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丸山林平「定本古事記」

- 中巻 -

【 神武天皇 】

原 文
故、其日子入井命隅、【茨田苣、手嶋苣之督。】突八井命隅、【意富臣、小子部苣、坂合部苣、火君、大分君、阿蘇君、筑紫三家苣、雀部臣、雀部芟、小長谷芟、綾豆直、伊余國芟、科野國芟、蕈奧石城國芟、常蕈仲國芟、長狹國芟、伊勢船木直、尾張丹監臣、嶋田臣等之督也。】突沼河耳命隅、治二天下一也。
読み下し文
故、其の日子八井命は、【茨田連、手島連の祖なり。】神八井命は、【意富臣、小子部連、坂合部連、火君、大分君、阿蘇君、筑紫三家連、雀部臣、雀部造、小長谷造、都豆直、伊余國造、科野國造、道奧石城国造、常道仲国造、長狭国造、伊勢焙木直、尾張丹羽臣、島田臣等の祖なり。】神沼河耳命は、天の下を治しめしたまひき。
丸山解説
〔茨田苣〕まむたのむらじ。「茨田」は河内国の旧郡名。今の大阪府北河内郡の一部。〔手嶋苣〕てしまのむらじ。和名抄には「手島」とあり、万六の一〇二七の右には「豊島」とある。「豊島」は、摂津国の古郡名。今の大阪府豊能郡の一部。〔意富臣〕おほのおみ。紀は「多臣」に作る。「おほ」は和名抄に「大和国十市郡飫富」とある。壬申の乱の時に功を立てた多臣品治、記の撰者太安万侶は、この氏族の出。〔小子部苣〕ちひさこべのむらじ。多臣の族。小子部の部長。宮中の雑役に仕えた小人(侏儒)を統率した首長。記伝は越中国の地名によると言うが非。
田中孝顕 注釈

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