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丸山林平「定本古事記」

- 下巻 -

【 雄略天皇 】

原 文
於レ是、若日下王、令レ奏二天皇、背レ日幸行之事、甚恐。故、己直參上而仕奉。是以、裝二│上│坐於一レ宮之時、行二│立其山之坂上、歌曰、 久佐加辨能 許知能夜揺登 多多美許母 巫具理能夜揺能 許知碁知能 夜揺能賀比爾 多知邪加由流 波豐呂久揺加斯 母登爾波 伊久美陀氣淤斐 須惠幣爾波 多斯美陀氣淤斐 伊久美陀氣 伊久美波泥受 多斯美陀氣 多斯爾波韋泥受 能知母久美泥牟 曾能淤母比豆揺 阿波禮 來令レ持二此歌一而羮レ使也。
読み下し文
ここに、若日下王、天皇に奏さしめたまひけらく、「日に背きて幸行でませる事、甚恐し。故、己直に参上りて仕へ奉らむ。」と、まをさしめたまひき。ここをもて、宮に還り上り坐す時に、其の山の坂の上に行き立たして、歌曰ひたまひけらく、 (九一) 日下部の 此方の山と たたみこも 平群の山の 此方此方の 山の峡に 立ち栄ゆる 葉広熊樫 本には いくみ竹生ひ 末方には たしみ竹生ひ いくみ竹 いくみは寝ず たしみ竹 たしには率寝ず 後もくみ寝む その思ひ妻 あはれ 即ち此の歌を持たしめて、使ひを返したまひけり。
丸山解説
〔若日下王〕わかくさかのみこ。「若日下部王」に作る本は非。上に述べてある。いま、延本に従う。〔令レ奏二天皇〕すめらみことにまをさしむ。雄略天皇が若日下王の家を辞されてあとを追うて、若日下王が、使者をつかわして、天皇に申し上げさせたのである。〔背レ日幸行〕ひにそむきていでます。「そむく」は「背を向ける」。東の大和から西の河内へ行くには、太陽に背を向けるからである。これに反し西の河内から東の大和へ行くのは「日に向かふ」わけである。中巻の冒頭、神武天皇の段に「向レ日而戦不レ良。」とある。事情によって、日に背くを忌み、日に向かうを忌む。〔直參上而仕奉〕ただにまゐのぼりてつかへまつらむ。「ただに」は「つかへまつらむ」に係る。泊瀬の宮へ参上して、直接に仕え奉りましょう。陛下が、わざわざ河内へおでましになるのは、おそれおおいとの意。天皇の求婚を承諾したのである。
田中孝顕 注釈

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