ぬりの[塗箆] (名)漆で塗った矢柄。平家、十一、弓流し「塗箆に、黒ほろはいだる大の矢を持つて」
ぬる[塗る] (動、四)(1)ぬりつける。(2)自分の罪を他人に負わせる。なすりつける。転嫁する。(3)厚化粧する。
ぬる[濡る] (動、下二)(1)水分にうるおう。しめる。ぬれる。(2)男女が情を通わせる。(3)色好みである。
ぬる (動、下二)なびき寄る。一説、抜ける。万葉、十四の三四一六「上毛野かほやが沼のいはゐづら引かばぬれつつ吾(あ)をな絶えそね」(「いはゐづら」は水草であろうが、未詳)
ぬるたま[寝る魂] (名)「夢」のこと。
ぬるみごこち[ぬるみ心地] (名)軽い熱病。讃岐典侍日記「御めのとたち、藤の三位、ぬるみ心地わづらひて参らず」
ぬるむ (動、四)(1)ぬるくなる。あたたかくなる。「水ぬるむ」(2)体温が高くなる。熱気がある。熱が出る。小町集「人しれず我が思ふ人に逢はぬ夜は身さへぬるみておもほゆるかな」
ぬるよおちず[寝る夜おちず] (句)「おちず」は「欠けず」「欠かさず」の意。寝る夜は一夜も欠かさず。毎晩。万葉、一の六「山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹をかけてしのびつ」=山から吹いて来る風が時候はずれに寒いので、毎夜、家の妻のことが気にかかって、しのばれることであるよ。
ぬれ[濡れ] (名)(1)濡れること。夫木抄、雑十「時雨降るおほあらき野の小さき原ぬれはひづとも色にいでめやも」(2)色事。恋愛。薩摩歌、上「かなはぬ濡れに身を浸し」
ぬれぎぬ[濡れ衣] (名)(1)濡れた衣。(2)無実の罪名を被ること。無根の浮名を立てられること。枕草子、九「雨ならぬ名の降りにけるかな、さてやぬれぎぬには侍らむと啓したれば、右近内侍などに語らせ給ひて、笑はせ給ひけり」
ぬれぎぬきる[濡れ衣着る] (句)無実の名を立てられる。「実の無い」から「蓑が無い」の意となり、「蓑が無ければ衣が濡れる」という謎から来た語か。伊勢物語「名にし負はばあだにぞあるべきたはれ島波のぬれぎぬきるといふなり」
ぬれごと[濡れごと] (名)色事。情事。特に、芝居で男女の情事を演ずるしぐさをいう。
ぬれごとし[濡れ事師] (名)(1)芝居で、ぬれごとを演ずる役者。(2)女たらし。
ぬれごろも[濡れ衣] (名)「ぬれぎぬ」に同じ。(1)濡れた衣。(2)無実の名を立てられること。大和物語「のがるとも誰か着ざらむぬれごろもあめの下にし住まふかぎりは」(「あめの下」に「雨の下」と「天の下」とをかけている)
ぬれごろも[濡れ衣] (枕詞)衣の縁で、衣の紐を結う類音から「夕日」に冠する。新拾遺、六、冬「玉藻刈るいちしの海士(あま)のぬれごろも夕日も寒くあられ降るなり」
ぬれば[濡れ場] (名)芝居で、「ぬれごと」を演ずる場面。ラヴ-シーン。また、一般男女の場合にもいう。
ぬればむ[濡ればむ] (動、四)濡れている。しめりけを帯びている。宇治拾遺、一、利仁薯蕷粥の事「鼻高なるものの先は赤みて、穴のあたりぬればみたるは、すすばなを拭はぬなめりと見ゆ」
ぬれひづ[濡れひづ] (動、上二)濡れてひたる。
ぬれぼとけ[濡れ仏] (名)戸外で、風雨にさらされている仏像。露仏。鎌倉の露座の大仏の類。

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