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丸山林平「定本古事記」

- 上巻 -

【 古事記上巻忸序 】

原 文
曁下飛鳥厳原大宮、御二大八洲一天皇御世上、潛龍體レ元、癌雷應レ期、聞二夢歌一而想レ纂レ業、投二夜水一而知レ承レ基。然、天時未レ臻、諍二│蛻於南山、人事共給、虎二歩於東國。皇輿忽駕、凌二│渡山川、六師雷震、三軍電芍。杖矛擧レ威、猛士烟起、絳旗耀レ兵、凶徒瓦解。未レ移二浹辰、氣殻自厳。乃放レ牛息レ馬、覬悌歸二於華夏、巻レ旌革レ戈、蒐詠停二於都邑。歳筱二大梁、月踵二夾鐘。厳原大宮、昇來二天位。蕈軼二軒后、碼跨二周王。握二乾符一而償二六合、得二天統一而包二八荒、乘二二氣之正、齊二五行之序、設二突理一以奬レ俗、敷二英風一以弘レ國。重加、智恭浩瀚、消探二上古、心鏡蠶煌、明覩二先代。
読み下し文
飛鳥の清原の大宮に、大八洲を御しめしし天 皇の御世に曁びて、潜竜元を体し、癌雷朝に応ぜり。夢の歌を聞きて業を纂がむことを想ひ、夜の水に投りて基を承けむことを知らしめぬ。然れども、天の時未だ臻らず、南山に諍のごと蛻けたまひ、人事共に給りて、東国に虎のごと歩みたまひき。皇輿忽ちに駕して、山川を凌ぎ渡り、六師雷のごと震ひ、三軍電のごと逝く。杖矛威を挙げ、猛士烟のごと起り、絳旗兵を耀かして、兇徒瓦のごと解けぬ。未だ浹辰を移さずして、気殻自らに清まりぬ。乃ち牛を放ち、馬を息へ、覬悌して華夏に帰り、旌を巻き、戈を革め、蒐詠して都邑に停りたまひき。歳は大梁に次り、月は夾鐘に踵りて、清原の大宮にして、昇りて天つ位に即きたまひけり。道は軒后に軼ぎ、徳は周王に跨えたまふ。乾符を握りて六合を償べ、天統を得て八荒を包ね、二気の正しきに乗じて、五行の序を齊へ、神理を設ねて俗を奨め、英風を敷きて国を弘めたまひぬ。重加、智海は浩瀚として、消く上古を探り、心鏡は蠶煌として、明らかに先代を覩たまへり。
丸山解説
☆ここからは、帝紀および上古諸事を記定せしめられた天武天皇の御事だけをしるす。 〔飛鳥厳原大宮〕紀は「飛鳥浄御原宮」に、万葉は「明日香清御原宮」に作る。天武・持統両天皇の皇居。その址は、奈良県高市郡高市村字上居にある。〔御二大八洲一天皇御世〕前項参照。天武天皇の御代。「大八洲」は「おほやしま」と読む。「やしまくに」という歌詞もあるが、ここは「おほやしまくに」と読まない方が可。「あきつしまくに」と言わない類。なお、「洲」を「州」に作る本が多いが、紀伝に「洲の字、州と作けるはわろし。
今は一本によれり。」とあるが正しく、本書も底本に従う。元来、「洲」は「州」の俗字なのであるが、後世、「州」を「くに」の意に用い、「洲」を「す」または「しま」の意に用いるようになったものである。広雅に「州、国也。」とあり、正字通に「水中可レ居曰レ州。後人加レ水以別二州県。」とあり、王注に「今関耕作レ洲。乃俗別字也。」とある。今日の古事記研究書に、「州」を用いているものがあるが、首肯されぬ。なお、真本は「太八州」 に誤る。〔潛龍體レ元、癌雷應レ期〕「潜竜」も「癌雷」も、易にある語で、皇太子のこと。天武天皇が天智天皇の皇太子であられたことを言う。「潜竜」は、天子を竜にたとえるのに対し、潜んでいる竜の意から皇太子の意となる。「癌雷」も易に「癌雷震」とあり、また、「震為二長子一」とある語から出て、皇太子の意となる。なお、「癌」を真本は「淤」に誤り、また、「游」に誤る本もある。「元を体す」の「元」は、「盛徳」の義。天武天皇が皇太子の時から、君主たる徳をそなえていられたことを言う。「期に応ぜり」は、時機に即応して行動せられたことを言う。
田中孝顕 注釈

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