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丸山林平「定本古事記」

- 上巻 -

【 神代の物語 】

原 文
於レ是、其弟、泣患居二恭邊一之時、鹽椎突來問曰、何癪捏津日高之泣患館由。答言、我與レ兄易レ鉤而、失二其鉤。是、乞二其鉤一故、雖レ償二多鉤一不レ受、云三憑欲レ得二其本鉤一故、泣患之。爾、鹽椎突云、我爲二汝命、作二善議。來芟二无レ間勝間之小焙、載二其焙一以、教曰、我押二│流其焙一隅、差暫往。將レ有二味御路。乃乘二其蕈一往隅、如二魚鱗一館レ芟之宮室。其綿津見突之宮隅也。到二其突御門一隅、傍之井上、有二湯津香木。故、坐二其木上一考、其恭突之女、見相議隅也。【訓香木云加都良】故、隨レ辻少行、備如二其言。來登二其香木一坐。
読み下し文
ここに、其の弟、泣き患ひて海辺に居ます時に、塩椎神来て問ひて曰しけらく、「何にぞ虚空津日高の泣き患ひたまふ所由は。」と問ひけれは、答へて言りたまひしく、「我、兄と鉤を易へて、其の鉤を失ひき。是て其の鉤を乞ひし故に、多くの鉤を償ひしかども受けずて、『猶其の本の鉤を得む。』と云ひし故に、泣き患ふるなり。」と、のりたまひき。爾に塩椎神、云しけらく、「我、汝命の為に善き議を作む。」と、まをして、即ちに間无し勝間の小焙を造り、其の焙に載せて、教へて曰しけらく、「我、其の焙を押し流さば、差暫し往でませ。味し御路あらむ。乃ち其の道に乗りて往でましなば、魚の鱗の如造れる宮室あらむ。其は綿津見神の宮者也。其の神の御門に到りましなば、傍の井の上に、湯津香木あらむ。故、其の木の上に坐しまさば、其の海神の女、見て相議らむものぞ。」と、をしへまつりき。【香木を訓みてカツラと云ふ。】故、教へし随に少しく行でましけるに、備に其の言の如くなりしかば、即ちに其の香木に登りて坐しましき。
丸山解説
〔恭邊〕うみべた。うみばた。今も「じべた」などの語になごりが見られる。〔鹽椎突〕しほつちのかみ。「潮之霊の神」の意。必ずしも一人の神の名ではなく、神武天皇の段にも同名の人が出る。潮路のことによく通じた神。「つち」は「かぐつち」「のつち」などの「之霊」である。記伝の「知識大都知」などは、いかにも苦しい説明である。紀の一書に「塩筒」とあるは「つち」の転。〔无レ間勝間之小焙〕まなしかつまのをぶね。紀は「無レ目籠」に作り、分注に「無レ目堅間」とある。記の「間」は「目」の借字。「勝間」は「かたま」の転。目を堅く編んだ竹籠。すなわち、上代の小舟のことで、目を堅く編んだ籠で、外側に革などを張り、編み目をふさぎ、水に浮かべたもの。底本・延本等は「无」を「旡」に誤る「无」と「旡」とは、意も音も全く異なる。
田中孝顕 注釈

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