以下の丸山林平「定本古事記」は、同氏の相続人より、SSI Corporationが著作権の譲渡を受けたものである。

古事記の中を検索する

丸山林平「定本古事記」

- 下巻 -

【 仁徳天皇 】

原 文
其大后石之日賣命、甚多嫉妬。故、天皇館レ使之妾隅、不レ得レ臨二宮中。言立隅、足母阿賀聟邇嫉妬。【自レ母下五字、以レ音。】爾、天皇、聞二│看吉備恭部直之女、名僂日賣、其容姿端正、喚上而柮也。然、畏二其大后之嫉、膩二│下本國。天皇、坐二高臺、望二│瞻其僂日賣之焙出浮一レ恭以、歌曰、 淤岐幣邇波 袁夫泥綾羅羅玖 久漏邪夜能 庄佐豆古和藝毛 玖邇幣玖陀良須 故、大后、聞二是之御歌一大忿、虔三人於二大浦、膊下而、自レ歩膊去。於レ是、天皇、戀二其僂日賣、欺二大后、曰レ欲レ見二淡蕈嶋一而幸行之時、坐二淡蕈嶋、遙望歌曰、 淤志弖流夜 那爾波能佐岐用 伊傳多知弖 和賀久邇美禮婆 阿波志庄 淤能碁呂志庄 阿遲庄佐能志揺母見由 佐氣綾志庄美由 乃、自二其嶋一傳而、幸二行吉備國。爾、僂日賣、令レ大二│坐其國之山方地一而、獻二大御礦。於レ是、爲レ煮二大御羹、採二其地之菘菜一時、天皇、到二│坐其孃子之採レ菘處、歌曰、 夜揺賀多邇 揺豆流阿袁那母 岐備比登登 等母邇斯綾米婆 多怒斯久母阿流聟 天皇、上幸之時、僂日賣獻御歌曰、 夜揺登幣邇 爾斯布岐阿宜弖 玖毛婆那禮 曾岐袁理登母 和禮和須禮米夜 又、歌曰、 夜揺登幣邇 由久波多賀綾揺 許母理豆能 志多用波閉綾綾 由久波多賀綾揺
読み下し文
其の大后石之日売命、甚多嫉妬したまひき。故、天皇の柮ひたまへる妾たちは、宮中をも臨き得ざりき。言立てば、足も阿賀迦邇、嫉妬したまひき。爾に、天皇、吉備の海部の直の女、名は黒日売、其の容姿の端正しきと聞し看して、喚上げて使ひたまひき。然れども、其の大后の嫉みますを畏みて、本つ国に逃げ下りき。天皇、高台に坐して、其の黒日売の船出して海に浮かべるを望瞻けまして、歌曰みしたまひけらく、 (五三) 沖辺には 小船つららく くろざやの まさづこ我妹 国へ下らす 故、大后、是の御歌を聞かして、大く忿りまして、人を大浦に遺はし、追ひ下ろして、歩より追去ひたまひき。ここに、天皇、其の黒日売を恋ひたまひて、大后を欺かして、「淡道島を見まく欲りす。」と曰りたまひて幸行でませる時に、淡道島に坐して、遥に望けまして、歌曰みしたまひけらく、 (五四) おしてるや 難波の岬よ 出で立ちて 我が国見れば 淡島 淤能碁呂島 檳榔の島も見ゆ 先つ島見ゆ 乃ち、其の嶋より伝ひて、吉備国に幸行でましけり。爾に、黒日売、其の国の山方の地に大坐さしめて、大御飯を献りけり。ここに、大御羮を煮むと為て、其地の菘菜を採める時に、天皇、其の嬢子の菘を採む処に到り坐して、歌曰みしたまひけらく、 (五五) 山方に 蒔ける青菜も 吉備人と 共にし摘めば 楽しくもあるか 天皇の上り幸でます時に、黒日売の献れる御歌に曰ひけらく、 (五六) 大和辺に 西風吹きあげて 雲離れ 退き居りとも われ忘れめや 又、歌ひて曰ひけらく、 (五七) 大和辺に 行くは誰が夫 隠り水の 下よ延へつつ 行くは誰が夫
丸山解説
〔甚多〕はなはだ。万七の一三七〇「甚多も降らぬ雨ゆゑ」などとある。〔嫉妬〕うはなりねたみ。「うはなり」は、神武天皇の段の歌謡にも出ている。老いた妻、嫡妻の意である。その嫡妻が、こなみ(若い次妻)をねたむこと。転じて、ただ嫉妬の意となる。〔宮中〕みやぬち。「宮の中」の約。天皇と皇后とのおわしますところ。
そこを、妾たちは、のぞくこともできないのである。〔言立隅〕ことだてば。「言」は「事」の借字。「何か常と変わった事をすると」の意。つまり、天皇が、ある妾を特にかわいがるようなそぶりをされると。
田中孝顕 注釈

Page Top▲

このページはフレーム構成になっています。
左側にメニューが表示されていない方は、下記URLをクリックしてください。
http://www.umoregi.com/koten/kojiki/