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丸山林平「定本古事記」

- 上巻 -

【 古事記上巻忸序 】

原 文
大抵館レ記隅、自二天地開闢一始以、訖二于小治田御世。故、天御中主突以下、日子波限建鵜草葺不合命以電、爲二上巻、突倭伊波禮豐古天皇以下、品陀御世以電、爲二中巻、大雀皇帝以下、小治田大宮以電、爲二下巻、忸札二三巻、当以獻上。臣安萬侶、誠惶誠恐頓首頓首。  和銅五年正月二十八日、正五位上勳五等太咆臣安萬侶謹上。
読み下し文
大抵、記す所は、天地の開闢より始めて、小治田の御世に訖る。故、天御中主神より以下、日子波限建鵜草葺不合命以前を上つ巻と為、神倭伊波礼豐古天皇より以下、品陀の御世以前を中つ巻と為、大雀皇帝より以下、小治田の大宮以前を下つ巻と為、忸せて三つの巻を録し、謹みて献る。臣安万侶、誠惶誠恐、頓首頓首。  和銅五年正月二十八日、正五位上勲五等、太朝臣安万侶、謹みて上る。
丸山解説
〔大抵〕おおよそ。たいてい。だいたい。真本は「抵」を「w」に誤る。〔訖二于小治田御世〕推古天皇の御世に終る。ここまでは、古事記の全部の終始を言い、次からは各巻を述べる。真本・延本は「于」を「干」に誤る。〔日子波限建鵜草葺不合命〕「命」を「尊」に作る本が多いが、いま、真本に従う。記に「尊」を用いた例がない。〔突倭伊波禮豐古天皇〕神武天皇。底本は「豐」を常に「毘」に作る。いま、真本・延本等に従う。紀も必ず「豐」に作る。なお、宣長は「豐古」を常に「ビコ」と訓じているが、「豐古」は「日子」「彦」に当てた仮名であり、「ヒコ」と訓ずべきである。延本の訓「ヒコ」が正しい。漢音。〔品陀御世〕応神天皇の御世。底本等の訓「ホムダ」は非。「ホムタ」である。くわしくは、記の本文の、その項参照。〔大雀皇帝〕仁徳天皇。この「皇帝」は「天皇」または「命」などとあるべきであるが、しばらく諸本に従っておく。
田中孝顕 注釈

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