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丸山林平「定本古事記」

- 上巻 -

【 古事記上巻忸序 】

原 文
臣安萬侶言、夫、混元蝉凝、氣庖未レ效、無レ名無レ爲。誰知二其形。然、乾坤初分、參突作二芟化之首、陰陽斯開、二靈爲二群品之督。館以、出二│入幽顯一日月彰二於洗一レ目、浮二│沈恭水一突陶呈二於滌一レ身。
読み下し文
臣安万侶言さく、夫、混元既に凝りて、気象未だ效はれず、名も無く為も無し。誰か其の形を知らむ。然れども、乾坤の初めて分かれしとき、参はしらの神、造化の首と作り、陰陽斯に開けしとき、二はしらの霊、群品の祖と為りたまへり。所以に、幽顕に出で入りて、日月目を洗ふに彰はれ、海水に浮き沈みて、神陶身を滌ぐに呈はれたまへり。
丸山解説
〔臣安萬侶〕やつこやすまろ。「やつこ」は「家之子」の義。天皇または朝廷に仕える人。やつこらま。「君」の対。安康紀元年二月に「我父子三人、生事之、死不レ殉、是不レ臣矣。」とある。寛本・延本等は「マクラ」と訓じているが本書は従わぬ。「安万侶」は古事記の撰者。また、日本書紀の撰者の一人。姓は「太」。多品知の子か。神武天皇の皇子神八井耳命の後裔という。続紀によれば、養老七年(七二三)七月没。日本書紀の撰者の一人であることについては、弘仁私記の序に、「日本書紀者、一品舎人親王、従四位下勲五等太朝臣安麻呂等、奉レ勅所レ撰也。」とある。

なお、くわしくは、この序文の最後参照。〔混元歿凝〕「混元」は、世界万物の大本。「凝る」は、上代語で「まろがる」と言い、凝り固まる意。世界万物が混沌としているさまを言う。〔気庖未レ效〕「效」は「見」「現」に同じ。真本・信友校本等「敦」に誤る。この文は、前文と対句を成す。天地万物の気も象もまだ現われない意。紀が三五歴記に拠って書いた冒頭の文、「古、天地未レ剖、陰陽不レ分、渾沌如二鶏子。」と同趣である。〔無レ名無レ爲、誰知二其形一〕天地万物に何の名称もなく、何の運行もない。

したがって、誰も、それがどんな形状であるかを知ることは、できないであろうとの意。〔乾坤初分〕「乾」は天、「坤」は地。混沌としていた万物が、軽い物は昇って天と成り、重い物はとどまって地と成るというように、初めて天と地が分かれた時の意。シナ思想の天地剖判説に基づく。〔參突〕記の本文の冒頭に出ている天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神の三神。〔芟化之首〕「造化」は、天地万物を創造し化育する神、すなわち造物者。その造物者の始祖。〔陰陽斯開〕シナ易学思想で、天地万物を造り出す二つの気、すなわち陰と陽とが、ここに生じたとの意。〔二靈〕「霊」は「神」に同じ。伊邪那岐神・伊邪那美神。すなわち、陽神と陰神。〔群品之督〕神・国土・山川・草木などの、もろもろの先祖。〔所以〕このゆゑに。「故」「爾に」「ここをもて」「即ち」などとひとしい意の接続詞。前句を受けて、下句に言いつづける語。
〔出二│入幽顯〕「幽」は暗い意、暝界。「顕」は明かるい意、現世界。イザナギノミコトが、イザナミノミコトの後を追って夜見の国に行かれ、さらに、そこから現世界に帰られたことを言う。〔日月彰二於洗一レ目〕イザナギノミコトが、日向の檍原の近くの海水で禊をされた時、左の目を洗うと日の神(天照大神)が、右の目を洗うと月の神(月読命)が現われたことを言う。〔浮二沈恭水一、突陶呈二於滌一レ身〕底本は「陶」を「祗」に誤る。やはり、イザナギノミコトが日向の檍原の近くの海水で禊をされた時、もろもろの神たちが生まれたことを言う。
田中孝顕 注釈

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